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護りたいもの

 下宿先の最上階が俺の部屋だと言っていたのでやたらめったらたかいタワーマンション的なのを想像していたのだが、いざ着いてみると4階建てで部屋数が20程の少し広いかな?程度のアパート風だった。

 俺が今後生活する4階も他の階と変わらない部屋の広さの様だった。

 というか最上階とか言われたら何となく高級ホテルとかのVIPルームを想像してしまうだろ。

 部屋に入ると、8畳ほどの広さにベッドと机セットが一つと本棚が一つ。クローゼットは壁に埋め込み式。

 トイレは各回を使用、風呂は1階の奥に大浴場があるのでそこを使用。

 ちなみに男女は別となっている。実に残念だ。

 一通りの確認を済ませると小腹がすいてくるがどうにも部屋から出る気になれない。

 今後の面倒事を考えると、飯を食いに行こうという些細な面倒事までも嫌になってくる。


「……寝るか」


 明日は決して早い訳ではない。だがもうなんにもする気がなくなってしまったので早いが寝るとする。

 風呂は24時間入れるようだし朝一にでも入ろう。

 そう決め、殺風景な部屋の左隅にあるベッドに横になった。

 緊張の糸が切れたのか、ものの1分程度で夢の中へと落ちていった。



 **********



「ゅ……う。お……て」


 眠い、まだ眠い。無理です起きられません。

 体が動きませんし動かす気にもなれません。


「ねぇ、お、きて」


 たのむ、あと2時間。そうしたら起きます。

 お願いします。


「秋……起きて」

「だから!無理だって言ってるだろ!」

「…起きた」

「起きたんじゃなくて起こされたんだよ!大体なんだよ!なんで……蓮が……ここにってなんでいんのぉ!!」

「私の部屋…」

「はい?」

「ここ…私の部屋」


 んなアホな。

 のど元まで出かける言葉を発するより先に、急いで扉の番号と教えて貰った部屋番号のメモを見比べる。


【部屋番号:405号室】


 この部屋の扉には【404号室】と書かれている。

 ちょうど向かいの部屋が【405号室】。

 Oh,Jesus……


「えっと、あのぉ、蓮様、その、すんませんでした!!急いで戻ります!!シーツも後日クリーニングしますんでお許しを!!」


 土下座の体勢に移行し、速やかに謝罪の言葉を述べる。

 一連の動作にもはや美しささえ覚える程自然な土下座スタイル。

 いままでどれほど土下座を安売りしてきたのだろうか。

 そんな秋の姿を蓮はじっと見下ろす。

 そしてただただ冷たい汗を流す秋の頭に、ポンと手を置いた。


「秋。私は…そんなことじゃ…怒らないよ?」

「っへ?」


 この返しを想像もしなかった秋は気の抜けた間抜けな声を発してしまった。

 許してくれたのか?と考える間もなく蓮に手を引かれ、また【404号室】に入れられてしまった。

 展開が早すぎて、気が付いた時にはいつの間にか蓮とともにベットのうえに座っていた。


「………」

「………」


 そして座るのはいいが、そこから一切の会話もなくただじっと床の一点を見つめる蓮の横にいる秋はジリジリと追い詰められていく。

 頭の中では、なんでこうなったと自問自答ばかりを繰り替えしている。

 そんな様子を知ってか知らずか、蓮が突然言葉を発する。


「秋は…嫌い?」

「な、なにが?」

「ただ、だまってここに居ることが…」

「そ、そんなことは……ないって言ったら嘘になる、かも。なんて言うかどうしたらいのかわからないというか」

「そう。私は…好き。思い…出してたの。今日、秋と出会ってからのこと……」


 俺がくだらない想像している間、そんなことを考えていたのかと蓮の方を見る。

 蓮は先ほどまで床を見ていたのだが、いつの間にか秋の目をまっすぐに見つめていた。


「秋はいっぱい…私にくれた。優しさ、切なさ、辛さ、楽しさ…恋、好き」

「蓮……」

「だからもう満足…なはずだった。でも一つだけ…それだけでいいから…欲しいの」

