コミュ障令嬢は貸しをつくる
今日は、ルナが待ちに待っていたダンスパーティー!
の、前日だ。
男女でペアを作って踊り、一番会場を盛り上げた組には豪華景品が!何てことはなく、普通に名誉を手にするだけで終わる。
私はクラルス殿下に誘われている。目立つのが怖い私にはやる気はないが、まあ会場の隅っこで「ふふふふーん」と笑いながらちょっとステップして終えることにしようと思う。
それにしてもルナはちゃんとレックス殿下を誘えたのだろうか。
ルナがクラルス殿下に抱き着いた日から私は何となく気まずくて顔を合わせてないんだけど、主人公さんだし大丈夫か。まさかルナに限って休むなんてことはないだろうし。
私は本当は休みたい気持ちがなくはなくはなくはない。
だって人がいっぱいなんだもの。ニンゲン、イッパイ、コワイ。
しかし仮病なんて使ったら絶対誰かしらお見舞いに来てくれるから申し訳なくて出来ない。
殿下も看病するとか言い出しそうだし。
...殿下には本当に感謝している。
こういう場でぼっちだと悪目立ちするので、私に文句も言わず付き合ってくれる殿下はいい人。そう、いい人なのだ。本当に。
...うん。頑張ろう、精一杯踊ろう。私に出来ることをして少しでも殿下に報いよう。
その為に最後の練習を殿下と一緒にしよう。
自室を出て、殿下を探そうと寮の出入り口を目指す。
その途中、やけににやついている女の子達の一団とすれ違う。確か、レックス殿下の過激派のファンの子達だ。何か良いことでもあったんだろうか。
それはすぐに分かった。
寮を出てすぐに置いてあるゴミ箱。そこに、鮮やかな色が詰め込まれていた。
それはきっと、寝る間も惜しんで完成させたのだろう。素朴で凝った装飾もないけど、でも、ひたすら努力して、作り上げたのだろう。
ルナは、ゴミ箱に突っ込まれたドレスを握りしめながら、ぶるぶる震えていた。
ドレスはひどい有り様だった。切り裂かれ、破られ、汚され、ただのぼろ布になっていた。
「...ふん!いくらあたしが美少女だからって、嫉妬でこんなことするなんて最低ね!」
その声は、最初に呼び出された時と同じ、自信に満ち溢れたものだったけど、彼女は決して顔をこっちに向けなかった。
「でも残念だったわね!あたしは諦めないわ!こんなもの、いくらだって作り直せるもの!」
それが無理なことはルナだって充分承知の筈だ。
ダンスパーティーは明日。不眠不休で作業したって間に合わない。
「ふん...ふん!あたしが馬鹿だったわ!綺麗だから、すごいから見せてって言われて、まんまと預けたあたしが馬鹿だったのよ!」
そっか。
ルナは、あの子達にドレスを褒められて嬉しかったんだ。
きっとあの子達は、私とルナが一緒に昼食をとったあの日、ルナがドレスを自作していることを知って、計画したんだろう。
一生懸命作ったドレスを評価されて、もっと見たいと言われて、それでルナは渡してしまった。
確かにこれはルナが馬鹿だ。
悪意を持って近付いてきたあの子達を信じてしまったルナは、どうしようもない馬鹿だ。
「見てなさい!あたしは明日、レックスと踊るんだから!何があってもね!あたしが...あたしは、諦めないッ...!」
ギリッ、と歯軋りする音が聞こえた。
どうしてルナは泣かないんだろう。あの時は体全体を使って、今にも消えそうに泣いていたのに。
今は違う。今の彼女は、努力を踏みにじられているのに、折れない。
まるでシナリオのルナのように。
それは、どうして?
「どうしてそこまで、レックス殿下に執着するの?」
私の口から飛び出たのは、そんな問いだった。
「...ふん!別に、大したことじゃないわ!小さい頃、助けられただけよ!」
...何だ。
彼女は、シナリオで結ばれるからレックス殿下を好きだった訳じゃないんだ。ていうか初対面じゃなかったんかい。
「あたしはレックスが好きよ。だからレックスに、あたしを好きにさせるの!それ以外はどうでもいい!」
いや、それは嘘だ。おかしい。本当にそうならあんなことしない。
「...それは、違いますよね...?だって、この前、あなた、クラルス殿下に...抱き着いてたし」
「はあ?何よそれ!あたしはそんなことしてないわよ!クラルスなんてどうでもいいって言ったでしょうが!」
...あれ?
何で?記憶喪失?
「...早く直さないと...早く、早く!」
ルナはドレスをかかえ、寮に戻ろうとする。
でも、そんなことしても、
「無駄ですよ」
やっべ声出た。
慌てて取り繕うとする私を相変わらず見ようともせずに、ルナは立ち止まる。
「...あ、えー、明日、ですよ?パーティー。絶対、間に合わないって...」
「誰がそんなこと決めたのよ!明日隕石が落ちてパーティーが延期になるかもしれないでしょ!」
確かに!
いや流石に確率低いです。
うーん。ルナに貸しをつくれてかつ好感度も上がるかもしれない方法をもやっと思い付いたんだけど、どう提案すればいいのかな...。
「...どうしろって言うのよ」
言葉を探してると、ルナが絞り出すように言った。
「じゃあどうしろって言うのよ...!諦める以外ないでしょ!?そんなの嫌!あたしは最後まで足掻くわ!」
「た...頼れば、いいじゃないですか。友達に」
「...そんなのいないわよ!」
あらやだ急に親近感!
いやそうじゃなくて。
言え、言うんだ私!
「...じゃ、じゃあ、私が頼らせてあげ...ても、い、いいいですよ。ドレスを...貸してあげます。あなたは私のこと嫌ってるけど...しょうがないですよね!?ふへっ、ね!?」
「な、何よ急に!?ていうか別に嫌いじゃないわよ!」
それこそ嘘だい!
めっちゃ嫌ってたわい!
消えろブスとか言われたんだい!
「...本当にいいの?」
「か、貸し、ですからね?」
「分かってるわよ!この借りは必ず返すわ!」
「よし、よっし、うふへへ...」
「ていうかあんた何なのよ?急に気持ち悪くなったわね」
がはっ!
「...ありがとう」
ようやくこちらを見たルナは頬を赤らめ、もごもごと呟き、その潤んだ瞳の下には隈があってやつれていて...。
「寝不足にも程がありませんかね!?」
「し、仕方ないでしょ終わらなかったんだから!」
こうして私は主人公さんに貸しをつくり、精神的な余裕を得ることが出来た。
いざという時はこれで揺すろう。