15話 後始末とお酒
魔法を使うためには、当たり前なことだけど『魔力』が必要だったことをすっかりと忘れていた。
ワードをゆっくりと書き終えたヘレナを見てふとそのことを思い出した。しかし時はすでに遅しで、ヘレナが魔力欠乏で意識を失ってしまっていた。
わたしには魔力が足りないなんてことがあり得ないから、すっかりとそのことを忘れていた。そうでなかったらヘレナに対策をあげていたんだけど……。それにヘレナの使ったワードは魔物の群れを殲滅出来るようなものだったんだよね。
火・水・風・土の四属性を中途半端に合成し、崩壊させる。その結果起こる爆発が繰り返して発生すると言うものだ。自分の魔力が供給されている間はその爆発が永遠に起こり続けるので、いつかは殲滅できるだろうね。なんて楽観的に見ていたけど、それは膨大な魔力を持っている場合だけだった。ヒューマンが持ちうる最大限の魔力量でも実行は出来なかっただろうね。範囲も広かったし……。
気絶しているヘレナの髪を撫で、起こすかどうか悩んだがやめておくことにした。ヘレナが起きたところで、あの魔物の群れを殲滅できるほどのワードを使うことは出来ないからね。
それに、見られてない方がなにかとやりやすいのだ。
神の知識がどんなものだったか見るためにヘレナの脳内を読んだ際、わたしと離れたときに考えていた内容を知ってしまった。
彼女はわたしのことを信じようとしてくれているみたいだけど、やっぱり疑ってもいるようだ。でもそれを踏まえてでも味方であってほしい、そう願える程度には魔族に拒否反応が無いのかな? そうであれば良いんだけどね。
わたしは正直なところ、たかがヒューマン一体に興味を持つことようなたちではない。
しかしヘレナは偶然にでも神の知識を見つけ、それを自分のものに出来てしまった。それすなわちヘレナの器が大きいということだ。
彼女は魔力の関係で自在に操れないだろうけど、一歩人種の域を抜けている。そういった類の人種は昔には沢山いたんだけど、魔王を名乗る魔族がほとんどを殺しちゃって現在ではほぼいないような感じだ。
だからわたしはヘレナに興味がある。原典を持っている彼女がどんな道を歩むのか気になるのだ。それはちょうどいい暇つぶしになりそうじゃないか。
ヘレナの寝顔からそっと顔を上げ、全方位から迫ってくる魔物の群れを眺める。
アレをこの街にけしかけて来た魔族は、『魔王』と呼ばれている者に従っているやつだった。見に行ってきたからまず間違いない。
その魔族は人種が抱く『不の感情』を集め魔力に変換するためにこんなことをしでかしたらしい。数週間前に一度この街をあの魔物の群れで包囲して、抵抗してみろ、そう言ったそうだ。
人種たちはなんとかしようとあれこれやっていたようだったけど、その全てが無駄で他の街とも連絡が取れず、逃げ出すこともできずで絶望に陥っている。
なんて趣味が悪いんだって思うね。魔王とやらは警戒の弱いこの地域に来て魔力を集めようと企んでいるみたいだけど、感情を魔力に変換したとしても効率はそこまで良くないし、どこか絶望していくさまこそを楽しんでいるようにも思えるのだ。
そんなことのために『わたし』の名を使って欲しくないね。『アリシア・ラスフィーナ』の方はブチ切れられるから使っていないようだけど、『魔王』の方はなんでそうほいほいと使うかな? これで2回目だよ……。
君たちみたいなバカのせいでわたしのイメージが悪くなっちゃうんだよ! まぁ基本的にどっちにも手を出さないと決めているから、前回は勇者君が来てくれてありがたかったんだよね。流石に人種が滅ぶのはマズイから手を出そうかどうか迷っていたからね。
それで、今回だ。ここで手を出すかどうかなんだけど、わたしはヘレナのことを気に入ってしまった。
「だから仕方ないね。謝らないよ? 目をつけられたことを悔やんでね」
パチっと魔物たちに向けウインクし、せっかくなのでヘレナが使おうとした『ワード』を行使する。
「♓︎ ♐︎ ♈︎ ♉︎ ♊︎ ♒︎ ♎︎ ♍︎ ♌︎ ♓︎」
さっと手を横薙ぎすると、空中に文字が刻まれる。
そしてそれらがそれぞれを象徴する色に光る。
――緑、柴、赤、紺、黄、青、桃、藍、金、緑。
次にそれらが司る属性の魔力が放射状に溢れ出し、それぞれが複雑に絡み合っていく。
絡み合った魔力の全体が白く輝き出した瞬間、その白い光は全方位から迫ってくる魔物を包み込むように広がっていき、完全に光で魔物が見えなくなったとき……。
――それが始まる
「た〜まや〜ってね!」
音にもならない音が辺り一面で弾け、とたんに強烈な閃光と衝撃をもたらした。
うん、いい感じだね〜。ちょっと眩しくてうるさいのがウザいけど、威力は申し分ないんじゃないかな? 手順がちょっと多いのが気になるけど、人種にも使えるようにした結果なんだろうね。
あのアホもなかなか考えたようだね。まぁ言葉に力を持たせるっていうのはわたしが思いついたことだし、それを見てパクったって分かるんだけどね。
勇者レベルではないにしろ、こんなものをポンポン使ってくる人種がたくさん攻めて来たら今の魔王はひとたまりもないんじゃないかな?
