学園入学編・終
今回で【入学編】は終わりになります。
秋が【破壊】を発動する一瞬の間。
目の前のイエローが姿を消す。
「っ!!なんだ?どこに消えた!」
当たりを見回し、イエローを連れ去った人物を探す。
犯人は全く隠れる気もないのかすぐに見つかった。
頭と手以外の全身周りに溶け込むような白い服、漆黒の髪と瞳。
学園長、宇城嶋凍人がイエローを肩に抱えてこちらを笑顔で見ていた。
「黒土君、お疲れ様。もうあと数分でこのクラス決めも終わりだからそこで休んでいるといい」
「宇城嶋……学園長。そいつをどうするつもりですか?」
若干の威圧を掛け睨みつけながら聞き返す。
宇城嶋はというと秋からの威圧に心地良さげに目を細め、やれやれとばかりに俯き気味に首を左右に振った。
秋が答えを急かそうかと口を開きかけると、宇城嶋の後ろから音もなく白衣の女性が現れる。
身長は高めで長い脚に張り付くような黒いストレッチパンツを履き、白衣の下は胸を強調するように、これもぴったりの黒のロングTシャツを着ていた。
ショートカットに大き目の黒縁眼鏡をかけ、たれ目の印象の良さそうな顔立ちをしている。
だが印象が良さそうなのはその顔だけで、音もなくいきなり現れた人物をそうそう簡単には信用できない。
宇城嶋に向ける視線をその女性の方に向けると、すぐさま宇城嶋の後ろに隠れてしまった。
なんだか拍子抜けした秋は、いまだ何を考えているのかニコニコと胡散臭い笑顔をしている宇城嶋を詰問せずにため息をついた。
今日はも何度目だろうか。ため息もつきすぎるとそれも意識的にやっているのではないかと言う錯覚に陥る。実際に半分はわざとやっているのだが。
宇城嶋も秋からの威圧がなくなったことを感じ若干残念そうにしていたが、彼も仕方なく説明をしなければいけないかという感じで口を開いた。
「やれやれ。詳しくは時間がないので割愛させて頂きますが、簡単に教えてあげましょう。まずはその前に、七宮先生、いい加減に自己紹介をしてください。生徒の前ではしっかりとしてください」
「は、はい。えっと、すみません。初めまして、七宮夕と申します。この学園では能力による実験と生体についての担当をしてます。私の能力は実戦向きではないので、あの、その、怖い目で見るのは出来るだけやめて頂きたい……です」
長身でスタイルの良い体を縮こまらせ涙目になりながら訴えてくる七宮。
(か、かわいい。あれで先生なんて反則だろ)
おもわず返答も忘れデレっとしてしまっていたのか腕が急激に肩まで凍る。
冷たいのに汗をダラダラ流しゆっくりと右に視線を下げていくと、俺の腕よりも更に冷たい視線で蓮が見上げていた。
「えっと、ですね、別に見とれてたとかじゃないよ?たまたま先生の黒い服に埃がついてるのが目立って気になってしまってだな」
「へぇ…秋は…七宮先生の胸をここから小さな埃が見えるくらいじっと見てたんだ…そう、秋は大きい方が…いいんだもんね」
俺のアホな失言の所為で、塞いだと思った穴が爆発してしまった。2秒前の俺のバカ!!
確かに見てたけど!見てましたけど!一瞬だよ?ほんの5秒くらい見てただけだよ?それもダメですか!