「いやっ、でももう俺があげられるものなんかないぞ。ってかその前に俺はそんなにいろんなもの上げた覚えもないぞ」


 蓮はゆっくりと首を振る。そして秋の手を取り、自らの胸元に抱える様に抱きしめる。


 顔を真っ赤にし蓮の突然の行動とまた夢の中かと思うほどの柔らかい感触に、秋は思わず手を振り払ってしまう。

 それに驚く蓮に秋はパニックになりこの場を去る為の言葉を羅列する。


「ちょ、ちょちょっとまて蓮。いきなりどうした!つ、疲れたのか?ならベットに横にならないと!ほ、ほら、横になって。俺は出ていくからまた明日な!」

「待って!!秋っ!」


 全く振り返ることなく入口まで一直線に走る。

 だが扉まであと一歩と言うところで、下半身が凍りつく。

 パニックになっている所為か、能力の事をすっかり忘れてジタバタともがく。

 もがいてもがいてどうにかこうにか額を地面に付ける。凍った下半身のままで。


「とにかくごめん!その、む、胸触ったのは不可効力ですけど謝ります。いや、謝らせて下さい!誠に申し訳ありませんでした!」

「秋…私は言ったよ…怒ってないって。それにさっきのは…私がやったから平気…凍らせたのは…秋が逃げちゃうから…ごめんなさい」

「いや、俺も急に逃げちゃってごめん。蓮は悪くないよ。でもいきなり触らせるのは反則な!」

「うん…わかった」


 そうです。私はそういったのに耐性がありません、すんません。

 まだドクドクと脈打つ心臓を必死に抑えながら、また振り出しのベッドの上に戻り座り直す。

 蓮は何かを話そうと何度か口を開きかけるがなかなか出てこない。

 それもそうだ。

 俺がパ二くったせいでせっかく勇気を振り絞ったのに無駄になってしまったんだから。

 もう一度同じことを言えなんて言われたら恥ずかしくて死にそうになる。俺なら。

 だけど蓮は必死に言おうとしている。

 ここで言葉を発してはいけないと思った。だからただひたすら待つ。

 5分が過ぎ、10分が過ぎ、時計の針がもう一周しようかと動き出した頃、蓮が唐突に動き出す。

 腰を浮かし、俺の瞳をじっと見つめ、


「ん?どうかしたか、れ……!」


 訝しむ俺の言葉を蓮の唇が塞いだ。

 時間が停止する。





 何秒だっただろうか、何分だったのだろうか、それとも一瞬だったのだろうか。

 ゆっくりと離れていく蓮は、耳まで真っ赤にして俯いた。

 たぶん俺の顔も耳も真っ赤になっていることだろう。

 そして不甲斐ないことに、いまだ俺は蓮の俯いた姿をじっと見つめている。

 羞恥なのか愛おしく感じているからなのか、抱きしめたいと思う衝動に駆られるが体がどうしても動かない。

 いつまでも口を開かず、動きの無い俺を訝しむと言うよりは心配するような表情で下から上目使いに見上げながら、蓮は一言だけ口にした。


「嫌だった?」


 蓮の一言、仕草、表情。

 秋の中で縛り付けていたすべての感情を置き去りにして、体だけが動き蓮を抱きしめる。

 自分が今思う事、どうしたいのかはクラス決めの時からわかってたはずだった。

 でも自分は女の子への耐性がないから、恥ずかしいからと言って蓮と自分の想いから逃げていた。

 抱きしめた後、ゆっくりと追いついてきた自身の感情は、動けなかった時のものとは違い、素直でまっすぐなものだった。

 秋は、その想いや自身に嘘をつくことをやめた。


「蓮。今までありがとう」

「…うん」

「これからもずっと傍に居てくれないか?」

「傍に?」


 抱きしめられた蓮は秋の胸からそっと顔を上げる。

 その顔はやはり赤く染まっているが、不安の色は全くなかった。

 蓮は嬉しそうに、秋の言葉を待っている。

 男として、そして秋自信として、形には残せないがしっかりと残しておかなければいけない言葉がある。


「蓮……好きだ。何度でも言うけど、これからもずっと傍に居てくれないか?」


 蓮は秋からの言葉に答えを返さずまた再び俯いてしまった。

 蓮からの返事がたとえ、拒絶であったとしてもしっかりと受け止めなければと心構えをする秋の意表を突くように、静かにすすり泣く声が聞こえてくる。

