14話 魔法を…… (sideヘレナ)
「……ナ。……レナ!」
あれ……なんだかうるさい。今まで静かだったのにどうしたんだろ……。
「ヘレナ! ヘレナってば!」
私の名前が呼ばれてる……? 誰よ……いい気持ちで寝てたのに……。
寝ぼけ眼をこすり伸びをし、伏していた机から起き上がる。
「何ですか……いい気持ちでしたのに……」
「何じゃないよ! 全くもう」
「どうかしたのですか……?」
目を覚ますと、腰に手を当ててぷんぷんと怒っているアリシアがいた。
何を怒っているのでしょう? って、彼女からお酒の匂いが……。どれだけ飲んできたのでしょうか。
私が酒精の濃い匂いに顔を歪ましていると、アリシアは確かめるように言う。
「ヘレナ……起きたばっかで頭が働かないのは分かっているけど、あなた一日経ってるってちゃんとわかってる?」
「一日……?」
聞いて、私はサーっと血の気が引いていくのを感じた。
一日も寝てたのですか……! ど、どうしましょう! なぜ寝てしまったのでしょうか。街をどうにかすると決めましたのに……なぜ。どうしましょう!
ずっとそんな考えが噴き出し、視界がゆらゆらと揺れてまともにアリシアを見ることが出来なくなり机に倒れ伏してしまった。
「わ、私は一体何を呑気に寝ていたのでしょう……。……街が大変な時に」
頭を抱え唸っていると、アリシアが私を落ち着かせようと優しい声音で語りかけてくる。
「まぁ練習の時間は無くなったけど、ちゃんと神の知識はものにできたようだし。頑張ったじゃない」
「へ? な、何のことですか?」
「あれ? 自覚なし? あー、指輪がなくなってることに気づいてる?」
慌てて机の上を隅々まで探したけれど指輪を見つけられなかった。
「あ、あれ⁉︎ どこにいったんです⁉︎」
「あはは、ヘレナってばアホの子みたい」
子供のように笑うアリシアがまた私をからかってくる。
ですが今はそれどころではありません。解析中に寝てしまって時間を無駄にしたどころか、指輪さえなくなっているだなんて……。
髪をガシガシとかいて青ざめていると、アリシアがおちゃらけて言う。
「ヘレナが焦っているのをまだ見ていてもいいんだけど、もう時間がないしね……」
「それって⁉︎」
「うるさい……。はぁ、とにかく胸に手を当てて心の奥の方に意識を集中させてみなさい」
時間がない、そう聞いて問いただしたい気持ちを抑え、言われた通りに意識を集中させていく。
すると冷たく光る青い本の姿が脳裏にぼんやりと浮かんできた。
それはだんだんと鮮明になっていき、その姿の全容が完全に分かるようになると、突然に部屋の中が青い光だ満たされた。
そして――
「な⁉︎」
「……。おめでとう! あのアホもいいものを残していたようだね!」
いつのまにか私の手には、あの暗闇の中で見つけた謎の青く光る宝石と様々なもので彩られたあの本があった。
突然のことに驚き戸惑っていると、アリシアが説明をしだす。
「それは知識がわかりやすい形に具現化したものだね。多分魔道書みたいになっていると思うんだけど、魔力効率が良くなるってだけでそれを出してなくても、ちゃんと知識から得た力は使えるからね」
「魔道書……? 力……?」
「魔道書云々は今は気にしなくていいよ。でも力のことは分からない? ……多分知識が定着してないからなんだろうけど……。まぁ大丈夫でしょ。落ち着いてからその本の中身を見るって念じてみなさいな」
「は、はい」
私はもう何が何だかわからなくなりつつあったので彼女の指示にただ従うことにした。
落ち着こうと深呼吸をしていると、アリシアがどこからか取り出した酒瓶をクイっと煽って私にも進めてきたが丁重にお断りした。しかしそんな彼女の行動のおかげか、私は落ち着くことができた。
そして本の中身を見ようと集中する。すると、本が青く強く光だし、頭に直接知識が流れて――いえ、刻まれてきたと言った方が正しいでしょう。
その間は動くこともできず、かといって痛いと言うわけでもなく、ただジッと最後まで刻まれるの待つことしかできませんでした。
しばらくして知識の最後まで刻み終わったようで、強く光っていた本も今はうっすらと光の膜を被っているだけだった。
