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学園入学編ⅩⅨ

遅くなり大変申し訳ありません。

ようやく更新です。

 〝人ではない〟


「なに?」


 その言葉に仁の眼光が灼華を射るが、その威圧を心地よさそうに肌に受け笑顔でこう告げる。


「槍や剣を弾く皮膚といい、さっきの背中の翼といい。あれは能力によるものではなく、身体構造がそうなっているからこそでしょう?能力発動の兆候も見られなかったですわ。そんな体をしているあなたは、人外以外のなにかなのはもう決まりではなくて?」

「・・・・・」

「正体がばれてなにか困る事でもおありですの?今更ですわね」


 だが仁の反応は灼華の予想したものとは違った。

 まるで獲物を見つけた猛獣のような獰猛な笑みを湛え笑っていたのである。


「何がおかしいのかしら?」

「能力の発動兆候を感知できるとは・・・お前とそこの青髪はなかなか大したものだな」

「・・・あなたこそよくわかったのですわ・・・銀蒼ぎんそう出てきなさい」

「はっ!お呼びで御座いますか?」

「あなたの力もまだまだですわね。文字通り影なのですから居ることを気取られぬようにと言ったはずですわよ」

「返す言葉もございません」


 灼華に対し、片膝をつき深々と頭を下げ続ける青い髪の男。

 その容姿は、さらさらとした髪をまとめる様に額宛でとめ、両腕には鱗模様の手甲を嵌め、背中には十字に縛った刀を二本背負っている。

 学園服を着てはいるが忍のような出で立ちと言えばいいだろうか。

 灼華が立ち上がる事を許可する。

 銀蒼ぎんそうと呼ばれた男はゆっくりと姿勢を正し、主には背を向けない様に体ごと仁を向く。

 細く切れる様にシャープな眉、その目は機械の様に光は無い。

 顔は鼻から下を布で覆い、さらには口元の動きや表情がわからぬように黒塗の鉄製マスクをしていた。

 銀蒼は仁を見据える。先ほどまでは無かった目の光が怒りの色を灯す。

 主に対し害をなす敵と見做したらしい。


「ほぅ。そこの銀蒼はなかなか腕の立つもののようだな」

「当たり前ですわ。数居るわたくしの付き人の中でも一つ抜けて強いですもの。そこらのとはワケが違いますわ」

「もったいなきお言葉」

「そうか、それは楽しみだ。それで・・・もう始めるか?」


 仁は正面を向き腰を少し落とす。それだけでまったく隙の無い臨戦態勢が整う。

 仁の出す威圧に無抵抗にさらされる灼華は、銀蒼に戻るよう指示する。

 銀蒼は灼華に対し片膝をつくとそのまま影の中に沈んでいった。

 その後、灼華は右腕を左から右へ一振りする。


「始めるか、ではなくもう始まっているのですわ」


 この一言を紡ぎ終える前に、仁の胸部にまた切られたような深い傷がつく。

 血飛沫が舞うが構わず仁は動き出す。

 腰を落とした状態から更に膝を曲げ、灼華に向かい飛び出す。

 飛び込むのはいいが、やはり仁のスピードは速くはない。

 早くはないスピードで向かっていくという事は灼華にとってはただの的。

 眼前に迫り拳を突き出す仁の肘間接にむけ、右の刀を突き刺す。だが今度は深くは刺さらずに皮膚に赤い点を残した程度で弾かれる。

 弾かれ痺れた腕と刀をそのままに、左で下から切上げるがそれも皮膚に筋を付けただけにとどまる。

 仁は何事もなかったように切り付けられた腕を振り回し灼華を胴体を捕らえ吹き飛ばす。

 飛ばされた灼華は地面を転がり続けようやく止まる。

 しかし転がっていたのは灼華ではなく、少し大きめの藁の塊だった。

 そしてその藁の上にゆっくりと降り立ち、構える灼華。


「変わり身・・・というやつか。打ち込んだ瞬間までは本物かと思ったぞ。おもしろいな」

「いえいえ。わたくしも、刀の切れ味を覚える皮膚なんて初めてですわ。いちいち驚かせてくれる化け物ですわね。ですが、わたくしの能力は少しでも傷がつけばいいんですの。こんな風に・・・」


 灼華が髪を撫でると、仁の腕にある剣先で突いた赤い点が一瞬でえぐったような穴になり血が噴き出す。

 更に肘についた細い線も音をたて裂ける。腕を支える筋が傷ついたのか、仁の片腕の肘から先は血を吹き出しだらりと垂れさがる。

 機能を失った腕をみて満足気の灼華は少々口調を弾ませる。


「自慢話ですが、わたくしはスピードだけは誰にも敗することはないと思っていますわ」

「だろうな。今のお前の速さで目で追うのがやっとだからな」

「お褒め頂き光栄ですわ。でもそれと同時に速さに身を傾けることで純粋な力、強力な一撃を相手にあたえることが困難になりましたわ。もちろん今の能力が開花する以前まではですが」

