学園入学編Ⅱ
2話目になります。
大穴の空いた服とチリチリになった前髪と消滅した眉毛を元に戻し、ようやくたどり着いた1年D組。
今日から日々を過ごす自分のクラスだ。
もうHRも終わり、1年生全体での集会をするまでの休憩時間に入っていた。
取り敢えず教室に入ると目に留まったのは女子に囲まれる久人だ。
そしてその周りに花からこぼれた甘い蜜をすすろうと群がる虫の塊ができていた。
早くもクラスに馴染んだ(?)様子の久人を横目に、黒板に貼り出されている座席表を見に行く。
(おぉぅ!素晴らしい!)
俺の席は窓側列の最後尾。最高だ。思わず笑みがこぼれてしまう。
ちなみにこのクラスは、名前順に座るというスタイルではなくランダムに席を決めている様である。
貼り出されている紙を見る限りであいうえお順でなかったのは間違いない。
担任の粋な計らいに感謝します!
それと久人はというと、俺とは真逆で廊下側の最後尾である。
あそこもいいが人の出入りが激しいからやっぱりココが一番だろう。
ようやく座ることが出来た気がする。朝一から走り回り、イケメンに激怒し、姉にコキ使われ…
まったく。初日からなんて災難な日だよ。
ため息を吐き出すと体から力が抜け睡魔が襲ってきた。予想以上に体と精神が疲れていたらしい。
椅子の背もたれに背中を押し付け大きく伸びをする。
(さて…やることもないし、友達作りは取り敢えず置いといて寝るか…)
腕を組み机に突っ伏す。
自宅のベッドはもちろん最上級に素晴らしいが、学校独特の机で寝るって感覚もまた最高だ。
ものの数秒で意識は途切れ途切れとなり、魂が肉体という名の檻から解き放たれようとしたときだ。
無防備な背中から肺へのダイレクト攻撃を受け、本当の意味で解き放たれそうになった。
「っつ…おい!誰だ!俺の肺を爆発させようとしたのは!」
そう言って勢いよく振り返ると、壁かと思うほどの大男が立っていた。
見た感じ190cm後半くらいあるのではないだろうか。
腕や胴回りや足腰の筋肉はゴリゴリというほどではないがしっかりと形がわかるほど盛り上がっている。
たれ目で優しそうな見た目ではあるが芯のある雰囲気を醸し出していた。
「よぅ!やっと起きたか。何度か呼んだが気が付かなかったみたいでな」
「気が付かなかったみたいでな。じゃねえよ!いきなり攻撃とは何事だ!喧嘩なら買いたいが今は手持ちがない。また後日だ!おやすみ!」
そう言うと再び机に向き直り眠りの体制に入ろうとする。
そこに待ったがかかる。
「おいおい。隣の席なんだから挨拶ぐらいさせろよ。 軽く叩いたつもりだったのだが… 痛かったのなら謝る。この通りだ」
と言って座る俺の遥か頭上から自らの頭を俺の前まで下げる。
「えっと、そんな素直に謝られるとなんとも言えないんだが・・・まぁいいか。眠気も飛んでいっちまったし。んで挨拶したいんだっけ?」
「許してくれるか!ありがとうな!そういえばそうだったな。俺の名前は台場 仁だ。仁とでも呼んでくれ」
「仁か。よろしくな。んで俺は…」
「黒土 秋くん。でしょ?有名人よ?」
仁とは違う声の主に自己紹介を途中から持っていかれた。
俺の前の席の女子が椅子の背もたれに肘を掛けて話しかけてきていた。
「有名人?なんで。ってかどちらさん?」
「ごめんごめん。自己紹介がまだだったわね」
というと綺麗な黒髪のロングヘアを耳にかけながらまずはと自らの自己紹介を始める。
「私は、東城 燐。前の席だよ。よろしくね秋くん! 」
「東城、東城…ん~どっかで聞いたことあるような気がするんだけどなぁ、なんだったか」
すると仁が本当に言ってるのかこいつみたいな憐みの表情で俺の悩みの答えを提供してくれる。
「おいおい。忘れたとか本当に言ってるのか?四方陣家の東城だぞ。この国で知らない奴なんて産まれたての赤ちゃんくらいだと思ってたが。」
「産まれたてとかいうな!もちろん知ってたぞ!だからまず、しほうじんけ?だっけ?から教えろ。合ってるか確かめてやる。」
別に知らないわけじゃないぞ。ちょっと大きな家のお金持ちってことは間違いないな。うん。そうに違いない。
…はい。知りません。強がってます。
仁は、はぁと深くため息をついて燐を一瞥する。