うん、はい、ダメですよね。5秒も見てたら変態ですもんね。
そして今日何度目かの蓮からの宣告。
「この話は…また後で…ゆっくりね…」
「あ、はい」
拒否権などミジンコの毛ほどもありません。
こんなやりとりが可笑しかったのか、先ほどまで俺を怖がっていた七宮はクスクスと笑っていた。
隣に立つ宇城嶋は、もう少し眺めていたいのですがと前置きし話を再開させる。
「まずはイエローくんをどうするかですが、単刀直入に言うとこの状態になってしまった彼を元の姿に戻します。その為に、今紹介した七宮先生にご助力を頂こうかと思いましたのでここに呼んだという訳です」
「戻せるんですか?」
「私は可能だと思っています。でなければあのまま君に消して頂いていたでしょう」
〝消して〟のあたりに力を入れて話す宇城嶋に対し秋は全く動揺もしていなかったし怒りも感じていなかったが、腕に絡み付く蓮は更にギュッと力を込めて目を伏せる。
大丈夫だと答え、空いた手で頭を優しく撫でてやる。
落ち着く蓮を確認してからまた話を再開させる。
「それで?どうやって治すんですか?」
「それは君には言えないですね。簡単に教えると言ったはずですよ。ただ、彼女の、七宮先生の能力を使って、と言うのは教えておきます」
「お任せ下さい。私がイエローくんを元通りに直してみせます。安心してください」
治すのフレーズがなぜだか違う意味に聞こえたのは気のせいだろうか。
この時の俺は七宮先生の優しい瞳と言葉をどうしても信用しきれなかった。
「……わかりました」
「黒崎くんが納得したところすぐで悪いが、七宮先生。イエローくんを連れて行って下さい」
「わかりました。それでは黒土くん、東城さん、またお会いしましょう」
「ええ。七宮先生、よろしくお願いします」
七宮は軽く頭を下げ、ニコッと笑顔を見せると来た時とは違いイエローを抱え出口へと歩いていった。
**********
秋の元から離れた七宮は、抱えるイエローを大事そうに抱えながら笑っていた。
もう楽しみで仕方ない。
この実験体があればアレの完成に大きく近づく。
そうすれば私が求めたモノが現実となる。
そして宇城嶋も手に入る。
宇城嶋は私の夢を応援してくれる。
その期待に応えないといけない。
「あぁ、楽しみだなぁ」
一人歩きながら、誰にも聞こえない声で呟くのだった。
**********
七宮もイエローを連れてここを離れ、特に用も無くなった宇城嶋も終わりのための準備があると早々にこの場を離れた。
残された秋は、レッドの達のグループにイエローのことを伝えた。
安堵の表情を浮かべ泣きじゃくるレッドやピンク、グリーンを見ていると、どうしても先ほどの七宮のについて気になったことを切り出せなかった。
もし仮に何かあった時は、この場を逃した自分がカタをつけると心に誓う。
そんなこんなで、ようやく仁と久人が待つ場所へと戻ることができた。
正直、なんだか精神的に疲れた。
そんな俺の表情をみて久人がまたイラつくこと言ってくる。
「ずいぶん時間をかけたね。いつもなら一瞬で足とか腕とか消し飛ばして、土下座させてから治してあげたりしてるのに……どういう風の吹きまわしかな?」
「黙れよ久人。お前を今すぐ消し飛ばしてやろうか」
「ごめんごめん秋。あんなに長く戦ってるから気になっちゃって。それにあの試合みてたらね、また秋に相手してもらいたいなぁって思っちゃってね。今度どうかな?」
「はぁ〜、お前も大概面倒なやつだな。お前とはもうやらん。敵対してくるんだったら話は別だけどな」
そう言ってやると、分かりやすく面倒なだなという表情を作って肩をすくめる仕草をしてくる久人。
だったら言うなよ。
その後、仁からの労いの言葉ももらいようやくクラス決めの終了を告げる号令がかかる。
やはりというか、ぴったりに試合を終えることができなかったチームもあった。
そのチームに対しては、教師陣が仲裁に入り強制終了させられていた。
狙ったクラスになれなかった生徒は涙まで流す者もいた。
それもそうであろう。
下手をすれば自分に全く縁の無いクラスに放り込まれた挙句、学園生活を終わりまで過ごさなければいけないのだから。
一喜一憂している生徒達をまた始まりの場所へと集め、最終的な点呼を取る。
初めは200人いた新入学生も気がつけば半数の100人にまで減っていた。
減った半数は、怪我やイエローのように能力使用過多による後遺症での脱落がほとんどだ。
残りは自らの能力とクラスが合わず、入学そのものをこの場で辞退したやつらだった。
ともあれ、クラス編成は元々あったA〜Dまでの4クラス自体を減らすことはできないと言うことで、A・B・Cクラスは各30名となった。
それでは秋が入るはずのDクラスはというと……
「おい待て、学園長!!なんで俺らのクラスが10人しかいないんだよ!おかしいだろ!!」
「おい、秋。さすがに学園長にタメ口はマズ ……」
「黙ってろ、この龍人!おい、聞いてんのか学園長!!答えろ!!」
「トカゲ野郎って……お前な」
宇城嶋は秋に向かって以前にもまして大げさな身振りをする。
「秋くん、私は特におかしいことをしているつもりはないですよ。はじめに言いましたが、特別なDプレートを持っている生徒には特別な特権を与えると言ったはずですが」
