学園入学編XX
更新遅くなり申し訳ありません。
20話目になります。
結果から言うと、灼華が立ち直るまでは大した時間はかからなかった。
踏ん切りをつけたというか、棚上げしたと言った方が正解かもしれない。
落ち着きを取り戻したがまだ顔の赤い灼華は、仁への答えをゆっくりと話していく。
「お待たせして申し訳ありませんでしたわ。先ほどの返答ですけど、試合の話をお受けいたしますわ」
「そうか。感謝する」
「でも条件がありますわ…試合を受けると言う約束の代わりに日時はこちらから指定させて頂けないかしら」
「日時?今からではないのか?」
この質問に灼華はすこし間を置いて答える。先ほどとは打って変わって赤みの一切ない真面目な顔で。
「今はダメですの。理由はこの場では言えませんの…ごめんなさい」
「ふむ…構わん。では後日連絡をくれ。俺はいつでも大丈夫なのでな」
「ありがとうございますわ」
「問題ない。ところで…」
「なんですの?」
仁の目の色が再び戦闘の色を帯びる。
このただならぬ雰囲気に灼華は喉を鳴らし唾を呑む。
だが仁の視線は灼華ではなく目の前の何もない空間に向いている。
訝しむ灼華に仁が答える。
「先ほどから影の中で俺の首元に刀を突きつけている銀蒼…だったか?このものはお前と考えが違うようだが、どうなのだ?」
「!! 銀蒼!今すぐここに出てきなさい!」
仁が感じていた通りに銀蒼は影から動かずに刀を向け続けていた。
しかし、灼華の呼び出しとあれば行かねばならない。
灼華の影の中から、片膝をついた状態で音もなく仁の影から出てくる。
「お呼びでしょうか」
「お呼びでしょうかではないですわ!あなたはわたくしの話を聞いてまして?」
「はっ。ですがお嬢様、あの輩との試合はせぬ方が賢明かと」
「なぜですの?理由を言いなさい」
銀蒼は片膝のまま視線だけを仁に向ける。
その目には疑いと怒りが滲んでいたがすぐに視線を戻し、元の無表情と光を失った目に戻っていた。
「はっ。その者は人間の成りをした化け物です。見て頂ければお分かりでしょうが、あの姿は間違いなく兄様を亡き者のにした者と全く同じ種族です。ともすれば見た目を変化させて成り代わっているやもしれません。そしてその疑わしき者を私はそのまま野放しにはできません」
「口を慎みなさい!!なにを馬鹿なことをおっしゃってますの!あの方の…仁さんの目をみれば違うと分かるではありませんか!」
「失礼ながらお嬢様。私には目を見ただけではあの者が良なのか悪なのかを判別できかねます。たとえ良だとしても、それに相応するだけの情報がたりません」
「だったらあなたは何をもって彼を判断するのですか?」
片膝をついた姿勢のまま顔だけを灼華に向ける。
その目にはまた強い怒りの光が宿っていた。灼華の知る限りこんな目をした銀蒼は一度しか見たことが無い。
銀蒼が兄に付き従っていた頃、目の前で殺された兄を抱きかかえ、去っていく仇の背中を追っていた時の視線と同じものだった。
「この疑わしき者を私の手で死地に追い込むことで口を割る事でしょう。もし何も吐かない様であれば、そのまま死んでもらう事になるかと」
「銀蒼・・・あなたは!」
「待て、灼華」
怒鳴りつけようとする灼華を声で制し、仁は銀蒼の下へと歩いていく。
銀蒼はその姿を見止めると片膝の姿勢を解き軽く身構える。その眼光は先ほどよりも濃く怒りを表している。
「下劣な化け物風情が!我が主に対し命令するなど万死に値する」
「まぁ待て。そういきり立つな。まずはお前に聞きたいことがいくつかあるのだがいいか?」
「貴様…化け物風情がいい気になるなよ!」
「おやめなさい銀蒼。その問いにはわたくしが答えます、あなたはそこで黙っていなさい」
「……はっ!」
灼華はこれ以上の発言は許さないとばかりに厳しく言い放つ。
ここまで言われずとも銀蒼は引き下がったのだが、仁に対する無礼な言葉の数々に対し少しでもと思った結果だった。
その様子に気が付いていた仁は、それにはあえて触れずに話しを続ける。
「まずはお前の兄を殺した者は、仮にだが俺と同じ龍人だと言う過程で話させてもらう。その者の鱗は何色だった?」
「あなたと同じ銀…でも白銀と言うよりは黒銀と言い換えてもいいほど黒く輝く鱗をしていましたわ」
「…そうか」
顎に手を当て、美しく生えそろった鱗を指で2度ザラザラと撫でる。
しばしの思考の間が空き、何かに至ったのか仁の質問は再開される。
「嫌なことを思い出させるようだが、兄の体の一部に欠損は無かったか?例えば…心臓…」
「!!…なぜそれを!!」
仁の言葉に対し反射的に叫ぶ。
だがこの反応で、仁は灼華の兄を殺した者とその理由を正確に導き出した。
間違いなくあいつだろう。だがこの事実を今ここで言ってもいいものか。
他の者達に聞かせる話ではないし、聞かれるとまずい。
「お前の兄を葬った者はたぶんだが心当たりがある。しかしここでは言えん」
「なぜだ!!言え!今すぐここで言うのだ!」
灼華が噛みつくよりも先に銀蒼が仁の胸ぐらを掴みあげる。
いきなりの出来事に灼華は反応もできず目で追う事しかできなかった。
仁は銀蒼の行動に予測がついていたのだろう。胸ぐらを掴む腕を手の甲で叩き落とす。
これに銀蒼は完全に我を忘れて怒り狂う。
「数々の無礼に続き、この期に及んで言わないと言うのか?ならば考えがある」
そう言うと自らの影に手を置き言葉を紡ぐ。
