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学園入学編Ⅻ

12話目になります。

人によってはちょっと重い話になるかもなのでご注意下さい。

久人はまだまだ余裕があるのか空中に浮いているだけ。

ただ、視線だけは阿國をじっと見据えていた。


(夏輪の時間をどう稼ぐか…やっぱり俺が押さえるしかねぇよな)


夏輪も阿國の表情からその意図を理解したのか、考えを改める様に言う。


「もう僕の能力を使うしかないのはわかってるけどハジが囮になるのはダメだよ!怪我だけならまだいいけど、このままいけば彼との実力差じゃそれだけじゃすまないよ…」


友人の言葉をあえて最後まで聞く。だがそれでも阿國は首を横に振った。


「お前の能力は強力だが呼び出すまでに時間がかかる。相手もそうそう待っててはくれないはずだ。だから俺とアグニオンが足止めする。だからその後はもうアレに任せるさ。それに俺もすべてを出し切った訳じゃない。なのにもう白旗上げるのはなぁ…」


阿國の軽い言葉の奥に決意の色を見た夏輪は決断する。


「…わかったよ。ただし僕が呼び出すまでに無理だと思ったらもうやめてね…じゃないと僕はやれない…」

「わかったわかった。じゃあそれで行こうさ!」


ここまでの流れを黙って見ていた久人だが、


「ねぇ、そろそろいいかな?作戦は大丈夫かな?」


と今にも飛びかかりたい衝動を抑えていた。


それもそのはず。さっきまで気持ちよく戦っていたのにお預けされているのだから。

阿國と夏輪はそんな久人の様子を見て無意識に半歩後ろに下がっていた。

今までここまで戦いを渇望している奴を見たことがあるだろうか。

普段の様子からでは分からない、何か得体のしれないものと対峙しているような感覚。

さっきまでは同じ学生の、同じ人間だったはずの存在が何かのきっかけで別の何かになってしまったような感覚。

だが今更やめる訳にはいかない。何か分からなくても結局は同じ人間。


(なら奴の度肝を抜いてやるまでさ!)


「夏輪っ!!」

「やってるよ!集中させて!」

「分かってるじゃないか!なんだかんだ言ってもお前だって結果出したいんだろ!さてと、夏輪も腹括ったし行くかアグニオン!」


自らが呼び出した師子王に向け呼びかける。それに呼応しアグニオンは光の粒子に変わり戻っていく。

その様子に久人は眉根を寄せる。そして今までにないくらいの冷ややかな声で問いかける。


「ねぇ。なんで師子王を戻したの?もうやめるの?それとも夏輪くんに丸投げでもするのかな?」

「そんなわけねぇさ。俺もこれから本気出すから見とけよ!」

「そうなの?てっきり諦めちゃったのかと思ったよ。ならそれが終わるまで待てばいいんだね」


先の場が凍るほどの威圧は何だったのかというほど久人はにこにことしている。

その表情はまるで年に一度ある特別な日を心待ちにする少年のような顔だった。


(舐められているのか…いや、期待されてるのか。だったら見せてやるさ!)


「理の中、我と契約を結びし悠久の獅子よ、その力を我の身に宿し万物を屠る鉾を与えよ、そして願わん勝利の光を!我の肉体へと顕現せよ!アグニオン!」

「すごい技を使うね!通常の召喚師じゃないとは思ってたけど、召拳師しょうけんしだったのか!」

「これも知ってたのか。大体予想はしてたけどちょっとショックさ…」

「いや、十分驚いてるよ!だってそれ命を削って召喚獣を呼び出すんでしょ?」

「そこまで知ってるのか…ならその怖さも知ってるだろ!」


そう。

通常の召喚はその存在をあらかじめ取り決めた契約の名の下に呼び出す、いわば飼い主とペットみたいなもの。

しかし、この召拳師の使う召喚は己の肉体を差し出す代わりに召喚対象の力と姿を身に宿すことができる。

その関係に上下は無い。言うなれば真の意味でのパートナー。

宿主が死ねば召喚されたモノも消える。大きなリスクを互いに背負うことで本来の力以上を引き出す。

それが召拳師の召喚。


アグニオンだった光の粒子は阿國の体に吸い込まれていく。

光が全て阿國の体に入ると同時に変化を起こす。

腕、足は獅子の物に変化し、もともとあった筋肉が膨張する。肩から腰に掛け鬣が伸びその背を覆う。

そしてその顔は獅子を被った阿國自身の顔がのぞく。そしてその眼光は理性を保ち久人を睨みつけていた。


**********


阿國の姿を見た沙理は愕然とする。


「ねぇ!ハジのあれは…なに…」

「そう。アグニオンとの一体化召喚ね。あそこまでしなきゃダメみたい…」

「ダメみたいって…どうなるの…ハジは!」

「あのままその姿でいればおそらく死ぬ。無事でもタダではいられない」


その真理の淡々とした言葉に沙理の感情は急激に沸騰する。

目の前で起こっていることを黙って見ている真理の胸ぐらを掴み、額どうしをぶつける。


「真理!あんたねぇ!それでも同じグループなの?!それでも同じ仲間なの?!それでも……一緒に居ようって言ってくれた人の恋人なの?!こんなんだったら諦めずに…真理に譲らなければよかった!!あなたが行かないなら私が止めに行く!」


