【天】
「戦況はどうなっておる」
外へと向かう通路を急いで歩く。
ザナルは、後に黙って付き従うアドルギスにむかい問う。
「はっ! 前衛の門はすでに崩壊し、人間どもがかなりの数入り込んでいます。中衛陣も何とか持ちこたえてはいますが数があまりにも多く、対応しかねているような状況でございます。 勝手かとは思いましたが、幹部のものたちはすでに向かわせてあります」
「そうか。幹部のことはよくやってくれた。だが被害は相当なものになってしまっているか…… それにしても解せんのは前衛の門だ。 なぜこうも簡単に崩壊してしまったのだ……」
「そのことについて報告が…… 人間どもの際前衛に【天】が、いるとの情報が入ってきております。 門の崩壊については、光の大樹がいきなり地面から現れて、壁の一部を丸ごと飲み込んだという情報も入ってきております」
「【天】…… やはり貴様は魔族を滅ぼしたいのか……」
ザナルは奥歯をギリリと噛みしめ怒りをこらえる。
噛みしめることで怒りを一時飲み込み、冷静に現状を分析する。
前門は崩壊、敵の侵入を防ぐすべはない。
中衛に至っては現状、【天】が最前線にいると考えると防ぎきれはしないだろう。
他幹部は周辺の総統や人間の前衛との戦闘で手が空かない状態。
………ならば。
「我が……最前衛に立つ!」
「お待ちくださいザナル様、それはいけません! 前衛にこの国の中核……王であるあなたが立つなど許されません! もしものことがあればこの国はどうするのですか!! それにあの【天】」もいるのですよ!」
アドルギスの言うことは何一つ間違ってはいない。
この先の国のことを考えるならば、王である自分が前線に立つことはしなくてもいいだろう。
だが今は、この先の国よりも大切なものを守らなくてはいけないのだ。
それはきっと我儘だろう。
愛した女の未来の為に、自らと国を擲つというのだから……
思いにふけ、部下達に答えを告げぬままようやくたどり着いた展望の扉を開ける。
開け放った扉から外へ出ると、そこには想像を超える惨状が広がっていた。
「なんということだ……」
前衛は門ごと壊滅し、敵がとどまることなく入り込んできている。
中衛部隊はというと、何とかここで食い止めようと立ち向かってはいるものの、人間側のたった一人の青年に一方的な虐殺を受けていた。
「天……奴がいる限り我らに勝機はない。 やはり我が行かねばならぬ」
50人はいる魔族の部隊を、軽く手を横に薙ぐだけで一瞬で細切れにしていく。
これ以上は被害が甚大になる。
引き留めるアドルギスを引きはがし、空へと舞うザナル。
「いけませんザナル様!!」
「よいかアドルギス…… いや、今この場にいるもの達よ。我はこれより最前線に立つ。 我に続けとは言わん。ただ、我に何かあった時はアドルギスの命を聞き動くのだ」
「何をおっしゃっているのですか! あなた様がいてこその国ではないですか! 私ごときがその跡に就くなどと……」
「アドルギス…… 後のことは頼んだぞ」
「ザナル様!」
その場にいるもの達を残し、ザナルは虐殺を続けている【天】のもとへ向かった。
ラシィルとともに。
隣を同じ速度で飛ぶラシィルは、視認できるくらいまで光の透過率を下げてザナルに語りかける。
「アドルギスちゃんでいいのん?」
ラシィルはニコニコと笑顔を見せながら、あえてザナルに対し問う。
「わかっておるだろう。アレは我の下にいるよりも高みを目指すべき器だということを……それよりもラシィル、本当によいのだな? これから先は本当に地獄かもしれんぞ。本来であれば我だけが――」
「そこから先を言ったら本気で怒るわよん?」
「フハハハっ! わかったわかった。ならば行こう、共に……」
「言われなくてもついてきてるでしょ? もう絶対に離れないわよん」
そして【天】が暴れる中衛域にたどり着く。
倒れる友軍兵士。
その上を行軍する人間達。
その先頭を行くのは、誰にも士気せず誰からの士気も受けない一人、いや一匹の化け物。
