16話 騒がしい
数週間後にこの街に住む者は残酷に殺されます。これは決められた事項で覆すことが出来ません。
そんな状況に陥ったとしたら、さて殺される側は一体どんな反応をするだろうか。
無駄と知りながらも抵抗をする者、愛する者と最後を過ごす者、気力がなくなり茫然とする者……。皆それぞれだが、一様に『死の恐怖』に怯えているはずだ。
しかし約束の日に謎の爆発音と光と共に、闇に包まれていた空が弾け飛んだとしたらどうだろうか? 加えて滅びがいつになっても来なかったのだ。
答えは明らかで、街の人々は死の恐怖から一転、生に歓喜し残っていた食料などを惜しみなく使って盛大に宴を繰り広げていた。
***
「う、うぅ……」
ティーちゃんの店がある裏路地の奥まで届く騒音で目が覚めてしまった。
まだ昨日飲んでたお酒が効いているのか、それが頭に響いてガンガンする。
そもそもなんでこんな馬鹿みたいに騒いでいるんだよ……。あぁ気持ち悪くなって来た。
「はぁ……こないだまであんなに沈んでたくせに……」
頭をガシガシとかいて、恨めしく言う。
まぁ人種たちの気持ちも分からなくないんだけど、こっちのことをもっとちゃんと考えて欲しい。騒ぐのもいいが程々にだ。
そもそもこんなところまで届いているような騒音だ。ヘレナが泊まっている表通りに面している宿はここよりも酷い状況なのだろう……。
うぅ……また気持ち悪くなって来た……。いっそのことやっちゃってもいいよね?
そんなことをつらつらと考えていると、わたしを呼んでいる声が聞こえた。
『アリシアー、アリシアー! 何処ですかー! 出て来てくださーいい! 美味しいものがありますよー!』
「ヘレナ……三本も空けておいてめっちゃ元気じゃん……。ヘレナに負けてるってなんか釈然としない……」
ごごごご、と拳を握りしめて酒を呷る。
ふん! わたしはまだ飲めるもん! ヘレナよりも飲めるも……。
「う、うぇぇぇ……」
や、やっぱりダメだったよ……。なんでかなぁ、わたしは酒には弱いのだ……。飲むのは好きだし酔うのも好きなんだけど……その後が、ね……。
いいや、これは今後どうにかすればいいや……。
しっかしヘレナは元気だなー。それとわたしのことをどう思ってるのか、よーくわかったよ。美味しい料理を用意したらわたしが出て行くと思っているのかな? そんな安くないんだよ。
そう思っていたのだが、本能は違ったようだ。
「で、美味しいものってどんなんだろうな〜」
ヘレナのそばに向けて転移し、キョロキョロと周りを見渡しているヘレナに声をかける。
「早く食べ物ちょーだい」
「うへ⁉︎ ア、アリシアですか……驚かせないでください」
ビクッといささか大きな反応をとったヘレナは小さく息を吐いて呼吸を整え、はい、と手に持っていたお菓子をくれた。
「出て来てくれてよかったです。この大きな音で目が覚めてしまって、とりあえずアリシアと合流しなければと思ったので」
「ありがと、わたしもコレのせいで今気分が悪いんだよ。やっちゃっていいかな☆」
「だ、ダメに決まっているでしょう! 可愛く言っても内容が物騒すぎます」
きゃぴ、と悪酔いのせいでへんなテンションになってしまった……ヘレナはなんで大丈夫なんだろうね? あ、でも少し青ざめている。やっぱり無理してるんだね。あ、お菓子おいし。
もしゃもしゃしながらうんうんと頷いていると、ヘレナは訝しげな目を向けてくる。
「また何か変なことを考えていませんか」
「ううん考えてないよ。それでさ、これからどうする? 違うとこ行く?」
さらっと話をそらし、この街はウザいから違うとこ行きたいと目で伝える。
ヘレナは顎に手を当てて唸る。
「……。近くの遺跡には行きたいと思っています……。グレースの時のように何かあるかもしれませんし……」
言うと、何かを秘めた視線を受ける。
わたしはそれをじっと見つめ、少し考える。
ヘレナの秘している目的は知っている。魔王を倒すための方法――勇者召喚の方法を探しているのだ。
しかし勇者召喚なんて……実に虫のいい話じゃないか。全てが事後承諾であり、召還の方法がないというんだから人種の身勝手すぎる。
突然違う世界に連れて来られ戦いを強制され、帰還の方法なんて知りませんよと話を放り投げ、最後には権力争いに巻き込まれ毒殺される。
彼はそんな人生を送った。今を生きる人種たちにはそんな英雄の最期は伝わっていない。綺麗な部分だけを残し、汚い部分は歴史の闇に葬られた。
わたしはあの勇者君にさして情を抱いていない。あの時は城に引きこもって外の世界を眺めていたので会話すらしたことがなかった。
だけど彼が紡ぐ物語は中々に興味深いものがあった。
この世界に来たとき、彼は剣を振ったこともないような幼さを残した少年だった。
少年は召喚先で剣と魔法を教えられ、ようやくまともになった頃に戦いに繰り出された。
彼はたった一人で敵に向かって行き、がむしゃらに戦って戦って……最初は弱かったくせについには魔王を倒せるまでになっていた。
荒廃してしまった世界を魔王からただひたすらに救いたい……そんな思いで別の世界の人種のために必死になって。……結果がその救った人種の裏切りによる死だ。
彼の最期を見届けたわたしはひどい気分になった。頑張った者にはその努力に見合った報酬を受け取るべきなのだ。使うだけ使って邪魔になったら殺す、なんと愚かなことだと思ったよ。
物語の結末は幸せで終わるべきなのだ。終わって欲しいとそう思うのだ。
だからヘレナが勇者召喚の方法を探すのを手伝うのか迷ってしまう。
人種は今も昔も変わっていない。ヘレナの元護衛もそうだったように、薄汚い部分はしっかりと受け継がれているのだ。
一度目は許そう……ただし二度目は絶対に許さない……。勇者君の最期を見てから数日間も食事が美味しいと思えなくなってしまったからね!
