学園入学編ⅩⅩⅡ
最近ますます更新頻度が落ちてます。
すみません。
首に突き立てた刀をゆっくりと引き抜き、まとわり付いた血を懐から取り出した懐紙で拭取る。
倒れたままピクリともしない仁の脇腹を足先で強めに蹴るが動きはない。
その様子を再度確認し刀を鞘に戻す。
銀蒼は灼華を閉じ込めていた影の牢獄を解除すると跪く。
「お嬢様、兄上様の仇怨敵である龍人をここに屠りました。ですが実行したと思しき者の詳細は分からずにとどめを刺してしまった事をお許し下さい。この命、いかほどにも」
そう言った銀蒼は深々と首を垂れるが、その背中からは謝罪とは程遠い歓喜の様相を呈していた。
対する灼華は顔面蒼白で銀蒼を横切り、血だまりに横たわる仁に縋り付く。
「なぜ…なぜこんなことを!あの方は!仁さんは関係なかったはずですわ!」
「お嬢様。関係があるないではないのです。知っていたという事に大きな意味があるのです。奴も隠しだてすることも無ければあのような姿にならずともすんだものを」
「よくもそのよのようなことをぬけぬけと…この話はまた後ですわ!あなたは下がりなさい!黒土さん!こちらにいらしてください!」
いきなり名前を呼ばれたのにも関わらず秋は慌てることもなく、ただひらひらと手を振るばかりでそこから動こうとしない。
その秋の姿に距離がある所為で聞こえていないものだと勘違いしそうになった。
だが仲間のこの惨状にも特に驚いた様子もなく、となりにいる蓮とイチャイチャ(本人にその気はまったくない)している様に見える。
仁が倒れているにもかかわらずなぜあそこまで平気でいられるのかまったくわからない。
灼華は秋達に激しい憤りを感じた。
「あなた方は仁さんが心配ではないのですか!!黒土さんの能力ならなんとかなるかもしれませんのに!」
蓮と楽しく談笑していた秋だったが、叫ぶ灼華の態度が怒気交じりだったせいか後々の面倒を考えそちらに足を向けることにした。
ゆっくりとした歩調で蓮を引き連れというか雑談しながら向かってくる秋に更なる苛立ちを覚えたがそこはじっと我慢した。
そこまで遠い所に居たわけではないが、ようやくと言っていいくらいの時間をかけて秋達がたどり着く。
「さっきから叫んでるけどなにかあったのか?」
「なにかもなにも…仁さんが倒れてるではありませんか!このままでは死んでしまいますわよ!というか息すらしていませんのに!」
「そうだな。でも今更直さなくても大丈夫だろ。ってか手出ししたら負けちまうし、仁も怒るだろ」
「いい加減にして下さい!!どうでもいから早く治して!!仁さんが・・・死んでしまうまえに・・・」
灼華は横たわる仁の胸に額を預け大粒の涙を流す。
さすがの秋も説明不足にやってしまったと後悔した。もう少し丁寧に説明していればここまで大げさに泣かれることもなかっただろう。
コトが起こるまでは放置でもいいかと思ったが、このまま泣き続けさせるのもなんだかいけないような気がしてきたのでさっさと説明してやることにする。
「すまん。仁だけど、えっと、そこにいると言うかあると言うか何とも表現が難しい感じだけど、とにかくそれは仁じゃないんだよ」
「ふえ?」
涙をダラダラ流しながら秋の言葉の意味がうまく飲み込めずに、おもわず間抜けな声で聴き返してしまった。
その恥ずかしさからか慌てて後ろを向き、まぶたを擦り涙を無理矢理止め、荒く呼吸を繰り返す肺を意図的に深く呼吸することで鎮める。
ようやく息を整えることが出来たと思い秋の方へとおもいきり振り返りながら質問を投げ飛ばそうと口を開けるが失敗に終わる。
さきほどまでそこに倒れていた仁が今は秋の隣で無傷のまま腕を組んだ状態で立っている。
開いた口が塞がらないとは言うが自分がそうなるとは思ってもみなかった所為か、今度は口を開けたまま固まってしまった。
灼華が再起動を果たすまでにはたっぷり十秒は掛かっただろうか。
ようやく発した言葉は安堵による嗚咽だった。
その姿を微笑ましく思い声を掛けようと灼華に近づく仁の目の前に、怒りと困惑で顔をゆがませた銀蒼が影から現れた。