燐もしょうがないかと言う様に軽くため息をつくと仁に笑顔でよろしくと目配せをした。
それを受けると説明を始めた。
「まず四方陣家のことはどれぐらい知って…すまん全く知らないよな。悪かった」
「…チッ。馬鹿にしやがって。おぉ知らんさ。知らない世間知らずにとっても隣人想いな仁くんがご教授下さいませ!」
燐がまぁまぁと慰めの言葉を掛けてくれる。
「まぁまぁそうふてくされないで教えて貰いなさいよ。知っとけば今後何かの役に立つかもよ?例えば東城家のコネと言う名のご利益とか…」
「よっし。さっさと説明!カモン!」
「現金な奴だなお前は」
そう言うと仁は自分の席に腰を下ろし、あらかじめ買っておいたのであろう机の上にあるペットボトルのお茶を一口飲み話を始めた。
「まず【四方陣家】についてだ。四つの方角の名を関する【東城】・【西園寺】・【南総】・【北斎院】の四家のことを【四方陣家】と言う。この四家は代々伝わる能力のみが発現することが有名で、しかも戦闘に特化したもの。四家の人間は個々が強力で他を寄せ付けないほどの戦闘力を持っていると言われている。だが強力が故にこの四家で過去何度も戦闘が繰り広げられてきた。理由は簡単。すべての頂点に立ち全てを手に入れるためだ」
「すべての頂点に立つと何が手に入るんだ?」
「この国そのものだ。この国の中で最も強力な能力を持つと言われる四家で頂点を決めればおのずとこの国の頂点になれると考えたわけだ」
「ほうほぅ。それは分かりやすい喧嘩の構図だ」
「そうよね。ホント嫌になるわ」
まるで他人事のように燐がうんうんと頷く。
お前の家も関わってんだからな!
一つ咳払いをして仁が話を戻す。
「そして四家間での戦いは国中の人々をも巻き込み始めた。規模が大きくなるにつれ終わりの無い戦闘が始まった。四家の戦力は拮抗し、4年に渡る各地での戦闘に終わりが見られない中、今まで黙して動かなかった政府が【三天神】を送り込んできた」
「また新しい輩が増えたな…覚えきれん」
こめかみを揉みほぐし熱を上げている頭を休ませる。
人の名前って覚えにくいんだよな。なんだか面倒になってきた。
盛大にため息をつくと、仁に質問を投げかける。
「あとどれぐらい登場人物が出てくるんだ?まだ終わらんのか?」
腕を組み考えるそぶりを見せながら答えを教えてくれる。
「まぁそう言うな。登場するのはさっきの【三天神】で終わりだ。それにここまでくればもうすぐ話も終わる」
そう言いながら再度お茶で口内を潤すと説明を再開する。
「さて再開するが、政府が出してきた切り札ともいえる3人の能力者を【三天神】という。その3人は瞬く間に各地の戦闘を鎮圧し、ついには四方陣家の中枢戦力をも無力化してしまった。先にも言ったがたった3人でだ。それから政府統制の下、四家間の抗争も徐々に終結を迎え、ついには終わりを迎えた。そして四家間で新たな争いが生まれぬ様、各地を守護する役割を四方陣家に与え現在の体制になったという訳だ。掻い摘んでの説明だったが大体わかったか?」
大丈夫か?とでも言いたげな顔で俺を見てくる仁に簡単に言ってやる。
「四方陣家が国を分割して護ってて、政府にめっちゃ強い奴がいるってことだろ?んでその強い奴らの名前はなんだ?」
今度は仁がこめかみを揉みほぐしながら言う。
「最後の部分だけしか分からなかった様だな。まぁいい。お前が言う強い奴って言うのは【三天神】だ。その3人の名前は【新海 猛】・【神地・S・ユーミル】・【天道 我玖斗】だ。今現在俺達と同じ高校生だ。四家間の抗争を止めた時は中学生くらいだったはず。そう思ったら末恐ろしい奴らってことだ。」
「マジか…そんな奴らが高校生やってんのかよ。」
各地で起きた戦闘をたった3人で止めるほどの能力。
そしてそれを持っているのが高校生に存在するというのだから驚きだ。
だがやはり強い奴がいないとつまらない。思わず口元が緩みニヤリとしてしまう。
するとそれに気がつかなっかのか仁がまた話し出す。
「一応話を一番最初にもどすが、四方陣家の話をしただろう?わかってたとは思うが、その東城の一人娘が今お前の前に座ってる東城 燐だ。これで話は全て終わりだ」
話の終わりを告げると、狙ったかのように燐がパチパチと拍手をする。
