29話 物語
物語には必ず終わりがある。恋物語や冒険譚、英雄譚などなど……どれだけ素敵なものでも、どれだけ悲しいものでも、結末はなくてはならない。
身分差による恋愛や勇者の魔王討伐の旅、騎士たちの強大な魔物の討伐……そのほとんどが大昔実際ににあったことであり、物語とはそう言った昔のことを次の世代まで繋げていくものだ。
まぁ最近になってから創作されるようになったが、その前までは伝記がほとんどであったらしい。
……しかし、伝記とは本来事実を事実のまま書くのが普通だと思っていたが、美しく見えるようにかなり手が加えられているらしい。
昔の王の統治の様子や異伝、英雄と呼ばれたものの偉業、そして勇者が魔王を討伐するまでの過程……。
次の街まで行くのに少し時間がかかるからと言われ、わたしはヘレナが操る馬車の中であーだこーだイヤイヤと騒いでいると、これでも読んでいてください、と数冊の本を渡された。
正直、読書は趣味ではなかったのだが、ふと手渡された本の題名に視線がいった。そこには『勇者と魔王』と書かれていた。ここで『勇者』と言えば昔召喚されたあの子を指すものなので、つい興味がわいてそれを読んでみることにした。
そして、日が沈むころまでかかってようやくそれを読み終わったわたしはフッとバカにしたように笑い、読んでいた本を馬車の外に放り投げてしまった。
それがあまりにも……あまりにもバカバカし過ぎたからだ。
あの子の最期はあの物語のような幸せな結末じゃない。救った人種に裏切られ毒殺されたのだ。爵位をもらっただとか、幸せな家庭を築き、寿命で死んだなんて……人種は口が裂けてでも言ってはいけない。
彼は魔王を倒した後、迫害され利用できるだけ利用され……死んでいった。人種の身勝手で異世界から攫われてきて、それで待遇も最悪だなんて本当に笑えない。
そしてその事実が『勇者と魔王』には全く書かれていなかった。
やれ海を割ったとか山を消しとばした、一千の魔物を一人で討ち倒しただとか……たしかにそれは本当のことだ。
……しかしその過程に大きく手が加えられていた。
勇者は自ら進んで戦いに赴いたなんて書かれていたが、実際は王に元の世界に帰さないと脅されて……仕方なく赴いたのだ。さらに物語中では華麗に傷一つ負わずに魔物を倒していたが、現実にはボロボロになりながら必死に剣を振っていたのだ。
あの本は嘘ばっかりだ。魔王討伐を終えた勇者は、とても良くしてくれたこの国に仕えたく思います、なんて言って元の世界に帰らなかったとされている。だけどそれも真っ赤な嘘だ。もともと帰す方法などなく、国はうまくそれを誤魔化しながら勇者を使い、ばれてしまって言うことを聞かなくなった頃に、勇者毒殺を計画したのだ。
勇者がいたのは結構昔のことだ。もうきっと真実を知る人種などいないのではないか。もし知っていたとしても、それが真実だと誰が信じるだろうか……。
物語の結末は幸せなもの、明るいものがふさわしい。また、終わりまでの過程――途中途中に不幸があったとしても、その全てが美しく解決する方が気持ちがいい。
この世界の人種はそれを求めていて、汚いものなど求めていないのだ。
物語は所詮物語だ。嘘で塗り固め、事実を覆い隠し、広めることで物語を実話にする。
あぁ、なるほど……嘘でも嘘じゃなくなる。よく出来たものだと思うよ。
でもね、あいにくわたしも汚いものなど求めていないのだ。
そこだけは……わたしと一緒だね。
「うふふん」
馬車の後方に足をだらんとたらし、冷たい風を感じながら流れ行く景色を眺める。
先ほどまでは赤く彩られていたそれが、もうすっかり青白くなってしまっている。
今日は月夜だ。まん丸お月さんが天に昇り、優しく風景に光を落としてくれる。星はちろっとしか見えないが、澄んだ空気のおかげか月がはっきりと見えて、まぁそれもまた風情があるってものだろう。
「何かご機嫌ですね」
「そう?」
「そうですよ」
くすくす笑って足をぶらぶらさせているわたしを厚手の服で身を包んだヘレナが見ている。
しかし、ご機嫌だから笑ったわけではない。人種が勇者召喚をしたとして、そして勇者が魔王を討伐したら……一体人種は彼、または彼女にどんな対応をするのだろう。
そんなことを思って笑ってしまったのだ。以前のように殺すのか、はたまた和解するのか……。
まぁ人種が勇者と和解するならよし、殺そうとするならわたしのとこで預かるか元の世界に戻してあげるんだけどね。