そして私の頭の中にはしっかりと刻まれた内容があって、二度と忘れることがないような感じです。それに、この魔法は今までに見たことがないようなものでしたが、なんとなく使えるような気がします。
アリシアはその光景を酒を飲みながら静観し、終わって私の考えが少し落ち着いたところを見計らって話しかけてきました。
「万事上手くいったみたいだねー。ヘレナならきっと……たぶん出来るって思ってたよ」
「そんな適当に言われても、なのですが」
まさか出来るとはー、と言いたげにアリシアは私から目をそらし、話を変えようと口を開きました。
「ヘレナが手に入れたのはキーワードに近いものなんだろうね。あなた達が使ってる魔法より強力で、そして一つの行動で発動させられるって感じのものかなー」
「そうですね、文字をかいてそれを起源に魔法を発動させられるようです。威力も範囲も様々、これで全てでは無いようですが十分な量ですよ」
これを国に報告して学園などで教えたら戦力が大幅に強化されそうです。それに起源となる文字も複雑なものでは無いですしね。魔族に対抗するいい手段になりそうです。
そうやってつらつらと考えていると、さして気にしていないような声が飛んでくる。
「それは無理だよ。残念ながらだけどね」
「な、なんのことですか……」
自分の思考が読まれた、それがこんなにも薄ら寒いものなのだろうか……。
私は彼女に内心を悟られないように必死に動揺を隠す。
しかしそれは無駄だったらしい。
彼女は戯けたように手を振って言う。
「みんなに教えれば戦力強化に繋がるー、でしょ?」
「そ、そんなことは――」
「別に隠さなくていいし焦らなくてもいいじゃん。ま、ヘレナがどれだけ頑張っても他のみんなには使えないんだけどね」
私は沈黙を返すことしかできなかった。彼女は私の考えの全てを読んでいるのでは無いか? そんな風にさえ思えるような口調だった。
しかし、最後に付け加えられた言葉が気になり、視線でどう言うことなのか問う。
するとそれがきちんと伝わったのか、やれやれと首を振って彼女は答えてくれる。
「便宜上ヘレナが得た文字のことを、そうだね……ワードって呼ぶけど。そのワードはただ形を教えただけでは何も効果を発揮しないんだよ」
「へ?」
どういうことだろう? 私の頭の中には文字とその使い方が焼き付けられているけれど、そのどこにも特殊な方法は書かれていない。
私の中にあるそのワードの使用方法は、ワードを一文字、あるいは特定の組み合わせで空中に書く、たったのそれだけだ。それだけでいいはずなのだ。
もしかして、とアリシアにもらった棒状の魔道具に目をやるも……。
「その魔道具は関係ないよ。それは文字を書くのを補助して魔力消費量を抑えるだけのもの。それはヘレナだってわかっているはずだよね。何も特別なものじゃない、それの代わりが無いわけじゃないからね」
「……だったらなんだというのですか? 私には分かりかねます……」
少し訝しむような声が出てしまったが、アリシアは気にした様子もなく。いたって普通におちゃらけている。
「あはは、まぁ分からないのは無理ないよ。答えを言うとね、魔力の使い方、それと『ワード』の概念がヘレナ以外の人種には理解できないからだよ」
「魔力の使い方と概念ですか? 私の魔力運用は前と変わってないでしょうし、ワードの概念も知らないのですが……」
言われて、私は魔力を体内で回したり外に放出してみたりしたけれど、いたって普段通りで変わったところなんてないように思える。それにワードの概念と言われても、神の知識にはそんなことは書いておらず、私にもその仕組みを説明しようとしても出来ない。
そうやって悩んでいる私がおかしいのか、アリシアは笑い声をあげ、当たり前だよ、と機嫌よく言う。
「魔力のこととか概念とかに関しては、知識を刻むのと同時に魂に刻まれていたんだからさ。あぁこればっかりはいくら集中しても分からないからねー。残念だったねー」
話を聞いて魂に集中しようしていたのを見抜かれて乾いた笑みしか浮かばない。
彼女はでも、と話を続ける。
「今はそんなことを考えていられるほど余裕ないって、ヘレナはちゃんと分かっている?」
「っ⁉︎」
どきりと心臓が押し上げられたような感覚がした。
そうだった……冷静になって考えてみればこの街は危ない状態だったのだ。そして彼女は私が目覚めてからなんて言っていた?
