26話 片付け (sideヘレナ)
「さぁ、ヘレナをからかうのはこれくらいにして、そろそろ後片付けしないとね」
さんさんと輝く太陽の下、アリシアはそれに負けないくらいの笑顔を浮かべ私の背中の向こうを見渡す。
私もそれにつられて後ろを振り返ってみると……。
「そ、そうですね……これは、ちょっと……」
振り返った先にあった光景それは……。
よく手入れされていた緑の床は鮮明な赤に染まっていて、周囲の花壇にはある意味真っ赤なお花が咲いていた。また、赤い液体の独特の鉄の匂いがこの庭園に充満していた。
それに私は戦闘中にかなり大きな音を出していた。この屋敷があるのは上級区といって、貴族や裕福な商人のみに屋敷を構えるのを許された地区だ。そんなところで爆発音がすればすぐさまに警備兵が飛んでくるだろう。ここが領主宅なのだからなおさらだ。
私はそう思い当たると、急に汗がダラダラと吹き出していくのを感じた。
「どどど、どうしましょう⁉︎ アリシアの便利スキルでなんとかできますか⁉︎ ってかしてください!」
勢いよくアリシアに詰め寄っていき、目を食い入るように見つめて肩をブンブンと激しく揺らす。
すると、アリシアは肩を掴んでいる私の手をポンポンと軽く叩き、声を震わして言ってきた。
「へ、ヘレナ……ぐ、ぐるじい……。なんか図太くなってきたよね……」
「あ、ごめんなさい。つい焦ってしまって……」
苦しそうに顔を歪ますアリシアを見て、気がはやりすぎていた自分に気づいて少し後退り、行先のなくなった手をふと頭にもっていき、誤魔化すように髪を整える。
「ううん、いいよいいよ。それにそんなに焦らなくていいよ。ヘレナが戦闘に入る前から結界張ってあげてたからね。外には一切音が漏れていないから問題ないよ」
「そ、そうですか……それなら一安心です」
アリシアは自慢げに胸を張ってそう言い、その言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろす。
しかし、私は今の庭園の現状を思い出し、まだ何も解決していんだと知る。
ただ……この惨状は自分でしでかしたこととあって気後れしてしまう。だけどなんとかしなければ指名手配され、家族はみんな打ち首になってしまう……。
「そ、それで、その……。遺体はどうしたらいいのでしょうか? あと……伯爵を殺してしまったのですけど……隠蔽できないでしょうか……? 」
湧き出す不安を押し隠し、視線を手元に向けて問う。
するとアリシアはのほほんとした笑い声を上げ、私にやさしい微笑みを向けてくる。
「大丈夫だよ。わたしがうまくやるからさ。絶対にヘレナが罪に問われることなんて――」
「? どうしたのですか?」
ゆっくりと私をおちつかせるように話していた声が突然途切れてしまい、どうしたのかなと思い顔をあげてアリシアを見る。
すると言葉を止めたアリシアは真横を向いて虚空をジッと見つめていた。
そしてそんなアリシアがふっと楽しげに笑みを浮かべ、弾んだ声でその虚空に向かって語りかけた。
「へ〜珍しいこともあるものだね。君が部屋から出て来るだなんて。まぁとりあえず出てきなよ……ルミエ――」
アリシアが誰かの名をそっと呼ぶ。
そして、アリシアの見つめていた虚空がパキッパキッと音を立ててひび割れていき、次の瞬間――バリンッと凄まじい音とともに空中に黒い穴がぽっかりとあき、そこからお人形のような少女がのそのそとゆっくり歩いて出てきた。
「よく来たね〜。んー今日も可愛いよ〜」
「…………。」
アリシアは自身よりも小さなその少女をがしっと抱きしめ、頭をわさわさと撫で回している。アリシアに抱きつかれた少女は無言ながらとても幸せそうな表情でアリシアのなすがままになっている。
「どうしてきたの? と言うかなんで部屋から出る気になったの?」
「……。…………!」
「うへ……カレン相当怒っているんだ……。帰りたくないね〜」