「貴様、なぜ生きている!傷はどうした!死なずとも瀕死だったはず!それがなぜ無傷なのだ!答えろ!!」
答えろとは言う銀蒼だが、仁が言葉を発するより先に切りかかる。
その刀を腕で弾き飛ばしその勢いで銀蒼の腕を掴むが、すぐに体の性質を影に変化させすり抜ける様に躱す。
「なるほど厄介な能力だな。捕まえるにも一苦労しそうだ…」
ふぅと息を吐き出しながら仁はぼそりと呟く。
仁ため息に更なる苛立ちを隠そうともせず銀蒼は次々と切りかかる。
「答えろと言った!なにをした!」
「答える義理はない…と言いたいところだが教えてやろう。今のお前では一生掛かっても俺から勝ちを拾うことなどできんだろう」
「下等な化け物風情が!上からモノを言うな!!」
「どうとでも言えばいい。…ならばここからは俺の独り言になるのだが、俺の能力は簡単に言えば幻術だ。先ほどからお前が熱心に攻撃していたのは・・・言わなくともわかるだろう?」
「嘘だ!切った手ごたえも感じた!息遣いも鼓動も体温も、血ですらも感じた!!」
先ほどまで仁が横たわっていた場所を指さす銀蒼がったが、そこには血だまりすらもなくなっていて思わず絶句してしまう。
そして浴びた返り血も全くなくなっていることにここで気が付く。
この出来事に銀蒼はただ、仁を睨みつけるしかなくなっていた。
仁は静かにゆっくりと銀蒼の周りを歩きだす。
「嘘か誠かの線引きは誰がすると思う?俺なのか、お前なのか。それとも世界なのか」
「…何がい言いたい」
「いや。ただなにをもってそうなのかお前に問うてみたかっただけだ。答えは期待していない」
銀蒼は語る間も常に切りかかっていた。
確かな手ごたえを感じているのにも関わらずゆっくりと自分の周りを歩く仁。
効いているのか、はたまたこれも実体の無い幻なのか。
混乱しかける思考に仁の語りかける声が響く。
「不思議だろう。幻術を切っているのに感触があるし体温も感じる。通常は空を切る感触を感じこれは幻だと認識する」
「だったらなんだ!今切ったお前も幻だと言いたいのか!」
「いや。今のは本当の俺だ。真実の中に嘘が多く混じろうが少し混じろうがそれは与えられた者にとってはどちらにでも解釈できる。今のお前の様に。俺の言葉を信じるか、己の感覚を信じるか。一方を信じなければいけないということだがそれにはそれなりのリスクがある」
銀蒼の切る手が鈍る。
鈍る思考に鞭打つように、仁が居る方向とは逆を切ったり周囲に影を伸ばして攻撃したりとめちゃくちゃになっていく。
「どこだどこにいる!こそこそ隠れずに出て来い!」
「言っただろう。出ていこうが行くまいが信じるのはお前次第だ」
「黙れ!」
怒気とともに更に暴れ出す銀蒼を離れた場所から見ている仁。
隣には灼華も立っていた。
仁は灼華に問いかける。
「さて灼華よ、このまま続ければ銀蒼が壊れてしまうがどうする?あいつはあのままやめる気が無いらしい。かといってお前が仲裁に入ればそれも幻と勘違いして切られてしまうだろう」
「そうですわね。ですが銀蒼をあそこまでにしてしまったのは、わたくしの責任。切られてしまっても何も言えませんわ」
「残念だがそれは間違いだ。切られるのは俺の能力の所為だ。だから提案がある」
「あなたの所為だなんて!そうは思いません!ですが現状の解決策もありません。仁さん提案とはなんですか?」
「お前が今ここで負けを認めてくれればそれでいい。ただ、時が来れば俺が知っていることはきっちり教えてやる。ただ銀蒼だが、心に傷は追ってしまうだろう。ただそれの所為でおかしくなることは無いはずだが絶対ではない。どうだやるか?」
灼華は一瞬の迷いもなく仁の前で膝をつき、地面に額を付けた。
「わたくしが至らぬばかりに銀蒼を御しきれなかったことをお詫びいたします。そしてこの勝負はわたくしたちの負けですわ。ですからどうか銀蒼を止めてください…」
「わかった…という事だ秋!俺の勝ちだから試合は終いだ。俺はあいつを止める」
秋には振り向かず口だけで伝える。
もうとっくにわかってたとでも言う様に、仁の言葉を聞く前から秋は辺りの生徒に勝利したことを伝えていた
その光景に仁は軽く吹き出す。
