欲望が増し
遅くなりました……
秋はイエローの対処に追われていた。
欠片でも残ればすぐさま辺りはスライムだらけ。
蛇口から出る水の様に、消したすぐ後にはそれを上回る勢いで溢れてくる。
「くっそ! キリがないだろこんなん!」
今は対象をスライムに設定して【破壊】を行使しているが、このままではジリ貧になってしまう。
ここで、内府兄弟の時に使用した面での【破壊】に切り替える。
対象は自身から半径十メートル先の空気。
距離で指定した空気を断続的に破壊し続けることで、それにふれた物質を空気ごと消し去るという能力の応用。
これの欠点は敵味方の判別なく破壊してしまうという事だ。
今の状態であれば、敵しかいないのだから問題はないだろう。
「いい加減にヌルヌルしてて気持ち悪いんだよ!」
破壊を発動し一気に消し去っていく。
範囲を徐々に広げていきジリジリとイエローを削っていく。
タヨクもパチパチと手を合わせて感心する。
「いいよいいよお兄ちゃん! それでこそだね! これだけやれば学園側でもちょっとした騒ぎになるかなぁ」
「なんの話だ? っとその前にいいのか? このままいけばお前らも消えちまうぞ」
「そうだね。でもどのみちあたしにもガヨクにも止められないんだよねぇ」
ワザとらしく身振りをして見せるタヨク。
そこでガヨクは自身の回復が終わったのか涙の塊を内側から弾き飛ばしタヨクの下へと歩いてくる。
「さっきので【哀】を使い切ったデス。面倒デスけどまた溜めないとデス」
「あっ! ガヨクぅ~もう治ったぁ? 自分ばっかり引きこもってズルいよぉ」
「何を言ってるのデスか。あなたも入っていたでしょう。それに大事な実験体を一つ使い潰すつもりデスか」
「たぶんほっといても消えちゃうよ! おっと、そろそろ時間みたいだよ? お目当てがこっちに来るよ!」
「おいおい、目当てってなんだよ。それに俺がこのまま逃がすと思ってんのか?」
「大丈夫、大丈夫! 心配しないで。あの子が来たらすぐ帰るから! ってキタキタ!」
残りのイエロースライムを宿舎の一部ごと消し去ると同時に、割れた窓から氷の塊が飛んでくる。
ガヨクはうまく躱したが、タヨクは右足が氷漬けにされていることに気付くのが遅く、まともに氷塊を受け吹き飛んでいく。
体が吹き飛び氷漬けにされた右脚は膝が違う方向を向いていた。
だが、タヨクは痛みを気にした様子もなく瓦礫に手をついて立ち上がり笑い出す。
「ようやくだねぇ! いらっしゃい東城蓮、東城燐! ずーっと待ってたんだよ。でもね、その間お兄ちゃんが遊んでくれたからすっごく楽しかったんだよ!!」
「蓮!! なんでここに!」
「秋が……心配だった。でも……この女の子供と遊んでたことは後で……教えてね?」
蓮がいつもの無表情で口角だけを上げてにやりと笑う。
恐いです蓮さん。
だがともかくイエローも一気に片付けたから後は目の前の奴らを叩けばお終いだ。
「さぁ、どうする? 俺と蓮の二人を相手にできんのか? もう回復出来ないんだろ?」
「そうデスわね。回復はもうできませんからね、どうしましょうかタヨク?」
「いっててて、そんなの決まってるよ。こうするの!」
パチンと指先を打ち鳴らすと、窓際に居た蓮の背後に人影が現れる。
秋は言葉を発するよりも早く【タイムエクステンド】を使い、蓮をかばう形で間に割り込もうとするが、寸でのところで何かに弾かれる。
その弾かれたものは何か分からないが、拳から十センチに【破壊】を纏い、弾かれたモノを無効化しにかかる。
だがその時にはすでに蓮はタヨクの足元にまで飛ばされ気を失って転がっていた。
【タイムエクステンド】を使いタヨクに特攻していくがまた何かに弾かれ前進を止められる。
その一瞬の間に、蓮を弾き飛ばした何者かがタヨクとの間に立ちはだかる。
「てめぇ! そこをどけ、消すぞ!」
「マイは、絶欲。少しだけでいのです。そこにいて欲しいのです」
「ゼツヨクさん、よくいらっしゃったデス、お蔭で助かったのデス」
「いえいえ、これもお仕事なのです」
「ごちゃごちゃうるせぇ! どけぇ!」
【破壊】で立ちはだかるゼツヨクを消そうとするがまた何かに阻まれ、その何かが霧散していくのを感じた。
「すごいのです! マイの能力が一回で消されるなんて!」
「でしょでしょ! お兄ちゃんはすっごく強いんだよ!」
「タヨク!いいからさっさとやるデス! 兄様もゼツヨクさんだけでは相手にできないデスよ!」