何故かアリシアは身振り手振りだけの少女と会話が成立しているらしい……。
未だアリシアの腕の中でうごめいている少女……。チラッと見えたが、彼女の瞳は真っ黒だった。そしてアリシアよりも長く地に着くくらいの黒い髪……。何故かそれを見ていると吸い込まれていくような錯覚を覚えてしまう。
そのせいなのか、彼女をジッと見つめているとなんだか頭がクラクラしてきだし、少しよろめいてしまった。
アリシアはそんな姿が目に入っていたのか、少女を撫でるをやめて私に向かって手を出してきた。
「ごめんね。忘れてたよ何せ久しぶりだからね。さ、ちょっと手を握ってくれる?」
「……は、はい」
頭の中がぐるぐるとして気持ちが悪いのをなんとかこらえ、差し出された彼女の手を握る。
すると手を取った瞬間、暖かいような冷たいようなナニカが身体に入って来るのを感じた。
私はそれに少しビクッと肩を震わすが、次の瞬間にはその感覚がなくなっていた。そして不思議なことにさっきまであった気持ち悪さも無くなっていた。
「な、なんだったのですか……」
まだハッキリとしない頭を掻きながらアリシアに問いかける。
そうすると彼女は握っていた手を離し、目の前で振って大したことはしてないよ、と言って続きを話す。
「ルミエはちょっとワケありでね。あの子はまだ完全に魔力を内に押しとどめることが出来ないんだよ。まぁルミエって私を抜くとダントツの魔族で1番の強者だからね〜。魔力の量も質もエゲツないからさ、それに耐えられるようにヘレナに耐性をつけてあげたんだよ」
「そ、そうですか」
「…………。」
「うんうん、よしよし謝れてえらいよ〜」
アリシアは無言で頭を下げたルミエの柔らかそうな黒髪を優しく撫でている。またそのルミエはとても満足げな表情をして笑っている。
そして一方の私はというとポカンと間抜けな表情を晒していた。
言われたことが全く理解できていないのだ。
ただそれは当然なことだろう。何せ突然きた少女がアリシアを除くと一番の強者だと言われたのだから。
今この場には魔族の頂点と二位がいる……。
別に怖いとかじゃない……。ただただ、なんでそんな人――魔族が来ているんだ? という疑問でいっぱいなのだ。
私はたじたじと言葉を出す。
「あ、あのその……ルミエさんはそんなにお強いのですか?」
「んーそうだけど……。何故『さん』付け? 私は初めから呼び捨てだったのに」
「え⁉︎ アリシアはその……」
「その、何?」
「い、いえごめんなさい! そ、そのですね……ルミエはそんなにお強いのですか?」
アリシアの向けて来る言外の圧力によって私は誤魔化すことしか出来なかった。
だって……アリシアはアホっぽいからです、だなんて口が裂けても言えない……。
私の苦し紛れの話題振りに、アリシアはなんだかなぁとボヤきながらしぶしぶと答えてくれる。
「まぁルミエは一番最初に拾った子なんだよね」
「拾った?」
アリシアはルミエを抱きしめて髪を撫でながら話している。そして早速疑問に思ったので聞くと、また今度ね、と言ってアリシアは話を続ける。
「それで強くなりたいって言うからさ、まぁこの子自身魔法の才能もあったから鍛えまくったんだよね〜。それにカレン拾うまで結構期間があって、ルミエは一対一で魔法を教えることが出来たんだよ」
話しながらルミエの長くてふわわふわな黒髪をさまざまな髪型に変え、当の本人は空を眺めながら懐かしむように言葉を紡ぐ。
「それでちょっとやり過ぎちゃって……。低級の神程度ならボコボコにできるくらいに育てちゃったんだ」
てへっと舌をだし、可愛く首を傾げ、やっちゃたんだ〜とけらけらと誤魔化すようにアリシアは笑みを浮かべる。
そしてもちろん私がそんなことを聞いて取り乱さないわけもなく、アリシアに詰め寄り、胸ぐらを掴んで激しく揺らす。
「な、なんて事してるんですか⁉︎ か、神を軽くボコるって⁉︎ そんなの敵対されたら人種に勝ち目あるわけないでしょ⁉︎」
