光と闇
「なんで……おれはここに居るんだ、何が起きてんだ」
先ほどまで居た岩場から見知らぬところに来たかと思えば、今は目の前に光童子や闇爺がいる。
予想ではあるが、たぶんここは魔族が滅びる前の世界だと思われる。
そしてそこから導かれるのはやはりというか
(俺が光童子と闇爺から託されたからか……)
という結論にたどり着く。
今まで、こんなことは一度も無かった。
なんで今回こうなった?
考えても考えても答えなんて見つかるはずがない。
ただそこに居ある現実だけが真実なのだから。
頭の中が混乱してきている秋の事になど、まったく気が付いていない光童子、もといラシィルと金髪の男は会話を続けている。
「また、戦争が始まろうとしてるのん?」
「させない………とは、もはや言えない流れになってしまった。 軍も民衆もすでにそれを望んでしまっている」
「あなたは、ここの王様なんでしょう? 何とか出来たりはしないのん?」
「王でもできん事は山の様にある。 こと、この戦に関してはもはや一人の魔族としての意見にしかならん。 どうにもこうにもな……」
「はぁ…… ずいぶんとジジイ臭い事言う様になったわねん、ザナル。 闇王ザナルと言われ、力で全てねじ伏せてきたあなたの言葉とは思えないわん」
「力はその時だけのもの。 後には何に残るのは後悔と小汚い歴史のみだ。 その後悔の中に我以外を巻き込みたくはない」
ラシィルは額に手をかけハァとため息をつくと、椅子に座り俯くザナルの肩に手を置く。
「情けないわねん、ザナル。でも……私はそんなあなたが好きよ。 もちろん力でグイグイくるあなたもだけどねん」
ザナルは少しだけ顔を上げる。
その表情は何かを決意した時の、厳しくもキレのある顔をしていた。
「出来る限りは手を尽くしてはみる。だがもし……もしなにかあろうとなれば、やはり力に頼らなければならん…………ラシィルよ、頼みがある」
ザナルは先ほどの決意が揺らいだかのように、瞳を斜め下へと落とす。
そんな様子に気が付くラシィルだったが、あえてそこには触れなかった。
触れると、その決意に打ち寄せる小さな揺らぎが大波に変わり、すべてを飲み込んでしまいそうだったからだ。
そしてそれは決意だけでなく、彼自身をも飲み込むほどの大きな波になってしまうと確信していたからでもある。
心の奥底は隠し、ラシィルはいつもの調子で「なぁに?」と軽く呟く。
「もし、仮に我に何かあった時は、急いでこの魔界を出るのだ」
ザナルのこの言葉にラシィルは激昂する。
「なぜ! どうして? 私にあなたを捨てていけって……そういうの!? 馬鹿にしないで!」
ラシィルが怒りだすのも無理はないだろう。
今まで、それこそ数百年も前から一緒に居たのだ。
身も心も許した相手を、簡単に捨てることなどできはしない。
だが、ザナルはただゆっくりと首をふる。
「……おまえは光の魔女。魔界の魔女の中でも忌み嫌われ、我等魔族を一瞬で死に追いやる光を使う。 おまえの存在は、我等魔族、魔女、魔物、ここ魔界に住む全てを直接死に追いやる。 今まで傍に置くことで護ってはきたが、もし、我になにかあった時はもう………護る事は出来ない。 頼む……わかってくれ……」
決意と共に、悲痛な思いも伝わるようなそんな声色で語る。
ラシィルはザナルの頬にあらん限りの力で平手打ちをした。
バシンと内に響く音は空気を震わせる。
「護りきって……護りきって見せるくらい言えないの!? それでも、あなたは王なの!? 私が……私が愛した男なの!?」
「……王でも、男でもある。 だが、今回の事が大きくなればおまえを護りきれる自信は無い。 それにな、分かっておるだろう…… 我の力もお前の力同様に他を滅ぼしてしまう。 敵、味方、身内、知人、家臣、街の民…… 全てを巻き込んでしまう。おまえも例外なく消してしまう事になる」
「あなたを失うくらいならそうして! 私ごと、全て無くしてよ!」