「そのようだな。早いだけならどうとでもなるが、かすり傷一つが致命傷になる一撃を持っていると防ぐのも骨だ。お蔭でこっちの腕を治すのにも一苦労しそうだ」

「それはよかったですわ。でも一苦労程度で治ってしまうのであれば、やはり何度も言いますがあなたは化け物ですわ。負ける前に本性は見せておかなくてよろしくて?」


 仁はにやりと笑う。


「本当にいいのか?今の状況には不満か?」

「いえ、ないですわ。でも本当の姿を見せず、言い訳にそれを使われてしまうのはわたくしとしてもあまりいいものではないのですわ。全力のあなたを平伏させることで誇示できるものもありましてよ」

「そうか、ならばこれ以上言うまい。ではまず少し姿を見せてやろう」


 仁はゆっくりと目を閉じ呟く。

 その言葉はおよそ人語とは言えないような不可思議な言語だった。

 そして口と目を閉じ、再度目を見開くと体に変化が表れだす。

 背中からは先ほど一時的に出した翼が現れ、そこを起点に体中に白銀の鱗がびっしりと生えてくる。

 傷つき力の抜けていた腕も再生を始め元通りに戻り、傷ついたことを学習したのか他より厚く大きい鱗が形成される。

 足からは靴を突き破り鋭い爪が突出する。顔や頭部も身体程ではないが変化していく。

 人の姿から異形の者へ・・・その変化した姿に灼華は見憶えがあった。


 かつて、その見た目から人とも魔物とも言われずに忌み嫌われその殆どがこの世から消されていった種族。

 強い力を持ち、即座に環境に適応出来る身体、強靭な精神。どれをとっても人類や魔物以上の個体能力を持っている。

 だがそんな種族にも弱点はあった。それは種族としての数。

 人類や魔物は一個体の力は一般的に見ればそれほど強くはない。その力を補うために繁殖しその数を増やしていった。

 だがこの種族は個々の力があまりに強く寿命数百年と長い為、繁殖するための期間が極端に短い。

 一生のうちでわずか3度しかその繁殖能力を使うことが出来ない。更に言えば、この種族は個の強さを高めるためにより強い相手を求める。強いものとの繁殖を望むという事が生まれながらに刷り込まれている為、相手もえり好みしてしまう。

 そう言ったことが種族としての数は増えずにいる理由だった。


 数こそ多くは無いが人類はその姿、強さに恐怖した。その恐怖は、人類の繁栄という目的の為にはいつか大きな障害となる。

 それを危惧し良しとしない人間主義的な者達が世界中に蔓延してくる。

 そして人類はその種族を根絶やしにすることを決める。そこからは地獄の始まりだった。

 生けるものとして絶対行う睡眠時の奇襲、食物への毒物混入、子供を人質に取り盾として使い一方的な虐殺を行うなど手段を選ばずその種族を蹂躙していった。

 その種族は個体最強でありながらなすすべなくその数を減らしていった。

 今では残った者がいるのかも定かではないと言われていた。この話は誰もが知る有名な昔話・・だ。

 そしてその話の中に出てくる、現在ではその存在すらも確認されていなかった伝説上の生物が灼華の目の前にいた。


「龍人・・・生きていたのですわね。小さな頃に聞いた架空の化け物だと思っていたのですが、目の前にこうして居ると認めざるを得ませんわね」

「いつ以来か・・・お前らが語る昔話ももう遥か以前の事。しかしな・・・俺にとっては昨日の事だ」

「数百年前の生き残りですか。今からこの学園内を蹂躙し、かつての仲間の復讐でもしようとでもいいますの?」


 その言い様に仁は声を出して笑う。

 憶測とはいえ人ならざる化け物に大口を開けて笑われたのだ。灼華は湧き上がる怒りを口には出さずその身で表す。

 構えという構えも取らずに掻き消える様に仁の背後に移動し、両手の刀による斬撃を放つがにぶい音と共に弾かれる。

 ごく少量でも傷がつけばそこが致命傷になる。それをわかっていても防御の姿勢すら見せずただ立っている仁の姿に苛立つ。


「裂けるがいいですわ!!」


 灼華の一声に呼応し能力が発動する。だがその結果は予想に反し無傷の仁が平然と振り返る。


「なぜですの?確かに傷はついたはず!」


 灼華の怒気まじりの質問には答えず、仁は淡々と語りだす。


「思わず笑ってしまった事は謝罪する。すまなかったな。だが・・・復讐など今更する気にもなれんな。少なくとも今の人類には気に入った者達もいる」


 そう言った仁の目は秋達がいる場所をちらりと向く。


「今俺が最もしなくてはならん事は復讐などではなく、我が種族の繁栄にある」


 今度は灼華が声を出して笑う番だった。


「淑女として声を出して笑ってしまい申し訳ありませんでしたわ。それにしてもなにを馬鹿なことをおっしゃってますの?それが出来ていれば今現在、昔話などにはならずにすんでいたのではなくて?」

