23話 とりまごはん
賑やかなのはいいことだ。何せそれだけ繁栄しているという証拠だからだ。ただ人種は魔王に襲撃されているというのにこんなに呑気でいいのか? なんて思うけど、この街は戦地から遠く離れているし自分のこととは思えないんだろう。
人種の心理なんてそんなものだ。誰かが不幸で辛い目にあっていたとして、それが自分の身に降り注がない限り、その全てが人ごとであり関係のないものとして気にすることがないのだろう。
とある世界には『明日は我が身』という言葉があった。それ知ったとき、なんて少ない文字で的確に言い表しているんだろうと感心した。
危機なんてものは誰しもの頭上に漂っているものなのだ。しかも現在は襲撃を受けている真っ只中だ。その危険はとても濃いものになっている。
やいやいと言い争っている彼ら、和気あいあいとしている彼ら、無邪気に走っている彼ら、手を繋ぎ歩いている彼ら……。
この名も知らない街はとても賑わっている。さもどこかが戦火に包まれていることを知らないような騒がしさだ。
たしかにアーレンキーのように沈没しているよりかはまだ良いのかもしれないが、わたしはこの街の現状も良いものとは思えない。
明日は我が身だ。……それをわかっていないものが多すぎる。
そうさしあたっては、ひっそりとした店で休んでいたわたしとヘレナの目の前にいる意匠が凝った服で身を包み、ガッチリと護衛で身辺を固めているでっぷりとした男のヒューマンのことだ。
そのでっぷりとした男……略してデプオが荒い鼻息をたてて口を開く。
「ふほほ、これはこれはカーコフ男爵の娘ではないですか。タレスの街に何かご用でもあったのですかな」
むふーと息をついて少し早口にそう言い、ヘレナは答ずらそうに身を竦めている。
「お、お久しぶりです……。デプリシオ伯爵様」
「ぶはっ‼︎」
わたしは目の前のデブの名前を聞いて、思わず吹き出してしまった。
だ、だってデプリシオを略すとデプオだよ⁉︎ これで笑うななんて……そんなの絶対無理だよ⁉︎
ゲホゲホと笑いすぎてむせていると、ヘレナが心配気な表情を浮かべ声をかけてくる。
「ど、どうしたのですか⁉︎ 大丈夫ですか⁉︎」
「あ、う……うん。大丈夫大丈夫。予想外に予想が当たってさ、それが可笑しくって」
「はぁ? よく分かりません」
ヘレナはイマイチわかっていないようだけど、もうね……わかっちゃったら可笑しくてしょうが無いと思うよ。
未だ思い出し笑いが止まらないわたしをよそに、デプ……デプオがヘレナに話しかける。
「ふひ。それでこのお嬢さんは? 貴女の側使えですかな? いやはやカーコフ家にも使用人を雇う余裕があったのですな!」
ぶふふとキモい笑い声をあげ、ヘレナを嘲るようにそう言う。
するとヘレナはますます体を縮こませ、おどおどした声で返す。
「あ、えっと……。この方は訳あって護衛をしてくれている者です。……護衛のついでに美味しいものが食べれたら良いと言ってくれて、護衛料はいらないと……はい」
言葉がヘレナの口からでていくにつれだんだんと弱々しいものになっていき、最後の方は聞き取るのが難しくなってしまっていた。
なんでこんなにもヘレナは萎縮しちゃっているのかな? なんて思っていると、そんなヘレナの態度に気を良くしたデプオがさらに鼻息を荒くする。
「ぶふー。こんな小さな少女が護衛ですかな? ぶはは! カーコフ家はついにそこまで落ちてしまったのですな! そこまで落ちたと言うのならいっそのことその少女を騙して売ってしまって金にした方がいいですぞ。なに高く売れますぞ? その金で新しい護衛をやとったほうがよろしいですな!」
言われた言葉にわたしは怒りが沸き立ってきた。小さいと言われたことも大問題だけど……問題なんだけど! それ以上に汚れすぎていて生かしていることが我慢ならないのだ。
しかし隣にいるヘレナが、抑えてください……お願いします……! と小声ながらも必死な顔をして言ってきたので、どうにかその怒りを収める。
