表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/57

学園入学編ⅩⅤ

ようやく15話です。

よろしくお願いします!

  久人は自陣に帰る足を止め振り返る。



「ねぇ阿國くんのグループのみんな。もう勝負は決まったけどまだやるかな? それともまだやれるかな?」


  疲労困憊でいつ意識がなくなるかも分からない阿國。

  阿國の苦しみを自ら受け入れ倒れる真理。


  今まで何も知らなかった自分に自棄になる沙理。

  そしてガムルジンが消えたその先を呆然と見ている夏輪。


  それぞれが違った状態ではあるが、傍から見ても明らかなほど戦意は無くなっていた。

  明るく楽しげだったグループが今の一戦で身も心もボロボロになっていた。


  その様子を横目で流し見て久人は一つ溜息をもらし、またゆっくりと歩きだした。


  「秋。阿國くん達はもうやる気ないみたいだから僕の勝ちでいいよね?」

  「そうだな。じゃあこの試合は久人の勝ちだ。それでいいな?」


  そう阿國達に問うがやはり返答はない。

  その様子に秋は額に手を当て久人に愚痴る。


「なんでいつもお前と戦った奴らはもみんなあぁなるんだ? いい加減学べよ!ってかあそこまでする必要はあったのか?」

  「もちろんあったよ。相手が本気ならそれなりに相手をするのが普通でしょ?」

  「いや違うね。お前は楽しんでただけだ!もっと最初から本気でいけば相手も諦めたかもしれないだろ?」

  「それこそダメだよ。僕もあっちも楽しくなれないでしょ?」

  「だから、お前は…はぁ。もういいや、いつまでも言ってても変わらないからなお前は」



  いつも通りの試合後のやりとりだが、やはり久人こいつの相手は疲れる。

  ずっと笑ってこっち見てるだけだし。

  というかこの惨状のまま放っておいて次の試合もできないしな。


  (毎度毎度、久人の尻拭いみたいで嫌だし面倒だけど阿國達を治してやるか…)


  そう心の中で愚痴りさっさと行動に移す秋。

  阿國達の倒れている一画に歩いていく。

  もちろん片腕には蓮がギュッと体を押し付けながら絡み付いている。

  なるべく腕に当たる幸せ触感は気にしない様にしながら、一番状態の酷い阿國に話しかける。


  「お前らがどう思おうと勝手だが、このままじゃ後味が悪すぎる。まずは一番酷そうなお前から治してやる」


  この秋の言葉に阿國は苦しみながらも秋の腕を掴み声を張り上げる。


  「待ってくれ!治してくれるのはありがたいが、俺は最後でいいさ…まずは真理を、みんなを頼む」

  「わかった。だがいいのか?そのままじゃ死ぬぞ。いくらなんでも死んだら俺にもどうこうできないんだぞ?」

  「俺が言いだして、俺がここまでさせたんだ。だから俺はみんなの無事を確かめた後でいい。それまで死なねぇさ」

  「ならそうさせてもらう。くれぐれも死ぬなよ!うちの蓮の前で死んだら許さんからな!」


  そう吐き捨て、蓮の頭に手を置いてぐりぐりした後に、真理と沙理の下へ歩いていく。

  阿國はその後ろ姿に思わず吹き出し、独り言をこぼしながら笑う。


  「ははっ!なんだよ、なんだかんだ言って自分の女が大事だから治してくれるだけか。そりゃそんな変人の集まりに俺たちが敵うわけなかったさ」


  そんな阿國の独り言を聞いているはずもない秋は真理と沙理のもとまで来ていた。

  阿國にも話した内容をさらっと沙理に伝える。すると先ほどまでぼーっと聞き流していた沙理が治るの言葉に勢いよく反応した。


「本当?本当に治るのね?真理も阿國も夏輪も!」

「お、おぅ。しっかり元通りになるから安心しな。」


  あまりの勢いに若干引き気味に答える秋の様子も気にしていないのか、気を失っている真理に泣きすがる沙理。

  それを見てさっさと治してやろうかと真理の額に手を伸ばす秋。

  だがその手を横から蓮に勢いよく掴まれる。


  「蓮さん。どういう事かな?早くしないとこの子が治せないだろ?ってかそれ以前に阿國が死んじまうだろ」


  そんな秋の言葉を蓮は全く聞いていない。


  「ダメ…他の女の子に触るのなんて絶対ダメ!それに…この子…私よりおっきいし……秋はずっとそこばっかり見てるし…」

  「待て。待ちなさい蓮さん。何か勘違いしているぞ。っておい!そこの妹さんも冷めた目で見るな!やましいことなんかしねぇよ!それにそんなデカいもの付いてたら誰だって見るだろ!………あ」

  「!!…やっぱり見てたんだ、やっぱり秋は大きい方が…いいんだ」


  冷めた沙理の目。泣きそうになりながら俯く蓮。


(ま、まずい…このままでは女子から大きいのが好きな変態男のレッテルを張られそうな勢いじゃないか!ってかなんだこの混沌カオス空間は!やっぱり神は俺を嫌いなんだ!)