「あはは〜おかしなこと言うね〜。そもそもわたしがいるんだよ? まぁこの子もわたしも積極的には襲わないからさ〜。あ、あと……そろそろ……気持ち、悪い……」
「知りませんよぉぉぉ!」
もぉぉ、と叫びながらアリシアを揺らしていると、私の手が下からガッシリと掴まれ、動かそうとしても何かに固定されているように動かすことが出来なかった。
なんだろ? と掴まれている手をたどって視線をおろしていくと、宝石のような真っ黒で澄んだ瞳とぶつかる。
ルミエは何を考えているか分からない目をしていて、それは本当に私を見ているのか疑問に思えて来た。
しかしそんな考えを遮るようにルミエが何かを言ってきた気がした。
「…………。」
「え……? あ、あの何か言いましたか?」
「…………。」
ルミエの口がほんのり、それこそジッと観察しないと分からないくらいに動いたように思えた。
そして少しの間、私がほんのわずか動く唇をジッと見つめていると、アリシアはまぁ当然だよね、とまた楽しそうに笑い声をあげた。
「わたしも襲わないって言っているんだよ〜。ルミエって極度に声がちっちゃくてさ〜普通じゃ聞き取れないんだよ」
「そ、そうですか。すみませんルミエ……取り乱してしまいました」
「……。」
「別にいいよ〜だってさ」
私は襲ってこられたらマズイ! と思ってしまったことに恥ずかしく思ってしまう。何せあのアリシアの関係者だ。しかも古くからの付き合いだというのならアリシアの魔族らしくない考えに染まっていると考えられそうなものだ。
私が縮こまっていると、アリシアはそれでね、と話を戻した。
「この子には非戦闘系の魔法しか教えていないんだけどさ、何故かかなり強くなちゃったんだよ」
「非戦闘系……だけですか……?」
「うん。この子以外に拾った子はあと6人いるんだけど、その全員と一斉に戦っても余裕で勝っちゃえるんだ。その6人もかなり強いんだよ? 1人で人種と魔種を滅ぼせるくらいには……。でもルミエには手も足も出ないんだよね〜。あはは、ほんとやり過ぎちゃったんだ〜」
「そ、そんなに……ですか」
軽く指をくるくると回し、なんでもないようにアリシアはそう言った。抱きつかれているルミエも何を考えているか分からない目でずっと私を眺めているだけだった。
そして、私は魔族というのは末恐ろしい種なんだと思った。
何せ1人で世界を滅ぼせて、挙句には神様をボコボコにって……もう驚き過ぎて、一周回って別におかしくないんじゃないか? なんて思えてきた。
私は先程とは違う理由で頭が痛くなり、片手で前髪をかきあげながら一つ質問する。
「その……ルミエの魔法ってどんなものなのですか?」
問うと、アリシアはどういったものかな〜と顎に手を当て首をひねる。
「んー簡単に説明すると、探知と隠蔽かなぁ。まぁちょっと違うけど、その魔法を使って炎とか氷とか、時間や結界とかを『消す』んだよ。それに物理で行っても簡単に避けるし、目み見えない速度で動くし……もっと色々とね」
「あの……それは十分戦闘系なのでは?」
「いや違うよ。非戦闘系の魔法を応用して使っているだけ。だから本質は全く変わっていないんだよ」
分かりません……と頭を悩ませていうと、アリシアはからからと笑い、そうだろーねと言って話を変えた。
「まぁルミエの話はここまでね。これ以上は魔法の話になるし。それにそろそろこの血とか残骸とかの後始末しないとだからね」
「そ、そうでした⁉︎」
言われて思い出したが、この庭園は酷い有様になっているんだった……。ルミエの登場ですっかりと頭から抜けてしまっていた。
キチンと後始末をしてもらえなかったら、家族に迷惑をかけてしまう……。
私はそんな不安を瞳に揺らし、アリシアをジッと見つめる。
するとアリシアは抱いていたルミエをパッと解放して、ふむふむと頷きながら庭園の惨状を観察し出した。
「うーん……。めんどいなぁ〜」
「な、何言っているんですか⁉︎」
「えぇ〜だって〜」
