骸と真実と
二体の骸が寄り添うように横たわっていた。
「おい、まさかこれがお前らか?」
(そうじゃが?)
(そうですわよ)
「そうじゃが、ですわよ、じゃねぇ! もう死んでるじゃねぇかよ!」
俺の怒りも空しく二人と言っていいのか?……とまぁとにかく二人は何言ってんじゃ此奴はと言わんばかりのため息を、これまた息ピッタリについてきた。
(あらぁん? もしかして生きてると思ったの?)
(この流れでこんなところまで来て生きた輩がいるとでも思っとったのか?)
(そうなのぉ…かわいそうねぇん。お姉さんがギュッとしてあげるからおいでぇ)
(いやいや、光童子よ、おまえさんはもう精神体じゃから無理じゃよ)
(あらあら、そうだったわねぇ)
(忘れておるとはおまえさんらしいのぉ。ふぉっふぉっふぉっふぉ)
(そうねぇ。くっくっくっくっ)
「ってお前ら頭の中でうるせぇぇぇ!! こんなとこまで連れて来られて死体見つけて、うわぁって思ってるところで罵られるとかもうなんなんだよ! 帰るぞ俺は!」
はぁはぁと肩で息をつき、ここまで来た意味の無さと自分の好奇心を心底呪ってやりたい気分のまま、また入ってきた小さ目の穴の中に頭を突っ込む。
(待つのじゃ、ちと悪乗りが過ぎた様じゃの。謝るからまずは話くらい聞いてやってくれんかの)
(ごめんねぇ? 久しぶりにこの人と以外に話せたから少し舞い上がっちゃったのよん)
(そうじゃのぉ、なにせ5000年ぶりくらいじゃからのぉ)
(間違ってるわよぉ、6000年よぉ)
(そうじゃったかのぉ?ふぉっふぉっふぉっふぉふぉ)
(そうよぉん? くっくっくっくっ)
なんでも無しに語る、頭の中の声達。
「マジかお前ら、6000年もずっとここに居たのかよ……って待てよ。精神体なんだろ? こんなとこにとどまってる必要もないんじゃないか?」
考えてみればそうだ。
肉体があってこの穴から出られないと言うならばまだしも、俺が想像している精神体が世にある物質をすり抜けていけるものだとしたら簡単に出られたはずだ。
そうじゃないかと言わんばかりに俺がそう言ってみるとあっさりと否定の言葉で返してくる二人。
(そんなの試したわよぉ)
(そうじゃのぉ。この空間をすり抜けて外に出られたときはそれはもう嬉しかったのじゃが……)
(そうねぇ、その先まではいけなかったのよぉ)
「は?どういうことだ?」
(儂らはやはりどこまでいっても”精神体”じゃからのぉ。体と言うものがある限りそれからは逃れられないという事じゃ)
(一定の距離まではなれると、体が精神を引き寄せてしまうみたいでねぇん。この穴倉から数キロくらいまでしか動けないのよん)
(そうじゃ、そしてその肉体が例え骨となってもそこに残る限りは……のぉ)
そう言ってさっきまで騒いでいた二人は黙りこくる。
でもおかしい所が一つある。
「でも待てよ。6000年だろ?普通は肉体どころか骨なんかとっくに跡形もなく消えてるはずじゃないか?ましてやここは海だろ、塩とかの影響で普通より早く自然に帰ってもおかしくないだろ」
(あぁ、その話ねぇん……言ってなかったけど私たち、あなたの言うところの人間ではないのよん)
(そういえば言うておらんかったのぉ。儂らは魔族なんじゃよ。と言うてももうとっくの昔に儂ら以外は全滅しとるがのぉ)
「魔族? ……聞いたことも見たことも無いな。ホントにか? お前らまた俺の事からかってんじゃないだろうな」
(おまえさんがそう言うのもわからんでもないんじゃが、事実じゃしのぉ……)
「本当にか…いや、なんていうか、疑ってわるかったな……」
(いいのよん……まぁしんみりしちゃったけどさぁ、もう魔族の事なんか誰も覚えてないから今更どうでもいいんだけどねぇ)
(そうじゃのぉ。ここから離れられんとはいえ、今のおまえさんの反応を見れば外では儂ら魔族の事など、とうに語られなくなったのであろう)
確かにそうだった。
今現在、授業の中でも年寄りからの昔話でも魔族と言う単語なんか聞いたことも無かった。
それもそうだ、闇爺や光童子の言う通り、そもそも知りうる人が誰も居ないのだから。
(そういうことでのぉ、儂らの体は魔力で朽ちぬのじゃよ)
(そうそう。肉体は精神体になるときにエネルギーとして変換しちゃったから骨だけが残っちゃったってことねん)
「なるほど、ようやく何となくだけど分かった気がする。で? ここまで俺を呼んどいて話し相手になったからさよならってわけじゃないんだろ?」
俺が何となく罪悪感を感じていた所為もあるのだが、なにか頼まれるんだったらそれもやぶさかではないと思っての言葉だったのだがこいつらときたら、
(ふぉっ、ようやく聞いてくれたのぉ、わざわざ悲壮感漂わせて昔話した甲斐があったというものじゃな)
(そうねぇん。いつの時代も男とお子ちゃまは扱いやすいことこの上ないわねん)
(そうじゃの、じゃが儂も一応男なのじゃがこれまでそんなに扱いやすかったかのぉ?)
(それはもうそうねぇ、なにせ男以前にわらわに惚れたのがいけなかったんじゃないのん?)
