1話 出会い
「もう! もう! もう! 何なのカレンは! お菓子くらいいいじゃん!」
カレンと別れて部屋に戻って来たわたしは、ポフポフとその辺に落ちている柔らかいものに八つ当たりをしていた。
「はぁ……」
わたしだってみんなが忙しいことくらい知っている。ちょっと前に食べ過ぎたこともちゃんと反省している。……だけど、きっとまだカレンはその事を怒っているんだ……。
いつもならなんだかんだ言って、最後には美味しいお菓子を持って来てくれるカレンだけど……。今日のカレンは本気だった……と思う。
わたしはゴロンとぬいぐるみたちにうもれ、ため息とともに全身の力を抜く。
「こんな事なら昨日約束しないで、もっと駄々こねるんだった……」
そうしたらカレンが折れて、約束をしないでもお菓子をくれたかもしれない……。
そう思うと自然と肩が重くなり、気分も沈んできた。
くそーあの時のわたしのバカ! 目先の欲にとらわれてはいけない、もっと先を見据えなきゃだめ!
そんな風に自己完結するとなんだか余計にお腹が寂しくなってきた。
「あー、久しぶりにカレンの作ったレンの実のパイを食べたいなー」
柔らかいものが色々と散らばっている床にだらっと寝転びゴロゴロしていると、ふと好物のパイが頭に浮かんできた。
サクッとしたパイに、甘くてトロトロのレンの実、あぁ想像しただけでヨダレが……。
そういえばカレンが初めてパイを作ってくれたのって、わたし達がまだ旅をしていた頃だったっけ。人種の集落で食べて美味しかったからカレンに作ってもらったんだよね。
あの頃のカレンは小ちゃくて可愛かったのに、今ではわたしよりも大きくなってるなんてね。アリシア様〜アリシア様〜って可愛かったのになー。
「たしか、カレンの作ったのよりも美味しくはなかったけど、人種が作ったやつも美味しかった気がする」
首をひねり、わたしは大昔に食べたパイの味を思い出そうと頑張る。……だけど、待てど暮らせど全く思い出すことが出来ない。
多分、人種の作ったパイの後にカレンのを食べたのが原因なのかな?
しばらくそうやって、うーんうーんと悩んでいると、いい考えがビビッとひらめいた。
「あ! 実際に食べにいけばいいんだね、そうしよう!」
うふふん。思ったが即実行が今この瞬間でのわたしルールだ。暇つぶしになって、そして思い出せもするからお得だで楽しそう。
わたしは意気揚々と立ち上がる。
久しぶりの人種の街だけど、どれくらい成長してるんだろう?
それも密かに楽しみにしながら、わたしは適当に魔法を使った。
***
「到着ぅ! ……って、どこ? 暗いし……なんだか埃っぽい」
わたしは転移して来た場所が予想と違う場所だったので、うぇーと気落ちしながらキョロキョロ辺りを見渡す。
人種の街がありそうな場所に向けて適当に魔法を使ったはずなんだけど……ここは? 回りは石で囲まれているし、あれは通路かな? ダンジョンみたいだけど……ちょっと違うし本当にここ何処なの……。
「あれ? 何か来る?」
薄暗い空間をボーッと眺めていると、通路らしき所の先から何かが走って来る沢山の足音が聞こえてきた。
何が来るのかなーと見ていたら、先頭に所々破れた白い服を着たヒュマーンが赤みがかった茶髪を乱暴に揺らしながら走ってくる。そしてそれを追いかけるように石でできたオオカミのようなものが現れた。
すると、わたしの姿が視界に入ったのか、先頭の女が上ずった声で叫ぶ。
「ひ、人が! なんで⁉︎ う、うぅ……あなたは逃げてください! ここで私がこいつらを足止めします……! その隙に何とかっ!」
女を見ると、ここに来るまでに石のオオカミどもにやられたのか、破れている服の隙間から血が見え、白い服も所々赤に染まっている。
彼女の言う通りにここから立ち去ってもいいんだけど……わたし絶賛迷子な訳で……。
そもそもせっかくヒューマンに会えたんだし、案内してもらった方がいいんじゃないかな? それと街は近いのかな? 一人で来ているんだし近いような気もするけど……。
気になったので聞いてみよう。
ヒューマンは戦闘中ということもあり、わたしは口元に手を当てて少し大きな声を出す。
「ねぇ! そこのヒューマン! ここから街って近いのかな? 案内して欲しいんだけど」
「えぇ今なんと? って、早く逃げてください! 私もそう長く持たせられません!」
どうやら苦戦しているようで、わたしの質問に答えてくれない……。
しかし、苦戦するのは当たり前だろうなと思う。
女は変な道具を使って火や風でオオカミたちを攻撃している。だけど、ちょっとした妨害にしかなってない……。ただでさえ威力が弱いし、加えて石に火とか風って相性悪いからね。
もうわたしが倒しちゃおうか、そうすれば話を聞いてくれるだろうしね。
そう思いオオカミたちに向けて腕を一振り。
「ほい」
するとたちまちオオカミたちは何か巨大なものに押しつぶさていくように潰されていき、一瞬の間にチリと化してしまった。
うん、これで万事解決だね! ヒューマンもこれなら大丈夫だよね!
わたしは、満足満足ぅ〜とヒューマンに向けて腰に手を当て胸を張り、改めて声をかけるも……。
「え……ど、どうして……。な、何が起こったのですか」
粉々になった元オオカミを凝視していて、わたしの声に答えてくれなかった。
無視されたのかな? ううん、きっと聞こえてないだけだよね? 私の声そこまでちっちゃくないんだけど……。仕方ない、今度は近くで声をかけたらいいよね。
わたしはととと、と女に近寄り、顔を覗き込んで話しかける。
「ねぇねぇ! ヒュ……お姉さん! ここから近くの街に案内 し て く だ さ い !」
「うひゃい! だ、だれですか⁉︎ ……あ、あぁさっきの女の子ですか」
「そうそう、オオカミは倒したし、お姉さんは手が空いたよね?」
「ええ、はい……? って、そうではなくて⁉︎ あ、貴女がアレを倒したのですか?」
ヒューマンが驚き、そして信じられないとオオカミの残骸を指差しながら、わたしの顔をまじまじと見つめてくる。
しかし、そんなに驚くようなことなのかな? まぁいいや、今はそれよりもレンの実のパイの方が大事だよね。
わたしは女の腕を取って強引に立たせ、ブンブンと掴んだ腕を振る。
「いいじゃんそんなこと、とにかく暇になったんだから街に連れてって! 早くレンの実のパイを食べたいの!」
「はへ⁉︎ レンの実? パイ? 今はそれよりのこの状況の説明を――」
「いいから連れてって! 返事はハイかハイのみね!」
「は、ハイ!」
早口でまくしたてると、やや気押されるようにヒューマンが答えた。それにわたしは気分が良くなりピョーンと飛び跳ねて喜ぶ。
「やった! イェーイ!」
ふふん、やっぱり駄々こねるのがいいね! カレンのことで学んだわたしに隙はないのだ!
ヒューマンは肩を落として、ついて来てください、と横を通り過ぎて通路の先に向かう。
やった! やっとお菓子が食べられる!
ウキウキわくわくと、わたしは軽い足取りで、ヒューマンの後ろについて行った。