28話 悩み
前の日がどんなものであっても、等しく……ただ無感情に太陽は大地を照らす。どんなに誰かが不幸になっても、はたまた幾人の者が祝福されようとも、それは無慈悲に変わらない顔を見せる。
*
デプオの屋敷のある上級区を出て、わたしとヘレナはギルド近くにあった宿屋に泊まることにした。
また、とても疲れていたのだろう、ヘレナは部屋に入った途端に表通りに面する窓際のベットにバタンと横たわり、そのまま寝息を立ててしまった。
わたしはそれを隣のベットに座りながら微笑ましく見つめ、少しそうしていると小腹がすいてきたので、一階に下りてオバちゃんに頼んで軽くつまめる料理を作ってもらった。
そしてそれを部屋まで持っていき、異空間からティーの酒場で拝借した酒を取り出し、机を移動させ窓を開け、星を眺めながら杯を呷る。
そうやってちびちびと飲んでいると、だんだんと空が白みがかってきた。
しかし今さら寝る気にもなれず、ただボーッとそれを眺めていると下が少し騒がしくなりだした。また、それに合わせて窓から入った光が顔に差したのだろう、ヘレナはうぅ……と唸り、顔をしかめながら身を起こす。
「ま、眩しいです……。うぅ、あ、おはようございます」
頭をかきながらそう言ったヘレナは、まだぼんやりとしているらしい。
彼女は朝に弱い。その中でも深く眠りに着いたときはなおさらだ。
「うん、おはよ」
だからそんな時にはあまり多く話さない方がいい。まぁ話したいことはないんだけど。
ヘレナは目をこすって、寝癖を整えながら口を開く。
「何を見ているんですか?」
「……何も。ただボーッと……。料理をつまんで、酒をちびちび飲みながら星を見てたんだよ」
首を少し傾けて不思議そうに見つめてくるヘレナに顔を向け、ゆっくりと区切り区切り、聞き取りやすいように答える。
するとぽかんと口を開け、ヘレナは再度聞いてくる。
「へ? もしかして寝てないのですか?」
聞いて、素直に答えるか一瞬迷ったが、今さらこんなことを隠したところで仕方がないだろう。
さっとヘレナに向けていた視線を窓の外に移し、人種の行く姿を観察する。
「わたしは眠らなくても大丈夫なんだよ。まぁ特殊なんだけどね」
「それって……どういう……?」
ヘレナは戸惑いの表情を浮かべ聞いてくる。
しかし、それを言葉にして伝えるのは少し大変だ。だからわたしは言い澱みながら大雑把に説明する。
「ん〜、他の魔族は数日に一回くらいで睡眠しないといけないけど、わたしは全く取らなくていいんだよ。あと食事もだね」
言うと、ヘレナは視線を落とし心なしか沈んだ声を出す。
「そう、ですか……」
そして、少し間を開け、まぁ寝るのも食べるのも趣味だよ、と言うとまた部屋には沈黙がおりた。
そうした静謐とした部屋には街の人種たちが織りなす様々な音がよく響く。
すると、ヘレナはベットから下りてわたしの座る椅子に手を置き、窓の外に視線を向ける。
「なんだか……騒がしいですね……」
そう言うヘレナは何か不安げだ。大方昨日殺したブタのことで心配しているのだろう。
わたしは心配しないでいいよ、と言って今朝から聞いていたことをありのままに伝える。
「デプリオ伯爵が近辺の森で魔物に襲われたらしい。そして少しの部位と遺品のみ発見できたそうだよ。あと、その近くで魔物によって殺された盗賊の亡骸も発見。その盗賊のアジトで伯爵誘拐の計画書も見つかった。生き残りからもそれが確認できた」
少し長くなってしまい、寝起きのヘレナには厳しかったかなと思ったが、考えるように頷いているのを見れば、それはいらぬ気遣いだったようだ。
ヘレナはホッとしながら、また気後れしながらもそっと口を開く。
「それなら……よかった、です」
「何か思うことがあるの?」
「……いえ、その……何も……」
何もないのならもっと顔を上げればいいのにね。そんな暗い顔されたら何もないと思えないよ。
