9話 遺跡に向かおう
はむ、はむ、はむ。
美味しいもの、普通なもの、口に合わないもの、様々あって机の上は満漢全席だ。わたしは次々にその皿を空っぽにして横に積んでいき、また違う皿をとって積み重ねる。店員は積まれた皿を持っていき、新しい料理を持ってくる。
一階の喧騒は来た時よりも静かになっていたが、今は厨房の方が戦場のようになっている。あの客やべぇとか、早く皿を洗えとか、材料がもうねぇぞとか、厨房の中のとても慌ただしい様子が聞こえてくる。
昨日ヘレナに食べ過ぎるなと注意されたけど、今はギルドのいざこざの処理待ちで待たされてるんだし、あっちが悪いんだよ。わたしは悪くないよね? だからギルド内の食べ物を食い尽くしてもいいよね? まだ朝だし買い出しに行けば大丈夫だよ。
そんなことを思いながら次々と料理を食べていると、だんだん料理が運ばれてくるペースが減っていき、ついには何も持たずに一人のヒューマンが近づいて来た。
そして苦しそうな笑みを浮かべ、手もみをしながら口を開く。
「あ、あのー。申し訳ありませんが材料が底をついてしまいまして……その、勘弁してくれませんか?」
「うーん、ヘレナはまだなのかな? ちょっとどころじゃなく遅いよねー」
とりあえずは無視を決行し、指でほおをポンポンとたたきながら上の階を見上げそう呟く。
わたしだって好きで材料が無くなるまで食べていたわけじゃない。ヘレナが遅いから悪いのだ。せっかくかっこつけて出ていったのに、ヘレナが上手くバトンを受け取れないと大恥かいちゃうよ。主にわたしが。
まぁ、遠目で見ている分ではもうすぐ片がつきそうだね。
そこまで考えると、今まで無視していた手もみをしている男に答える。
「うんいいよ。あと少しで出ることになるだろうしね」
「あ、ありがとうございます」
うんうん、くるしゅーない。
お代はこれでいいよね? と問いながらも宝石を無造作に男に放り投げる。
「ちょっと時間があるけど……どうしようかなー」
席を立ったはいいものの、ヘレナが来るのにはもう少し時間がかかる。暇を潰せるものがないかなーとギルド内を見渡すと、たくさん紙が貼られた掲示板を発見した。
うふふん。何がかいてるんだろ、とスキップして近寄り内容を確認するが……。
「薬草集めに、魔物の駆除、民家の掃除、店番、と……。ギルドって何でも屋なのかな?」
そう思えるほどの多種多様の依頼書が貼ってあった。正直依頼するほどのものなのかな? と思えるものもあるが、見たところどれも子供のお使い感覚で出来そうなものだ。
なぜこんなことが仕事として成り立っているんだろ? 魔物の討伐は……安全の確保という点で分からなくないけど、下手に手を出し過ぎるともっと厄介な魔物が来るんだよ? そこのところ人種は分かってるのかなぁ。分かってないんだろうな。
ギルドって、本当に何のためにあるんだろ……。あ、身分証確保のためか。
って、あれ? 何でも屋? そう言えばヘレナと野宿してたとき、『冒険者』は何でも屋みたいなもの、って言ってなかったっけ? と言うことはギルドに所属しているものは『冒険者』てことになるのかな?
