10話 神の遺産
「はぁ……もう貴女の非常識さには悩むだけ無駄なのかもしれませんね」
遺跡前に転移してきた直後、ヘレナは驚きの連続で口をパクパクとしていたが、諦めがついたのか肩を竦めてそう言った。
今までの常識では考えられない事態に対して、ヘレナの頭がパンクしてしまったみたいだ。いくら考えても答えが出ず、深みにはまって行く一方だったんだろうね。
わたしはヘレナの気分を変えてあげようと、明るい声で話しかける。
「そうだよ! 今はわたしのことより遺跡のことを考えようね!」
「そうね。予定より早く着けましたし、それに今回は前みたいにはならなさそうですしね」
ヘレナの顔は徐々に上を向いていき、ガッツボーズをして気合を入れている。
そして、わたしにいい笑顔を向けて言う。
「それじゃあ早速行きましょうか!」
そんなヘレナを、本当に遺跡探検が楽しみなんだなぁ、と見つめ、わたしはその背中を追って行く。
***
遺跡の中は初めに来た時とあいも変わらず薄暗い。
しかし石壁で囲まれているのに何故光があるのかな? まぁ魔道具か何かか、それともダンジョンの特性をこの遺跡は持っているのかな?
薄暗く先があまり見えないため、ヘレナはランプ型の魔道具を取り出し、遺跡内を照らしている。
ヘレナはスキルをあまり持っていないらしく、魔法も得意じゃないんだそうだ。だから、それを補うために色々な魔道具を使っているらしい。生活用から探索用、戦闘用、とヘレナのポーチの中には沢山あって、幅広く対応することが出来るようになっている。
ただその魔道具を手に入れるため、そして手入れのために給料を散財したと嘆いていた。
ヘレナは歴史学者だと言っていたが、経費削減のために魔道具の研究にも手を出してりるらしいので、頑張るなぁと思う。
意味もなく暇だったので何かが起こるまでそんなことを考えていたんだけど……。
「私は壁の文字を書き写しておきます。アリシアは石のオオカミが来ないか警戒していてください」
「あいあいよ〜。……でも来るような気配全然ないんだけどね〜」
そう言って回しを見渡す。
だが本当に気配が全くしない。ここがダンジョンだと言うのなら突然魔物が現れるなんてことがあるかもしれないけど、この遺跡はダンジョンじゃない。そう確信を持って言える。
ダンジョンには独特の魔力が満ちているんだけど、ここはそうじゃない……。
なら一体ヘレナを襲っていた石のオオカミは何処から現れたのだろう……。
見たところここが遺跡の最終地点。しかもここまではほぼ一本道で、脇道もいくつかあったけど不穏な雰囲気は感じなかった。
ヘレナにどこから石のオオカミが現れたのか聞いてみると、突然に……、だそうだ。
ここまでに怪しいところはなかった……なら。
――どこだろ、わっかんないや。てへ。
わたしは頭をぽりぽりとかき、必死に壁に書いてある文字を書き写しているヘレナに近づく。
「ヘレナ、どこから石のオオカミが出てきたとか分からない?」
「すみません……本当に分からないのです……」
ヘレナは動かしている手を止めて、わたしに向き直り首をひねって思い出すように言う。
「確かそこからでて――」
「……そうだね、出てきたね」
ヘレナが言って指差した先から、石でできたオオカミが三体。突然と忽然に現れた。
ヘレナはそれに焦ったようにあわあわとしている。
何をそんなに焦ってるのかな? 初めてあったときのこともう忘れちゃったのかな? やっぱりアホの子だなー。
わたしは気にすることもなくオオカミたちに手を向けて、粉々になるまで捻り潰した。
「は、は⁉︎」
「ヘレナったらなんでそんなに慌てているの? なんのためのわたしだと思っているの?」
ふんす、と腰に手を当て、そっぽを向いて拗ねたように言う。
するとヘレナは手を振り、焦ったように口を開く。
「ち、違うのです! アリシアを信用していないとかではなくて……以前のこともあって怖かったので……」
「ふーん、まぁいいや。それよりヘレナは早く用事を終わらせてね。行きたいところが出来たからさ」
「行きたいところ?」
そう問うヘレナを無視し遺跡内を見渡していると、ヘレナはさっさとしろ、というわたしの念を受け取ったのか、そそくさと作業に戻って行った。
「さーて」
一息ついて、わたしは改めてオオカミが発生したところ付近を注意深く観察する。
あのオオカミたちは転移によって出現し、そしてその瞬間、魔力の流れを一瞬だけ感じた。
そして、その流れの大本はここよりも下からであった。そこへは転移魔法でしか行けないのか、それとも続く道があるのか……。前者は簡単に実行できるけど、出来れば隠し通路を見つけたい。
何故かって? それはもちろん! 面白そうだからだよ!
