学園入学編Ⅺ
11話目になります。久人様降臨回です!
開始の合図はすでに出しているがお互い全く動かず。
久人はただ黙って目を閉じてその場に浮遊しているし、阿國も飛び掛かろうとする姿はそのままに全く体制を変えることなく動かない。
たぶんだが、久人はどんな手で来るのかを楽しみに待っているだけだろう。
対する阿國はその久人の様子をわかっている為か、迂闊な行動が出来ないと言ったところだろうか。
そんなお互いが固まる状況を面白くないと思ったのか、久人がゆっくりと目を開き地面に立つ。
「阿國くん、来ないのかな?」
「行くさ。でもさっき行ったらすぐやられてただろ?だから動けなかったのさ」
「そんなことなかったんだけどなぁ。でも来ないのなら僕から行くけどいいよね」
そう言うと、ゆっくりと歩いて近づいていく久人。
阿國はというと未だそこから動かない。
久人の歩調は全く変わらず、阿國の正面2メートル程まで接近した。
そしてあと一歩で1メートルというところで阿國は下から久人の顎に向けて掌底を放ってきた。
しかし久人はそれを予見していたかの様に、阿國の腕を左手で軽く右に叩き反らし、右拳で反撃する。
反撃した拳を空いた手で受け止め強引に引き寄せ、膝を繰り出す。
しかし久人は引き寄せに逆らわずふわりと宙に浮くと膝の攻撃範囲より上に飛ぶ。
膝での攻撃を避けられると判断していた阿國は久人の腕は離さずに、そのままの勢いで自らも飛び上がりオーバーヘッドキックをかまそうとする。
その蹴りは更に上昇する久人にヒットすることなく空を切り、そこでようやく着地の為に腕を離す。
「阿國くんには驚かされるよ。まだ能力を使ってないだろう?それでそこまで戦えるんだからすごいね。」
「おいおい。久人も本気じゃないだろ?ずっと避けてばかりさ」
「それはあんなのもらっちゃったらすぐにドロップアウトしなきゃいけなくなっちゃうでしょ?避けるので精一杯だよ」
「それは言いすぎさ。でもそろそろ使わないとダメだよな」
そう言うと胸の前で両手を合わせ言葉を紡ぐ。
「理の中、我と契約を結びし悠久の獅子よ、その力をもって敵を打ち滅ぼす鉾となれ…」
「へぇ…阿國くんは召喚の能力者だったんだね。今まで何度か召喚師とは戦ったけど今回のはちょっと強そうな感じがするね。」
「わかってて召喚を止めないのか…なら後悔するさ!顕現せよ、師子王アグニオン!」
右腕を前に突き出す。すると上空に巨大な魔方陣が現れ赤くまばゆい光を発する。
するとその光の向こうには体長5メートルはあろうかと思われる獅子が現れていた。
その獅子は南の島国特有のシーサーを巨大化したような姿をしていた。
鬣、尾、脚部の体毛は燃える様に赤くそれ以外は静かな水辺の様に青い色をした独特の色合いをしている。
「まさか、かの島国の師子王に出会えるとはね。やっぱり秋と一緒にいると面白いことばかり起きるよ」
「ずいぶん余裕だな。アグニオンは代々受け継がれる王獣。その強さはそこらのケモノとはワケが違うさ」
「当然知ってるよ。前に一度似たようなのとやってるからね」
「…そうか。なら始めから遠慮はいらないな!いけ!アグニオン!喰らいつくせ!」
阿國がそう言い切る前にアグニオンは駆け出していた。
久人は打って出るかの様に、アグニオンにまっすぐ突っ込んでいく。
アグニオンは獲物が自ら飛び込んできたとばかりに口を大きく開け噛みつくがそれを難なく久人は躱す。
躱した先には横なぎに振るわれた獅子の爪が迫ってきている。だがこれも宙に浮くことで回避するが、そこには阿國自身が待ってましたとばかりに空中で待ち構えていた。
久人自身に予知能力があるワケではないが阿國のそれもある程度予見していたのだろう、大きく距離を取ろうと右に加速するがそうはいかなかった。
目の前にいたはずの阿國が高速移動して久人の進路方向から突進してきた。