(まったく。いつもはとぼけてるくせに、こういう時は手が早いというかなんというかな。さてこっちも早めに終わらせるか)
仁はいまだめちゃくちゃに暴れる銀蒼にかけた能力を解除する。
すると銀蒼は目の前に居たはずの仁の姿を探してぐるりとあたりを見回し、発見する。
ただ、仁の足元には頭こそ下げていないものの膝と手を地面に付けたままの灼華の姿も映っていた。
その姿に怒りを露わにする銀蒼。怒りのままにまっすぐに切りかかってくる。
「この化け物め!!お嬢様に何をさせている!!」
「お前のお嬢様は負けを認めたのだ。今更争う意味はない。刀を引け」
銀蒼が繰り出す斬撃を片腕で次々と振り払う。
単調な攻撃にただ作業の様に手を合わせていなすを繰り返す。
「最後だ。もう終いだ。刀を収めろ」
「貴様が死ねばな!!」
叫びながら自らの足元の影に刀を突き入れた。
刀の刃は影に吸い込まれ、その切っ先は仁の腹部の内側から生えてくる。
だが仁は吹き出す血も痛みも全く感じていないかのように銀蒼を見下ろす。
その様子にきょうふを感じ刀を何度も突き入れる。
「クソっ!!これも幻か!」
「今お前が刺している俺は紛れもない本物…本体だ」
「!! 馬鹿な!お前は何も感じないのか!痛みも苦痛も!」
「そんな訳があるか。痛みはもちろんあるが苦しむほどではない」
仁は腹から突き出た刀を内側へと無理矢理押し込み、銀蒼の腕を掴む。
再度、影の性質を発動させるがなぜか掴まれたまますり抜けない。
「な、なぜ…」
「今あるものから目を背けたお前はもう…逃げることなどできない」
実際には銀蒼の能力はしっかりと発動していて体も影の性質の状態になっている。
仁は一瞬ふれた銀蒼の腕から直接脳内に、能力が発動していないという幻を見せることで五感と言われる感覚を狂わせているのだ。
その所為で銀蒼はあたかも能力が発動していない状態だと誤認し、自らその場に磔になっていた。
傍から見れば異様な光景だが、仁は幻を見せ続ける。
「お前が知りたがっていた、主を殺した者の事が今すぐ知りたいか?」
「! 今更何を。言わなくともわかっているだろうが!」
「そうだな。だがそういきり立つな。ならば教えてやる。ただしお前の能力と引き換えだ」
「ふざけるな!お嬢様も護れず、復讐もままならぬ状態になれと言うのか!」
仁はわざとらしく一つ溜息をつく。
「少し冷静になれ。今でなくとも何れは教える。その時まで待てばお前から何も奪わん。それにお前は俺から今すぐに情報を手に入れてどうするつもりだ?灼華は捨てていくのか?」
「それは…他の者が護衛を…」
「他の者に丸投げしてしまうという事か。安い護衛対象なのだな灼華は」
「そのようなことはない…」
「ならば護れ!!お前の目的はその後ではダメなのか?」
そう言われ俯く銀蒼。そしてその両目からはポタポタと涙がこぼれる。
口元のマスクを乱暴に脱ぎ捨て去ると大声泣く。
そしてその声に仁が違う意味で驚愕する。その隣に灼華も歩み寄ってきていた。
「銀蒼…お前は女だったのか」
「そうですわよ?気が付きませんでしたの?わたくしの身辺の世話と護衛を異性にさせる訳がありませんわよ?あなたほどのお方が気付いていなかったと言うのですか?」
「むぐっ…すまん。全く気が付かなかった」
「銀蒼水。立派な女の子ですわよ。もしかしてあなたは銀蒼がこれほど兄様に固執する理由も分からないというのではありませんわよね?」
なぜか機嫌が悪くなり高圧的な態度で接してくる灼華。
わけがわからないがたぶんこうだと仁は答える。
「よほど慕っていたのだろう。その主も主従の関係と言うよりは、灼華のような妹ととして接していたのだろう。違うか?」
「…これはあれよね、うん、仁さんはなにもわかっていないという事ですわね。はぁ…もういいですわ」
げんなりとした表情で仁を一瞥した灼華はそのまま銀蒼のもとへ近づき、肩を抱き頭を撫でる。仁をジロリとにらみながら。
仁は今までのことを思いだしため息を吐く。心の中で分けが分からんと繰り返しながら。
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