12話 同類
カツ、カツと音を鳴らし、わたしは石畳を歩いている。静謐とした街並みを眺め、たまにはこんなのもいいかな? だなんて柄にもなく思えてきたのが不思議で仕方がない。
この街に訪れて最初に感じたあの不気味さ。ヘレナも感じていたようだけど、それはわたしと違うものなんだろう。ヘレナは人のいない街に違和感を持ち、わたしは同類が当たり前のようにいたことに違和感を持ったのだ。
わたしと同類の存在なんて『あのアホ』以外この世界にいるだなんて、今の今まで知らなかった。まぁ調べてすらいなかったんだけどね。
だからわたしは密かに楽しみにしている。早く会いたいなーと思いながらも、焦って駆け寄っていけば逃げられるかも知れないから、こうして街を眺めてゆっくりと向かっているのだ。
気持ちを抑える、そういう意味でこの静かな街は良い。何もしてなくても気が落ち着いて行くからね。
それはそうとヘレナは大丈夫だろうか? ちゃんと読み方さえ習得出来れば使えるようにはなるんだけど……。素人のヒューマンにどうにか出来るものなんだろか……?
気づきが大事なところがあるし、なんとかはなりそうなんだけど……。まぁ頑張ってとしか言えないね。
そんなことをぽわぽわと考えながら歩いていると、ようやく目的地である建物についた。
そこは裏路地に入り、薄暗く細い道を抜けたところにひっそりと佇んでいる寂れた酒場だ。
「おっじゃましまーす!」
カランコロンと両開きの扉を開けて、明るく挨拶をする。
すると、正面のカウンターにいた男が低い声で答える。
「なんだぁ? こんな時に客ってか? っは! よく見りゃぁ旅人じゃねぇか! よくここまで来れたもんだなぁ!」
男は上機嫌に酒を呷り、葉巻をふかしている。
そんな男をわたしは冷静に観察する。
ボサボサの真っ赤な髪に、伸びっぱなしのヒゲ、右の目から首筋にまで一直線にひかれた傷跡。少し甘さがあるけど魔力は体内に押しとどめることが出来ているようだね。それに髪と同じ真紅の瞳は濁りきっていて、元の輝きが失われているように思える。
あぁきっと、アレはカレンたちと会えなかったわたしの姿なんだろうね……。
わたしは湧き出してきた色々な気持ちをひとまず忘れ、男に話しかけることにした。
「ねぇ、あなたも使えるんでしょ? 魔法?」
「んあ? まぁ一応は使えるけどよ、俺レベルなんてそこらじゅうに――」
「そう言うごまかしはいらないってば。ほらこういうの!」
そう言って、手を上から下へ降りおろし異空間を開ける。
「な⁉︎」
男は咥えていた葉巻をぽろっと床に落とし、目を見開いてわたしが開けた異空間をマジマジと見ている。
そして震えながら口を開く。
「お、同じやつが他にもいたのか⁉︎ な、なんなんだお前は⁉︎」
男の表情は驚愕で満ちている。ただそれはどこか期待と希望があいまぜになった感じだった。
わたしはそんな男のことを内心同情しつつ、気にしてないように言う。
「わたしはアリシア・ラスフィーナだよ。この世界では魔王――ああ正確には原初の魔王って呼ばれてるよ。……仲間内だけでだけど。……あなたは?」
問うと、男は戸惑ったようにしながらも答える。
「お、俺はゼクス・ティアレフだ。あ、あぁーこことは違う世界からきてよ。あっちでは破壊神だとか暴虐の魔王とか呼ばれてた」
「ふーん、ティアレフってなんか可愛いね! で? なんでこっちの世界に来たの? 暴れたくて来たわけじゃないんだよね? ……まぁ想像はつくんだけどねー」
そう言ってわたしはジッとゼクスを見つめる。なんか可愛いって言われてモジモジしてるけど、正直ガタイのいい男がそうしてるとキモいを通り越してなおさらキモい。
ゼクスは何故来たのか話そう話そうと口を開いては閉じてを繰り返している。
言おうとしている内容はためらわれるものなんだろうか? どのみち目を見れば大体の理由がわかったんだけど……出来れば自分の口から言って欲しい。
「いい歳した男が何を恥ずかしがってるんだか……。わたしはあなたよりも長生きしてるからね。なんでも話してみなさいな」
優しく微笑みかけ、早く話せやコラと目で伝える。
それがちゃんと伝わったのか、ゼクスはため息を吐き、天井を見上げぽつぽつと話し出す。
「……死に場所を……探しに来たんだよ」
「……まぁそうだと思った」
そう言うとゼクスはふっと嘲るように笑い、話を続ける。
「俺は生まれたときから『力』を持っていた。なんでも『破壊』するって力だ」
「……」
「次第に力が有り余っていってなぁ、発散したくなっちまってよ……。生まれた世界を破壊尽くしたんだ。……その時の快感は今でも忘れらんねぇ」
笑って言うゼクスだけど、なんだか泣きそうなのは気のせいだろうか。
「それでよ、その快感に魅せられた俺は世界を渡ったんだ。そしてその世界を壊し、次の世界も壊し、その次も、次も、次も……それをどれくらい繰り返した頃だっけかな……。だんだんと何も感じなくなっていってよ……いつしか漠然と死にてぇなって思うようになっちまった」
「まぁ分からなくないよ」
ホント……分かってしまうのが嫌になっちゃうね。ゼクスが感じた快感も、喪失感も、どれも共感できる。
わたしだってはじめは人種を無差別に襲って、その泣き叫ぶ姿や助けを求める姿を見て性的快楽を感じていたこともあった。