「残念。簡単には逃がさないさ!空を飛べるのが久人だけじゃないってね!」
「ック!!」
阿國の渾身のストレートをなんとか両腕をクロスすることで防ぐが、その攻撃のあまりの重さに吹き飛ばされ地面に叩きつけられ大きな土埃が舞う。そこに止めを刺すべく追い打ちをかけるアグニオンの双爪。
あのスピードで叩きつけられた上にアグニオンの攻撃も直撃したのだ。タダではいかない状態であるのは誰もが想像できることだった。
「だから言ったさ。後悔するって」
**********
その様子を観戦していた仁は秋に詰め寄る。
「おい秋!久人がやられてしまったぞ!助けはいいのか!」
「な~に心配ないって。いつものことだから。あいつにはいつも言ってんだけどな。遊ぶのも大概にしろってさ」
そう言う秋は本当に全く心配していなかった。
仁はいささか信じられないと言った表情でまだ何かを言おうとするが、この様子に無駄だと悟ったらしい。
しかし無駄だとは思ったが本当に無事かどうか、これだけは聞かずにはいられなかった。
だが秋はそのままの調子で大丈夫だと簡潔に答える。
こんなやりとりに全く興味がない蓮は暇を持て余していた。
ただ秋の左腕に自信の体を密着させその腕に頬をスリスリをしているサマを暇だと言うのかは分からないが、本人にとってはそれが息をするように普通の事なのでそうなのだろう。
そんな蓮がふと久人の言った事を思い出す。
「ねぇ秋。…久人が燐に言ってた…秋の能力の事教えて貰えって…」
「いきなりだな。ってか久人がそう言ったのか?」
「そうだ。自分が教えるのはダメだから秋から直接聞けと俺も言われたな」
「お前もか…別に教えることはいいんだけど何にも今じゃなくてもいいんじゃないか?」
「秋のいぢわる…」
「そう言うなって。じゃあ俺が闘う時に見てればわかるさ。あとは見てる時に久人に聞くといい」
いちいち自分の能力説明なんて面倒くさすぎる。隣で頬を膨らませる蓮。
だがやんわりとお断りして話題を久人の戦いにすり替える。
「そういえば、阿國のとこの真理と沙理だっけ?あいつらしれっと能力でサポートしてたみたいだけど気付いてたか?」
そんな俺の苦し紛れの話題転化にジト目を向けつつも蓮は律儀に答えてくれる。
「もちろん…秋が気付いて私が気が付かないはずない」
そう言い切る蓮に仁も賛同する。
「そうだな。どちらがどの能力とまではいかないがおそらく対象に飛行能力を付与する能力と身体能力向上を付与する能力が使われてると思うが、どうだ?」
俺と蓮に同意を求める仁に揃って頷き返す。
「恐らくそうだな。阿國自身は召喚師みたいだし、あそこで集中している真理と沙理からするとそうなるかな。サポートオンリーな能力みたいだから2人はいいとして、あとは夏輪がどう出るかになるな。でもまぁそこんとこも全部わかってて久人はやってんだろうから大丈夫だろ」
そんな俺の態度に仁は納得がいっていない。
「秋。信頼することはいいことだとは思うが、それに足るだけの力は久人にあるんだろうな」
「当たり前だろ?まさか久人の能力がただ飛び回るだけだとは思ってないだろ?」
「それはそうだが、あの人数の物量との差が能力だけでは埋まらんはずではないか?」
「それはもっともだけど、あいつには経験もあるし何より能力が反則級だからなぁ…」
仁がそれは言いすぎだって顔してるけど実際そうでもないんだよな…
**********
土煙の上がるその場所から久人は未だに姿を見せない。
阿國も今の一撃で勝敗が決するとは思っていなかった。
始めの久人に与えた一撃にまるで手ごたえを感じなかった。それにすでに自分の横に戻ってきているアグニオンも一向に警戒を解こうとはしていない。
(いったい何が起きたんだ…)
まずは状況の判断を優先すべく、真理と沙理に目配せをする。その様子に2人は素早く反応し飛行と身体い能力向上を阿國に付与する。