わたしはその疑問を聞こうかどうかと少し眉間にシワを寄せる。しかしそれはしないことにした。
ためらうってことは言いにくいことなのだろう。無理に聞き出す気は無いし、ヘレナにも少し整理の時間が必要だ。整ったときに、言いたくなったときに話してくれればいい。
わたしはヘレナの言葉を聞き流し、適当に話を変える。
「朝は何食べようか」
言うと、ヘレナはふふっと笑みを浮かべる。
「あなたさっきまで食べていたのでしょう? 食欲旺盛ですね」
「うふふん、それが趣味で生きがいだからね」
わたしも合わせて得意げに胸を張って笑い、どうしようかなぁと窓の外を見る。
さんさんと太陽が輝き、街を行く人種を照らしている。……街は今日も今日とて賑やかだ。むしろ常時より騒がしいくらいだ。
伯爵が死んで、それが盗賊の仕業と知り、混乱しているのかとも思ったがそうじゃ無いらしい。
次の領主は誰になるのか、死んで清々した……などなど。本当にしょうもないことで騒いでいる。
あぁ――
***
どこで食べようかと二人であれこれ言ったものの、やっぱり宿でいいやと言う結論になった。
なにせ外はお祭り騒ぎであり、人混みを抜けていくのがダルいのだ。
「はぁ……あ、そうだ。昨日聞きそびれてたんですけど……」
ヘレナは食事する手を止め、サラダをちょんちょんとつつきながら躊躇いがちに話しだす。
「あの……。…………私が魔王を倒せるって……本当ですか」
聞くヘレナの目はしっかりとわたしを見据え、きっと今までで一番真剣な表情をしている。
この問いにはキチンと答えなければいけないだろう。
「……そうだよ」
わたしは手こそは止めなかったものの、少し言葉を詰まらせて言う。
あの時、わたしは失敗だったかなぁと思った。ルミエみたく結界を張ってヘレナに聞かせないようにした方が良かったかもしれない。
ただまぁ正解だったかなと、また思っている。ヘレナにはちゃんと自分の実力を知ってもらっていて欲しいのだ。
だから仕方ないと息を吐きながら、わたしは淡々と説明する。
「アーレンキーで使おうとしていたものの二つ多い――12文字までならなんとか頑張ればヘレナは使えるはずなんだよ。そして12文字使えば余裕で魔王を殺せるよ」
言うと、ヘレナはグッと口元を引き締め、ザクッとサラダにフォークを突き刺す。
それを何度か繰り返し、やがてそっと口を開き言葉を紡ぐ。
「そ、それなら……。わ、私が……倒したほうが……」
――いいのでしょうか。そうヘレナは口の中で吐き出す。
ヘレナにはそれが出来るだけの力がある。それだけの力をわたしが与えた。まぁ、神の知識はヘレナがグレースの遺跡を調査していたから見つけられたし、それを身につけられたのはヘレナ自身の素質だ。魔力だってわたしが増やしたんだけど、それはヘレナの器が大きかったから増やせたのだ。
ヘレナの力はわたしが全部与えたが、それはヘレナ自身に適性があったためだ。
しかし……いくら適性があったとして、わたしが力を与えたとして、それでヘレナに戦いに身を投じろだなんて言えない。言うつもりがない。
わたしはサラダを突っついているヘレナに優しく語りかける。
「別にヘレナが戦う必要はないよ。そもそも倒せるだけで、敵を前にして12文字もかけるだけの時間はないよ」
「そ、そうですか……」
それはどこか残念そうな、安心したような声音だった。
わたしはそれを朝食を口に運びながらただ聞く。ヘレナは黙ってサラダを食べる。まだ何か言うのかなーと思ったが、わたしのお皿がなくなるまで待っても再びヘレナの口が開かれることはなかった。
*
朝食を終えたわたしたちは一度ヘレナの荷物を取りに戻り、そのまま宿を後にする。
「これからどうする?」
賑わっている街をぶらぶらと当てもなく歩きながら、わたしは眉間にシワを寄せているヘレナに声をかける。
するとヘレナは一瞬ハッとした顔をする。