「我の下にありし影よ、その無形の力を一時貸し与えよ。この身のすべてを影とせよ!秘術・身魂絶影!!」
「!! それはダメですわ銀蒼!やめなさい!」
灼華の言いつけを無視し、地に置いた手の平から影が体に流れ込んでくる。
身魂絶影…この秘術は、肉体(実体)とそれにつながる影(虚像)の性質を入れ替えるというもの。
それは影の中を自由に移動できる能力を持つ銀蒼が、付き従い全幅の信頼と温情を寄せていた主を失い開花させた能力だった。
宇城嶋が言う感情によって開花する能力をすでに持っていたのだ。
そしてその時、銀蒼が抱いた感情は従者として主を守れなかったという深い自責の念。
自らを責め続け、心がカラになるまで吐き出し、なにも見たくないと目を閉じ続けた。
長い時間をそうしていた気がした。気が付くと視界は暗闇に閉ざされ目を開けている感覚はあるのに何も見えない。
まるで影に溶けてしまったのかと錯覚するほど暗い。
銀蒼はこの瞬間に能力の開花をしていた。自らの視力と引き換えに。
あとは開花した能力がその力の使い方を教えてくれた。
ひとつ、能力使用の為に対価として視力を差し出している、開花能力の使用は自由に可能。
ひとつ、使用者は身体と影の性質を入れ替えることが出来る。入れ替えるのは性質のみ。
ひとつ、入れ替えから1時間は元の状態には戻れない。
ひとつ、入れ替え後、肉体もしくは影が消滅した場合はこの世から存在そのものが消える。
以上の事がこの能力における重要な条件。ネックになる事は多いがその分大きな力を手に入れられる。
それこそ主の仇、そうでは無いにしても情報を隠しているであろう目の前の龍人から情報を引き出すことは容易だろう。
足元の影が消え、地に手を付けていた銀蒼はその名の面影もないほど黒く染まり光の無くなった目だけが視力を取り戻したかのように血色に紅く輝いていた。
「待たせたな。最後忠告になるが、今すぐ情報を渡せば腕の一本で済ませてやろう。だがもしここで言わぬと言うのならば一生を悔いて生きなければならない体になる」
「止めるのですわ銀蒼!仁さんは今ではなくとも教えて差し上げるといっているでしょう?なぜ今に固執するのです!」
銀蒼は灼華に向き直る。
灼華は変わり果てたその姿を見て、銀蒼が仁に対するではなく自らに怒り狂っている様に見えた。
だがその怒りの先を銀蒼本人は仁への感情だと勘違いしている。
このままだと必要のない争いで互いにいい結果をうまない。結果と言うところだけ見るのであればもうすでに決まっている。
「何を焦っているのですか!あなたはもっと冷静な判断が出来る方でしょう!」
「我が元主よ。貴方様は兄上様が何者かの手に掛けられたことを一刻も早く知りたいとは思わないのですか?」
「それは…知れるものであれば今すぐにでもと思っていますわ。ですが…」
「ですがなんでございましょう。貴方様にとっての兄上様とはその程度の方だったのでしょうか」
「違いますわ!!でも今ここで仁さんが言えないと言ってるのであればその機会まで待てばいいでしょう!それを無理矢理聞き出すことに何の意味がありますの!」
灼華は一息でまくし当てる。
だが灼華の必死の叫びにも、銀蒼の表情も感情も一切の揺らぎが見られなかった。
「私は少し前にも言いましたが、あの化け物を信じるだけの情報がありません。ここで言わない事で主に対し何かしらの不利益を与える可能性もございます。それに奴と同じであろう種族が兄上様を亡き者にしたのですよ。後日呼び出され、それと同じ結果にならないとは限りません。ならば今ここで事の言質を取り、次第によっては消すことも必要だと判断しました」
「あなたが判断できないことはわかりました。ですがなぜそこまで仁さんと戦おうとするのですか!」
「奴が私の敬愛する主を亡き者にした種族だからです。存在自体が悪なのです。それが私の中で唯一にして絶対のものです。それではお嬢様、私は戦闘に入りますのでお下がりください」
「待ちなさい!まだ話は終わって…」
灼華の足元の影が花の様に広がり一瞬で黒い鳥籠を形成する。
中から出ようとするが自らの影より外には出られない。黒い影の格子の間には薄い膜があり声も通さない。
破壊しようにも影には実体がないから掴むことも切る事もできない。
仮に消すことが出来たとしてもその影は本人のもの。影を消すという事は本人の存在をこの世から消してしまうという事。
灼華もこのことを知っていたため抵抗を止める。
「どうか…二人とも無事でいて」
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「こっちらの用は終わった。今言えば…」
「なんども言わせるな。ここでは言えんといっているだろう。それはお前の為ではなくそこにいる灼華の為にだ」
「…もはや愚かしいとしか言えんな。ならばその言葉を吐いたことを後悔するがいい!!」
銀蒼は自身の胸に手を当てる。すると胸のあたりに黒い穴が開き体をに吸いこんでいく。
仁の目の前から銀蒼の姿は跡形もなく消える。
「かくれんぼならば時間の無駄になる。来るならさっさと来い!」
今回も読んで頂きありがとうございました。
次回は仁の戦闘再開です!
ここで一つお聞きしたいのですが、一つの戦闘が終わるのが早すぎでしょうか?
テンポ良くと思っていたのですが、なんだか単に速足なだけなのかなと思う様になってきました。
お時間ある方は是非意見いただけると嬉しく思います。