死と恐怖と
「ならまたこっちからいかせてもらうぜ!! っうぉら!!」
肩に担いでいた大太刀を走りながら全力で振り下ろす。
が、リプルが発した青い衝撃がすり抜けると、突然腕に感じていた大太刀の重みが消失する。
「ふんっ……その太刀も何かの能力だとは思ってたけど、アタリみたいね。そんな危ないモノ振り回したらご主人様にあたっちゃうじゃない?」
消えた大太刀は元の白い玉に戻り、砂浜にトサリと落ちてしまった。
だが大太刀の事は、始めからアテにしていなかった様で、まったく動じることなく一気にアトラに詰め寄る。
リプルに向いていた気配が急にアトラに切り替わり、躱す動作が遅れ、鳩尾に左の掌底が深々と突き刺さる。
「っくぁっ!!」
幼い体は、重さを感じないゴム毬のように砂浜を跳ねながら飛んでいき岩場に激突する。
アトラは意識がなくなったのかぐったりとしたまま動く気配が無い。
「太刀が使えなくなったのは残念だったが、それよりもちぃせぇ方が厄介だからな。先にやらせてもらった。さぁて次はお前だよ? メイドの姉さん?」
人差し指をちょいちょいと動かし、リプルを挑発する。
リプルはと言うとアトラを一瞥すると、神地の挑発には乗らずにその場で左腕を前に出してゆったりと構えを取る。
「ご主人様は言っていたわ。どんな時でも、誰がどうなっても、戦いを楽しめと……だからあなたの挑発には乗らないんじゃない?」
お返しとばかりに構えた左手の平を上に向けるとクイクイと神地を誘う。
「いいねぇ、いいねぇ! 好戦的なのは大好きだぜ!! じゃあお言葉に甘えて……いくぜメイドの姉さん」
神地は見せつける王冠を発動させると一瞬でリプルの背後に回り込む。
目で追う事も出来なかったリプルは神地の能力をその体から弾き飛ばすこともできないまま、振り下ろされたかかと落としをもろに左肩に受ける。
ぐしゃりという嫌な音が響き渡り、神地のかかとはリプルの骨を粉砕し、肉を無理矢理潰す様に引きちぎり、その腕は宙に舞いごろりと砂浜に転がり落ちた。
失った腕には目もくれず、吹き出す血液を止めようと動かした腕を、狙っていたとばかりに肘から先を手刀で切り飛ばされる。
だがリプルの闘志はそれでもなお衰えておらず、ようやく攻撃後の隙を目で捕らえたリプルの青い衝撃が神地を捕らえ、体に付与された見せつける王冠の効果を弾き飛ばす。
そこに間髪入れずに左からの蹴りを放つが、それを軽く受け流され軸足を捌かれて転倒するリプル。
踏みつけるように頭部を狙った足を間一髪で避け、その足首に歯を立て腱を噛み千切り、ゴロゴロと横に転がって方膝をついてフラりと立ち上がる。
両腕もなく血だらけになったのにも関わらず、その表情だけは戦闘を楽しむ様に笑みを崩さなかった。
噛み千切った肉をゴリゴリと噛みしめゴクリのみこむ。
「あぁっ! ご主人様! これがあなた様の愛している戦闘なのですね……このリプルも最高に楽しい思いをさせて頂いて嬉しく思います」
「真壁といいお前といい、狂ってる奴ばかりだな。 まぁ私もそのうちの一人なんだけどなっ!!」
恍惚の笑みを浮かべているリプルに一直線に飛び掛かっていく神地。
だが、常時発動していた自愛の女神の効果が体から消失したのを感じる。
能力が抜け落ちた瞬間、目の前の瀕死状態のリプルは一瞬で全快し、構えをとる。
「さっきはよくもやったなぁ!! 結構いたかったよぉカミカミさん! リプルも痛そうだったから能力勝手に借りちゃったからね~。でぇ、これはその時の痛いののお返しだよっ!」
「能力を引き寄せるだけのお前の能力に何ができ――っぐはっ!!」
地面から突如伸びた木の枝の様なものが、神地の腹を串刺しにして天を衝く。
「なっ!……これは天道の……」
「そうだよぉ。ご主人様の中から見てたからずっと使いたいなぁって思ってたんだ~。だから借りちゃった! てへっ!」
突き刺さった枝はなかなか消えずに神地を貫いたまま。
腹に刺さったまま身動きが取れずにもがく神地にリプルが接近する。
「私ばかり痛い思いをするのは不公平だろ? そう、思わない?」
青い衝撃が神地の能力のすべてを引きはがす。
リプルは、動きが取れない神地に執拗に乱打を繰り返す。
痛みに苦悶の表情を浮かべる神地。
「ず~っと痛いのは辛いでしょう? いまここで死ぬと良いんじゃない?そうすればご主人様が小汚いお前に触れて手を汚さなくてもいいのだから!!」
「そうだねそうだねリプル。 じゃああの子からちょっと借りちゃおうかなぁっと」
アトラは紅い衝撃を外野で観戦していた阿國に向かって飛ばす。
「な、なんさ!……俺の能力が……まさかっ!」
アトラは阿國に向かってニッと笑う。