目の前で繰り広げられる光景を見ながら適当にそんなことを考える。
光が弾け、それと同時に魔物も弾ける。その後に起きる衝撃で身体を潰され、また発生した光が弾け……。
「ちょっと長くない?」
わたしがこれを使うときに設定したのは、魔物を全滅したら終わり、ということだけだ。まだ光が弾けるのが終わっていないとなると、魔物はまだ生き残っているってことだ。
「はぁ……」
つまらなくなって来た、とため息をつき異空間からティーちゃん秘蔵の酒を取り出す。
あいつの店には地下室があって、何があるのかなーと探って見たら、いろんな酒が保存されていたのだ。この世界に無いようなものもあったので、ティーちゃんのくせに生意気だぞ? と全部押収してきた。しかも大体が美味しいからティーにはもったいないよね。
ぐびぐびと酒ビンを傾けていると、ちょうど空になったと同時に爆発音が止み、光も晴れていった。
「ふぅ、やっと終わった。……酷い有様だね〜」
口元をさっとぬぐい、その後の惨状を見る。
草原だったそこは岩肌が露出しており、少し遠くにあった森もそこには何もなかったかのようにハゲていた。
うーん、やっぱり威力が調節しにくいよね……。ワードは威力が大体で固定されている。調節できるのは範囲ぐらいなので、ちょっと使いにくい。消費する魔力も知識に書いていないし、使って見ないと分かりにくいことがたくさんだね。
さて、そんなことはどうでもよく。わたしがやっちゃったこの惨状をどうにかしないといけないだろうね……。なんていうかヘレナに怒られそう。
元草原の岩地に手をかざし、魔法を使う。
「ほい」
かざした手から緑色の光の粒子が溢れ、風に乗って遠くへ遠くへ拡散していく。
そしてその光の粒子が地面に触れたとたん――凹んでいた地面が平らになっていき、ぶわっと緑が生い茂っていった。また森があった場所には、芽が出てどんどん成長していき木になり、それが集まって元の状態へと戻った。
「これでいいかな? 前とちょっと違う気がするけど、誤差だよ誤差」
一見元に戻った景色を見て満足げに頷く。きっとこれならバレることは無いと思う。
さぁ、一通り終わったことだしヘレナが泊まっていた宿に行こうかな? ヘレナも起こさないとダメだしね。
これを指揮してた魔族? あの爆発に巻き込まれてあっけなく死んでいたよ。
***
転移で宿に戻って来たわたしは、とりあえず腕に抱えているヘレナをベットの上に寝かせる。
そして魔力を補充させるために周りから魔素を集め、それをヘレナの体内で魔力に変換していく。わたしの魔力を直接流し込んでもよかったんだけど、そんなことしたらヘレナが魔族になっちゃうからね、ヘレナが望むならそうしてもいいけど、嫌がりそうだしね。
一手間加えた魔力補給によってヘレナの魔力は満タンになり、放っておいても直ぐに起きるだろう。
しかしいち早く起こしたかったので、ヘレナのほおをべちんべちんと叩いて起こす。
「っ⁉︎ い、痛いです!」
「やっと起きたね、この寝坊助め」
ばっとベットからヘレナが飛び起き、手間をかけさせたお礼に鼻をちょんちょんとつついてやった。
「ここは……宿? ……はっ! ま、魔物はどうなりましたか⁉︎」
うふふん、ヘレナったらそんなに慌てちゃって面白いね〜。まぁ魔法を使う前に気絶しちゃったんだから無理もないかな?