そんなことはどうでもいいので、魔力を部屋全体に薄く伸ばしていく。
すると、不自然なまでに魔力を弾くところがあった。
そこにふらっと近づいて行き、腕を振りかぶって――
「えーい」
気合の入らない掛け声とともに、壁にわたしの拳が打ち付けられた刹那――大きな音と共にそこには初めからなかったかのように、壁が消え去る。
すると、大きな音にビビったのか、ヘレナは大きく肩を跳ね上げ、声を震わせながら話しかけてきた。
「ア、アリシア! い、一体何事ですか⁉︎ またあのオオカミが……って何をしているんですか⁉︎」
そう言ってわなわなと震え、わたしが消し去った壁を指差している。
「何を、って……見た通り壁を消しただけだよ?」
「だ、だから何故ですか⁉︎ 一応ここ貴重な施設なんですよ⁉︎」
「うるさいなぁ。隠し通路があったから通れるようにしただけ。それと、帰るときにはちゃんと直しておくよ」
「隠し通路?」
顔にはてなマークを浮かべているヘレナをキッとにらみ、早く終わらせろ、と無言の圧を向ける。
ヘレナは慌てたように手に持つ紙に壁の字を書き留めて行き、しばらくして終わったようだ。
そしてヘレナはふぅと息を吐き、改めてわたしに質問してくる。
「隠し通路ってなんですか?」
そんなヘレナをじっと見つめ、しょうがないなぁと思いながら、はやる気持ちを抑えて話し出す。
「オオカミが出てきたのって、この先にある何かが原因なんだと思う。だからそれを確かめにいく。それと、ヘレナをここに置いていくのは、もしもがあるかもしれないから今まで待っていたの」
「そう、ですか……それはありがとうございます。ですが全然説明になっていなかったのですが……別にいいです。……では行きましょうか」
「うんそうだね! 何があるか楽しみだよ!」
わたしは、おー、と手を挙げてウキウキで先頭を歩いて隠し通路の先に向かっていく。
隠し通路は、これまでと違い明かりが全くなくて真っ暗だ。ヘレナの持つ魔道具があるから明るいが、少し先までしか見えない。ヘレナにはだけど。
わたしには明るさに関係なく、先まで見えている。そして、この通路の先には下に続く階段があった。
「ヘレナ、少し歩くと下の階段があるからきおつけてね」
「は、はい分かりました。ですが何故……いえ、いつものことですよね」
ヘレナは首を振り疑問を晴らす。
自己解決してくれるようになってよかったよ。いちいち同じこというのは面倒くさいからねー。
わたし達はゆっくりと階段を降りて行き、その先も続いていた通路を淡々と進んでいく。
すると、変わり映えしない通路に妙な雰囲気が混ざってきた。
「うん……?」
わたしは思わずそれに反応してしまい、それが気になったのかヘレナが声をかけてくる。
「どうかしたのですか?」
「…………いや、たぶん大丈夫だと思うよ。少なくともヘレナは……」
言うかどうか迷ったけど、余計な心配をかけることもないだろう。実際にヘレナにはちっとも危険は無いと思う……きっとだけど。
それ以降は会話がなくなったが、その時間もわずかな時間だった。
わたしとヘレナは通路を淡々と道なりに進んで行き、そしてひらけた空間にたどり着いた。
そこは――
「なんだか、結構歩いてきたと言うのに狭いところですね……」
「…………」
「アレはなんでしょう」
「………………」
ヘレナがそう言って見ているのは、ふよふよと宙に浮いている水色の光の球だ。
ヘレナは興味深そうに見ているが、対してのわたしは冷や汗をかきながらそれを見ていた。
何故『あんなもの』がこんなところにあるんだ――
わたしが予想外なモノを見つけ驚愕していると、視界の端を横切る姿が見えた。
「本当になんなのでしょうね……」
無防備に青い光の球へ近づいていくヘレナ。
「やめなさい‼︎」
「っ⁉︎」
わたしはヘレナが光に触れてしまわないよう、絶対に阻止させようと無意識のうちに魔力を放ち威圧していた。
そしてヘレナが威圧を受け苦しそうにしているのに気づき、慌てて魔力の放出を止める。
「っ! はぁ……はぁ……はぁ……」
