コミュ障令嬢と占い師
私のせいでルナが敵になってしまいました。
あらやだ、これだけ見るとまるで私がやらかしたかのよう!
実際やらかしたんだから何も言えない。
ああ、どうしよう...私の馬鹿...。
有頂天になった私はほんと駄目な奴だ...。
コミュ障が調子に乗ると録なことがない...。
ううっ、うう...ああああ゛あ゛...。
何だか呪いの掛け声みたいになってきたので思考をシャットダウン。
無心であの人の元へ向かう。
あの人はいつもそこにいる。
庭園の近く。誰も気付かないドア。皆知らない部屋。本来はなかった場所。うすぼんやりとした闇に包まれた空間。
あの人から導かれ、そこへ入り込めても、外へ出れば何もかも忘れる。
あの人から聞いたことを手記しておくことは出来るけど、メモの存在ごと忘れて、結局なくしてしまうだろう。
例外なのは自分の持ち物を全て把握している人。かつ得体の知れないメモを見つけても、覚えはないが筆跡が自分なので大丈夫という絶対の自信を持つ人。つまりうちの兄と、私。
私は何故かあの人のことを忘れない。転生者だからだろうか。
「やあ、イリス」
迷いなく薄い闇の中に踏み込んだ私に、その人は軽く手を振って挨拶した。
その人はいつもと変わらず占い師のような格好で、薄暗い空間でも輪郭がぼんやりと光を放っている。
手元の水晶玉を覗き、その人...占さんは頷いた。
ベタなネーミングとか言わない。そもそも私が勝手に呼んでるだけだ。
「確信出来た。ルナもまた、君と同じ特別な人間だったね」
「すいません...私、彼女を、敵に回してしまいまして...」
怒るだろうか。
萎縮する私に、占さんはけらけらと笑った。
「大丈夫、ルナは敵になんてなっていないよ。問題はルナの方だから、ルナとは仲良くしておやり。ルナは高慢だけどとても素直で、良い子だからね」
「はあ...?ルナ」
「そう。光に毒されたもう一人だよ」
占さんは急に不機嫌になり、水晶玉をやや乱暴に撫でた。
一体何を言ってるのか、ルナがゲシュタルト崩壊していることを質問したいけど何か怖いから後でにしよう。
「君が昔、闇に憑かれていたように、彼女にも光が憑いている。長い時間毒されて、もうボクにもどうしようもない」
...闇に憑かれていた。
無意識でペンダントの石を触っていたことに気付き、慌てて手を引っ込める。
「例えばここにルナを呼んだら、ルナは元に...戻るかもしれない。ここには光も、闇も入れないからね。でも、それは根本的な解決にはならない。だから、君がルナを導いてあげるんだ。ルナには光の影響はない。ルナの方が全部引き受けているからね」
「え、あ、どういうことですか?」
「偉そうなルナと仲良くなって、ルナが君を嫌ったら警戒して」
成程分かりません。
すると、ふわりと手を重ねられ、一言。
「大丈夫、君なら出来るよ」
微笑に見とれていると、「そろそろお帰り」と部屋を追い出された。
暗いところからいきなり明るいところへ移動すると、目がおかしくなる。
目をごしごしこすってから気付く。
あ、ゲシュタルト崩壊について聞けなかった...。
占さんと初めて会ったのは十歳の時。
一番心が不安定だった時期だ。
当時学園に在籍していたお兄様が占さんに導かれ(虫の知らせみたいなものらしい)、あの部屋に入ったら、私を連れて来るように頼まれた。それが私の為になるからだと。
懇願を断るお兄様ではない。私はお兄様に拐われ、占さんに引き会わされた。
そこで私は世界がループしていることを知った。
そして、占さんの言葉で少しずつ前世を思い出し、この世界が前世の小説と同じであることも理解した。
占さんは何者なのか?
占さんこそ、今までループを体験してきた人だ。名前はないらしい。
とあるきっかけで世界がループしていることを知り、未来がない世界に絶望し、何とか未来をつくろうと動き、記憶を保つ為自分の存在を一ヶ所に封じ込めて、そしたら誰にも気付かれなくなって、段々ここへ人を導けるようになって、話を理解して協力してくれる人が現れても、一歩外に出たらすぐに忘れ去られて、それでも足掻き続けて、自分の働きで少しは世界を変えることが出来ると知って、でも足りなくて。
水晶玉でどこでも覗くことが出来るから、今回の世界で、私の人生が一人の侍女によって変えられたことを察知し、これは好機と私を呼び出し、協力してくれないかと頼んだ。
そうしたら私は転生者で、正に絶好のチャンスだと奮起している。
気が遠くなる程の時間を、占さんはたった一人で、あの薄暗い闇の中で過ごしている。なのに、占さんは...とても人間らしいのだ。
そういえば私の二番目の恋は占さんだったなあ...女性だって知って破れたけど。
初恋?そんなのレックス殿下に一目惚れに決まってるがな。
しかしクラルス殿下に「兄って将来、たらしになりそう」と諭され破れた。
占さんと私の利害は一致している。
私は魔王になりたくない、それと死にたくない。ついでに殿下も死なせたくない。
占さんは世界を変えたい。未来を見たい。
どちらにしても、シナリオを、運命を壊す必要がある。
世界には占さん曰く強制力というものがあるそうで、それはとても強力らしい。
今まで占さんが何をしても結末は変わらず、ループした。
でも、今は違う。
私は自分を中心に世界が回ってるなんて考えてない。
殿下は私の言いなりではない。
ルナは...私のことは嫌ってるけど、シナリオなんてどうでもいいと思っている。だから私と友達にならない。そう思おう、うん。
うちの兄は魔獣にやられて死ななかった。
兄が生きていたおかげで、私は占さんと出会った。
ほら、シナリオともうこんなに差がある。
レックス殿下は...シナリオと変わってない、そのままの理想の王子様だけど。
でもきっと、未来は変えられる。
私にはもう、都合の良いことばかり囁いてシナリオを続行させようとする闇も憑いていないのだから。