共闘
地から飛び上がる【天】は、瞬時にザナルとラシィルの目の前までやってきて、首をゴキゴキと鳴らしながらニヤニヤと満面の笑みを浮かべつつゆっくりと両腕を広げる。
「さぁ、俺と遊びの続きをしようぜ?」
「なに、こいつ……化物なの……」
「そうだラシィル……龍人の奴らには悪いが、今では見た目までもが化物じみている」
生き物ではない何かを始めて目の当たりにしたラシィルは、無意識に震えを発していた肩を抱き【天】をにらみつける。
「いいねぇその目! そうやってもっともっと殺意をばら撒いてくれればいいんだよ! そうしてくれりゃぁ、ココから先の遊びはさっきまでのヌルいやり取りじゃ到達し得ない最高の晩餐会場になるんだからな。んで、そのお楽しみのメインディッシュはおまえら二人なん―――」
左からやってきた無数の闇の剣に言葉を遮られる。
【天】は素早くそれに反応し、左の腕だけでバシバシと掻き消していく。
「はやいな……先ほどより格段に反応速度が上がっている……だが、闇は少しづつおまえを蝕んでいくぞ。先ほど同様、今度は四肢すべてをもぎ取って―――」
「何をもぎ取るんだ?」
【天】がニタリと笑うと、黒く変色していく鱗がバラバラと剥がれ落ちて、また新たな鱗が生えそろっていく。
「馬鹿な……」
「馬鹿ではねぇだろうよ。 まぁあれだけ喰らえば俺の体もさすがになんかしらの対抗策を考えてくるとは思ったが、まさか龍人になれば対抗できると考えるとは思わなかったなぁ」
「ッチ……」
苦虫を噛み潰すとはこのことだろう。
今この時点で自らの攻撃が全く通用しないということがわかってしまったのだから。
そんなザナルの様子を見てとり、震える自身の体に鞭を打つように自らの頬に喝を入れるラシィル。
2、3度それを繰り返し、「ヨシッ」と静かに一声上げると、ザナルの前に立つ。
「ザナル、あなたは私の援護を。 私が前に出る!」
【天】を見据え背中を見せるラシィルの姿を見てザナルのプライド、いや、護ると誓った言葉への裏切りという重圧がのしかかった。
だが、すぐに頭の中を切り替える。
いつまでもその重圧を乗せたまま立ち竦んではいられないのだ。
重くなった頭と体を奮い立たせ、しっかりとラシィルに返す。
「………すまないラシィル。我は全力でサポートする。だからおまえも全力であやつを潰すのだ!」
「わかってるわよん! 言われなくたってそうさせてもらうわ。それと、こんな時に言うのもなんだけど……ようやくあなたの為に戦える時が来て嬉しいとも思ってるわ」
「ラシィル……」
「ダメよん泣いちゃ! それに私はいろいろあなたに貰いすぎたのよ。だから少しでもここで返しておかないとねん」
「泣いてはおらぬが、ここではわかったとだけ言わせてもらおう。続きはこれが終わってからだ」
ザナルは一度大きく息を吐き出しラシィルに向けて腕を突き出す。
するとラシィルの背に6本、両腕に2本づつの計10本の闇の剣が出現する。
その様子を見て【天】は大きく欠伸をしてぐるぐると腕を回しながら愚痴をこぼす。
「ふぁ~ぁ、もうそろそろいいかなぁ~。見てるだけだって本当につまらないんだよねぇ、もう準備も終わったんだろ? ならさぁさっさと始めよう、ぜっ!」
口を閉じきる前に轟音を上げ、風を切り裂きながら突進してくる。
常人では目で追うことすらできない速度。
だがラシィルは違った。
しっかりとその姿をとらえ、大きく右に避ける。
「やぁ~るねぇ。しっかり見えてるんだな。女の時より早くなったつもりだったんだけどな。まぁいいか。そっちの方がもっともっと楽しめる」
「フンっ……あんたのトロい動きなんか全部止まって見えるのよん? だからほらっ、左腕がそんなことになっちゃうのよん?」
【天】が左の腕を見た瞬間だった。
肘から先が地に落ちていくのを見たのは。
「ぎぃゃぁぁあああ!!」
絶叫する【天】。
