24話 お人好し
さて、問題です。
料理をより美味しくするためには何が必要でしょうか? シンキングタイムは諸事情によりありません!
はい、答えは『金』です。時に『愛情』などと言われることがあるけど、結局のところ『金』を使えば使うほど美味しい料理を作れるのです。
最高の料理人を雇い、最上の食材を集め、高級の調理具を揃える。加えて、料理を食べる環境、その料理を彩る食器などなど……。
一重に料理といっても楽しみ方がいろいろある。舌で味わい、目で感じ、鼻で楽しみ、耳を澄ませる。そういった色々なものを揃えるには、やはり『金』の力がどうしても必要になってくる。
丁寧な装飾が施されたお皿に美しく盛られた新鮮な野菜。口の中に入れた途端溶けたかと錯覚しそうな甘いお肉。色々な味が溶け込み調和しているスープ。
あぁ、認めるよ。確かに美味しいよ。人種程度がこんなものを作れるとは思わなかった。
先の『料理をより美味しくするものは?』と質問してきたのはデプオ伯爵だ。ヘレナはマジメなことに答えようとしていたけど、考える暇なく『金だ』とあのようにデプオがげふふと笑いながら答えやがった。
デプオは食卓に並べられている料理を、趣味の悪い『椅子』に座ってがつがつと食べている。貴族だというのにヘレナの優雅さのかけらもない。
わたしはヘレナがデプオと話しているのを横目に目の前の料理をボソボソと食べている。
するとヘレナとの話に一区切りついたのか、デプオはその汚い笑みを向けてきた。
「どうですかな? 庶民の調理とは比べ物にならないでしょうぞ!」
「まぁ、そうだね。美味しいよ」
機嫌のいいデプオとは対照的にわたしはすこぶる気が悪かった。しかしあのブタは気にもしてないようだ。
「でしょうな! そなたの食べているもの一つで庶民は5日食べていける金がかかっていますからな!」
「はいはい、それは凄いね」
デプオは口の中のものを散らばせながらそう自慢げに言う。そして彼の自慢はまだ止まらない。
「その食器も王都の有名な職人のものでしてな、カーコフ家はどれだけもがいても手の届かないほどのものなのですぞ!」
げふふと鼻を鳴らし、ヘレナを見下すように視線を向ける。それを受けたヘレナは身を縮こませ、暗くうつむいている。
正直、わたしの怒りは限界なんだけど、まだ暴れるわけにはいかないのでじっとしていた。しかし……しかし次にデプオが言ったことでどうにかなりそうになった。
「この『椅子』も競り落とすのに苦労しましたぞ! 何せエルフだなんて珍しいですからな!」
「ねぇ……ころ――」
「そ、そうなんですね! 珍しいですものね!」
「……うぇうぇな」
殺すぞ? とブタに向けて魔力を全開放してやろうとした時、となりに座っていたヘレナに口を手で抑えられ、魔力を放出するのを止められてしまった。
わたしはヘレナをキッとにらんで抗議の声をあげるも、やめて下さい! と小声で言われた。ここで伯爵が死んでしまえば、ヘレナの家族全員が打ち首だからだそうだ。
本当にしょうもないと思う。人種はこんな汚いモノをのさばらせておいて、それを掃除したら、その掃除の関係している全てを殺す? バカバカしい……!