  変態認定を嫌がる秋ではあるが、ついさっき阿國に変人扱いされていることは知らない。

  ともあれこの状態をまずは打開しなくてはいけないのだが、秋は自ら掘った墓穴にしっかりはまり込んでしまっている為、言い訳もできない状態になっていた。


  だがここでまたしても神が舞い降りる。


  「蓮さんも沙理さんもそれくらいにしてあげなよ。秋が他のみんなを治せなくなっちゃうよ?」


  その声の主は空中からゆっくりと目の前に降り立ちそう女の子たちに囁く。

  沙理は初め敵対心をむき出しに、久人を睨んでいたがその言葉に目が覚めたのかおろおろし出す。

  蓮はというと、未だ俺が他の女の子に触れるのが気に入らないらしい。


  「治すのは反対じゃない…ただ…秋が他の女の子に向いちゃうのが…イヤ」

  「大丈夫だよ。秋はそんなにフラフラした人じゃないから。だから信じてあげて。それに触れるって言っても指先で一瞬だから。」

  「うん…わかった…一瞬で終わるなら…いい」


  両腕もなくボロボロになった久人は俺の方をちらりと見ると、片目を閉じてにっこりと笑った。

  男のくせにウインクが似合う奴だ。これだからイケメンは。

  それにまたしてもこいつに助けられたのは癪だが助かったのは事実だ。

  大きく息を吸って盛大にため息を吐き出す。


  「おい久人。お前も最後に治してやるからあっちで待ってろ」

  「さすが秋。助かるよ。それともう一つ頼みがあるからそれはその時にね」


  そう言い捨てるとふわりと浮き、戻っていく。

  あいつは最後の頼みを言いたくて来たんだな。

  相変わらずタダじゃ起きない奴だ。

  さて、まだ何にもしてないしはじめるか。改めて真理の方に向き治る。

  そこでまたしても蓮から待ったがかかる。


  「待って。私も一緒に…やる」

  「やるって言っても額に指先で触れるだけだぞ?」

  「うん。秋がこれから何をするのか…見るだけじゃなくて…私も触れたい」


  蓮のストレートな物言いにはやはり若干照れる。

  彼女いない歴が年齢の俺にとって刺激が強いが、それと同じくらい暖かさも感じている。

  その両方がせめぎ合う感覚を心の奥で感じている。

  これがなんなのか今はわからない。

  でも大事にしなければいけないという事はわかっている。


  「そうか。なら俺の手の甲に手を乗せてくれ。ほんの一瞬触れれば終わりだからな」

  「…うん」


  秋の手に、手を重ねる蓮。

  その手から人差し指を真理の額に向けコツンと軽く小突く。

  すると淡く青い光が真理の体から溢れ出てくる。

  肥大化した腕は元の細い女性らしい腕に、酷い火傷の痕も時を巻き戻す様に、更には汚れた衣服や肌までもが元通りになっていく。


「すごい……」

「なに、これ…あなたの能力ちからなの?こんなの反則よ」


  秋の手を握りうっとりと光を見つめる蓮の反応とは対照的に、沙理の反応は強い嫉みと恐怖を含んでいた。

  治るとは言っていたが、いざ目の当たりにすると傷が治る程度のレベルじゃないのは素人目にも明らかで、言ってしまえばこの現象が異常だった。


  「こんな能力があったら初めに言ってた多対一の無茶な試合ができるわよね!あなたはそうやって周りのみんなを傷つけながら勝ちを拾おうとしたのよ。ずるいわ!もっと早くそう言ってくれればみんなは戦ってる間に苦しまなくてもよかったのよ!」


