夏と言えば…
夏に突入します。
入学後の騒動から早くも四カ月が過ぎ、あっという間に学生が大好きなあの時期がやってきた。
「今学期はお疲れ様、明日からはお待ちかねの夏休みよ!いぇーい………あれ?あんまり食いつきがよくないわね」
それもそのはず、夏休みと言えど我等Dクラスは試験運用的なクラス故に学園の中で各クラスや生徒たちの同行のチェックを毎日行わなくてはいけないのだ。
どう考えたって、普通の学園生活でしかない。
まぁ人の数は減って楽になるかもしれないがやること自体が変わるわけではない。
制服の着用も夏休み期間中は免除となってはいるがそれでもモチベーションは上がらない。
麻朝の呼びかけにも大した効果はなく気持ちだけがダダ下がりしていく。
だがそんな俺達を前に麻朝は笑みを浮かべながら続ける。
「まぁあなた達のクラスはどうしても楽しめないかもしれないわね。おのおの交代で休めるとは言っても出来ることはいろいろ限られてくるものね……という事で、このお姉さんがあなた達の為に一肌脱ぎました!」
なにをワケのわからんことを。
冗談は毎朝恒例の二日酔い解除位にしてほしいもんだ。
毎朝必ず部屋に押しかけてきては、顔面蒼白で酔いと吐き気と頭痛と肌荒れと髪の艶と……と言った具合に俺の能力にたかりに来ている奴が何を言うんだといった感じである。
またどうせ面倒なことが増えるのだろうと思っていたのだが……
「能力の向上を目的とした強化合宿に行くわよ!」
と思ってもみない言葉が飛び出てきた。
久人と仁以外のその他は驚いている様だった。
久人はいつも通りニコニコしているだけ、仁は目を閉じ腕を組んで微動だにもしない。
とにもくにもこうなった経緯が分からない。
昨日の朝に、お前らの夏休みは無いとかなんとか言っておきながら、いきなり次の日にはそれを覆すとか。
だが、麻朝の言葉をよく思い出してみて欲しい。
「明日から合宿行くのはわかったけどさ、強化合宿って言ったよな……何するんだ?」
そう、強化合宿といったのだ。
麻朝は、よくぞ聞いたと一言付け加えて説明する。
「そうよ、強化合宿よ。そうね……合宿とか言うとみんなでお泊りして、協力してご飯作ったり、サバイバルじみたことしたり、夜には肝試ししたりとか想像しちゃうでしょ?それもまぁできなくはないんだけど、音階の目的は【強化】の部分にあるわ」
「何をどう強化するってんだ?」
「簡単に言うと、まだ覚醒能力に目覚めていない人の覚醒を促します」
それはまた突拍子もないことを……
この学園の教師は意味が分かっているのだろうか。
覚醒に至るには長い年月を掛けて自身の能力の全てを把握して制御することが大前提にある。
そして、何よりセンスが問われる。
完全に把握して制御出来ていたとしても、それを扱う本人に能力を使うセンスがあるかにもよってしまう。
俺達のクラスは取り締まる側だから早急な戦力増強が求められているとはいえ、これはやり過ぎちょっとやり過ぎではないかと思ってしまう。
だから、
「だからって急過ぎだろ。覚醒自体、誰でも発動できるようになるって限らないんだしよ。それにもう発動でき奴らはどうすんだよ。そいつらだけここで居残りなのか?」
と、少々棘混じりの言い方になって今うのは仕方ない。
だが、やはり麻朝はそんなものだと大人の余裕なのか、聞かれると分かりきっていたのか笑顔は崩さない。
「そこはわかってるわよ。だから、この合宿では覚醒していない人は精一杯自分の能力を伸ばしてほしいの。 それと覚醒が出来る人には今回特別講師を呼んでいるからその方々に実践形式の戦闘訓練をしてもらうわ。 だから全てにおいて心配はナシ! 久人くんも今回は期待してもいいかもよ?」
「なら別にいいんだけどさ」
「そうそう! あなた達には大変な思いをさせちゃうかもしれないけど頑張ってほしいの。それとそれが終わってからのご褒美ってわけじゃないけど、最後の1日は自由に使ってもらって楽しんでほしいわ!」
そう言ってにっこりと満面の笑顔をみせた。
**********
そして、あっという間に次の日。
秋はTシャツに上下ジャージという実にラフな格好で学園の門の前で他のメンツがそろうのを待っていた。
今ここに居るのは、ヤケに似合う甚兵衛姿の仁と、秋と同じくジャージ姿の久人、どこか南国の雰囲気を醸し出したカラフルなシャツを着た阿國と夏輪と真理と沙理んでそれに付き従う形で、暑くもないのかと疑いたくなる黒のスーツ姿のガムルジン。
そして今日は燐が表に出ているのだろう、いつもと違い、ショートパンツ姿にキャップをかぶりへそ出しのシャツ姿という出で立ちだ。
そんな燐に視線を向けていると、意味ありげににやりと笑う。
「なぁに秋くん。 蓮じゃなくて残念だったわね」
「別にお前が来てるんだから蓮も一緒みたいなもんだろ」
「そぉ? それにしては寂しげな視線を感じたんだけど?」
「うるせぇな! そんなんじゃねぇよ……たぶん」