「そ、そうですね……うーん、どうしましょうか……」
言って、ヘレナは何かを探すように空に視線を彷徨わせる。
今、ヘレナの頭の中はどうなっているのやら……。まぁ色々な考えがぐるぐるとかき回っているのだろう。自分の力のこととか、ブタのこととか、……それとわたしのこととか。複雑なことをいくつも……これからどうするかなんて考える暇すらないと思う。
気をきかせて、ではないがわたしはそんなヘレナに提案する。
「じゃあ遺跡に行く? ここに来た目的はそれだったよね」
するとピッタっと歩みを止め、しかしヘレナは答えずすぐにわたしの背を追ってくる。
そしてあてもなくさまよっている内に一周して来てしまったのか、ギルドが見えて来てしまった。
「そ、そうです! 今日は休みにしましょう」
ヘレナはギルドが目に入った途端、焦るようにそんなことを言った。
そんなヘレナをふふっと笑って、いいよと言ってわたしはギルドに向かって行く。
しかし、ヘレナはギルドに入ったものの、それっきりまた口を閉ざしてしまった。
「はむ……」
大きな骨つき肉を頬張りながら、正面に座ってレンの実のジュースをちびちび飲んでいるヘレナに視線を向ける。
なぜ彼女はここまで悩んでいるのか、と。
確かヘレナの家の家訓は人助けとかだった気がする。今まさに魔王軍によって死んでいる同種がいる中、わたしといたい、だなんて自分勝手な願いで、カレンの申し出を断ってしまった。あの時ヘレナが何も言わず、素直にわたしが帰っていたら、カレンは本当に魔王を倒していただろう。
まぁ、今の魔王を倒したところで……なんだけど、人種が少し楽になることには変わらない。
また、ヘレナには魔王を倒せるだけの力がある。だけど敵地の真っただ中に行く勇気だなんて持ち合わせていないだろうし、文字をかいている間は無防備になることも懸念になってしまうのだろう。
わがままを言わなければ……勇気さえあれば……。
だけどさ、そこまで思えるのはいいことだと思うよ。何せついこないだまでは、石のオオカミにさえ苦戦していたのだし、人種の魔法すらまともに使えなかったんだからさ。
わたしは暗い表情のヘレナに明るく声をかける。
「ねぇ、ヘレナがそこまで悩む必要はないよ」
「……はい?」
言うと、ヘレナはふっと顔を上げわたしを見つめる。
「もしカレンが魔王を倒していたとしてもまだまだ敵対する魔族はいるし、ヘレナだって12文字も使うとしばらく動けなくなるんだよ」
それにね、とわたしは優しく続ける。
「ヘレナが魔王に挑むのなら、わたしは護衛をしない。それは依頼内容に著しくはずれているからだよ。だから今まで通り勇者召喚を探せばいいよ」
「そ、それは……。いえ……そうですよね。アリシアも魔族ですし、同族殺しは嫌ですよね……。分かりました、探します」
ヘレナはようやく決着がついたのか、召喚方法を探すということで納得したようだ。
まぁしかし、ヘレナはひとつ勘違いをしている。
それは、わたしが同族殺しを嫌うってことだ。……別にわたしは相手が同族であろうと、気に入らなければ平気で殺せる。。そもそもわたしの国から自分の意思で出て行ったのなら、それはわたしの守護を受ける気がないと言うことだ。
わたしは自分の国の者は絶対に殺しはしないが、その他にはそこまで興味がない。その気になれば魔族なんていくらでも増やせるし、ちょっと馴染みのない者が減ったところで思うことなどないに決まっている。
ただこんなことは言わなくていいだろう。ヘレナが良い方に勘違いしているのなら、気づくまでそうしておいた方が良い。
わたしはそっとコップを傾け喉を潤し、一息吐いて言葉を出す。
「うん、それが良いよ」
「そうですね」
それからはゆっくりと安らかに食事を楽しむことになった。
ここだけが……わたしとヘレナの座る周りだけが、このどこもかしもお祭り騒ぎの街で取り残されているような感じがした。