――一日経ってるってちゃんと分かってる?
――もう時間がないしね……。
冷や汗をかいているのが分かる。
目覚めてからまだそう時間は経過していないだろうけれど、あとどれ程の猶予が残されているんだろうか……。
私は焦って椅子から立ち上がりアリシアに詰め寄る。
「アリシア! あとどのくらいで始まるのですか⁉︎」
「うんうん、ようやく思い出したようだね。あとどれくらいでって? 知りたいなら教えてあげよう」
一瞬の静寂が部屋におり、そしてアリシアはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「す で に」
「なぁぁ⁉︎ ななな、なんで早く言わないのぉぉぉ⁉︎」
ほおに指をつき、そう可愛らしく言った彼女はいたずら大成功とでも言いたげにとても満足した表情を浮かべていた。
対象に私は焦り焦って、一周回ってからまた焦って彼女に詰め寄り、両肩を掴んで大きく揺さぶっていた。
「どうすればどうすれば!」
「お、落ち着いてよヘレナぁ」
「これが落ち着いていられますか⁉︎ この街を救ってみせる! って言っておいて、手段も得たと言うのに、間に合いませんでしたー、ってそれはあり得ないでしょぉぉぉ!」
「ちょ、キャラが崩れてるよ! まだ街から遠いから大丈夫だって! 転移で空中に行って魔法ブッパでなんとかなるからさ!」
「ならさっさとしてください!」
私は勢いと焦りに身を任せてそう言い放ち、アリシアは少し顔を青くしながらも街の上空へと転移してくれた。加えて彼女は空中浮遊も出来るようだ。
そして、街の空高くに来た私は周りを見渡してみると、頭上は綺麗な青空だと言うのに、少し先の空は曇っていて、その下の地面も黒々としていた。
それをよく見てみると、それらは魔物の大群だと言うことがわかった。しかも街の周囲が完全に包囲されていることを理解した。
理解した私の焦りは酷いもので、アリシアの顔をより青くしてしまっていた。
「ちょ、ヘレナ……ギブ、ギブだから……」
「あんなのどうしろって言うんですか⁉︎ 無理に決まっているじゃないですか! あれは人間一人がどうこう出来るレベルを超えていますよ! 街の人たちが絶望するのもわかりますよ!」
「あ、もうだめ…………」
ダメだと言いたいのは私の方だ。あの大群をどうにかするだなんて言っていたのか? いくら知識を得たとしても限度があるではないか……。波のように押し寄せる魔物。しかも全方位だ。地上も空中も埋め尽くすように……。
はっきりいって、ワードを使ってもどうにかなるように思えない。そもそもあれらを殲滅しようとして広範囲に攻撃したら、街まで巻き込んでしまいそうですごく怖い。
アリシアはそんな私の内心を悟ったのか、口元をぬぐいながらキリッとした表情を浮かべて指を立てていた。
「大丈夫。街全体を覆うように結界を張っておいたから全力全開の最大範囲でブッパすればいいよ」
「あ、ありがとうございます」
「じゃあやっちゃって!」
アリシア……そうは言いますけど、絶対に殲滅できる気がしないんですよ……。
ですがここまで来たらやるしかありませんよね……。
落としていた肩を上げ、ゆっくりと魔道具を構え、文字を空に書いていく。
「♓︎ ♐︎ ♈︎ ♉︎ ♊︎ ♒︎ ♎︎ ♍︎ ♌︎ ♓︎」
ゆっくりゆっくりと、丁寧に書いていき、ついにそれが完成した瞬間……。
「あ」
と、アリシアの間の抜けた声が聞こえ、ワードの効果が発動することなく、私の意識はプツリと途切れてしまった。
「わっすれてた! ごめんねヘレナ!」
彼女は一体、何をいっているのでしょう……。