多分わたしの考えはあっている。だって受付の人たちが『冒険者殿』って言ってたからね。
そんなことを掲示板を見ながらつらつらと考えていると、後ろから声がかけられた。
「おい、ぼーっとしてるだけならさっさとそこをどけろよ。ってかここはガキが来るような場所じゃねーよ」
そう言った男は後ろにいる二人の男とゲラゲラ馬鹿にするように笑っている。
何だこいつ、と目を細めるがわたしが邪魔をしていたのは事実なので素直に掲示板の前からよける。
そもそも、そのガキのお使いのような依頼しか無いんだけどね、と馬鹿にされたお礼に内心笑ってやる。バカめ。
「っは! 素直でいいこった! 危うく剣のサビになっちまうところだったなぁ!」
男はそう言って討伐系の依頼書をむしり取って女エルフのいた受付の方に向かう。後ろにいた二人もそれに続く。
むかっ! 眉間にしわを寄せていると、ふと彼らの武器が目に入った。そしてそれは今朝宿屋で見たものであった。
うふふん。いいこと思いついたよん。あいつ、剣のサビにとか言ってたけど、剣を錆びさせようかしらん。それも外側をそのままに中側だけを……。それで剣に衝撃が加わったら簡単に折れるようにしちゃおうかな。
そう思って彼らに手を向けるが、やっぱりやめた、とそっと下げる。
彼らの命を奪うことを躊躇したんじゃないよ? わたしが直々に手を下さなくても、今日明日中には同じ結果が出ると分かってしまったからだ。彼らがそうなる前に気づくかもしれないが……その時はその時でいいかな。運が良かったねってことで許してあげる。
三人組に黒い笑みを浮かべていると、階段の方から誰かが下りて来る足音が聞こえた。
わたしは音の聞こえる方へゆっくりと向かっていき、その誰かが一階に現れると同時に声をかける。
「へーレーナー、おっそーい!」
「ご、ごめんなさいね。ギルドマスターとあの人たちが中々認めてくれなくて……」
ヘレナは心底疲れたと肩を竦める。しかし今度は顔を上げ、明るい声で継ぐ。
「でも見てください! 違約金がこんなにたんまりですよ!」
そう言ってヘレナは嬉しそうに手に持っていた袋を見せつけてくる。
わたしはそんなヘレナを、やっぱりアホの子だなーと思いながら眺める。
たしかにその袋にはズッシリとお金が入っているのが分かるけど……そのお金があなたの命の価値なんだよ? って激しく言いたい! だけど言っちゃダメだよね? 多分ヘレナ泣いちゃうよね? わたしだって分かってる。だけどすごくそわそわしちゃうよ‼︎
恍惚としてジャラジャラと袋をゆさって音を出しているヘレナをとーっても優しく見つめ、出来るだけ穏やかな声で話しかける。
「ねぇヘレナ? 嬉しそうなのはいいけど、さっさと行こうよ。もうすぐ午後になっちゃうよ?」
「そうですね! こんな事している場合ではありませんね! 早く馬を取りに行きましょうか!」
わたしの言葉に、はっとしたヘレナは手に持っていた袋を収納し、落ち着こうとして一息ついてから急ぎ足でギルドから出て行く。でも悲しいかな……まだ内心ウキウキしているらしく、走っているつもりなんだろうけど、スキップになってるよ……ヘレナ。
***
ヘレナはギルドを出てから一直線に門まで行き、門番と話して馬を連れてきてもらっていた。
わたしは途中屋台に突撃していたので、遅れて来る形でヘレナと合流し、門番に身分証を見せてヘレナと一緒に門を出る。
しばらくして、ヘレナが操る馬に二人乗りになって目的地に向かっていると、気になったことがあったのか街に向かう時には全く話しかけて来なかったヘレナが声をかけてきた。
「ギルド件、改めてお礼を言います。ありがとうございました、アリシア。貴女のお陰で無事違約金を払っていただけました」
「いーよべつに。大したこともしてないしね。さっさと終わらせたかったからああしただけ」
「そう、ですか」
そうなんだよ。本当に大したことをわたしはしていない。たった二工程で終わるようなことを面倒くさがる奴なんていないよ。……そういえばわたし城で面倒くさがってダラダラしてたっけ? てへ。
ただまぁ、あの時はループする話をこれ以上聞きたくないって理由があったし、ヘレナ……というよりも貴族に対してのイメージが変になりそうだったから手を出しただけだ。それにお腹も空いてたし。
「彼らを転移させてきたのもダンジョンの報酬ですか?」
「そうだよ。わたしはいくつものダンジョンを攻略しているからね。あんなことだって出来るんだよ」
「そうですか……」
ヘレナが悩む顔を一瞬したが、すぐに明るい表情を作る。
「アリシアは小さいですのに本当にすごいのですね」
「な! ヘレナも小ちゃいって言うの⁉︎」
わたしはヘレナの肩をブンブンと揺さぶって、信じられない! とばかりに言う。
わたしだって小さいのはとっても気にしてるんだよ? 城のみんなはどんどんわたしより大きくなっていって、昔はよくそれでからかわれていたんだよ。
それで、何度も言われるのがウザくなって、強引に魔法で成長したであろう姿になったら……カレンにちっさくて可愛いアリシア様に戻ってください! と号泣されながら言われて、流石にキモくて元に戻ったんだよね。