一瞬、なんで? と思ったけど、このデプオは貴族であり、わたしはヘレナ付きの護衛と言うことになっている。わたしがこいつを殺すと、ヘレナ――もっと言えばヘレナの家が少なくない被害を被ることになるのだろう。
だからわたしは握りこぶしを固くし、どうにか静かにすることに徹する。
わなわなと震えているわたしを見て、何を勘違いしたのかデプオがまた鼻息混じりの笑い声をあげる。
「ぶふふ。冗談ですぞ冗談。伯爵たる者洒落の一つでも上手くないといけませんからな!」
「は、はいお上手ですね〜」
それからはデプオが機嫌よく話し、それをヘレナがオドオドしながら相づちする、を何度か繰り返していた。
そんな会話の気持ち悪さを運ばれてきたお茶で飲み下していると、ついにわたしにも話が飛んできた。
「おぉ〜そう言えばそこのお嬢さんは美味しい食事を求めて護衛をなさっているのでしたな!」
話しかけられて、言葉すら交わしたくなかったけど、ヘレナがわなわなとせわしなく指を組んでいるのを見て、仕方がない……と内心ため息を吐きしぶしぶ答える。
「……まぁそうだね。ギルドとか宿で食べたのは美味しかったよ」
「おほふー。そんな貧相なもので満足なさっているのですかな? いやはや、やはりカーコフ家ですな」
ぶひひと声をあげ、デプオの周りにいた護衛の男たちもそれにつられてくすくす笑っていた。
それがヘレナには居心地が悪いのだろう、身を捩り、うつむいて暗くなっている。
しかしそんなヘレナのことは気にもせず、デプオはそのままの勢いで継ぐ。
「どうですかな? 一度本当の貴族の食事を体験して見ませんかな?」
「……ヘレナ」
わたしはすぐにでも断りたかったけど、ここで嫌だ! なんて言ったらヘレナがますます小さくなって死んでしまいそうだ。
だからわたしはヘレナにどうするのか、その選択を渡す。
ヘレンは重いであろう口をなんとか開き、言葉を紡ぐ。
「あ、あの……伯爵様のご厚意は嬉しいのですが……迷惑になるでしょうし……それに――」
「なに、迷惑じゃないですぞ。他領の貴族を迷惑がるなんてないですぞ。それに遺跡調査などという長旅で疲れがないですかな? 当家でゆっくりとしていきませんかな?」
ヘレナの言葉は途中で遮られ、結局その勢いで押し切られてしまい、わたしたちはデプオの家に招待されることになってしまった。
ただ、デプオが最後に付け足したことをヘレナは気になったようだけど、それを聞くのはダメだ、とわたしは少し威圧してヘレナを押しとどめた。
店の会計をすぐさま済ました後、わたしたちは表にとめられていた豪華な馬車に乗り、馬鹿みたいに騒がしい街を進んでいった。
***
豪華な馬車に乗って連れてこられた場所は、先ほどの街の様子と打って変わって、ひっそりとした雰囲気に包まれていた。
そして目の前にある贅を凝らしたようなものがこのタレスの街の領主たるデプオの屋敷だ。
上空に視線を移してその屋敷全体を見てみると、庭園や林などがあった。どれもこれもがよく手入れされていて飾られていて、まぁ悪趣味なものだとは思ったよ。
「お食事までこの部屋でおくつろぎになってくださいませ」
わたしたちは、屋敷に入ってすぐデプオの使用人にこの部屋に案内された。
当の本人はというと、いそいそと奥に向かっていってしまい、わたしたちはボケ〜としてしまった。
ヘレナは案内された豪華な部屋が貧乏性のせいで落ち着かないのか、きょろきょろしながら話しかけてきた。
「す、すごいですね……。いつも他家に訪れるとつくづく差を思い知らされます。……私って本当に貴族なんでしょうか……?」
「いやいや……。そこは意地でも胸を張ってよ。貴族のイメージが崩れるからさ」
「はぁ……そうは言いますけど。流石に落ち込みますよ……。私の家なんて客室もろくに用意できないんですよ?」
「う、うん」
ヘレナの身体からドス黒い負のオーラが漏れ出したような気がして、やばいマジだこれ……とちょっと引いてしまった。
しかし、ヘレナの家は貴族のくせに貧しいとは聞いていたけど、そこまでだなんて思わなかったよ。部屋すらまともに用意できないなんて……ヘレナの実家は食うにも困っているのかなぁ? 本当に言ってくれればお金になるものあげるよ?