「君のも近くで見てたからね。ちょーっとだけ貸してねっ!」
と、言いながら紅い衝撃をリプルに飛ばす。
「悪いなアトラ。じゃあこいつに死んでもらうとしようじゃない? さぁ、アグニオン……おいで」
アグニオンを呼ぶリプル。
「力の一部を借りるだけならまだしも呼び出そうってのか? そんなの無理さ! 俺が使役してるんだ、アグニオンが来るはず……な………そんな、嘘……だろ……」
体の内にずしりと響くような咆哮を上げ、炎に包まれた灼熱の獅子が空を切り割いてリプルの傍らに並ぶ。
驚愕に声を失う、阿國や観戦者達。
リプルは、それが当たり前だと言わんばかりにアグニオンを一撫でし、顎を指でさすってやる。
気持ちよさそうに目を細めたアグニオンに向かいその手に宿れと命じると、アグニオンはリプルの腕にその巨大な牙を突き立てる。
炎の獅子はリプルの左腕に吸い込まれ、一瞬の静寂ののち、暴れ狂ったかのような炎がリプルの腕から轟々と吹き上がる。
「あ、あぁ……」
呟く神地の小さな言葉をくみ取る様に、リプルは初めて神地に微笑みを見せる。
「そうですか、それがお前の最後の言葉ですか…… ならば死ぬ前にご主人様に感謝しなさい。 苦しまず、ご主人様への感謝の中で死ねるのならあなたも幸せでしょうから……それじゃあ、さようなら。ほんのちょっとだけ楽しかったわ」
振り上げ今にもその炎と化した腕を振り下ろそうと構えるリプル。
この事態には、宇城嶋も天道もまずいと感じて、口をつくよりも早く動き出す。
飛び出し、割って入ろうとするも、すでに振り下ろされた腕はそれより早く神地の命を奪おうとしていた。
迫りくる死に、半ばあきらめと、純粋にいままで感じたことのない感情が神地を支配する。
「いやだ……まだ、死にたくない……」
「いや、死になさい。あなたは死を得て、ご主人様に感謝しなさい」
迫る死に目を閉じ、生を乞う。
誰か……助けて……
**********
痛みと苦しみの先、ようやく秋は目を覚ます。
「ここは……どこだ?」
見回す景色は、先ほどまで居た岩に囲まれた狭苦しい洞窟ではなかった。
むしろその景色は異様。
ここがどこかの部屋だという事はわかるが、それがどこかという事まではわからない。
ただ何となくではあるがこの部屋の住人は裕福であるという事は理解できる。
金や銀、クリスタルで装飾された壁に、龍の姿が刺繍された真っ赤な絨毯が部屋全体に敷き詰められている。
置いてある家具も、触れるのも怖くなるくらいの細かい装飾がされたものばかりだ。
「何が起こったんだ……」
理解が及ばないまま、ただその場に立ちつくす。
どれくらいそうしていただろうか、秋は背の方にあるドアノブがガチャリと音を立てて回るのに気が付く。
まずいと思って隠れようとするも、それよりも早くこの部屋の住人であろう背の高い金髪の男が入ってくる。
部屋に不審者がいると勘違いされる前に、【タイムエクステンド】を使い住人が入ってきたドアの隙間からでていこうとした。
いこうとしたのだが、能力が発動しない。
金髪の男はまっすぐに秋の方へと向かってくる。
まずい、まずいと焦り、能力の発動を何度も試みるも一向に発動する気配はない。
ついに男が目の前まできてしまった。
戦闘態勢を取り、先手を打つべく男に向かい右拳を打つが、何の手応えも無くすり抜けてしまう。
なんの手応えも無かった事に一瞬呆けてしまったが、意識を集中して再度男の方に振り返る。
だがその金髪の男は、まるで何事も無かったかのようにドカリと豪華な椅子に腰かける。
「あやつらめ、何故そこまで戦を望むのだ。 我はそれだけはしてはならんと再三ゆうておるというのに……」
この男は秋に全く気が付いていなかった。
いや、むしろ秋の事を全く認識していない。
考え事をしているのか、床の一点を睨みつけている男。
その目の前まで歩いていき、確実に視界に入る場所でに覗き込み手を振るも気が付いていない。
「見えて……無いのか?」
秋も男と同じく、考えにふけっていると、今度は扉とは真逆の場所にあるベットの傍の窓がきしむ音を立ててゆっくりと開いていく。
男はそちらの方を見ると、やや疲れた笑顔を見せそこに現れた女性に声を掛ける。
「毎晩ここに来てもらってすまないな、ラシィル」
「気にしないで。私が好きであなたに会いに来てるのよん?」
ラシィルと呼ばれた女性の方を、秋もゆっくりと振り返る。
そしてその時、女性を見た瞬間、秋は更に驚愕する。
「ラシィルって……光童子!? まさかここは……」
そう、ここは魔族が滅びる前……6000年前の世界だった。
如何でしたでしょうか?
次回もお楽しみに!
そして良いお年を!!