阿國は跳躍するとそのまま上空に停滞し、未だ晴れない土煙の周囲を見回す。
ようやく薄くなりだした土煙の先に久人の姿は無かった。
(どこに…)
周囲を警戒していると地面に移る自分の影にの上にもう一つの影がある事に気が付く。
まさかと思い自分より更に上空を見上げると、まるで何事も無かったかのように久人がそこに居た。
服に汚れも無い。怪我も当然していない。まるで初めからそこにずっと居たかのように自然に空に浮遊していた。
「馬鹿な…なんでさ…いつの間にそこにいた!」
相変わらずニコニコとしながら答える久人。
「いつからだったかな。そこの師子王が飛び込んできたあたりにはもうここに居たよ」
「…あの土埃が巻き上がったタイミングか」
「違う違う。巻き上がったんじゃなくて、巻き上げたんだよ。こんな風に…」
そう言うと右手の人差し指をすっと上にあげる。するとそれと同時に地面にある砂や石が上に舞い上がる。
「お前の能力は物体を浮かす能力だったのか。だからこその芸当という訳か」
だがこの阿國の答えを否定し答えをあっさりと返す。
「物を浮かす能力ではないかな。もう少し考えさせてあげたいけど、正解は引力と斥力を操る能力だよ」
その言葉を聞いて阿國は納得すると同時に驚きを隠せずにいた。
(やはり不自然に感じた手ごたえもその能力なら納得さ。でもなぜ自らの能力をバラした…)
そんな阿國の表情を見て取り久人はまたしても簡単に答えを返す。
「自分の能力をなんで教えたのか気になってるでしょ?簡単だよ。言ったらこれに対抗する為にいろいろ考えてくれるでしょ?それがおもしろいんじゃないか」
(こいつ…)
そう、久人はその見た目や口調から分かり辛いが生粋の戦闘狂だ。
戦う事に重きを置き、戦う事を楽しむ。そんな人物。
だが彼は誰彼と喧嘩を売ってまで戦う訳ではない。面白いと思った相手ととことん楽しめればそれでいいのだ。そして彼にとって勝ち負けこそがその楽しい時間の結果として残っていく。
ここにきて阿國はヤバいものを相手にしたのではないかと思い始めていた。
あのグループの中で最もやりやすそうなのが久人か東城だった。秋の能力は見た途端危険だと判断できたし、仁は常になにか嫌なオーラを放っていた。
久人も常に能力を使い飛び回っていることから得体のしれない何かがあるとは思っていたが、いかんせん東城が最初の試合で指名されてしまった為に久人との試合を選ばざるをえなくなってしまった。
こうなるとこの選択も久人に誘導されたのではないかと思ってしまう。
だがそれはあり得ないと頭を振り思考を試合に戻す。今は目の前の存在に勝たねばいけないのだ。
「さぁ次はどうするのかな、阿國くん。もっと楽しもうよ」
「言われなくてもそうするさ!行くぞアグニオン!」
上空に居る久人に向け飛び上がる阿國。後方からはアグニオン。
挟撃体制を整え、前後から攻撃を繰り出すが一向に当たらない。
阿國の正面からの突きを右に躱し、躱した先から襲い掛かるアグニオンの爪を上から下に受け流す。
崩れた体勢のまま噛みつこうとするアグニオンの顎を足で蹴り上げ、後方からの阿國の蹴りを浮くことで躱し、そのまま距離をとる。
息を切らす阿國に対し、久人は全く疲れてすらいなかった。
その姿に内心焦りを覚えると共に苛立ちが募ってくる。
だが久人はそんなのお構いなしとばかりに空気の読めない発言をする。
「まだまだやれそうかな?」
「ッチ!あぁ!まだやれるよ!そろそろこっちも本気で行かせてもらうけどな!夏輪!行くぞ!」
そう言われ頷く夏輪。
(そうだ。そろそろ本気で行かないとまずい。アグニオンを出してられるのもそろそろ限界だ。夏輪の力で一気にケリを付けるしかないが、あれは一撃しか使えない。俺とアグニオンが囮になる。)
そう決意し再び久人に向き直った。
今回も読んで頂いてありがとうございます。
またこれからペースが落ちますです・・・