わたしに肩を揺らされているヘレナは、苦しげな様子で言葉を出す。
「ア、アリシア! ご、ごめんなさい! 謝りますから揺さぶらないでください!」
仕方ないなぁと言ってた掴んでいる手を離すと、ヘレナは軽く咳払いをして言う。
「小さいというのは背のことではなく年齢の方です。まだ若いのにすごいですねという意味です」
ああそうだったんだ。たしかにわたしは魔族の特徴的部分を何も持っていないからね。実情はともかくとして、見た目だけならヒューマンの女の子に見えるよね。
だから、ヘレナがわたしを『若い』というのもわかる。口調もそんな感じだしね。
「若い、ね。ヘレナ、わたしって何歳くらいに見える?」
問うと、ヘレナは下あごに手を当てて思考を巡らせる。
「え、えっと……12歳くらいでしょうか? いえ、でもお酒を飲んでいましたよね……ですから成人しているのですか? ……もしかして、16歳ですか?」
わたしの見た目は12歳くらいに見えるらしいが、お酒を当然のように飲んでいたことから成人していると思ったようだ。それで成人と認められる16歳……と。
あはは、わたしって16と何歳くらいなんだろうね? 長く生きすぎて年齢っていう概念がなくなってしまってたなー。
まぁいいかと息を吐き。わたしはヘレナに答えを言う。
「ヘレナざーんねーん! わたしはヘレナよりもずっと年上なんだよ〜」
「はへ⁉︎」
ヘレナは予想外なことを言われ、驚きすぎたせいか手綱をぐっと引き寄せてしまい、馬が急に止まってしまった。
そして、ヘレナは焦ったように口を開く。
「あ、貴女が年上ですか⁉︎ それもずっとって……」
「そうそう、少なくとも100年以上は生きているよ」
「な、な……」
わたしは淡々と言う。ヘレナは今度こそ言葉すら出ないほど衝撃を受けているみたいだ。
別に、魔族だと、魔王なのだとヘレナにバラしたくてこんなことを言っているわけではない。下手に低い年齢……それこそヘレナの言った16歳と偽っても良かったのだが、それではかなりの無理が今後でてきてしまう。
わたしはきっと、これからヘレナの護衛をしている最中に『魔法』を何度も使うことになるのだろう。今日のことだってそうだ。それらのことを踏破報酬だと言って納得はさせられるが、その言い訳を何度も使っていると不自然なところが出てきてしまう。
――それは時間だ。
16年、その間にどれだけのダンジョンを踏破したんだと。どう考えても16年では無理じゃないかと。そんなことになってしまう。
ダンジョン踏破でもらえるスキルは多くても三個が限度で、大体は一つなのだ。
だからわたしはまた一つ言い訳をする。
「まだダンジョンに挑み始めて慣れてきた頃にね……敵から『不死の呪い』を受けちゃったんだよ」
「不死の呪い……ですか。すみません、わたしには聞き覚えがなくて……」
当たり前じゃん、だっていま考えたことだからね! 笑い出しそうになってしまったが、騙すにはそれを出すわけにはいかない。
「だんだんとアンデットに変わっていくって呪いだよ」
「んな⁉︎」
ヘレナはまた驚きの声をあげ、馬から飛び降りるようにわたしから距離を取る。
そんな様子を微笑ましく眺める。
まぁアンデットと聞いての条件反射みたいなものだね。
わたしは安心して、と声を声をかけて続きを話す。
「まぁ呪いはどうにかアイテムやスキルを使って解いたんだけどさ……それが完全じゃなかったらしくて……。『呪い』が『祝い』に転じちゃったんだよ」
「……どう言う意味ですか?」
「あはは、そんなに警戒することないよ? 『不死の祝い』ってなってしまってね。死なない、と言うよりは……そう、年を取らなくなったんだよ。わたしは外部的要因ではともかく、歳を重ねることでは死ななくなったってこと。それに、自分はアンデットじゃないのか? って思って聖水のお風呂に入ってみたりもしたけど、どうにもならなかったよ?」
もう昔のことだよ、と何も気にしていない風に言う。
ヘレナはまだ戸惑っていて、なかなか理解できていないようだ。その証拠にブツブツと考え事をしている。
「呪い? 祝い? 年を取らない? 事実上不死の存在……それって……いえ、でも……」
迷路に迷い込んでしまったようだね。まぁ荒唐無稽な話だったけど、アリシアなら、みたいな考えがヘレナにはあるのかもしれない……いやそうなんだろうね。
ありえそう――そう彼女は思ってしまった。違うのならすぐに否定しているはずだから。
うふふん、悩んでくれるのは大変結構! すぐにそれは違うって言われるよりも、断然そっちの方がいい。
さて、ヘレナにはこのまま考えてもらっててもいいけど、やめてもらうことにしよう。きっと、それが一番良さそうだ。
「そろそろ遺跡に行こうよ。それと、やっぱり馬での移動は退屈だし転移で行くね」
「え! ちょ、ちょっと待って――」
ヘレナが言い終わる前にわたしはヘレナの記憶を辿り、遺跡の入り口前にヘレナを連れて転移する。ついでに馬も。
なんでヘレナの記憶を辿ったかって? はは、わたしがちゃんと覚えているとでも? 自信満々に転移して、全く違う場所でしたーってなりたくないでしょ? 同じ失敗は二度しないのがわたしなんだよ!