でもね、ちょっと落ち着いて考えれば分からないかなぁ。
「ヘレナ、この宿はあなたがさっきまで泊まっていたところだよ?」
「それって…………はぁぁぁぁ」
魔物の群れがどうなったのか理解できたのか、心底良かったと息を吐き出すヘレナ。
がっくりと首を垂れ、力が抜けてしまったのかベットに倒れ込んでしまった。
「大丈夫?」
「えぇ……おかげさまで。この街は助かったのですよね……ありがとうございました」
そう喜びながら悔しさを含めた声で言う。
自分でなんとかしようと決意していたんだろう。わたしが言ったことだけど、ヘレナは色々なものを手に入れてできると思っていたんだろう。
その考えは実際に間違いではなかったんだけど魔力が足りなかった。わたしの誤算のために実行出来なかったのだ。
「そんなに落ち込まないでね。今回ばかりはわたしの間違いだったからね」
「……どういう事ですか?」
「ヘレナが使おうとしていたものは、ヘレナの魔力量では発動出来ないものだったんだよ」
「そ、そうでしたか……」
「うん。わたしがそれに気づいていたら魔力をストックできるものをあげていたんだけどねー」
そう言うとヘレナは片腕で目を覆い、ボソボソとうわごとのように考え事をし、それが終わると腕をどけわたしの目を見つめて来た。
「私が魔力切れで気絶してしまったと言うことは、アリシアがどうにかしてくださったのですよね」
「そうだね。ヘレナが使おうとしていたもので殲滅したよ」
「そうですか……やはり貴女も使えるのですね……」
そうヘレナがボソッとつけくわえ、それ以降は会話が途切れてしまい沈黙が流れる。
暗くなってしまった気分でも変えようかと、わたしは異空間からティーちゃん秘蔵の酒とグラスを二つ取り出し、ヘレナに見せつける。
「飲まない? 結構美味しいよ?」
「……そうですね、いただきます」
上半身を起こしたヘレナにグラスを一つ渡し、なみなみとお酒を注ぎ、わたしのにも注ぐ。
そして二人して少し杯を傾け、ゆっくり呷る。
「ん〜、やっぱおいしぃねー」
「の、飲んだこともない味です……!」
「でもいいもんでしょ?」
「ええ、口当たりもよく飲みやすくて、果物の香りもとても好みです」
「ふふん、それは良かったよ」
ヘレナは一口飲んで、気に入ってしまったのかすぐにグラスは空になってしまい、わたしは再度注ぐ。
って、ちょっとペース早くない?
「その不思議空間の中にはお酒も入っているのですね」
「ん? ああ、これはこの街で手に入れたものだよ。酒場に行くって言ってたでしょ?」
「そうでしたね……色々あって忘れてました……」
グラスの縁を指でなぞり揺れる水面に視線を落とし、ぽつりとヘレナは沈んだ声で紡ぐ。
「私は何も出来ませんでした……。出来ると思っていたんです……ですが実際に魔物の群れを見て怖じけずいて……。出来なくてもアリシアがなんとかしてくれるだろう、って……」
わたしはヘレナの独白を静かに聞く。
「ずっと疑っているくせにいいように頼って……、なんでも人任せにして……ほんと」
そう言った後、ヘレナは突然に泣き始めてしまった。
しかし、何かブツブツと言っているようだけど、しっかりと酒は飲んでいる。
自分のグラスが空になるとわたしから酒びんを奪いとり、なみなみと注いで一気に飲んでいる。
はぁ、ヘレナって泣き上戸なのか……しかも飲兵衛なんだ……。
わたしは静かに楽しく話をしながら飲みたいと思っていたのに!
しばらくヘレナの泣き言を聞いていると、酒びんが空になったのかヘレナがそれをわたしに差し出してきた。
「アリシア! もっとないのでしゅか!」
「絡み酒も勘弁だよー!」
もう嫌だ! と異空間から二本ビンを出してヘレナに渡し、ゆっくりと酒を飲もうとティーちゃんの店に転移する。
はぁ……ヘレナとは飲まないほうがいいね。あの子酔うとウザくなるタイプだ……。
カウンターに一人で座りビンから直接酒を飲む。そしてグレースの街で買ったものをつまみにして、一日中飲んだくれることにした。