(惚れた弱みと言うやつかのぉ)
(惚れた相手からのいう事はなぁんでも聞いてくれたものねんあなたは……今もだけどとぉっても扱いやすいわぁん)
(まぁそれはおまえさんもそうじゃろ? 儂の事をいろいろ言うてはおるがちゃんと心配してくれとるじゃないか)
(そうれは、その、そうだけどぉ……)
(そうじゃろ? だからわしもそうしとるだけじゃよ…)
(あなた……)
「ってマジうるせぇぇぇ! 脳内ラブコメ展開なんて俺一人の妄想だけでいいんだよぉぉ! なんで他人の、しかも人間じゃない奴らのイチャコラ劇を聞かされなきゃなんねぇんだよ!! それにしれっと初めに俺の事ちょろい的な事も言ってたよな!言っただろ!言ったって言え! もう面倒だ、帰る!」
しんみりしてちょっとでも申し訳ないと思った俺が馬鹿だったのだ。
こんなにクズな奴らだとは思いもしなかったよ!
さ、とっとと帰る!これに限る!
それに今俺はただでさえ絶賛迷子中なのだ。今から外に出て帰り道探すくらいはしたいってもんだ。
今度こそ本当に帰ろうとした時、まじめな声色で闇爺の声が響く。
(黒土坊、おまえさんさっき、いや、昼頃だったか、あの不気味な坊主に負けたじゃろ)
「……」
振り返りはしなかったが、体は正直でその場で動きを止めてしまう。
それを見て取った光童子が続ける。
(今これを言うのも刻だけどねん、あの天道ってやつだけどぉ……あの子、力を半分もだしてなかったわよん)
さすがに、この言葉には俺も思わず振り返る。
横たわる骸に向かって。
「それは……本当か?」
(今度こそ、嘘や冗談など言わん。事実じゃ)
(わらわとこの闇爺は知ってるけどねぇ、あの力はあんな陳腐な使い方なんてしないのよん。それにあの子はあの力の事、その本質を隠してるわん)
(そうじゃ。本質とは言わなくてもわかるじゃろうが、最後におまえさんが受けた技がその一端じゃ)
そうだったのか。
天道は俺にはまるで本気を出していなかったという訳か……
今更……本当に今更になって悔しさがこみあげてくる。
初めてだ、俺は初めて誰かに勝ちたいと、心からそう思った。
クソっ……
俺はただ突きつけられた事実を何度も頭で反芻させた。
手を抜かれて負けたという事実。
またも闇爺が俺の心を見透かしたように声を響かせる。
(悔しいのじゃろう?)
「当たり前だ!手を抜かれて負けたのに、今までへらへら笑ってたんだぞ!これほど滑稽なもんあるかよ!!」
(そうじゃの……じゃがそれは今のおまえさんには一番必要なものじゃ)
「今の……俺に?」
(そうよん、他人の強さを知り、自分の弱さを知る。あなたにとってはなかったことじゃないかしらん?)
「それは……確かにそうだ、たぶん俺はどこか自分とこの能力に自惚れてたんだ。【破壊】や【再正】を使わなくても勝てる。たとえ負けてもハンデを背負って負けたんだから俺が負けたわけじゃないって思ってた……でも実際は完全に負け……そうだ。俺は自惚れてたんだ」
血が滲むほど手を握りこみ、膝をつき何度も何度も拳を地面に突き立てる。
「俺は弱かった!クソッ、クソッ、クッソぉぉぉ!!」
血が飛び散り、拳が砕け、手首に嫌な音がしはじめてようやく、息を切らしながらその自傷行為をやめる。
その間、二人全く止める気配を見せていなかったが、それが止むとゆっくりとした口調で2人は語りだす。
(気はすんだぁ?)
「すむわけ、ないだろ……」
(まぁそうじゃろうのぉ。そんなに簡単にすむようならそれまでの坊主じゃったという事じゃろうしのぉ)
(それでぇ? えっと、黒土秋だからクロちゃんって呼ぶわねん。で、これからどうするのクロちゃん?)
「もう一度、戦ってもらう」
(それはそれは、勇ましい限りじゃが結果はもう見えとるんじゃないのかのぉ……)
「黙れジジイ!! そうでもなきゃどうしろってんだよ! ただ黙ってろって言うのかよ!」
(おぉ怖いのぉ、そうは言うとらんじゃろ? なぁに、簡単な事じゃ)
(あららん? あなた……やっぱりそうするのねぇ)
(黒土坊じゃ、必ずこやつなら打ち勝てようのぉ……)
(そうねぇ…なら、わらわもそうさせてもらおうかしらん)
「また勝手に頭の中で話し込んでんじゃねぇ! お前らが何をどうしたいんだか知らんけど、俺はもう一度戦う……」
闇爺と光童子の骸に背を向け再び出口へと歩き出すが、三度その背に闇爺が声を掛ける。
(まぁ待て黒土坊、おまえさんにはまだやってもらいたいことがある)
「なんだよ……戦うなとか言うようだったら今すぐそこの骨ごとお前らを消してやる」
(そうは言わないわん。それでねぇクロちゃん、私たちを外に出してくれないかしらん?)
「はぁ? そこの骨持って外に出ろってことか?」
骸を指さしいかにも嫌そうな顔というか、面倒そうな顔で切り返す。
秋の言葉を聞いた二人は、表情まではわからないが何故かニコリと笑った気がした。
(そうじゃないわん……)
(簡単じゃ、儂らはおまえさんにすべてを託す。じゃからそうやって外に出してくれればいいのじゃ)
そう言った闇爺は、一層深く笑った気がした。
如何でしたでしょうか?
現在、進めている章で主人公のシュウの大幅パワーアップを考えています。
という事で、今後に乞うご期待!
そして次回もお楽しみに!!