「黙れぇ、どけって! 言ってるだろぉ!!」
ゼツヨクの能力による妨害をも突き破り、ゼツヨクの右腕丸ごとと右足の膝から下が消し飛ぶ。
「くぅぅ、早くしてなのです。今のなんて逸らさなかったらマイは消えてたのです!」
「死んでないんだからいいでしょ? でも時間も無いし準備もできたからもう終わり~だよっと!」
タヨクは手のひらを蓮の頭に置くと、軽く何かを押しこむ様な仕草をすると、ヨシっといい他の二人に目配をした。
ガヨクが、動けないゼツヨクとタヨクを抱えて横たわる蓮から距離をとる。
「ありがとガヨク! それじゃあこれでおしま~い、帰ろっか」
「おい! 蓮になにした! 答えろ!」
「兄様には関係のない話デス。ただ言えるのはこの娘を呼び出すための餌にさせて頂いたということデス」
「そういう訳なのです。マイたちはもうどこもかしこも痛いので帰らせて頂くのです」
「逃がすか!」
「でもおそーい! バイバイお兄ちゃん、また会おうねぇ~」
手をひらひらさせたタヨク達の真上に黒い渦が現れ、次の瞬間にはその周辺の瓦礫もろとも飲み込み消え去ってしまった。
秋は追おうにも行先も分からない為、横たわる蓮を連れ、この場を後にした。
悔しさの滲む声でくそったれと呟いて。
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一方タヨクがこの場から消えたことで、久人が引き連れていった清掃員のおじちゃんおばちゃんは一斉に爆発を起こしていた。
地面が揺れ、空気が肌を打つ程の衝撃が走る。
楽しむためにゆっくりと片付けしていたのが仇になった。
その爆発にこそ巻き込まれることはなかったが、久人は不満そうに顔を顰めると生き残りの獲物を探す。
だがすべての敵が一斉に爆発したのだ。その場には大小の爆発痕があるぐらいでやはり敵の姿だけではなく、庭の草木まできれいさっぱりと無くなってしまっていた。
未練がましくフラフラと飛んでいると、先ほどまで戦っていた場所からすこし離れたところに人影を見つける。
「ついてないと思ったけど、しつこく探し回って正解だったよ」
上空で独り言をつぶやいた久人は、手近なところに転がるハンドボール程の石を引き寄せてその人影めがけ打ち出す。
かなりの速度で打ち出された石は、その人影には当たらなかった。
見えたのか感じたのか、人影は余裕をもって躱して見せたのだ。
この人影の行動に久人は笑いが堪え切れなくなり、声を出しながらそこへ飛び込んでいった。
「アハハっ! あれを避けてくれたんだからアタリだよね! 楽しませてよ!」
目の前まで迫った敵を引力で引き寄せ、自身にも引力を使い飛び蹴りを放つ。
その敵と思しき人物は腕をクロスしてケリを防ぐが、すべての威力を殺すことが出来ずに地面に叩きつけられる。
まだまだ壊れそうにない敵を見て更に口角を上げて喜ぶ久人。
「いいねぇ、これで壊れないなら合格だよ! 女だけど強いんでしょ? さぁ立って、殺ろうよ!」
そう、目の前の人物は女性だった。
身長は高めで長い脚に張り付くような黒いストレッチパンツとロングTシャツを着ている、ショートカットの女性。
痺れる腕を振り、ちょっと待ってと久人をなだめる。
「ちょ、ちょっと待って! 私はここの教師で七宮と言います。敵ではありません! 信じて下さい!」
「あれ? そうなの? でも証拠もないし取り敢えず殺ろうよ。君くらい強いならきっと楽しいはずだよ」
「証拠ならここにあります! ここの教師しか持っていない学園から預かる校章です。信じてください」
七宮は手に持つ校章を確認して下さいと言って、久人に向けて投げる。
受け取った久人はその校章をまじまじと確認すると、ありがとうと言って七宮に投げ返す。
受け取った七宮はホッと胸を撫で下ろし立ち上がる。
「ありがとう、信じてくれて」
「さぁ、始めようよ」
「えっ? 信じてくれたんじゃないんですか……」
「信じるも何も僕はそれが本物かどうかは分からないしね。だったらいっそ戦った方がいいでしょ?」
「そんな……まっ、」
まずはこんなのはどうかなと言って、辺りに植えられている気を次々に引き抜き飛ばしてくる。
七宮はその木々を躱しながら思わず舌打ちをする。
(クソっ! 東城蓮の様子を見に来たらとんだとばっちりだ、巻き込まれるくらいならあの餓鬼共にまかせておけばよかった!)
