欲望の先に
遅れてすみません。
休みに入りリアルが・・・
「涙、なのか?」
溢れ出る涙は球体になりすっぽりと覆い、その中にガヨクを閉じ込めてしまう。
その様子にタヨクは苦笑いを浮かべながら頬を指でポリポリと掻く。
「あれぇ~、【哀】が解放されちゃったよぉ。このままじゃまともに戦える人がいないんですけどぉ~。おーぃ! ガヨクぅ~! あなたそのままでも戦えるでしょ? やってくれないと私が困るんだけど!」
「また欲望の解放か。今度は何なんだよ」
「あぁ、あれはね【哀】だよ。一定以上ののダメージ受けたり哀しいことがあったりすると涙が溢れてきて体を覆うの。それでその涙が傷ついた心や体を修復するんだよ。でもお兄ちゃんの【再正】みたいに一瞬で治るわけじゃないから使い勝手が悪いんだよねぇ。まともに動けなくなるし」
「そうなのか、じゃあしばらくはあいつはあのまま。だったら簡単だ。お前を叩けばそれでこの場はおしまい。あいつはあとでゆっくり叩くわ」
タヨクは頭を掻きながらやぱっりそうだよねと呟く。
どうしようかと思案する仕草を見せるが、待つ必要もない。
【タイムエクステンド】を使い、急接近し、タヨクの脇腹を右の拳で打ち抜く。
実際には目に見えぬほどの速度で打ち込まれる拳に、あばらの何本かを持っていかれたらしい。
抗えないほどの威力に、口から血を吐き出しながら壁に激突する。
フラフラと起き上がりながらもその顔には裂ける様に開いた口と満面の笑みが浮かびあがっていた。
「っがは! あぁぁ、やっぱりいいなぁ、戦うのって。でもあたしの能力じゃあたしがすぐ死んじゃうからなぁ、う~んもう出し惜しみしてる余裕もないみたいだねぇ」
そう言うとローブの隙間から懐に手を入れ、緑色の液体が入った小さな小瓶をとりだした。
自身の目の前でつまんだ小瓶を左右に揺らしながら更に顔が笑顔に引きつり歪んでいく。
「ねぇねぇお兄ちゃん、これどこかでみたことないかな? あたしが拾った事になってるんだけどね、見覚えあるでしょ?」
「知らねぇ・・・・・っよ!!」
小瓶をかざすタヨクを正面から殴り飛ばす。
タヨクはがっちりと握った小瓶は離さずに長い廊下をすべる様に転がっていく。
「いい加減いじめてるみたいで嫌になってきたんだけどさ、おとなしくついてきてくんないかな。さっさと学園長に渡して終わりにしたいんだけどな」
「学園長・・・宇城嶋のおじちゃんかぁ。それもいいけどさぁ、もぉっと楽しいことしようよ。お兄ちゃん」
小瓶に手をかざし能力を発動する。
そしてそれはすぐに動き出す。
中の緑の液体は脈打つように蠢き、小瓶を内側から破壊しその破片を呑みこむ。
タヨクは下がり、膨れ上がっていく緑の物質に更に能力を注ぐ。
「おいおい、なん・・・だよこれ」
「これ? あぁごめんねお兄ちゃん、あたしの能力はね【他欲】って言うの。あたしが選んだ他人の欲望を強制的に解放させることができるんだよぉ。でもこれも使い勝手が悪くてさ、耐え切れないと欲望が膨れ上がりすぎて爆発しちゃうんだよね。そうならない様に調整はしてるけど、いらない奴らはみんな爆弾になってもらってるよ!」
それで清掃のおばちゃん達が生きた爆弾にされていたのか。
だがその前に目の前の液体だ。
ガラスの破片や吹き飛んだおばちゃん達の血肉を取り込んで少しずつ大きくなっていく。
このとき気が付く。
そして秋が何かに気付いたことにタヨクがニヤリと笑う。
「!! まさか・・・」
「キャハハハ! ようやく気が付いたねぁお兄ちゃん! そうだよこの液体はガイアイエローくんだよ! よかったねイエローくん。これで心置きなく君の欲望を解放出来るね!」
「やっぱりそうだったのかよ! でもどうして、なんでお前がこいつを連れてたんだ!」
「こっちこそなんで?だよ。言わなくちゃいけない訳じゃいんだから言わないよ」
「ッチ! そうかよ、ならそいつに聞くまでだ!」
「あぁそれなら無駄だよ。もうとっくに人格は無くなっちゃってるから。今は私が解放した食欲とお兄ちゃんへの殺意だけで動いてるからねぇ。それじゃあいいかなぁ? 私も体中痛いからガヨクの涙の中で終わるの待ってるね、頑張ってねお兄ちゃん!」
クソっ!!またこいつとやりあうのかよ。
愚痴りたいのは山々だが、秋が口を開くより早くいえろースライムが触手状にした体の一部を何本も伸ばしてくる。
「こんのぉ! 消えろ!」
触手を次々に消し去っていくが一向に止む気配はない。
それどころか、宿舎の壁や地面まで溶かして取り込み始め、肥大化はとどまるところを知らなかった。
このままでは拉致があかない。
一気にケリをつけようと接近し【破壊】を発動する。