*
これはわたしたちが案内人に連れられてこの部屋に着いた時のことだ。
その時はまだデプオはいなかった。
部屋に入り隣同士で席に座っていると、少し経ってからわたしたちが使った扉とは違う方が開いた。
1匹――いやヘレナ風に言うなら、一人の何も着ていない目に光を灯していない女エルフをデプオは首輪に繋がれた鎖を引っ張って連れてきたのだ。
そして上座にそのエルフを四つん這いにさせ、その上にどかっと座り込んだ。多分そのためだけに上座は少し床が高くなっているのだろう。
わたしたちは当然のようにそんなことをしたブタを目を見開いて見ていた。一方は怒り、もう一方は驚愕だったが、ヘレナがそんな反応をしてくれて嬉しいよ。
そしてごく自然に使用人たちが次々と料理を卓に並べ、ブタは並び終わらないうちから食べだし、少ししてヘレナと話し始めた。
わたしは怒りを誤魔化すように料理を食べつつ、濁ったような金髪の小柄なエルフの『中』を魔法で覗いてみた。
……そしてわたしは……わたしはもう彼女を殺してあげたくなった。
エルフは人種の中でも長命だが、多分彼女は見た目通りの年齢なのだろう。
わたしはそのエルフの『中』を見ることが出来なかったのだ。いや……見れたことには見れた……。しかしそこには何かが砕け散らばった残骸しか残っていなかったのだ……。
もうあの小柄なエルフの少女には『痛み』も『苦しみ』も何もない。そこにあるのはただただ『無』だけだ。
もはやあの少女は……エルフをかたどって作られたただの自動人形に成り果ててしまっている。わたしでは彼女を元の状態になんて戻せない。
彼女は現状を嘆いてなんかいない。何せそんなことすらも『想う』ことが出来ない。
あのエルフは生きたいとも死にたいとも願っていない。それなのにわたしが殺したいと思ったのは……ただ見ていられないからだ。
現状において心を治せるのは一人しか知らない。そしてそのアホは今地上に顕現することが出来ない。だからこそあのエルフを殺し、魂を神界に送ればどうにかしてくれると思ったからだ。
ただのエルフである彼女では神界の空気に肉体が耐えられない……。だからこそ魂でも救済したいと……そう想った。
ぐしゃぐしゃと汚く食べ散らかしているあのブタは、料理は金をかければ美味いものになる、だなんて言っていたけれど、わたしはそうは思わない。
あのブタは『愛情』はくだらないと言っていたけれど、わたしはそうは思わない。
カレンが作ってくれる料理は、いっつも皆んなのことを考えて丁寧に作ってくれたものだ。
ギルドで食べたものや宿屋のオッちゃんやオバちゃんが作った料理、それらは食べてくれる者が少しでも元気になれるようにと願ったものだった。
今目の前の卓にある料理――あぁ、認めるよ。確かに美味しいよ。人種程度がこんなものを作れるとは思わなかった。
だけど……だからこそギルドや宿で食べた料理のほうが断然美味しいよ!
ブタが用意したこの料理は『美味しい』けれど全く『心』が満たされない!
食事は腹を満たすものだけど、それと同時に『心』も満たすものであるはずなのだ。
この料理はこの旅で食べてきたどんなものよりも不味い。それこそヘレナと火を囲んで食べた保存食や塩のスープの方が何倍にも美味しいと言えるよ。
なぁ君はこんなものを創りたかったのか? こんなものを願っていたのか? 今どんな気持ちで見ているんだい? 間違いすぎていて汚れきっているこのブタを、君はどう思っているの?
あぁ、早く……早く来てくれよ……。わたしは聞きたいんだ。
――こんな奴らを魔種から守る意味はあるのか?
隣の席でばたりと卓に倒れるような音が聞こえた。わたしもそれに倣って卓にばたりと倒れる。
上座の方からは汚い高笑いが聞こえる。何がやっただ……何が成功だ……。お前のような汚れきったゴミはヘレナが止めていなかったら、それか近くにさえいなかったら『魂』ごと蒸発させてやっていたんだぞ?
