学園入学編Ⅰ
ようやく1話目できました。
ご覧頂ければ幸いです。
さて今日から楽しい学園生活なわけだが、一つやってしまったことがある。
始めのHR開始は9時から。
今現在は8時45分。
ここから学園までどんなに急いでも20分弱。頭のいい人はお分かりだろう。
そう…完全に…遅刻だ…。
まだ寒さが少し残る春先の道をただただ走り抜ける。人混みもなく実に快適に走れるのだがそれはあたりまえ。なんたって遅刻寸前に登校してるのは自分だけだからだ。
言い訳はいくらでもある。昨日の夜はちょっとばかしゲームに夢中になってしまっただとか、いつも自動で設定されている目覚まし時計が運悪く電池切れだったとか、しまっておいた制服を出し忘れて探すところからスタートしただとか…まぁそんな言い訳できるなら全力で走ったりはしないんだが。
ようやく学園まで折り返しを過ぎたあたりだ。
吸水力がまるでない制服の袖で汗をぬぐい腕時計を見る。残り時間はあと12分。これならいける。
視線を前に向けると、自分より少し前のあたりを人が飛んでいる。
ジャンプしているとか車に跳ね飛ばされているだとかではなく、空をふわふわと飛んでいるのだ。
ふとその人物に声を掛けられる。幼馴染の真壁 久人だ。
こいつの親と俺の親は学生時代からの友人だったらしく小さい頃から良く遊んでいた。
そんな縁もあってかなぜか今までクラスが違ったことはない。
当時の幼稚園は5クラスあったがそこも同じクラス、小学校も6年間同じクラス、中学も3年間同じクラス、
そしてもちろん今回入学する白波学園も同じでクラスも同じときたもんだ。
これが男じゃなく女の幼馴染だったらと何度考えたことか。
運命の赤い糸が実在するなら久人とがっちり繋がっているらしい。
更に忌々しいことにこいつは兎に角、完璧超人だ。
勉強・スポーツ・人柄・自分と能力の相性抜群・挙句の果てに金髪で日本人離れした顔立ちと容姿、身長は185cmのモデル体型ときたら大体予想はつくだろう。中身も外見もイケメンだという事だ。
もちろん女の子にモテまくり。
いつも一緒の俺はというと、勉強は中の下・スポーツは大好き!(?)・人柄はいい奴(自称)・能力との相性はいいはず!少なくとも自分はこの能力が好きだし。容姿はというと、金属フレームで上半分が無いタイプのシャープなデザインの眼鏡に今時珍しい真っ黒な髪、身長は175cm。結果、いたって普通。・・・なはず。
…こうやって比較すると惨めになってくる。
神は実に不公平な存在を生み出したもんだと思う。
まぁ余談はこれくらいにして、日差しを片手で遮りながら上へと視線を向ける。
「今日は珍しい時間に走ってるね。朝練ならもっと早くやるべきだね。」
空中でくるりと反転し、こちらを向くと進行方向に背を向けて飛びながら人懐っこそうな笑顔をして上から皮肉を落としてきやがった。
「やかましい!大体このままいったらお前も遅刻だろ!」
「僕は大丈夫。飛んでいけるからねぇ。」
そうだったこいつには、能力があった。
「きたねぇぞ!わかってて声かけやがったな!俺も運べ!」
「ダメダメ。能力の限界知ってるだろ?秋にしか教えてないんだからね。ほらほら立ち止まってると尚更間に合わないよ。」
言われて気が付いたが、皮肉に対する抗議に熱を入れていたせいか立ち止まっていた。
いよいよもってやばい!