久人も楽しげに指揮者の様に木々を乱舞させるが、そのことごとくを七宮は躱していた。
息は切れないが、このままだと確実にやられてしまう。
相手はまだ遊んでいる様だが、本格的な戦闘になれば、能力の差で負ける。
それだけはマズい。
(マスターの為にここまでやってきたのだから、せめてこの場は何とか逃げなければ)
などとは考えているが、久人は先ほどの楽しみが途中で終わり不完全燃焼だったため逃がす気はさらさらない。
「やっぱり君は強いね! 木を避けるのもつまんなくなってきたと思うから、僕も今から混ざるからね!」
「だから待って、本当にここの教師なのよ! 信じて!」
「面倒だなぁ、じゃあ先生でいいよ。だからさ、僕に戦闘指導してるってことで!じゃあ行くよ!」
「ッチ!」
木々を縦横無尽に振り回す久人。
七宮は久人から目を離さない様に木々を躱していく。が次の瞬間、自身の体が浮くのを感じた。
久人の引力によって頭にのみ引力が加えられ上下が反転する。
すかさず木々が殺到するが、それを上下反転した状態で浮遊しながら手を添えることで軌道をずらし受け流していく。
最後に受け流しきれない程の大木が飛んできたことを確認すると、拳にぐっと力を込め打ち抜き、粉々に吹き飛ばす。
だが、その木片の間を縫って久人がすぐ目の前に迫っていた。
「先生すごいね! でも少し詰めが甘いね」
「はぐっぁ!」
七宮が振りぬいた腕を掴んで引きよせ、ピンポイントで心臓部を狙い掌底を放つ。
後方へ飛ばされそうになる体を引力で無理矢理引き止め、顎を打ち抜く。
弓なりになって飛んでいく七宮は身を翻しなんとか地面に着地はするが、打ち抜かれた顎と胸の所為で意識がもうろうとして呼吸もままならない。
(やはり能力の差はどうしようもないか。それにこの子、能力との相性が良すぎる。やはり勝てない……)
やや諦めの感情が七宮の脳内をよぎる。
その微妙な表情の変化と雰囲気を久人が感じ取り、不満げな顔をする。
「ねぇ、そんなにつまんないかな僕と戦うのが。そんな顔されるとさ、一緒に遊べないじゃん」
七宮は荒れる呼吸をしたまま勢いよく首をふる。
「つまらないとかそう言った事じゃないのよ。私の能力は戦闘向きじゃないからこのまま行ってもあなたに一泡すら吹かせられないわ」
「えっ? じゃあこれ以上は無いの? 能力も?」
「そうよ。私の能力じゃ戦闘では使い物にならないわ」
久人はあからさまに肩を落とし、顔を伏せてしまった。
逃げるならば今しかないと膝を立てるが、そこから体が動かない。
動かないどころか、体の節々に重みが増しギシギシと音を立て地面にうつ伏せの状態で縫い付けられてしまった。
「アタリかと思って損したよ。おもちゃってさ、いっぱい遊べるからおもちゃなんだよね。んで最後はどうなると思う?」
「な、なにを、」
「……最後はねぜーんぶ壊れちゃうんだよ。だからさ、もう壊すね」
七宮を引力で押し地面には斥力を掛け陥没しない様にじわじわと押しつぶしていく。
「があぁぁぁ!!」
「壊れる時くらい綺麗な音出してよね」
能力を更に強める久人。
抗えない程の力の差に押しつぶされそうになる七宮。
だがその腕を横から出てきた麻朝が掴み上げる。
次回もお楽しみに!!