 秋は動揺するが、その必要は無かった。

 蓮は静かに泣きながらゆっくりと一言一言、想いを紡いでいく。


「私は…わがまま。秋と居られるだけで…よかった」


「でも、一緒に居ればいるほど…近くに居ればいるほど…切なくなった」


「秋が闘ってる姿を見て…かっこいいと思った…でも…」


「他の女の子と…仲良くしたり…見とれてたりしてるの見たら…不安になった」


「近くに居れればいいと思ってたはずなのに…気が付いたら…独り占めしたいと思ってた」


「そんなの無理だって…わかってる。みんなも秋の事が好きだから」


「でも、それでも…私は…秋が欲しい!秋が好き!」


「だから、だから…秋への答えは、決まってる」


「はい。…だよ!」


 互いの気持ちが通じ合った瞬間だった。

 出会ってまだ半日も経っていないかもしれない。

 一時の感情なのかもしれない。

 でも、今のこの気持ちは二人とも本物だと信じている。だからこれからどんなことも二人で歩もうと決めた。

 二人は再度お互いを確かめ合う様に見つめあい、唇をそっと重ねた。


「ところでさ、秋と蓮さんは何してるのかな?」

「!!っておぉーーーーい!おまえはなにしとんのじゃ!勝手に入ってくんじゃねぇよ!」


 三度目のキスをねだる蓮をズバッと引きはがし、いつの間にか侵入してきている不審者ひさとの胸ぐらに掴みかかりながら怒鳴り散らす。

 久人は相変わらずのニコニコ笑顔で、秋のと自分の目に前に一枚のA4用紙をひらりと出してくる。


「よく見てこの紙。この下宿の管理人さんにもらったんだけどね、この部屋はなんと僕の部屋なんだよ」

「嘘つけ!!蓮だってこの部屋が自分だって言って……た……」


 現実は実に残酷だった。紙には、


 401:空き

 402:台場 仁

 403:東城 燐/蓮

 404:真壁 久人

 405:黒土 秋


 と書かれている。という事は、


「あの、蓮さんや。君は部屋を間違ておらんかね?」

「間違った…みたい。……てへっ」

「かわいい……じゃなくて蓮は403だろ!俺の隣の部屋!ハイっ移動っ!」


 まだベッドに座っている蓮を【タイムエクステンド】を発動して高速回収して403へと放り込む。

 再び久人の目の前まで戻り、「すんませんでした!」の一言だけを言って扉を勢いよく締める。

 久人はにこにこしながらひらひらと手を振って秋を送り出す。

 賑やかな一時も過ぎ、急に静けさがやってくるが久人はその表情を崩さなかった。


「まったく、本当に君は楽しくさせてくれるよ。これからはいろんな意味で楽しめそうだね」


 そう、一人で呟いた。


 **********


 またしても部屋を間違うといったアクシデントがあったが今度こそ間違いないだろう。

 そのまま自室に戻っても良かったのだが、先ほどの蓮との一幕の名残惜しさからか結局403の部屋の扉をノックしていた。

 だが、いつまでたっても蓮は出てこない。

 また部屋を間違ったのかと思い久人に確認しに行ったが、部屋は今度こそ間違っていなかった。

 さっき放り投げた所為で怒っているのだろうか。

 ドアノブに手を掛けゆっくりと回すと、鍵の手応えもなく扉は空いた。

 中は月明かり以外の光は無く、しっかりとは見えない。

 少しすると目が慣れ、ベットに横になって小さな寝息を立てている蓮を見つけた。


「ははっ。寝てたのか。今日はいろいろあったもんな」


 ベットに腰を下ろしても全く気が付かない蓮の髪をかき上げゆっくりと頭を撫でる。

 家族以外で自分にできた初めての大切な人。秋は自らの過去を思い出す。


(また同じことは繰り返さない。絶対に俺が蓮を護る)


 そう誓い、音を出さぬように立ち上がり部屋を後にした。

蓮と秋の回でした。いやぁ~愛って素晴らしいですよね!!


今回もここまで読んで頂きありがとうございました。

次回もお楽しみに!!

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