はてさて、ヘレナとの旅の最終地点はどうなるのだろう。
綺麗な結末か汚い結末か……それが今から気になって仕方がないのだ。綺麗な終わり方ならよし、しかし汚いのなら……それを企てた者どもを同じ目に合わしてやろう。
「アリシア〜、今日はここで野宿ですよ〜」
「え〜また〜」
「そんな嫌そうな声を出さないでください。野宿なんてもう何回もしているでしょう、我慢してください」
いーやーだーとぶつぶつ言いながら馬車を降り、のっさりと異空間から野宿セットを取り出してヘレナに渡す。
あぁ……早く見つけたいものだ。野宿したくないし気になるからね。
***
野宿セットを持ったヘレナは少し森の中に入っていき、いそいそと天幕を張っている。
その間にわたしは適当に木の枝を折り、それを乾燥させて準備中の天幕の近くに置いておく。
もうこの作業は何度も繰り返してきたことなので身に染み付いてしまっている。
スレクラットの街でブタを処分した後、少し休暇を挟んでから調査の旅を再開した。しかしいくつか街に立ち寄り、その度に近くの遺跡を数十カ所も探索したが結果は芳しくなかった。
そして現在は調査の旅最後の目的地に向かっている途中だ。聞くところによると、ヘレナのように旅をしている者が他にもいるようで、ヘレナに当てられた分が次で最後らしいのだ。
次の街の遺跡を調べればヘレナとの旅は終了。ヘレナは王都に帰ることになり、わたしはそこまで護衛すれば依頼は完了したことになる。
次調べるところで見つかればいいのだけど、もし見つからなかったら他に探索している者に望みを託さなければならない。そしてその望みすら叶わなければ……と、ヘレナは表情をかたくしていた。
以前わたしは勇者召喚に頼ればいいと言った。もちろんそれは気に入らないが、後始末はわたしがしようと思っていたから提案したのだ。
その結果ヘレナは納得し、自ら魔王に挑もうと思わなくなった。
しかしその肝心の勇者召喚の方法が未だ見つかったという報告を受けていないらしい。
だからヘレナは焦っているのだ。もしこのまま見つからなければ……と。まぁそうなったとしてヘレナが頑張らなきゃいけないわけじゃないんだけど……。彼女は真面目でお人好しだ。助けなければって思うのだろう。
自分には力があって、目標を達成させられる道も見えていて……ただ勇気がないだけ。
それは仕方のないことだ、命の危険が嫌でも付いてくるから、と何度も言ってはいるんだけど、やっぱりヘレナには焦りの色が見える。
彼女は今、天幕を貼り終え、保存食に手を加えている。表面上はニコニコしているが、それは不安の裏返しなのだ。たぶん……。
わたしはそんなヘレナを安心させられるだけのものを、なんと持ち合わせている。
しかしそれは渡してはいけないものなのだ。
……勇者召喚の方法。そんなもの、わたしに聞けば一発で分かるに決まっている。
そもそもわたし個人で異世界に行ったり来たりできる。ティーちゃんを異界送りにしたのだって、勇者召喚とほとんど魔法の構造は同じだ。
そしてそのことくらいヘレナはなんとなくにでも気づいていたはずだ。しかし今まで一度も聞いてこないということは聞く気がないってことなのだろう。
まぁ聞かれたとして……わたしははぐらかすだろうね。
「アリシア〜出来ましたよ〜」
つらつらと考えていると、明るく取り繕った声がかけられた。
ふと、閉じていた目を開け、ヘレナの方を見るといい匂いをさせた料理を持って手招きをしていた。
「ふふん、待ったよ〜」
ヘレナに合わせて明るく言って、防寒用の黒いマントをはためかせて近寄っていく。
そして手渡されたものを見ると、最近になって出てきた新しい保存食だった。干し肉とかも美味しかったには美味しかったのだけど、これは別格だ。
スーと料理の香ばしい香りを鼻で楽しんでいると、ヘレナが何度目か分からないことを、懲りずに言う。
「このパスタって言う保存食、本当にすごいものですよね」
「はぁ〜、また言ってるよ……」
「もう! いいじゃないですか本当にすごいですし、それに美味しいんですから!」
そう言ったときだけヘレナは本当に楽しそうな表情を見せる。……やはり食と言うものは何よりも最強なのだと思い知るよ。
さて、この『ぱすた』なるものが寒くなり出す前くらいに世間に流れ出した。聞くと、国が作った新しい保存食だそうだ。