「うるさいわね。痛くて叫ぶんならどこか遠くでやってくれるかしら」
なおも叫ぶ【天】。
が、それは痛みにではなく――
「ぎゃぁぁっはっはっはっは! あっはっはっは!」
歓喜の絶叫だった。
「サイッコウだ! さっきもだったが姉さんには容赦がねぇから戦闘が楽しくてしょうがねぇ!! もっとだ。もっともっともっともっともっともっともっとぉぉぉぉ! 俺におまえを喰わせろ!!」
「……やっぱりあいつは化物ね。頭の中まで腐ってるわん……いいわ、私がザナルに代わっておまえを喰ってやるから」
バッと横なぎに左腕を一閃させる。
と、同時に【天】の右足に線が引かれ、腿から先が地に落ちていく。
更に腕を縦と横に十字に振りぬく。
残りの手足も切り飛ばされて両手足を失った芋虫状態になる。
が、それでも【天】はニヤニヤと笑っているだけ。
「頭だけになっておかしくでもなったのかしら? ならその小汚い頭も地に還して――」
「避けろラシィル!」
声が聞こえた。
瞬間、ザナルが背に付与した闇の剣が3本消失した。
寸でのところで上に躱し、何事かと【天】をみる。
「おっと、おっしいねぇ。もうちょっとで姉さんのやわらかぁいお肉が味わえたのになぁ」
「なっ……」
始めに切り落としたはずの左腕がふわふわと浮かび、そのまま元有った肘の先にピタリとくっつく。
ありえない光景に動きが止まるラシィルにザナルが一括する。
「まだだ! おまえには見えるだろう! 避け続けるんだ!! 」
言われ、ハタと気が付いたときには左腕の闇の剣が消し飛ばされ、その腕に攻撃が掠ったことによる激痛が走っていた。
が、3撃目と4撃目がすぐそこまで迫っている。
躱そうとラシィルが見たものは、切り落としたはずの【天】の手足だった。
左から右腕、下からは左足が恐ろしい速さで迫ってくる。
まるで追尾型のミサイルのように逃げる方へと軌道を修正してくる。
だがラシィルは激痛に耐えながらも落ち着いてその軌道を見極めて躱していく。
全てを躱しきってすぐ【天】の方を見ると、飛び回っていた四肢は元通りになり、五体満足の状態に戻ってニヤニヤと笑いながら突撃してくる。
「あっはっはっは! 痛ぇか? 左拳に感じたおまえの肉は最高にやわらかくていいなぁ、おいっ!」
「なめるんじゃないわよ!こんな傷くらいでいい気にならないでほしいわねん! 光の繭!!」
腫れはみるみる回復し、元通りに戻る腕。
全身で体当たりする様に再度突っ込んでくる【天】。
「また性懲りもなく同じことを。なら今度は丸ごと半分にしてあげるわん」
腕を振り上げ、一閃させるが――
「えっ?」
腕が何かに引っ掛かり、動きを阻害される。
何が、と振りかぶった腕を見ると光の枝が地上から伸び、絡みついていたのだ。
それを見た【天】は口角を歪ませてニヤリと笑う。
「どっちが同じことしてるんだかなぁ。俺だって頭が付いてるんだぜ?」
反応できないラシィル。
(あの速度で当たられれば死にはしないが大きなダメージを受ける、まずい!)
何とか枝を切り落とし、体を守るように腕を交差させる。
「っく………」
いつまでたっても衝撃が襲ってこない。
交差させた腕の隙間から【天】を覗き見た。
「は、あ、あ…………ザナル!!」
「ぐっ、がはっ……くっ、ぶ、無事かラシィル……」
音速を超えるほどの弾丸となった【天】の体をザナルは全身で受け止めていた。
衝撃で左腕と右脚は吹き飛ばされ、残る手足もあらぬ方向に曲がってしまっていた。
口からはおびただしいほどの血が流れだし、内臓のほとんどが潰れてしまっているのは見て取れるほどだった。
声にならない悲鳴を上げるラシィルをよそに、ザナルは虚ろだがしっかりとした目で無事を確認すると、うっすらと少しだけ口角を上げる。
「よか……た、ラ、シィ…ル。お……まえ、が……無事で……本当に……」
ズルりと【天】の肩から滑り落ちていくザナル。
「いや、いや、いやぁぁぁぁぁぁ!!」