激情に駆られ真理に対し酷いことを言ったという事はわかっている。でも目の前で命を削ってまで戦っている好きだった人を見ていられない。

沙理は走り出そうとしたが真理に肩を掴まれる。これだけ言ったのにまだわからない姉を殴りつけようと振り返り、沙理は言葉を失う。


「真理…あなた…何よその腕は…」

「これ?これはハジとアグニオンの一部だよ…」

「違う!そうじゃなくて!なんで真理まで一体化してるのよ!なんで!」


沙理は絶叫する様に何度もなぜと問いかける。

沙理の必死の叫びに、自らの今後を考えると今ここで言わなければいけない。

そう自らと沙理に言い口を開く。


「沙理はハジのあの姿を見たことがある?」


この問いかけに沙理はないと小さくこたえる。


「私はね、一度だけあるんだ。ハジがまだ召拳師なる時にその皆伝儀式をこっそり見てたことがあるの。」


その言葉にその当時の一つ一つが蘇る。


「初めて一体化したハジは理性を失ってた。今よりもっと一体化の浅い状態…人間に近い状態だったのにも関わらず。怖かった…自分の好きな人が化け物になってしまった…本当に怖かった」


ハジとアグニオンの一部となった自らの腕をさすりながら思い出していく。


「儀式自体は一体化したことで皆伝していたけど、ハジはしばらく元に戻れなかった。あとで聞いたことだけど初めての時は基本的にそうみたい」


そう言って無理に笑顔を作る真理。


「それから私はずっとハジを怖いと思い続けてきた。いつあの姿になるのか。私は殺されてしまうんじゃないか、今のハジは本当は知らない化け物なんじゃないかって…。そう思うと震えが止まらなかった」


知らなかった。今まで誰よりも近くで一緒に居た真理が抱えている恐怖を。そしてその恐怖の相手こそが恋人だという事を…


「その気持ちを隠したままずっとハジの近くで笑いながら、心の中では恐れてた。でもね、沙理も知ってると思うけど、ハジは優しかった。優しくて底なしに明るかった。その明るさが眩しかった…私の中の恐怖が薄れていくような気がした。だけど心って難しいね…一人になってその光が無くなると暗い部分がどんどん大きくなっていくの…」


辺り一面真っ白な世界に立つ、姿の変わったハジをじっと見つめながら言葉を紡いでいく。


「その暗いところでふっと思ったの。私もハジの一部になれれば…そこに近づけばいいんじゃないか…って。そう思ったら居てもたってもいられなくて、おばあちゃんに相談した」

「どうして?なんでおばあちゃんだったの?わたしじゃ力になれなかったの?」


なぜ私ではダメだったのか…真理の…ハジの力になれたのではなかったのか…そう思い出すとキリがなくなってくる。でもそんな思いに真理ははっきりと私ではダメだったと告げる。


「沙理は何も知らなかった。だから私のわがままに付き合わせられない」

「そんな!そんなこと…」


真理の言葉を否定しようとしたが、真理が突き出した手にその先を止められる。


「それにね、おばあちゃんはハジの家系がそういうものだって知ってたの。むしろ知らなかったのはあそこの大人以外の子供たちだけ…だからおばあちゃんには…あの日見たこと、聞いたこと、抱えてること、それとハジへの想いを話したの」


真理は一人でずっと歩いていたのだ。心にいろんなものを抱えて。だから私には言えなかったのだ。

そう…感じた。


「おばあちゃんは私の話を聞いてる間ずっと相槌を打っているだけだったけど、聞きながらずっと何かを黙っている様な感じがしたの。そして全部、私の全部を話し終わった後にこういったの。今の言葉すべてに嘘や偽りはないかって。私はすぐにないって言ったの。そしたらあるものを私に持ってきたの」


あるもの…昔の記憶を掘り起こす。

そこでハジの誕生日に真理が送ったモノを思い出す。ずっとなんでそんなものって思ってた…


「赤いバンダナ…」

「そう。おばあちゃんも昔同じ様な事があってずっと持ってたんだって。おばあちゃんは怖くて使えなかったって。でもまさか孫も同じ事を考えるだなんて血は争えないわねなんて言ってたわ」

「おばあちゃんもだったの…まさか死んじゃったおじいちゃんは…」

「そうだよ。今生きてるハジのおじいちゃんの弟さん」


私はいろんな事を知らない。もう何度目かのショックを受ける。

でも真理は話を止めない。もう止められないところ迄来てしまっているのだから。


「あのバンダナはね今でこそ赤い色してるけど、本当は白い色だった。何となくわかってると思うけどあの赤は私の血の色。一滴だけあのバンダナに垂らすとそれを吸い込んで術式が完成するらしいの。その術式は身に着けた人の身体に起こる事象の一部を術式を施した人にフィードバックするもの。状態だから今の強化されたハジの戦闘能力の一部を私も使える。それがこの腕に現れてる。そしてそれとは別にもう一つ効果があるの」


聞くのが怖い。でも口はそれとは別に答えを求める。


「…そのもう一つってなに?」

「身に着けた人は術を施した人の精神の一部を借り受けられる。要するに今あの状態のハジが理性を保ってられるのは私の精神が一部代替えとして作用しているからだよ。でももし私の精神の一部以上の情報が流れてくると、貸している側と借りている側の双方の精神にダメージを与える」

「何よ…それ、何よそれ!!真理にはデメリットしかないじゃない」

「だからだよ。ハジはこの効果を知らないし知る必要もない。今の私の自己満足と過去の私の贖罪だから…」

「そんな…」


なんで真理は全部一人で抱えるの!どうしてもその言葉は出なかった。

私にも大切な人を護りたいと思う気持ちがあるから。

真理も大切。ハジも大切。夏輪も大切。そして自分自身も大切。


「みんな自分勝手だ…」


思わず口からこぼれ出る。真理は何も言わない。

ハジを止めようと思って動いていた足は、もう動かなくなっていた。

そして響く、ハジと久人との戦闘の音。

大切な何かを削る音だけが聞こえてくる。


今回も最後まで読んで頂きありがとうございました。


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