学園入学編ⅩⅥ
16話目です。
今回はバトルなし回です。
居場所を見つけた2人はようやく、互いの無事を喜ぶ余裕が出来た。
周囲を気にする余裕もできたことで、未だ秋の前で行く手を阻む様に立つ蓮の姿に気が付く。
沙理はこのときはっと思い出す。かなりの八つ当たりで蓮を叩いてしまったことを。今更になって謝るタイミングが見つからない。
そんな様子に気が付いたのか、真理は沙理の手を引いて蓮の前までやってきた。
そこまで来ると沙理の背中に回りこみ前に押し出し耳打ちする。
(今言わないとずっと謝れないわよ?)
確かにそうだ。
このクラス決めが終わってから同じクラスになるとも限らないし、あったとしてもすれ違う程度にしか接点が無くなってしまう。
沙理は真理の後押しを受け一歩踏み出し蓮の前に立ち、そこからおもいきり頭を下げる。
「蓮さん。貴方に八つ当たりして本当にごめんなさい。謝って済むことではないと思う。だからなんでも言って。必ず償うから」
その謝罪を聞いた蓮は、沙理の下げた頭に手を置く。沙理の体はびくりと震え次の行為をただじっと待っていた。
だが沙理が歯を食いしばり待っていた行為と、蓮がした行為には違いがあった。
蓮は沙理の頭をゆっくりと撫でていた。
沙理はその行為に困惑し、反射的に顔を上げる。
「どうして?許してくれるの?」
「許すも何も…私はあなたに怒っていたわけじゃない。ただ…秋を護りたかっただけ」
「でも、私は貴方を叩いたのよ?どうしたって私が悪いの。だから謝らせてほしい」
「別に気にしてない…。でも、一つだけ約束して欲しいことがある」
沙理は軽く頷き、蓮の言葉を待った。
「もう、秋を傷つけないで」
「えっ?それだけ?他には何か無いの?」
「…ない。それだけ約束して」
またしても蓮の言葉に肩透かしを食らう。
だが蓮の目は沙理の目のみをじっと見つめて返答を待っている。
その真剣な瞳の奥には、秋への想いが窺い知れた。
「わかった。もう絶対に秋くんを傷つけないよ。約束する」
「わかったなら…それでいい」
「でも約束する前に…秋くん」
することもなくぼーっと空を眺めていた秋はいきなり声を掛けられ、ゆっくりと沙理の方へと振り向いた。
沙理は先ほどまでとは違いスッキリとした顔になっていた。目の前まで来ると蓮の時同様すっと頭を下げる。
「さっきは酷いこと言ってごめんなさい。真理も助けてもらって、これからみんなも直してもらえるのに」
「? さっきの事なら気にしなくていいぞ?慣れてるし今更だからな。でも蓮をぶったのはダメだ。もう二度とするなよな!」
この秋の答えに沙理は思わず吹き出してしまった。
この様子に秋は怪訝な顔をする。
「なんだよ。いきなり笑い出して。なかなか失礼だぞ」
「あはは。ごめんなさい。だって蓮さんと全く同じこと言ってるんだもの。お互いどれだけ好きなのよって思ったらもう可笑しくて」
「うるせぇ。謝りに来たかと思ったら冷やかしにきたのか?ならもういいだろ。仲間のとこに戻れ!」
「わかってるわよ。でも一個だけお礼をさせて?」
「…なんだ?」
訝しむ秋の目の前まで行き、すっと肩に手を回す沙理。
何が何だかという表情で固まる秋。
しまったと思い間に割って張ろうとする蓮を横目に、沙理は秋の唇に自らの唇を重ねた。
蓮は腕を伸ばした状態で固まり、真理は口元を手で覆い驚き、秋は思考停止していた。
たっぷり1秒は重ねた唇をゆっくりと離す。固まる秋を置いて、沙理は蓮に向き直る。
「今のは傷つけてないからね?ただのお礼だよ!秋くん。私、あなたの事少し気に入ったわ」
そう言い残しすべてを置き去りにして、沙理は真理の手を引き阿國の方へと駆けていった。
思いもよらない甘いお返しに呆気にとられる秋。
しかし甘い思い出は横から発せられる絶対零度級の冷たさに覚醒させられる。
ギシギシと動くことを拒否する首を無理矢理そちらへ向けると、目に涙をいっぱいに溜めた蓮がいた。
両腕に氷の塊を纏って…
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阿國のところへ行く途中、真理はさっきの事を沙理に尋ねた。
「沙理、なんで黒土くんに、えっと、あんなことしたの?」
真理の顔を見ずにまっすぐ目的の場所目指し、足を動かしながら沙理は答える。
「なんでだろ。私にもよくわかんない。でもね、さっきまであんなに憎かった人が目の前に居て、その人に心から謝ったらなんだかすごくスッキリして、そしたら秋くんがすごく素直で優しくて、気が付いたら彼に引き込まれてた。なんでかすごく愛おしくなっちゃってそれで…」
どんどん言葉が尻すぼみになっていく沙理。自分でやっておいて今更恥ずかしくなってきたらしい。
そんな妹の心の変化を真理は優しく見守る。
「やっぱりさっきの事は少し訂正するね」
「なにを訂正するの?」
「姉妹は同じ人を好きになるって言ってたけど、そこは違うみたい」
真理のその言葉に沙理は顔を真っ赤にして反論する。
「違う!違うってば!別に好きになった訳じゃないの!ただ、えっと…そう!お礼がしたかっただけよ!うん!そうだよ!」
「その割にさっきは愛おしくなってとか言ってたけど?」
「言ってないよ!もう!真理なんか知らない!」