  自分のグループが負け、阿國が苦しみ、真理が苦しみ、夏輪が苦しみ、そして自分は無事で、みんなを苦しめた奴らがそれを治す。

  理不尽すぎるその力の一旦を見て堰を切った様に負の感情が溢れだしてくる。

  自らの無力感や無知さ加減が心をいっぱいに満たす。

  そしてその感情を自分には無い特別な力を持っている目の前の男に吐き出す。

  それが八つ当たりと分かっていても。


  だが秋にとって、そんな八つ当たりの感情論や化け物扱いはとうの昔に聞き飽きたものだった。

  一つ溜息をついて沙理の前に歩もうとすると、先ほどまでそこに居た蓮が沙理の方を向いて秋の前に立ち塞がる。


  「秋に…八つ当たりしないで」


  蓮の一言に一瞬で沸騰する沙理。

  カツカツと足を鳴らし蓮の目の前まで来ると勢いに任せ、その頬に平手打ちをする。

  バシっと乾いた音が響き渡るが、蓮は全く目を逸らさずにじっと見つめている。

  その表情に沙理は更にカッとなり口を開く。


  「なんなのよあんた!あんたに何がわかるのよ!」

  「あなたの事なんて何もわからない…わかりたくない…わかる気もない」

  「だったらそこどいて!私はあいつに話があるの!なにも分からないあなたに用はないわ!」

  「あなたになくても…私にはある」


  蓮は沙理の目を見つめながら一歩踏み出し両腕を左右に広げる。


  「あなたは秋を傷つける…だから行かせない」

  「なに言ってるのよ!あの男はもうみんなを巻き込んで傷つけてるのよ!それがわからないの?」

  「わからない…傷つくのも、つけられるのも自分で選んだから…秋は…悪くない」


  蓮の言葉に衝撃を受ける沙理。

  確かにそうだ。

  特別な特権を得るために、このグループと戦おうと決め、戦う相手もみんなで決めたものに合意し、後方からの支援をすると豪語し、私以外のみんなを先頭に立たせて戦わせたのは他でもない自分自身だった。


  わかっていた。

  ただその事を認めたくなかった。

  誰かの所為にしてしまった方が楽だった。

  ただ目の前の女の子にそのすべてを返されてしまった。


  「私はどうした…もうこの居場所がなくなちゃった…」


  口にすると涙が、嗚咽が止めどなく溢れてくる。

  自分は弱い。

  わかっていたからこそ求めた居場所を自分で無くしてしまった。

  もうすべてが無くなってしまったと後悔する。

  そこへ抱きしめられる感触が背中から伝わってくる。

  後ろから伸びる腕や温かさはいつもの見慣れた人のもの。


  「真理…よかった。大丈夫そうだね」

  「うん。もう平気。だから沙理も大丈夫だよ」

  「どこが?私は真理とハジの事も何にもわかってなかった…知らない事を遠ざけて目を閉じてたら、いつの間にか夏輪も傷ついてた。私だけ無事…みんなを見て見ぬ振りした私に居場所なんか…ない」


  ゆっくりと確かな言葉で紡がれる沙理の言葉を真理はただ聞いていた。

  肯定もせず、かといって否定もしない。


  「ねぇ真理、なんでなにも言わないの?お願いだから私の所為だって言って」


  何も言わない真理に沙理はもはや懇願するしかなかった。

  すべての原因はあなただと。

  知らないことから逃げた所為でみんなが傷ついたと攻めて欲しかった。

  そうすることで少しでも贖罪になると思っていたから。

  でも真理はまったく違う言葉を口にした。


  「ねぇ沙理。なんで私たちは姉妹なんだと思う?」

  「……」


  沙理は、真理が何を言っているのか理解できなかった。

  それもそうだ。

  ワケのわからない問いかけが戻ってきたのだから。


  「私はね、血が繋がってるからこそ知らない事が沢山あると思ってる。そのつながりが濃ければ濃いほどその色に紛れていろんな事を見逃しちゃうんだって」

  「だから何?何が言いたいの?」


  真理は一呼吸置くと、抱きしめた腕を解き沙理の正面にいく。

  沙理の涙で赤く腫れあがる目を見つめる。


  「私も逃げてた…沙理知らない方がいいと思って言わなかったんじゃない。止められると思って言わなかった。止められたら、命を掛ける決心が揺らいじゃいそうで…だから言えなかった。ごめんなさい」


  自分だけが何かから逃げていると思っていた。


  他の誰もが立ち向かい、それと戦っていると思っていた。

  だがごく身近に、それも良く知る人が、自分と同じように何かから逃げていた。

  正治、沙理はほっとした。

  真理も同じなんだと。

  そのことに安堵した。


  するといつの間にか止まっていた涙がまた溢れ出してくる。

  一人の世界だと思っていたところには、同じ人がいるのだとわかったから。

  暗い場所で膝を抱えて嘆いていたから見えなかったとわかったから。


  すすり泣く声にふと見上げると真理も泣いていた。

  同じ顔で。

  そして真理は続ける。


  「だからね、私は思うんだ。姉妹って結局同じなんだって。迷うところも、歩むところも、好きになる人も。それぞれの思いはあるけどやっぱり姉妹って枠からは逃げられないんだって、いい意味でそう思ったの。だから私たちは姉妹なんだって」


  それがたとえ都合のいい解釈だとしても、同じことを考えられる人が目の前に居る。

  2人は思った。


  真理はまた何かを隠すかもしれない。

  沙理はまた何かから逃げてしまうかもしれない。


  だけど、どんなにすれ違ってもまた元に戻ってくる。

  なぜなら姉妹だから。

  今は明確な答えではなくあやふやでも確かな繋がりがあると感じられればそれでいい。


  「真理はすごいね。私が一人でいじけてたのが馬鹿みたい…」

  「当たり前よ。仮にもお姉さんよ?」


  そう言って二人で吹き出し、心の底から思いっきり笑い合った。

  その時から沙理にはもう居場所が出来ていた。

  2人にはとっくにわかっていた。


  だって二人は姉妹なのだから。


ご一読頂きありがとうございます。

また次回もよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