そんなことを適当に考えていると、思い出したようにヘレナは口を開いた。
「そ、そういえばさっき伯爵様が――」
「そうだね〜ご飯楽しみだね〜」
言おうとした言葉を、わたしは口に人差し指を当てながら違う話で誤魔化す。
そして、口に当てていた手を軽く振ってこの部屋に結界を張る。
「な、何をしたんですか……?」
「幻惑の結界を張ったんだよ。初めから張っとけばよかったんだけど忘れててね。ヘレナが危ない話をしようとして思い出せたよ。まぁ効果はわたしたち以外には結界内の話が都合よく聞こえるってものだよ」
わたしの奇行にヘレナは戸惑いを見せ、変なスキルをまた使ったのかと聞いてきた。
だからその説明をちゃんとしてやる。簡単なことだ、まだ知られたくないことを内緒話出来るようにして、それを盗み聞いた者には自分たちに都合のいい話をしているように聞こえるのだ。
説明すると、ヘレナはハッとして真剣な視線を向けてきた。
「それは……盗み聞きをしている者がいるのですか?」
「うん、隣と天井裏に一人ずつ、それと魔道具が一つだね」
「な、何ですって! はっ!」
ヘレナは驚きのあまり大声を上げてしまい、それに気づくとまずい! とでも言わんばかりに目を見開き口を手で覆った。
しかし大丈夫だ。落ち着きのないヘレナにゆっくりと声をかける。
「結界を張ったっていったでしょ。今の大声もおおかた、やりましたわ! みたいに聞こえているから 」
「そ、そうですか……」
「うん」
言うと、話を戻すね、と言葉を継ぐ。
「ヘレナがさっき言おうとしたのは、なぜ伯爵はヘレナが遺跡調査をしているのか知っていたのか? だよね」
「は、はいそうです。私が調査をしているのなんて学長くらいしか知らないのですよ。それに誰かに言ってもバカにされるだけなので……他言したことはないです」
「……」
ヘレナはキリっとそう言った。ヘレナは自信満々にそう言った。
あぁ……ヘレナがアホでよかったって初めて思ったよ……。なんだろ……涙が出てきそうだよ。……かわいそう! かわいそうすぎるよ!
ヘレナって卑屈すぎだとつくづく思っていたけど、環境が悪かったんだろうね……。
うんうんと優しい眼差して頷き、そっと言葉を出す。
「大丈夫だよ。わたしはヘレナの話を聞いてバカにしないから。からかいはするけどバカにはしないからね……」
「ちょ、ちょっと! なぜそんな優しく微笑んでいるんですか! それとバカにするのとからかうのは同じことですよ!」
顔を真っ赤にしてそう言うヘレナをはいはいとなだめ、切り替えて話を続ける。
「あのデプオわたしたちのことを調べていた。何かするつもりなんだろね〜。それも君たちの罪に値することをだ」
「デプリシオ伯爵です……。はぁ……罪ですか……。一体何をするつもりなんでしょうね」
「……分からない?」
そう聞くと、ヘレナはポカンとした表情を浮かべ、間抜けな顔を晒す。
それを見たわたしは、アホだなぁと思いながらヒントを出す。
「この街に来るまでにどんなことがあったっけ?」
「どんな……?」
言うと、ヘレナは顎に手を当て首をひねる。
「えっと……。そうです! 盗賊に襲われました!」
「はい正解。そいつらちょっとおかしくなかった?」
元気よく答えたヘレナに再度ヒントを投げる。受け取ったヘレナはまた少し頭を傾け答える。
「そういえば襲われたのが街の近くだったのが気になります。普通ならもう少し離れたところで襲うと思うのですが……」
「そうだね。それも理由の一つ何だけど、まぁ聞こえてなかったかな。……あの盗賊の親玉は『こんなのがいるなんて聞いてねぇ』って言ってたんだよ」
わたしは半狂乱になっていた盗賊の頭の口調を真似て言ってやった。
もうこれでヘレナもわかっただろう。証拠に言葉を探しながら驚いている。
あの盗賊たちは誰かの指示のもと私たちを襲ってきた。加えてデプオからの不自然な接触。そしてヒューマン2匹と魔道具で盗聴されているこの部屋。
さぁ、盗賊たちが襲ってきた目的って何だったっけ?