「仁くんお疲れ様。ってことで改めまして、東城家のの燐です。よろしくね!」
マンガかアニメのヒロインの様に、大きくはないが整っているであろう胸の上に手を置いてにっこりとほほ笑む。
これがまた様になっているので質が悪い。
現に何人かのクラス男子がポケッっとした感じで見とれている。
「了解。東城の燐ね。改めてよろしく。んで俺が有名人のくだりはどうなった?」
「あぁそれね。朝一に体育教官室に呼ばれてたでしょう?あそこの先生がとっても綺麗な女性だってみんな言っててね。一部の男子の中では嫉妬と妬み、女子の間では生徒と教師の禁断の愛だなんて噂が流れたわけ。だから名前だけなら今の1年生の中…いや、校園内の中で知らない人はいないんじゃないかな?ってくらい有名になってるよ」
そうだったのか。姉貴め!いらん誤解が入学早々溢れかえってるじゃないか。
今度二日酔いしても直さないで放置することに決めた。それでチャラにしてやろう。
それはそうとまずはこいつらから誤解を解くか。
「おいおい。勘弁してくれ。いくらなんでも姉に恋愛感情とかないから。それに家では普通に家族として暮らしてるから、一緒に居たとか呼び出されたぐらいで目くじらたてられても困るんだけどな。」
と、ここまで話して燐と仁を見ると驚愕の色を隠せない表情でこちらを見ていた。
「おい、秋。頭大丈夫か?あの綺麗な先生の弟だなんて本気で言っているのか?もう一度謝らせてくれ。さっき強く叩きすぎておかしくなっちまったんだな。本当にすまん!」
「秋くん。ついていい嘘と悪い嘘があるって知ってる?平凡すぎるあなたのお姉さんなわけないのよ?目を覚まして!」
仁も燐もよほど信じ難いのか必死になって訂正を求めてくる。
仁に至っては頭おかしくなった奴みたいな扱いされてるし。
まぁこの反応はいつものことだ。俺自身もいまいち姉ってことにピンときてないからな。
でも結局のところ真実は実の姉以外の何物でもないわけで訂正のしようもない。
「本当だ。落ち着け。姉貴の名前は黒土 麻朝。同じ黒土だ。そんなに信じられないなら本人に聞いてみろ」
嘘だ嘘だと騒ぐ二人。そこへようやく人だかりを抜け出てきた幼馴染が助け舟をだしてくれる。
「その話は本当だよ。麻朝さんは秋のお姉さんだよ」
突然のイケメン襲来と助け舟に訝しむ二人。
そこに仁が当たり前の質問を投げかける。
「お前は?クラスの奴だよな?」
いつもの顔ででにっこりわらうと、
「突然割り込んでごめんね。僕は真壁 久人。そこの秋の幼馴染だよ。だから麻朝さんが姉だっていうのは真実なんだけど信じてもらえたかな?」
「久人くんね。よろしく。…そこまで言われると否定しにくいから本当の事だったのね…秋くん疑ってごめんね?」
「悪かったな疑ったりして。あまりにお前の顔が普通すぎて信じられなかった。世の中不思議なこともあるものだな」
こうして一応は信じてもらえたのだが何故か釈然としない。
俺が悪かったのか?いや、姉貴が呼び出さなければこんな誤解は…
ブツブツと姉貴への呪詛をつぶやいていると、教室の音全てをかき消すように黒板が打ち鳴らされた。
「はいはい!みんな席について!そろそろ集会よ!行く前にみんな集まったか確認するからね」
どうやら担任の緒方 友が入ってきていたらしい。
金属フレームの赤淵眼鏡をかけていて女性もののスーツを着こなしている。
さばさばとした性格、長身、おまけに女も見惚れるほどのイケメン顔により男女共に人気のある先生らしい。
うちの学園は普通の人がブサイクの部類に入ってしまうくらい見た目の良い人が多い気がする。
良いのか悪いのかって感じだな。
全員席に座ったのを確認して頷くと後についてくるよう指示をだしてくる。
これから集会が行われる【戦闘校舎】へ向かうらしい。
そんな中、燐の困惑したつぶやきが聞こえた。
「いつもは校庭なのに…」
この燐の一言で姉貴の言葉がフラッシュバックする。
(今年の入学後の能力判定テストはいつもと違うみたいだから気を付けてね)
ようやく入学式っぽくなってきたな。
このクラスに向かう前とは違って意気揚々と戦闘校舎へと向かう。
面白いことが始まる予感を感じながら。
ようやっと2話・・・
なんとかかんとかって感じです。