「だからなんでDだけ10人しかいないんだって言ってんだよ!どうなってこの人数になるんだ」
「君が怒るのもごもっともです。私が同じ立場でも多少は憤ったことでしょう」
「なら今からでもやり直せ」
「それはできません。今回のクラスに措いては異例ではありましたが、教職員含めすべての了解を得ています。それにしても君は何故そこまでこの決定が許せないのですか?」
「そんなの決まってるだろ。〝人数少ない=面倒事を押し付けられる〟の構図が目に見えてるからだ。なんでわざわざそんなことしなきゃならないんだ!せっかく無い頭絞ってやっと合格した学園で、面倒事を引き受けて青春も謳歌できなくなるなんてまっぴらごめんだ」
それを聞いた宇城嶋は、初めこそ黙って聞いていたが秋の熱弁が終わると同時に声を上げて笑い出した。
秋が言っていたことが、さもおかしかった様で目にうっすらと涙まで浮かべている。
宇城嶋は笑いが収まると同時に謝罪の言葉から会話を再開させる。
「すまないね、黒土くん。君があまりにも正直者で思わず笑ってしまったよ」
秋は依然として表情の硬化を緩めることなく憮然として答えた。
「これが普通の生徒の意見だよ。そこまでおかしいことはないだろ」
「そうですね。でも君の様にこの場で堂々と面倒事は嫌だと言う生徒はいないとは言わないですが、限りなく少ないは事実だとは思いますよ。まぁDクラスの性質を面倒事だと言うのは否定できません。しかし、青春を謳歌できるかどうかは君次第ではありませんか?」
「確かにそうだが、面倒なのは少ないに越したことはないだろ」
宇城嶋は秋からの反論を楽しんでいた。
生徒相手にとは思わなくもなかったが、ここまで自分を楽しませてくれたのは久方ぶりのことだったからだ。
だがしかし、いつまでもここだけに時間を費やしてはいられない。
クラスも決まり、思わぬところでサンプルも手に入ったのでその処理も山積みだ。
宇城嶋はもう少し楽しみたいところだが、と心で呟きこの場の収拾にかかる。
「黒土くん、あまり言いたくはなかったですがこのクラスでいいという事は君が決めたんですよ?私がプレートの放棄は許さないと言っても君はいつでも手放せたはずです。でも君はしなかった、面倒事だとは薄々でも感じていたと思いますがしなかった理由は色々あるのでしょう?何なら今この場で別クラスへの編入も考えますがどうしますか?その場合、君以外の3人も君と同じ様に別クラスにしますが」
秋は間髪入れずに宇城嶋に降参する。
自分だけならともかく他を巻き込むのはごめんだ。
このクラスに入る事も半ば俺に巻き込んだようなものだし、それにもう他の人を巻き込んで後悔するのは… …嫌だ。
「わかったよ。俺だけならともかく、他の奴らは関係ないからな。それにここでそう言わないとどうやってでもその面倒事を俺に押し付けるんだろ?ならもうこのままでいい」
「最後の方はなかなかに心外ではありますが、結論としてDクラスでいいと言ってくれたことには感謝します。ありがとうございます」
宇城嶋は、秋に軽く頭を下げながら感謝の言葉をくちにする。
秋ももう疲れたと言いたげな表情で手をヒラヒラさせながらそれに答える。
「他に異論はない様ですので、これで本日のクラス決めは終了となります。皆さんお疲れ様でした。それと皆さんが気にしているであろう誰が同じクラスかと言う事については、明日の登校時に学園の入り口に張り出しておきますので各自で確認してから教室に移動する様にしてください。それでは、私はこれで失礼させて頂きます。また明日以降、学園内のどこかで皆さんとお会いできるのを楽しみにしています」
そう言った宇城嶋は、真っ白な戦闘校舎の色に溶け込み姿を消した。
その後は緒方先生から入学に際しての注意事項などが告げられ解散となった……俺以外は。
話も終わり帰ろうかと言う頃、緒方に呼び止められる。
「黒土、ちょっといいか?」
「はい?なんですか?もう帰って寝たいんですけど」
「なら話は早い。今日お前が帰る場所は学園内の下宿の最上階だ」
「は?えっとたしか、少し離れた場所にある静かで人通りも少なくて酒飲んでは二日酔いする姉のいるアパートが俺の家だったと思っていたんですが気のせいですか?緒方先生の頭が狂ったとしか思えないんですが……いでっ!なにすんですか!」
狂った、のあたりで頭の中心を叩き割る勢いで天空から緒方のチョップが降り注ぐ。
「なにすんだじゃない、おまえは!学園長からのお達しだ。明日からDクラスになる生徒は全員、学園内の下宿に行くことになってる。それと余談だが、他のクラスの生徒や上級生は少し離れた場所に宿舎があるからそっちだ。ともあれ、保護者への通達ももう済んでいる。もちろんおまえの姉の麻朝にもだ。そういう訳だから今日からそっちだ。以上」
そう言うと踵を返し去っていく緒方。
もう聞くなと言いたげな背中を呼び止めるのも面倒になり出口にゆっくりと足を向ける。
「面倒事はもう始まってたかぁ。あぁ、疲れたぁ」
同じチームの奴らも下宿に行くんだからもういいかと思いながら秋は戦闘校舎を後にした。
【入学編】如何だったでしょうか?
初めてのことだらけで、読みにくかったかと思いますが、これからもっと読みやすく楽しい小説を目指していこうと思います。
次回は少し終了後の話を入れようかと考えています。
お楽しみに!!