そんなことを視線に込めてヘレナに問うと。震えた声で言葉を紡ぐ。
「は、伯爵の目的は……わ、私たちを……ど、奴隷にすること……」
「だーいせーかい! おめでとう!」
ぱちぱちと手を叩いて、ヘレナを祝福してあげる。しかしそれは気に入らなかったようだ。
「な、何を呑気なことを! ど、どうすれば……⁉︎」
頭を抱えヘレナは唸っている。
うるさいので、とりあえず落ち着きなさい、と言ってヘレナをとめる。すると、わたしがいることをちゃんと認識できたのか、落ち着きを取り戻していった。
わたしは軽く目を細めてヘレナを見つめ、淡々とこれからのことをぼかして言う。
「こことは違う世界には『明日は我が身』って言葉があるの」
「……どう言う意味ですか?」
「よくないことはいつ自分自身に降りかかるか分からないって意味」
言うと、ヘレナは口元をスッと引き締め、顔を少し強張らせる。
しかしここでやめるわけにもいかないので話を続ける。
「よりわかりやすくすると。……他人事だと思っていた災いは、今日この日、自分に襲いかかって来るかもしれないって意味だよ」
「そ、それって……あの……その」
ヘレナはどう言葉にしたものかと、言いかけては口をつぐむ。
直接的には言っていないが、ヘレナの様子を見るにちゃんと伝わったのだろう。
彼女はアホだが聡い。それに彼女の家は人助けを家訓にしているのではなかっただろうか。そんな彼女のことだ。今からわたしがしようとすることに口を挟めないのだろう。
ヘレナはそう言うヒューマンだ。
わたしはこれからすることが正しいことだとは思っていない。正義心にかられたとか哀れんだからとかでもない。
やり方は他にもあった。回りくどくて時間も必要になるが、そっちの方が穏便な方法だ。
しかしわたしはその方法を取らず、もっと別の……そう手荒な方法をとる。
何せ手っ取り早いしわかりやすい。そして何より……わたしのこの苛立ちをぶちまけたいだけなのだ。
「ヘレナに迷惑はかけないよ。もちろんカーコフ家にもね」
「そんなこと……いえ、ありがとうございます」
「ううん、いいよ。あとヘレナにはしっかり防壁を張っておくからね。まぁ大丈夫だと思うけど、自衛できるように神の知識を使える状態にしておいてね」
「……はい」
沈んだ表情でヘレナは肩にかけたカバンの中から、棒状の魔道具を取り出し、それを懐にしまった。
「連続して使っていいのは1文字のものまでね。それ以上になると魔力の回復が間に合わないからね。大丈夫、1文字でも十分だから」
「……はい」
「まぁ襲われたらの話だからね? 今日手を下すつもりはない。あのブタは後日人目のあるところでボカンだから」
「それは……! 止めても……無駄、なのですよね……」
途切れ途切れにヘレナはそう言う。
うん、もちろんだよ。ここまでムカついたのは久しぶりなんだよ。その憂さ晴らしとして元凶の一部を……ってね。
ヘレナ、そんなに落ち込まないでよ。何を考えているのかは知らないけど、きっとそれは余計な心配だよ。
わたしはあのアホに胸を杭で貫かれてから、ずっと変わらないでこうして生きてきたんだからね。そうそう簡単に変わるわけがないよ。
多分この件が終われば、なんら変わらない朝日が登るんだからね。
さぁ、さしあたっては汚い身体で必死に着飾っているゴミと食事でも愉しもうか。