「楽しそうだな、【天】。 これではどっちが魔なのかわからぬな」
【天】と呼ばれる青年は高笑いしながら、宙に浮くザナルを見つめる。
「あーはっはっはっはっはっ!! 今日は本当についてるなぁ俺は! 雑魚ども弄れば大物が釣れるとは思ってたが、こんなに早く釣りあがるとはなぁ! しかも二匹もよぉ!!」
【天】は、ザナルの横にいた見えないはずのラシィルにも気が付いているようだった。
ラシィルは上げていた自身の透過率を通常のものに戻し、姿を現す。
現れたラシィルは少し不機嫌そうに唇を吊り上げながら愚痴をこぼす。
「小細工が通用しない坊やだとは思ってたけど、これに気が付くとはね。戦いにおいては有益かもしれないけど、女にとってはただ目ざといだけだから注意してねん? お姉さんからの忠告よ」
「あっはっはっはっは! わかったよ姉さん。だからさ、忠告ついでに死んでいこうぜ!!」
【天】は、門を破壊した光の大樹を出現させ、その枝にしがみつくと一気にラシィルに接近する。
「俺は飛べないんだ……だからまず下に降りてこいよ!!」
【天】は枝から手を離し、空中に飛び上がると何もないところから巨大なハンマーを出現させてラシィルに振り下ろす。
振り下ろされたハンマーは空を切り裂く轟音を響かせながらラシィルに接近する。
が、ラシィルはふぅと一つ溜息をつき、全く動かなかった。
「あっはは! 姉さんいっただきぃ!」
ガゴンっ!
鈍い音が響きわたり確かな手ごたえを感じた。
はずなのだが、なぜか振切れない。
それどころか、下から急激な力が加わり押し返される。
あまりの勢いにハンマーは【天】の手を離れて空中に飛んでいき、光の粒子になって消えてしまう。
投げ出される形でまともに受け身を取れなかった【天】は地面に叩きつけられるが、何事もなかったようにすっと立ち上がりにやりと笑みを浮かべた。
「いやぁ姉さんに向かってやったんだけどなぁ、なんで闇のおっさんが防いでくれちゃってんのさぁ~。 まぁどっちも旨そうだからいいんだけどなぁ!」
「無粋な餓鬼め、おまえの相手は我だ。我がいる限りラシィルには指の一本も触れさせん」
「んん? 闇のおっさんが最初に喰われに来てくれるのか! いいねぇいいねぇ! 弱い方を先に喰ってからメインディッシュって思ってたが、メイン喰ってからデザートも悪くないなぁ!」
口の端から流れる涎を手の甲で乱暴にふき取とる。
ラシィルは心底嫌そうな顔をして半歩引く。
ザナルはラシィルを庇う様に前に立ち、【天】を見つつもあたりを見回す。
「我はアレの相手をする。 おまえは――」
「下に散らばってるザコのお片付け、でしょ? わかってるわよん!」
「ならば頼む。それとだが、くれぐれも奴への警戒は怠るなよ。 なにをしでかすかわからんからな」
「それもわかってるわよん。そういうあなたこそね」
「うむ。ならば奴の期待通りというのも癪だが、さっさと始めてしまおうか」
ラシィルが頷くと同時にザナルは、【天】に向かい虚空から産み出した漆黒の剣を投擲する。
「ぅおっと! いきなりあぶねぇだろ! 知ってるぜソレ。刺さったら最後、闇に飲まれて消滅する剣だろ?いきなり終わらそうなんて品のねぇおっさんだな」
「黙るがいい。おまえは喰いたいのだろう? ならば好きなだけ喰うといい。ただし……おまえが闇に喰われなければな!」
ザナルはさらに数えきれないほどの漆黒の剣を産み出す。
その数、数千か数万かというほどの膨大な量。
だが【天】はその数を見て恐れることもなくずんずん前に歩き出す。
むしろ顔が歪むほどの笑みを浮かべている。
「サイッコウだぁ! やっぱり旨いメシはこうでなくっちゃなぁ!」
「ふんっ。イカレタ餓鬼め。いいかラシィル我がこれを放ったら行け。周りの輩は任せたぞ」
「あなたに頼られる日が来るなんてね……わかったわ。あなたも気を付けてねん」
「任せておけ……」
ザナルは【天】に向け軽く中指をパチンとはじく。
「ラシィルっ!」
ザナルが言うまでもなく、ラシィルは周辺に散る敵兵に向け飛翔していった。