「ア、アリシア……逃げ、て……」
ヘレナは薄れ行く意識の中、繋ぎつなぎ言った。
アホだなぁこんなときに、と内心ため息を吐いてヘレナににこっと微笑む。
「分かったよ。わたしは手を絶対に出さないよ。……うふふん。本当にヘレナはお人好しだね」
そう言ってわたしは全身の力を抜いて卓に自分の全てを預ける。
「じゃあヘレナに任せるよ。それとわたしは逃げないよ? 恥だからね。ヘレナの好きにしてね。あぁでもわたしはヘレナが壊れる直前には動くからね」
「……そ、そんなの……だめ、で……」
ガクっとどうにか繋いでいた意識が途絶え、ヘレナも卓に全てを預けた。
頑張ってね。わたしは事の顛末がどうなるか、楽しませてもらうよ。
はてさて、ヘレナはどうするつもりなんだろうね……。
***
ここはまだ人種が辿り着けない場所。天を突くような塔――それは人種達が封印指定にそたのダンジョン。その最上階でまったりとくつろいでいる二つの影があった。
「やっぱここにもいねぇー」
ダンジョンの最上階の半分を埋め尽くしている柔らかいぬいぐるみに埋もれ、どうにか抜け出し額の汗を拭っている男の名はガフス。序列は七位だ。
この最上階はアリシアの秘密基地であり、しかし長年使っていなかったために随分と埃が溜まっており、ぬいぐるみに包まれていたガフスは薄汚れていて、真っ赤で鮮やかだった短な髪はくすみまくっていて、むしろ朱色のようになっていた。
「だろうね〜。あれ? 汚くない? ちょっと近寄らないでね? キモイし」
する汚れたガフスを蔑むように目を細め、肩にかる青みがかった白銀の髪を片手で払って言う女はオーリア。序列は四位。
彼女の周りにはキラキラとしたものが漂っており、それが誇りを寄せ付けないようにしていた。
「あぁ⁉︎ んだとオーリア! 燃やすぞてめぇ!」
「ふっ。ガフスなんかの生温い炎なんて簡単に凍らせられるし〜」
「あ⁉︎ やんのかぁこら⁉︎」
きゃははと嘲るように笑い、赤いオーラを漂わせるガフスを煽る。
そして、オーリアはほおにちょこんと指をあて首を傾げ、キョトンと視線を斜めに上げて間延びした声で言う。
「で〜も〜。ここってアリシア様の『大事な』ぬいぐるみがあるよね〜」
「て、てめぇ!」
「あっれ〜? 燃やすぅ〜って言ってなかった〜? あれれ〜?」
うん? うん? とオーリアは髪と同じ色の目をキラキラと輝かせながらガフスに煽りながら近寄って行く。
「一つでも焼けちゃったらアリシア様悲しむだろ〜な〜。あ、そうそう。やるならさっさとやろうよ〜」
「く、くそ! やれるわけねぇだろ!」
「じゃ、わたしの勝ちってことでいいね。うふふん。また勝っちゃった〜」
オーリアはイェーイとガッツポーズを掲げ、ガフスは緋色の目にやるせなさを浮かべ、ポフポフとぬいぐるみにやつあたりしている。
「まぁそれは置いといて〜。アリシア様見つからないね〜」
「ん? あぁそうだなぁ」
二人が言葉を交わしたとたん、今までの緩んだ空気が一転して、張り詰めたものになり始めた。
「ねぇ……これってちょっとまずくない?」
「あぁ……アリシア様は目を離すと何をしでかすか……捜索を始めて何日だぁ?」
「覚えてないし〜」
はぁ、とため息を吐いき暗い顔をして、なんで……と小言を言い合っている。
するとオーリアは何か言いづらそうにしながら口を開く。
「あ〜」
「んあ? なんだよ」
「一もカレンにこき使われて出したらしい……」
「は⁉︎ あの引きこもりがか⁉︎ よくカレンは部屋から出したな……。まじ尊敬するよ」
オーリアはわたしも〜、と全力で驚いているガフスにため息混じりに同意した。
そしてガフスは不思議に思いつつも納得したように頷く。
「まぁあいつに任しときゃ解決だわな、俺らはもう撤収していいのか?」
「まだだって〜。さっき追加の情報きたんだけど〜。どうらや一は人種の住む方へ走っていったみたいだよ〜」
「はぁ⁉︎ もう驚きがたんねぇよ! 何してんだアリシア様⁉︎ 問題起こす気しかねぇだろ!」
「だよねぇ」
ガフスは頭をガシガシかき、オーリアは乾いた笑みを浮かべやれられと手を振っている。
それもそうだ。アリシアがしてきた『問題』は一番近くにいた側近達が知らないわけがない。アリシアが問題を起こすたびにそれを解決しまわっていたのが側近達であり、そうしていなければ今頃世界は混沌とした状況になっていただろう。
また、ここのところアリシアは引きこもっていたため、『問題』を一切起こしていなかった。あったとしても魔王城の半壊程度だ。
だからその反動が怖いのだ。やっていない期間が長かったため、次に起こす『問題』がどのような規模になるか分からないのだ。
「さっさと行くぞ! こんなとこにいる場合じゃねぇ!」
「言われなくても。あ、それ以上近寄らないで。汚いから」
「んあ⁉︎」
ぬいぐるみだらけだったダンジョン最上階から二つの影が立ち去っていった。
そしてその二つの影は天高く舞い上がり、炎と氷の翼をそれぞれ背中から生やし空を目にも留まらぬ速度で駆けて行った。