「まぁ、変わってあげたいのは山々なんだけどね……私ね、クラス決め戦の時に分かったんだ。このままじゃなにも護れないって。 蓮に頼りっきりじゃいけないんだって……だから今回この合宿で何かを掴もうと思うの」
燐は東方日京に負けそうになったことを気にしているのだろう。
あの時感じた自分の無力さを今こそ脱する時だと奮起している様だった。
「そっか、頑張れよ。蓮もきっとそう思ってるからお前に出て貰ってるんだろうからさ」
「言われなくてもわかってる。でも秋くんには悪いことしたわね。だから最後の一日はゆっくり蓮と過ごせるようにしてあげるからね!」
「そりゃどうも。ありがたく頂戴させて頂きますよ」
とそんなやりとりをしていると、
「おっ待たせっス! くろつッチ! どうっスか、どうっスか! 気合い入れてきたっスけど似合うッスか?」
「よぅミスティ。気合い入れてってなに……に……入れて……きてんだ……よ。って!! 今すぐこれ羽織れぇぇぇ!」
ミスティが実りすぎて困ってしまう程の胸部についている二つの物質を下着の様なデザインの面積少な目の水着で隠し、下はこれまた超絶短い丈のホットパンツというかむしろパンツと言うかを履いているだけの姿でそこに居た。
目には非常に良いがいろんな意味で良くない。
当然俺以外の男子も若干前かがみ気味だ。
阿國は真理から問答無用の鼻パンチをもらっている。うぇっ痛そうだ……
だがここでも、仁と久人は特に反応せずに片やニコニコ、片や黙して動かずを貫いている。
こいつらはたぶん男として異常なのだと俺の中で答えを導き出しつつも、破廉恥スタイル全開のミスティにジャージの上着を脱いで渡す。
もちろん視線は明後日の方向を向いている。
俺も阿國と同じことにはなりたくないからな。
ミスティは俺から上着を受け取りつつも、そっぽを向いている俺の視界に入る様に移動して必殺の上目づかいを使ってくる。
「チェッ……せっかくくろつッチの為に頑張って選んできたのに。ちゃんと見て欲しいっス!」
「見た! 十分見たよ! だから離れてくれ! いろいろいけないですからッ!」
「イケないんじゃなくて、イッちゃうの間違いじゃないッスか? ほらほら、今ならサービス期間中っスから初めの一回はいくらでもいいっスよ?」
「………………」
「なんで秋くんは無言でミスティを凝視してるのかなぁ? 視線も少し下に固定されてますけどぉ~」
「ハッ!! 違うんだ燐、これには深い事情があってだな」
「私にとってはどうでもいいけど、蓮にとっては不快な事情よね。じゃあお仕置きしましょうねぇ~」
そう言って振り上げた燐の手は何故か赤々としていて拳の先は小さな爆発がパシンパシンと音を立てて唸りをあげている。
「あの、燐さん。あなた能力は爆発でしたよね? なんでそんなに手が赤いんですか? 不思議だなぁ~」
「あぁコレ? 手首から先の周りを常に小さな爆発で覆った状態にして熱を溜めこんでるの。それでね、当たったらそれをスイッチにして拳の中心から大爆発が起きて、更に蓄えた熱が一気に外へ放出する様にしてみたんだけどまだ実験できてなくて……でも今できそうだから心配しないで。蓮も喜んでくれるよっ!」
「それをどこに向かって使うのかな? まさかとは思いますが……俺ですか?」
「せ・い・か・い! じゃあ蓮に変わってぇ~…………」
「ちょっと! 待った! 話を、話を、」
「おしおきよっ!!」
「ぎいぃぃぃやぁぁぁぁぁ!」
しばらくすると、中型のバスがやってきた。
各々荷物を載せ乗り込むとき、ついでにとばかりに久人は屍に変わった俺を荷物スペースに浮かして放り込む。
俺が気が付いた時は、もう既に目的地である学園から離れた場所にある海の近くのコテージだった。
「あってて……燐の奴いつか泣かしてやるからな、ってここどこだ?」
「おはよう秋、ようやく気が付いたわね」
「姉貴? ここは? どこだ? 」
「合宿先の学園が管理している海岸よ。さてと、秋も起きたしそれじゃあさっさと傷治して合宿初日を始めるわよ!」
そう言って自分は楽しむ気満々の水着姿で外に走っていってしまった。
姉貴が担任だからついてくるのはわかっていたことだが、あの様子だと職務放棄して遊び呆ける気の様だ。
姉貴は楽しんで俺はこれから面倒な合宿か……
考えただけで憂鬱だ。
でももうみんなはすでに実習をこなしていることだろうと思うとここで黙っているわけにはいかないだろう。
重い腰をどうにかこうにか上げると、痛む頬と体を【再正】させ、外に出る。
「面倒だ……はぁ…行くか」
**********
その頃、学園の校門には時間を勘違いして二時間遅れで来た緋色正義ことガイアレッドが四時間が過ぎたいまだに待ち続けていた。
「みんなは遅いなぁ。寝坊もここまで来ると迷惑だな。部屋もわかるがまずは教師に連絡でもしておくとしようかな」
そういって、もはや守衛と数人の教師しかいない教職員室へと向けて歩き出した。
自分が置いて行かれているとも知らずに。
如何でしたでしょうか?
次回もお楽しみに!!