一瞬で塵も残らずイエロースライムは消え失せた。
「おしまい!! 次はタヨク、お前だ!」
早くも傷が回復したのか、ガヨクの涙から出て来たタヨクはニコッと笑いながら後ろを指差す。
「お兄ちゃん、ツメがあまいなぁ。まだそこにいるじゃない。だから私はまぁだだよっ!」
「うげっ、マジか・・・」
秋が消したのはほんの一部らしい。
分裂して個体数を増やしていたらしい。
イエロースライムは昨日の秋との戦闘で学習していたのだ。
質量で上回ってもほとつの個体では消されてしまう。
だから、個体一つの質量は減るが数を増やせば良いのだと考えた。
結果は成功したといってもいい。
秋の【破壊】の特性上、指定した一つの物を一つづつしか破壊できない。
ならスライムという一つの概念として【破壊】を行使すればいいのではないかと考えるがそれは出来ない。
【再正】同様目に見えない、特に概念といったあやふやなものに対して使用しても、対象が指定できないため発動しない。
よって今、秋が出来ることはしらみつぶしにイエロースライムの分裂体を破壊する事だけだ。
そうなると米粒ほどの個体一つすら残せない。
そこからまた分裂を繰り返していくのだから。
まさに相性が悪いといった言葉がしっくりくるだろう。
それほどまでに攻略には苦労させられるということになりそうだった。
「さすがに一人じゃマズイか・・・でも久人呼ぶのもシャクだしな。さて、どうするかな」
**********
窓から飛び降りた蓮は真っ直ぐに秋のいる宿舎の方へと向かっていたのだが、またここで思わぬ人物と遭遇する。
「七宮・・・先生」
「あら、蓮さん。こんな時間にどうかしましたか?」
どうかしたどころではない。
秋が危険に晒されているかもしれないのだ。
というかこの人はさっきの爆発音を聞いていないのか。
そう疑いたくなるほど大きな音と地響きだった。
「先生、今は説明してるヒマは・・・ない。私は、行くけど・・・気になるなら来て」
「なんだかただ事ではないようですね。私も行きます。戦闘力はあなたより無いかもしれませんが、何かの役には立つはずです」
「ありがとう・・・じゃあ、行くよ!」
「わかったわ。そこまでのこととなると秋くんに何かあったのね。大丈夫よ、彼は強いから」
そう言って七宮は走る蓮に並走すると、ポンと頭に手を置き軽く撫でる。
瞬間、また蓮の頭の中にノイズのようなざわめきが広がる。
そのざわめきは頭の中全体に広がり平衡感覚を失い、足がもつれその場に転んでしまう。
「っ蓮さん!! どうしたんですか、大丈夫ですか!」
「っつ、はぁ、はぁ、だ、だいじょう・・・ぶ」
七宮に支えられ立ち上がるもまだ足元が覚束ない。
朦朧とする意識の中、燐が内側から精神に割り込んでくる。
(蓮、どうしたの! いきなり・・ザザッ・・から・・心配・・ザザッ・・ね。? 蓮・・ザザッ・蓮! 蓮!!)
《り、ん? 私・・・どうしたの? 》
(わかんない。いきなり蓮からのリンクが切れたからびっくりしたよ。今はこっちから強制的に繋いだから元には戻ったと思うけど・・・)
《そう、なの・・・!! 早く秋のとこへ行かなくちゃ! じゃないと秋が・・・》
(わかってる。でも蓮、大丈夫なの? 私が今だけでも代わろう代わろうか?)
《ありがとう、燐。でも、ダメ。私じゃないと・・・ダメ!!》
(相変わらずの頑固っぷりだね。そこまで言えれば大丈夫だね。でも、何かあったら呼んでね、絶対だよ!!)
《うん・・・ありがとう》
しばらく、内側の燐と話をしていたのだが実際はほんの1分程度。
その間意識を失っていたらしい。
横になった状態になっており、その姿を心配そうに七宮は見つめていたが、目を開くと驚いたように上ずった声で蓮に呼びかける。
「蓮さん!蓮さん!!大丈夫ですか?突然意識を失ったからびっくりしましたよ!」
「うん、ごめん。もう・・・大丈夫。それより、早く秋の所へ」
「ダメです! 意識を失ってすぐに動くなんて自殺行為です! この学園の教師として行かせることはできません」
行こうとする蓮の前に立ちはだかるように立つ七宮。
だが蓮は、先ほどまで意識がなかったのが嘘の様なしっかりとした足取りで歩き出す。
そして、七宮に向かい能力を発動する。
地面から生える氷の柱は四方から七宮に襲いかかる。
鼻先、背中、脚、そして心臓。
すんでの所で止まり七宮をその場に縫い付ける。
「先生、邪魔・・・しないで。私は行く!」
「待って、蓮さん!」
七宮の声も聞かず蓮は宿舎の方へと走り去って行く。
「待ってて・・・秋」
ここまで読んで頂いてありがとうございました。
また次回もお楽しみに!!