「それもそうだな。だがあの時はただ我が身を護ろうとひっそりと暮らしていればいいと思っていた。だがそれは間違いだった。人間が強者に対し抱く感情は恐怖、尊敬、憧れ、嫉み。その中でも未知の者に対しては恐怖しかないとういうことはこの数百年で嫌と言う程わかった」


 話す口調は変わってはいなかったが、初めに感じていたような覇気は薄くなりどこか寂し気な雰囲気が漂った。だがその変化は一瞬で次の瞬間には元の覇気を宿していた。


「だからまずは俺が人間社会に入り、学生として学びそれをこの世に知らしめる。我等、龍人は人類とともに歩めるのだと証明する」

「そうですの・・・本当にそれが目的ですの?」

「いや、もう一つある。俗物的ではあるが繁栄にはやはり金が要る。その金でいるべき場所の確保などやることが山積みだ。だからこのクラス決めは俺にとっても願ったりの条件だ。たぶんだが宇城嶋学園長はそのことも見越していたのだろう」


 ここまでの話を黙って聞いていた灼華は仁に向き直ると、両手に構えた刀をしまう。


「止めますわ。この試合はわたくしの負けでいいですわ。・・・それと先の非礼をお詫び致しますわ」

「非礼?何か言っていたか?」

「化け物・・・と言った事ですわ。一族の者達を侮辱され不快な思いをされたことでしょう。本当に申し訳ありませんわ」

「今更それくらいはどうという事もないのだが、あえてその言葉を受けよう。わざわざの礼に感謝する」


 互いにゆっくりと歩み寄り握手を交わす。

 先までの人以外の者に対する憎悪とまで取れるような灼華の感情はなんだったのだろうか。互いを見つめ合う中で仁はふとそんなことが気になり質問していた。

 それに対し灼華は伏し目がちに答える。


「いまはこれしか言えないけれども、あなたに似た姿の・・・人以外の何かに私の兄は殺されたのですわ」

「なに?それは龍人だったのか?」

「分からない。でも翼に鱗で覆われた体。似ているというかそのものの様に見えましたわ。ですがあなたは違った・・・剣を交え、言葉を交わし、触れることでわかりましたの。この人は違うと・・・」

「わかった・・・もういい。だから泣くな」


 灼華は頬を伝う涙に気が付かず言葉を紡いでいたらしい。そのことを仁に言われ改めて自覚するともう止められなくなっていた。

 仁はただ泣き止むのをじっと待った。その肩を抱き寄せて。


 **********


 10分程たっただろうか。

 泣き止んだ灼華にはもう仁に対する戦闘意欲がなくなっていた。


「ありがとう。何度も失礼な真似をして申し訳ないのですわ」

「構わん。こちらもすまん・・・女の扱いには慣れていないのでな。ただ、すまないと思うのであれば一つ願いがあるのだがいいか?」

「・・・なんですの?」


 仁は改めて向き直り、灼華に片膝をつく。

 その行為に思わず灼華は身構える。顔を赤くして胸元に前に手を組むと、俯き仁の次の言葉を待つ。


「俺と・・・これから・・・正式に試合をしてほしい」

「・・・・え?」

「む?聞こえなかったか?先の試合ではなく、きっちり一戦試合を頼むと言ったのだが通じなかったか?」


 てっきりと言うか、期待してしまったというか。

 そんな思いで聞いていた灼華は、思わずなにかを待っていたであろう自分の煩悩を呼び出した頭のこめかみに拳をぶつける。

 だが痛みが残っただけでまだ気持ちの整理がついていない。

 こめかみを抑え膝から崩れ落ち、そのままの勢いで地面なんども平手でバンバン叩く。


(もう!わたくしのバカ!目の前の男に限ってそんなことないのは分かりきってたのですわ!なにを期待してたの!女の扱いには慣れてないって本人も言ってたじゃない!でも扱いが慣れてないからってあんなにもったいぶって言う話?そもそもその所為で勘違いしてしまったのですわ・・・って、勘違いも何もわたくしの思い込みじゃないですの!あぁぁ恥ずかしぃ!)


 掌が真っ赤になっていても気にならないのか気が付いてないのか。悶絶したままひたすらに地面を叩き続ける灼華。

 仁は目の前で地面をたたく女の子のいきなりの行動に思わず声を掛けそうになった。

 だがその子の纏うただならぬ雰囲気にたじろぐ。今は話しかけない方がいいと本能がそう告げていた。

 まずは落ち着くまで待とう。時間が掛かっても。

 仁はゆっくりとため息を吐き出した。自分の戦闘欲求を満たすための浅はかな行動に対して。


 

仁の回はもう少し続きます。


次回もお楽しみに!!

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