そんな俺の心情を読み取ったのか、はたまた空気が読めないのか、
「それじゃあ教室でね!待ってるよ。」
と言い彼方先の空に飛んで行ってしまった。
「こんのやろぅ…」
ギリギリと歯ぎしりしながら今頃教室に着いたであろうイケメンを想像し、怒りをエネルギーにして足の回転数を上げた。
いまだ遠い学校の教室を目指して。
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世の中なんでもそうだが結果が大切である。
運動会の順位や学力など学生においても結果を求められるものは沢山あるという訳だ。
何が言いたいのかというと遅刻せずには済んだという事だ。
過程も大事だがいまはこの結果をまずは喜ぼう。
事の顛末は遡る事数分前。
学校まであと数メートルで到着というところである人物から呼び出しがかかる。
「1年D組、黒土秋。至急、体育教官室まで来てください。繰り返します…」
学校に備え付けてある巨大なスピーカーから学外の道までその声が届いた。
美しいソプラノ声で紡がれる自らの名前に歓喜すると同時に、またかという思いがふくらんでくる。
もちろん美しい声の女性に名前を呼ばれたから嬉しい訳ではなく、単にHRに遅れるための名分が出来たからだ。それと名前を呼んだ人物の声に聞き覚えがありすぎてうんざりしていた。
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校門を通り抜け、生徒玄関から入り教室とは逆方向に進んでいく。足取りが重い。
朝から走った所為もあるが、これから起こる事が目に見えているから更に重く感じる。
目の前には引き戸いっぱいに【体育教官室】と書かれている。
ここで間違いないのだが開けるのをどうしても躊躇ってしまう。
転校生ってこんな気持ちで初めてのクラス入りをするのだろうかとか現実逃避をしてしまうくらい開けたくない。
すると中から、あのスピーカーから聞こえた声よりぐっとトーンを落とした声が聞こえてきた。
「ねぇねぇ。いつまで待たせるつもり?遅刻したこと担任に…」
「はい!失礼します!お待たせしました。…ん?ぁあちちちちち!何すんの!ちゃんと来ただろ!いきなり背中燃やすなよ!」
元気よく引き戸を開け、元気よく挨拶したのにいきなり背中燃やしやがったこのクソ姉貴は!
「はいはい。わかったからそう騒がないのぉ。頭に響くぅぅ…」
「お前が燃やすからだろ!無駄に能力ポンポン使いやがって。しかも制服に初日から大穴空いたよ!どうすんだよ!」
そう。なにを隠そう俺を呼び出したのは黒土麻朝 。…俺の姉だ。
この白波学園に体育教師として異例の若さで、しかも女性でとこれまた異例で就任した存在だ。
歳は5つ違いで20歳。長めのタイトなスカートからすらりと伸びた脚。そこから流れる様に視線を上に向けると決して大きくはないがマネキンの様に整った双丘が小さめのYシャツ越しに存在感を放っている。
姉弟よく似ているといわれる切れ目に、俺にはない整った顔立ちが今は苦悶の表情でこちらを睨んでいる。
よほど気持ち悪いのだろう。喉からせり上がってくるゲ○を必死に胃に戻しながら訴えてくる。
「制服は自分で何とかできるでしょ。まずどうでもいいからこれ直してぇ。死ぬぅ…
」
そう言いながら、自らを指さして早くしろと訴えてくる。
「だから飲み過ぎるなって言ったんだよ。毎回同じことしてるんだから反省してだな…あちちちち!わかったよ!やりますよ!」
今度は前髪ごと眉毛を燃やそうとしてきやがった。
全く!可愛い弟をなんだと思ってやがるんだ。無料の医療機器かなんかと勘違いしてるに違いない!っとやばっ!また燃やされる!
そういうと姉貴のそばに行き、机に突っ伏した頭を人差し指でトンっと1回つつく。
すると姉貴はガバっと音がするほど勢いよく頭を上げた。
「いやぁありがと。二日酔いって辛いわね!」
「まるで他人事みたいに言ってるけど今後は気を付けろよな!」
そう言って教室へと向かおうと引き戸に手を掛けた瞬間に姉貴から声がかかる。
「本当にありがとうね。いつも感謝してる。担任にはうまく言っておくから心配しないでね!遅刻少年!」
※作:【小田虹里先生】
思わぬ素直な感謝の言葉に自分でも照れている自覚があるせいかスムーズに言葉が出てこない。
「…まぁわかったならいいよ。えっと…ありがとな。姉さん。」
それともう一つと姉貴が付け足してくる。
「今年の入学後の能力判定テストはいつもと違うみたいだから気を付けてね。私にも教えてくれなかったから相当変わったことをするみたい…だからって、くれぐれも楽しみすぎない様にね!」
心配そうな顔をして訴えてきたかと思うと、今度は子供に諭すように叱ってくる。
そんなコロコロと表情が変わる姉貴にいつもと変わらない調子でハイハイと言わんばかりに返す。
「わかってるよ。気を付ける。でも……」
「でも?」
「始まっちまえばこっちのもんだ!」
そう言い切ると姉貴を見ることなく勢いよく体育教官室を後にした。
走る俺の背中に後から、
「事後処理は私がしなきゃいけないんだからね!なんかしたらただじゃおかないから!」
と、聞こえてきた。その声に振り返らず手だけをヒラヒラと振って返事をする。
さて教室行くか!
ご覧頂きありがとうございました。
初めての作品で初めての掲載です。初めて尽くしで戸惑いと不安と期待が入り混じった不思議な気分です。
これからこの作品を読んでくれる人が増えればなと思っています。
重ねてになりますが、ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
そしてこれからもよろしくお願いします。