だってじゃないです! とうなだれているアリシアに詰め寄る。
彼女になんとかしてもらえなければ、もうどうすればいいのか分からない。私はれっきとした貴族殺しだ。それは罪に問われることだし、その罪は一族みんなの首が飛んでしまうようなものだ。
何せ国に仕える貴族を殺したのだ。それすなわち国家反逆と捉えられてしまう。
それだけはダメだとなんとか片付けてくれるようにアリシアに頼み込む。
「あの……本当にお願いします……。つい跡形もなく殺してしまったのは私です……。殺しは罪に問われるのも分かるのですが……。……あんな汚れたブタを殺しただけで一家皆殺しは嫌なのです……」
ジッと澄んだ青い空色の瞳を見つめる。
するとアリシアは遠くの空を見つめながら、ふぅと息を吐く。
「ちょっとやり過ぎちゃったかなぁ……。……いや何でもない。いいよ、でも私じゃなくてルミエに任せようかな」
言って、アリシアは同じように空を見ていたルミエにやってくれる? と聞く。
するとルミエはコクっと小さく頷き、そっと腕を上げ、アリシアがするように腕を軽く振るう。
「な⁉︎ き、消えました……。アリシアと……同じ……?」
ルミエが腕を横に振った瞬間――盗賊の遺体が消え、辺りそこら中に散らばった中身と液体も全てが瞬きの間にその姿を消してしまった。
また、私の呟きに返ってくる声はなく、代わりにルミエは再度軽く腕を今度は上から下へと振り下ろしていた。
今度は何が起こるのか……と身構えていたが、特に変わったことが起こらず、隣でアリシアが偉いねーとルミエの頭を撫でていた。
「な、何をしたんですか?」
アリシアが褒めているということはルミエが何かをしたのだろう。そしてその結果この件は解決されたのだと、そう考えるのが妥当だ。
だから私は何が起こってどう解決したのかが知りたい……。自分でしでかしたことは知っておきたいのだ。
アリシアはルミエを撫でるのを止め、私を静かに見つめゆっくりと口を開く。
「事実を隠し、嘘を真実にした」
アリシアはごく当たり前のようにそういい、変わらずジッと見つめてくる。
そして私がイマイチ要領を得ていないと見抜くと、もう少し分かりやすく説明してくれる。
「伯爵は盗賊たちによって殺されその後魔物に食われた、その盗賊たちもあっけなく魔物に食い殺された。それがこの件の結末になった」
言うと、場に沈黙がおり、一筋の風が吹く。
その風に髪をさらわれながら、私は言われたことを飲み込もうとする。
何が起こったか――いやどう結末が付いたかだけは分かった。……しかしその方法が分からない。
ルミエがアリシアと同じ動きをして、それで使ったのが『スキル』または『魔法』だとしてもだ。事実を書き換えるだなんて……ありえないことだ。もはや神の仕業としか思えない……。
彼女たちは一体――
「ヘレナ、それは考えても答えは出ないよ」
「へ⁉︎」
心を⁉︎ 突然思考に合わせて声をかけられ胸がドクンと跳ねた。
アリシアは遠く空を見つめ、そして次の言葉は私に言っているのであろうが、違う誰かにも語りかけているような気がした。
「知りたければ彼女に聞くといいよ。もうすぐくると思うからね……」
アリシアはそう言ってルミエを抱き寄せ、顔をムニムニと引っ張ったり、頬ずりをしたりしている。
アリシアの言った『彼女』とは誰なのだろう。そしてその『彼女』とアリシアはどんな因縁があるのだろう。
アリシアの寂しそうな、悲しそうな、嬉しそうな、嫌そうな、楽しそうな、煩わしそうな、……さまざまな想いが読み取れるその表情は、私が今までに見たどんなモノよりも、美しとさえ思えた。
「うげっ……! そういやルミエがいるってことは……はぁ……」
その綺麗だと思っていたモノが突然に苦虫を噛み潰したような顔になり、空の一点を忌々しく睨みつけている。
はぁ……この魔族は……。まぁそれでこそアリシアらしいですね。
それで……今度は何が来るのでしょうか……。問題ごとじゃなければいいんでけどね。