ずっと見つめられていたヘレナは、そんな怒りを感じ取ったのか身震いして後退る。
「す、すみません……! で、ですがアリシアはわたしの護衛……ですよね?」
ヘレナの言葉はだんだんと弱くなって行き、しまいにはうつむいてしまった。
それを見て、流石に悪かったかなと思う。
確かにわたしはヘレナの護衛だ。何を目的として調査の旅をしているのか知ろうともせずに、彼女の依頼を受けた。今さら目的を知って、それが少し気に入らないからと言って依頼を放棄するだなんて身勝手にも程があるじゃないか……。
そう思い、頷き答える。
「分かった、行くよ」
「あ、ありがとうございます!」
「で? すぐに行くの?」
気分を変えようと明るい声で言うと、ヘレナはそうですねーと辺りを見渡す。
「街はこんな感じですし、食料も売っていないでしょう。まだ保存食に余裕はありますし遺跡に行って、調査が終わったら次の街に向かいましょうか」
「ということは今すぐ出発ってことでいいよね」
「ええ」
ヘレナが言うと、未だに熱の冷めていない街から逃げるように門から外に出て、馬に乗り遺跡に向かって行く。
今回向かっている遺跡にわたしは行ったことがないので転移することができない。ヘレナも場所は大体分かっている程度なのでどのみち転移で行くことが出来ない。正確でない情報で転移して迷子になりたくないよね。
暇だー暇だーと言ってヘレナの背中にもたれかかって唸っていると、どうやら遺跡に着いたようだ。
もう日が暮れてしまっているけど、前よりは街との距離は近いらしい。
わたしたちはしばし遺跡の入り口近くで仮眠をし、疲れを取ってから調査に乗り出した。
遺跡の中はグレースのものと違い、完全に真っ暗な状態であったがヘレナはランプを灯し恐る恐る先に進んで行き、何事もなく最奥に着いた。もちろん石のオオカミが出てくることなんてなく調査をし終えてしまった。
そして隠し通路がないかと尋ねられたが、どれだけ探してもそんなものはなく、ヘレナは少し残念そうにしながら来た道を戻って行った。
わたしは遺跡入り口近くでまだうな垂れているヘレナの肩を叩きながら言う。
「だから言ったじゃん、あるはずないってさ」
「うぅ……分かってはいましたけれど、もしかしたらって思いたいじゃないですか……」
「あはは。だから前見つかったのは奇跡みたいなもんなんだって。奇跡はそう起こるものじゃないでしょ?」
そうからかうように言って笑い声をあげると、ヘレナは納得できたのかため息一つ吐いて顔をあげる。
「そうですね……そう思うことにします」
「そうだよ。見つからないはずのものを探すのは良くないよ」
そうやってヘレナを励まし、そろそろ行こうかと言って馬の方に向かって行く。
ヘレナは馬に跨り、その後ろにわたしが相乗りする。そして景色は流れ始め、風を感じながらかわらないそれを眺め続ける。
さて、次の街はどんなところなんだろうか……。
ふと空を見上げそんなことを考える。
アーレンキーの街のようでいといいな。あそこでは料理を食べることが出来なかった。仕方がなかったこととはいえ、食文化が盛んだと聞いていたので楽しみだったのだ。
だからこそ次こそは楽しみたいね。ゆっくりとでも少し騒がしくとでも……。