だけど、いつしかそんなことをしているのがバカらしくなって来た。確かあのアホと喧嘩した頃からだったっけ。
それから後は死んだように日が進んでいくのを眺めていただけであった。そんなある時ふらっと散歩に出かけてカレンと出会っていなかったら、わたしも彼と同じままだったんだろうね。
ゼクスはわたしを見つめ、懇願するように言う。
「お前ぇは俺よか強ぇんだよな? ここで会ったのが何かの運命だと思ってさ、一思いにやってくれねぇか?」
「…………」
ジッとゼクスを見つめる。それが本心からくるものなのかと……どうしたらいいものなのかと……。
色々と考えた末、わたしは一つの答えを出した。
「それはできないよ。というかしたくない。めんどくさし」
「な、なんだと!」
「うるさいうざい臭い」
「臭くねぇよ!」
ゼクスはカウンターから身を乗り出して、わたしに詰め寄ってくる。
「いいだろうが! お前からしたら俺を消滅させるなんて指先を動かす程度だろうがぁ! だったら――」
「そんなに死にたきゃあのアホんところに送ってあげるよ。きっと喜んで滅ぼしてくれるだろうね」
「は、はぁ?」
突然言われたことが理解できないのかゼクスは素っ頓狂な声を上げる。
だけどさ、と付け加え話を続ける。
「生きてりゃ面白いことの一つや二つ見つかるって。なんならわたしの国に遊びに来なよ。楽しいとこだよ? そもそも、何にもしないでそんなこと言ってるうちは若いんだよ」
「はぁ?」
「それしか言えないの? まぁそうだねー。君はとりあえず、魔法の使い方を見直すことから始めればいいんじゃないかな」
指をくるくると回し、うふふんと笑ってゼクスに語りかける。
「君がもっと面白くなったら、その時は喜んで消しとばしてあげるよ。魔法を使える存在なんて神以外となるとすっごい珍しいんだよ。もったいないじゃない? せっかくなら最大に美味しくなった時に収穫したいって思うのが普通だよね!」
ゼクスは開いた口が塞がらないようで、間抜けな顔になっている。
ふふん、わたしだってたまに暴れたいって思うことがあるんだよ。その時にまともに相手できるやつがいないとつまらなくて仕方がないじゃない? ゼクスは頑張り次第では、一応……なんとか……きっと……防御に徹すればわたしの全力を受けられると思う。
神相手じゃ色々と制限があってめんどくさい手順が必要だから、戦うにしてもめんどくさいことこの上ないんだよねー。
だから気軽にボコれるのはいた方がいいんだよね〜。ストレス発散みたいな意味で。
「さぁゼクス! いいサンドバッ――相手になるために稽古をつけてあげる! ついて来なさい!」
わたしはゼクスの手を取り、無理やり外に連れ出す。その時に何か言っていたが、誤差だよね?
「な⁉︎ い、いまサンドバックって言いかけなかったか⁉︎ って、いてぇよオイ! 小せぇくせしてなんでこんな――ガァァァァ! わ、悪かった! 小せぇって言ったのは謝るからよぉぉ! 腕を潰すなぁぁぁ!」
閑散とした街に男の声が響き渡ったがそれを気にするものは一人もおらず、裏路地には冷たい空気だけが吹き抜けていた。
***
さて、ゼクスを辛気臭い裏路地から表通りに連れ出したはいいものの、稽古って何をすればいいんだろう? わたしって誰かにものを教えるのって結構苦手なんだよね……。カレン達に魔法を教えたときもすっごく時間がかかったしなー。正直言って、二日以内には終わりたいんだけど……。
「あぁ、わたしが無理ならしょうがないよね」
「あぁ? 何言ってんだ?」
ぽんと手を叩き、ゼクスの肩に手を乗せて言う。
「ゼク――ティーの力は『破壊』じゃなくて、その後に起こる『創造』が本体だよ」
「は? だから何言って。って! ティーってなんだ!」
「愛称だよ。ともかく力の本流が『創造』だってことだけ覚えてなさい。じゃあねー、身につけたら顔出しなさいね。じゃなかったら消しにいくからね」
「は? っちょ――」
それがティーちゃんの最期の言葉であった……。
と、そんなわけはなくて、この世界から別の世界へ転移させただけだ。行き先なんて知らないんだけどね。
魔法のことを一番知っているのは自分自身だってことだ。カレン達のように魔法を使えないならともかく、ティーは魔法を自力で使える。そんなティーにはわたしが稽古つけるよりも、自主練した方がよほど身につくだろう。
別に教えるのが面倒くさくなったとか、上手くできなさそうだったからではないよ? ほんとだよ?
まぁこれで、少なくともティーは自滅しようなんて考えなくなっただろうね。彼が死にたがっていたのは、ただ単に目標がなかったからだ。だからわたしが目標を設定してあげた。
なんだかんだと言いながら、彼は力を追い求めるんだろう。そんな性格なのだ。それに、わたしにちっさいなんて言えるくらい元気があったんだから頑張って欲しいものだ。
それでいつか――
いや……それはないな。
ぶんぶんと首を振り気分を変える。
「おし! ティーの店で飲もうかな! 結構酒もあったし、食材もあったよね。料理は苦手だけど、焼く嫌いはできるんだから!」
おー! と手を振りあげ、わたしはティーの店に向かっていく。酒で腹は膨れないけど、ベロンベロンに酔って忘れたいことだって、わたしにも等しくあるのだ。