「それをするだけの覚悟が我には、ない。だからせめて、おまえだけでも我の手で殺させないでほしいのだ。 自分勝手でわがままなことを言っているのは百も承知だ」
ラシィルはまた平手打ちをした。
パシンと乾いた音が響きわたる。
ザナルの力のない両の目にさらに怒りがこみ上げ、また腕を思い切り腕を振り上げるが、三度目の音は響かなかった。
「見損なったわ……でも、あなたの気持ちも痛いほどわかった。 なら、この件は私も一緒に動く」
目を見開き驚きの色に染まるザナルの顔。
「な、なにを言っておる! ダメだ、それはならん!命を落としてほしくないと言ったばかりではないか! なぜ我の話を――――――」
焦るザナルの口に人差し指をそっと当て言葉を奪う。
「いい? 私はザナルがそばに居ないと死んでいるのといっしょなのよ。 苦しいときも楽しいときもずっと一緒にいたじゃない? 私はあなた…… あなたは私……。それ以上の理由はないからこそ、今回のことも二人で乗り越えたいの。 だからダメだと言っても私はあなたのそばを離れない。 わかったかしらん?」
「しかし……」
そう言って押し黙るザナル。
今回の人間との戦は間違いなく過去に例をみないほどの大きなものとなる。
それこそ世界規模のだ。
そんな戦に、彼女を同行させるのか?
一緒に死のうと言っているも同然じゃないか。
頭の中では答えはすでに出ているのだが、どうしてもそれを受け入れることができなかった。
連れて行かなくともどうにかしてついてきてしまうだろうし、だからと言って連れて行けば危険を伴う。
それに、対外的なところを考えれば士気にもかかわる。
思い悩むザナルの膝にそっと腰かけ、ラシィルはただ黙ってその答えを待つ。
重い頭をゆっくりと上げ、ザナルは聞こえるのか聞こえないのかわからないくらい小さくかすれた声でぽつりとつぶやく。
「約束してほしい……」
だがラシィルはその声をしっかりと聞き受け、やさしく「なぁに?」と返す。
ザナルはラシィルを後ろから抱きしめ、懇願するように言葉を発する。
「我から決して離れないと……何があってもだ。 もし我が死んだとき、その時は後を頼む。 もし、ラシィル……おまえが消えてしまったときは、我は最後の時が訪れるまでその想いを胸に戦おう」
ザナルの答えを聞いたラシィルは驚きもせず、「はい」と一言だけ静かに返した。
ゆっくりと流れる時間。
残り僅かかもしれない二人だけの、かけがえのない時間を、こうして過ごせることに幸せを感じる。
言葉はもう、言い尽くした。
態度はもう、示した。
愛はしっかりと、そしてはっきりと、再確認した。
ただ、いまは、互いをそばでかんじられればいい。
互いのぬくもりを感じかみしめる幸せな時間は、残酷にも長くは続かなかった。
突然、ザナルの部屋の扉をドカドカと荒々しく叩く音がきこえた。
ラシィルはそっと膝の上から降り、右腕を軽く薙ぐと自身の光の透過率を変え周囲から見えなくなる。
それを確認し、ザナルは外の兵士に告げる。
「入れ……何用だ?」
勢いよくドアを投げ開けると息を切らした兵士が入ってくる。
「ご報告が!」
「なんだ」
ザナルは短く言葉を区切り、言葉の先を急がせる。
だが兵士は顔を真っ青にしたまま、あわあわと言葉にならない。
苛立ち、声を荒げようとしたザナルを制する様に別の男が入ってくる。
「アドルギスか……いったいなんなのだ」
アドルギスと呼ばれる男は、見た目で言えば狼男なのだが、普通のそれとは異なるところがある。
毛並は燃えるような真紅の赤、瞳はすべてを凍てつかせるような透き通った青、そして一番の特徴はその大きさだ。
普通の狼族の二倍はあり、ゆうに2メートルを超える。
そんな男が、深々と腰を折りザナルの前に平伏する。
「ザナル様。許可なく御身のお部屋に踏み入ったことをお許しください。 ですがそれ以上に今、恐ろしいことが起きています」
「なんだ……………まさか!」
「はい。ご推察の通りでございます。 人間が……魔界に攻め込んできました」
大戦は無慈悲に、そして唐突に始まった。