「ごめんね……」
ヘレナは宿屋の時とは比にならない程の汗をかき、心臓の鼓動も大きく早く。そして目は限界まで見開かれていた。
わたしはそんなヘレナの様子に申し訳なくなってしまう。護衛すると依頼を受けたはずなのに、あと少し加減を間違えばヘレナはショック死していたかもしれない……。気軽に大丈夫だなんて思っておいて……。
だから出す声も弱々しくなってしまう。
「ほんとにごめんね……。でもそれは――その青い光の球はヘレナには危険すぎるんだよ」
「い、いえ……私がいけないのです。不用意に見知らないものに近づいてしまった私が……」
ヘレナは目を伏せ申し訳なさそうに言う。そして疑問を浮かべ継ぐ。
「ですが、何故近づいて行ったのでしょうか? 私はそこまで危機感が無いわけでは無いのですが……身体が勝手に、としか……」
心底それが不思議なのだろう。ヘレナはうーんうーんと首を頻りに捻っている。
そんなヘレナの疑問を解消するべく、わたしは答えを言ってあげる。
「ヘレナは悪く無いよ……あの光には催眠作用があってね、一定量の魔力抵抗が出来ないと操られるんだよ」
「そうですか……ですがアリシア、アレはそんなに危険なものなのですか?」
わたしは青い光の球にに近寄って行きながらヘレナに答える。
「うん、ヘレナが触れば廃人になっていたよ」
「ちょ、ちょっとアリシア!」
危険です! そういうヘレナに、だいじょうぶだよー、と手を振って言葉を続ける。
「これは、知識を魔法によって保存されているもの」
そう言いながらわたしは光に触れて、グググっと圧縮していく。
「大したことのない知識ならヘレナでもだいじょうぶなんだけど、これには神の知識が封じ込められているからね〜」
「な⁉︎」
驚くヘレナをよそに、わたしは作業を進めて行く。
親指の爪サイズの大きさになったところで、光を物質に変換して行く。そして後に残ったのは小さくまん丸で透き通るような青の宝石だ。
手のひらに乗っているそれを見て、わたしの目の色に似ているな、とふと思いクスっと笑みを浮かべる。
それを異空間から出した金属と合わせて、変哲のない指輪に加工した。
「ふぅ、でーきた」
「な、何がですか……?」
眉根をあげ、戸惑ったようにヘレナが聞いてくる。
わたしは手に持つ指輪と、ヘレナの顔を交互に見比べる。
そしていいことを思いついた。
「これヘレナに渡しとくよ」
「えぇ⁉︎」
「これはもう危険は無いよ? 知識が逆流することもないし、きっとヘレナのためになるだろうしね」
なんせ神が人種にもたらした知識だ。あのアホな神の知識だけど、知っていても損にはならないと思うしね。
「ほい」
わたしは指輪をヘレナに投げて渡す。それをどうにかこうにか受け止めたヘレナはおどおどとして落ち着きがない。
「え? あ、あの神の知識って……なんで私に……。それにあれだけ危険って言っていたのにだいじょうぶなのですか?」
「大丈夫なようにしたし、神の知識って言っても質が問題だっただけで、量はそこまでないよ? それにわたしには必要のないものだからね〜」
言い終えると、固まっているヘレナをよそに、クルッと振り返って来た道を進んで行く。
ヘレナもわたしは通路の闇に消えたことに慌てて後を追ってくる。
あぁ、わたしは遺跡の調査になんて興味はなかったし、護衛を受けたのもいろんな街を巡るだろうと思っていたからだ。
だけど、遺跡に『神の知識』なんてもの――それも『原典』があるなんて……。
まぁ、わたしにはどうでもいいんだけどね。アレは魔種が持つものではなく、人種が持つべきものだ。
だからわたしは今後『原点』は見つけないことにしよう。もし見つけても無視だ無視!
今回のことを呼び水にして、人種が自分たちで見つけるべきだ。
わたしは真っ暗な道を歩いていく。
また、後ろから光が迫ってくるのがわかる……。
わたしにはヘレナに指輪を与えたのが良かったのか悪かったのか……正直分からない。
だけどわたしは、食べ歩きと言う目標に一つ新たに付け加えた。
――あのアホで泣き虫の神をボコってやる。