「こっちがもうだよ。素直じゃないな。秋くんと違って」
「真理!怒るよ!」
そう言う沙理の顔は何か吹っ切れて、幸せそうで、何かを決意した顔をしていた。
真理はその表情に気が付かないふりをして、満足気に頷いた。
**********
秋は顔のあちこちに青痣と霜焼けを残したまま、右腕に不機嫌満載の蓮をくっつけて夏輪のもとにきていた。
いまだ呆然としている夏輪の額を軽く小突いた。
夏輪はその行為と体を包む光に、ようやく秋と蓮の存在に気が付く。
「この光は…傷が治ってく。どうして…の前に、秋くんのその顔はどうしたの?」
「いや、なんでもあるがなんでもないさ。それより体はどうだ?」
「僕は大丈夫だけど、君の方が重傷そうじゃないかな…」
「秋なら大丈夫…転んだだけ」
「そ、そうなんだ。秋くん、お大事に…」
傷が治っていく事に驚き顔を上げると、目に前には自分より重症の人が立っていればこんなやりとりになるだろうか。
そして蓮からの謎の笑顔による威圧…
何とも締まらない感じである。
ともあれ夏輪の傷はもう完治したことだし最後に阿國のところでも行こうかと足を向けるが、そこに夏輪の声が掛かる。
「秋くん。お願いがあるんだけど、ガムルジン…さっきの黒馬の悪魔を元に戻せないかな?僕にとって大事な仲間なんだ…」
秋は夏輪の方に振り向くと左右に首を振る。
「生きてないと無理だ。厳密には何かしら残っていれば形までは直せる。だが魂は元通りにはできない。それに跡形もないんじゃもう手は出せない。諦めろ」
「そっか。わかってたんだけどね…一応聞いてみただけなんだ」
「わかったならいいが、俺が言うのもなんだけどあまり引き摺りすぎるなよ?」
「うん。時間はかかりそうだけどね」
そう言って涙を流しながら笑う夏輪。
戦った相手とはいえ、こんな表情をさせるのはやはり気持ちの良いものではない。
元はと言えば久人がやったことだがあいつには人の痛みは分からんからな。
ある意味、他人にとっても自身にとっても難儀な奴だ。
気持ちを切り替え、残る阿國のところへ夏輪と共に歩いていく。
近くまで行くと仲間の集まる場所へ早く帰りたいのか夏輪が走り出した。
その後を追い、真理に膝枕されている阿國の前に再びたどり着く。
「ずいぶん長かったな。すぐ終わるんじゃなかったのか?お蔭で何度かお迎えがきたさ」
「うるせぇ。いろいろあったんだよ!」
「…そうみたいだな。今のお前は何故か俺より重症にみえるさ」
これから治してやろうとする奴からも心配される有り様。
自身が招いた?事の責任はそれほど重いのだ。
阿國からの追及を逃れようと横を向くと、沙理と蓮の間にバチバチと火花を飛ばしていた。
お互い口元だけはしっかり笑っているが、目は怖い。
「そこの貧乳妹泥棒猫。…さっきは…よくもってくれた」
「あら。口数少ない二重人格娘さんこそ、まだ秋くんの腕に雑草の様に絡み付いてたのね。むしり取ってあげましょうか?」
「やれるものなら…」
「………」
「………」
無言の威圧合戦が怖い…
なんとかこの場から逃げたい。
「おい阿國、そこ動くなよ。すぐ終わらせる。真理さんは少し離れててくれ。いろいろ面倒なことになるから」
「お、おう。わかったさ」
「わかったよ。終わったら呼んでね」
真理が避けた後、すぐに阿國を治す。
やはりこの直り方は異常だと阿國も感じたらしい。
だが阿國は無駄な詮索は一切しないで、簡単に礼だけを言ってくれた。面倒は少ないに越したことはないから助かる。
阿國から離れた真理は、沙理と蓮の仲介に入っていた。
さすがはお姉さま。お二方の刀を見事鞘に戻してくれた。助かります!ありがとう!
これで阿國達の治療?は終わった。
「ヨシッと。これで終わりだな。じゃあ改めて、俺達の勝ちってことでいいな?」
「あたりまえさ。一人にボコボコにされて傷まで直してもらったんだ。文句もないさ。なぁ?」
阿國の面々は、負けたのに晴れやかすぎる程の顔で頷いていた。
「それじゃあこれで終わ、」
「ストップストップ!まだ僕は治してもらってないよ!」
終わりの宣言途中に久人からの中止の呼びかけだ。
「終わってからでいいだろ?ホント人の気持ちがわからん奴だな」
「人の気持ちが分からないのは本当だけど、いいすぎだよ?でもまぁ秋だからゆるすけどね。それよりすぐ終わるんだから早くこの腕直してほしいな。もう不便で仕方ないよ。それに秋にお願いがあるっていったでしょ?」
両腕が無くて不便程度で済んでるのはお前だけだよと心の中でツッコむ秋以外の面々。
それをなんでかダダこねて治そうとしない秋。
幼馴染はどこか似ていると思っているのは間違いではないと、やはり周りのみんなはそう思っていた。
そんな周りのうんざりとした雰囲気に気付かずに、秋は終始嫌そうな顔をして久人を治してやっていた。
「ありがとう秋。相変わらずすごいね!前に直してくれたよりも治るスピードが速くなったんじゃない?」
「はいはいそうですね。んで?お願いってなんだ?さっさと言え」
「もう、冷たいなぁ。まぁいいけどね」
そう言って久人は左のポケットに手を突っ込むと一枚の黒い羽根を差し出してきた。
その黒い羽根は赤黒い光を放ちながら脈打つように明滅していた。
如何だったでしょうか?
次回も投稿も楽しみにして頂けると幸いです。