『ぱすた』は見た目、黄色の極細で折れやすい棒だが、それを集めて塩で茹でるだけで美味しくなる。そして、その茹でたものを、ギリを刻んだものと合わせると、口が臭くなるがとても香ばしくて美味しくなる。
また、『ぱすた』はギリ以外にも沢山合うものがある。酸味の効いた赤い身のゲース、ガウの乳や、それを加工したらしい『ちーず』なんてものとも合うらしい。
最近、こう言った目新しいものを次々と国とやらは開発しているらしい。正直魔王は大丈夫なの? とは思うけど、美味しいものがたくさん出てきてめっちゃうれしいです‼︎
なんならこれからの開発物を真っ先にわたしにくれるなら人種を守護しちゃう勢いなんだよ。
閑話休題。
とにかく『ぱすた』はスッゴイ保存食と言うことだ。まぁ欠点をあげるのなら、大量の水がどうしても必要になると言うことだ。一般ではパスタを食べるだけに、飲み水以外の水を持ち運ぶのはかなりの労力だ。なのでそれなら干し肉を食べるって言う人種が多い。
しかし、ヘレナのように水を生み出す手段、例えば魔道具や魔法があればその欠点は消える。なので、『ぱすた』はそこそこ裕福な商人や冒険者、貴族にはとても受け入れられている。
また、『ぱすた』は保存食を謳っているくせに、街の宿や飯屋で出すとこが多くなってきた。だから『ぱすた』はもう知らぬものがいないほどになっている。
クルクルと『ぱすた』を巻き取って口に運ぶ。
そしてふとヘレナを見ると幸せそうな顔をしていた。
「んん〜! やっぱり美味しいですね!」
「うん、そうだね。はぁ、なんだかヘレナがわたしに毒されているように見えるよ……」
答えて、ボソッと付け加える。
また、ヘレナは頰に手を当てて温かい笑みを浮かべている。
美味しい……本当に、ヘレナが作ったとは思えないほどに美味しい。そもそも、茹でて、切った具材と熱を入れながらあえるだけだ。
……たぶんどんな料理下手が作ってもある程度は美味しくなるんじゃ無いだろうか。
ぱくぱくと食べていると、またヘレナが上機嫌に話し出す。
「パスタ以外にもは、はんばーぐ? とか、かれー? とかも美味しいですよね!」
「あ? ああ、あの肉団子と水っぽいンコみたいなやつだよね」
「も、もう! 食事中に汚いですよ!」
あーごめんごめんと軽く手を振って答え、ちょっと言われたものを思い返す。
たしか『はんばーぐ』や『かれー』を食べたのは二つ前の街が初めてだった気がする。『はんばーぐ』は見ただけで大体それが何なのかわかり、まぁ美味しく食べれた。
しかし……しかし『かれー』とやらは出された瞬間に店員をボコボコにしてしまった。今になって思えば女の子だったし可哀想だったな〜、まぁ治したんだけど……ヘレナが。
だけど、だけどだよ? 何にも知らない相手に、プリススの上に茶色の――どう見ても汚物を水に溶かしたような――液体がかかっていたら怒るよね? ね?
ただ、説明されてから食べて見ると、辛味の効いた美味しいものだったので、マジでビックリした。ンコと思わなければ余裕で食えるよ。
思い出し、そういえばとふと思ったことをなんとなく言う。
「最近になってどんどん出てきたよね〜」
「たぶん国が頑張っているんだと思いますよ」
はは、とヘレナは乾いた笑みを浮かべて『ぱすた』口に運ぶ。
ヘレナの気持ちは痛いほどわかる。いや、本当にね、何してるんだよ国は……。新メニュー作るくらいなら魔王を倒す術を必死になって探せよ。
「はぁ」
「はぁ」
同じことを思ったのか、二人して同時にため息を吐いた。すると同じように顔を上げたヘレナと目が合ってしまい、ふふと両者の間には笑みが生まれた。
次に行く街、リディシオン。そこに勇者召喚の方法は果たしてあるのだろうか……。
その気になれば魔法でいつでもあるかどうか知ることはできる。しかしそれはしないでいいだろう。……どうせすぐにわかることだ。
ふと明るい空を見上げる。
やはり月があるせいか星はよく見えない。しかしそこにあるのは知っている。月の輝きによってその姿を隠してはいるけど……たしかにそこにあるのだ。
「ふぅ」
明かりが消えるかな? と冗談半分で息を天に吐いてみる。だけど白い息が散るのみで案の定そんなことは起こらない。
冷えてきたな、とわたしは焚き火に近寄って暖をとる。
美味しいご飯、楽しいこと、知りたくなかったこと……色々あったけど、ヘレナはどう思っているのだろう。
わたしはヘレナとの結末が近づいているのを感じ、少し寂しく思う。
まぁしかし……物語にだけはしたく無いものだよ。




