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コミュ障令嬢の憂鬱

 憂鬱だ。


「イリス様、はいあーん」


 何が憂鬱かって、人と会話するのが。もぐもぐ。


「美味しいですか?」


 ああ、家に引きこもってぼんやりしていたい...。美味しい。


「ふぐっ...!え、えが...!ありがとうございます!!」


 ...お兄様がいなかったらそう出来るのに。


「イリス様!次は私が!」

「駄目よ順番なんだから!ちゃんと並びなさい!」


 お父様とお母様は何だかんだ私に甘いから、私が一生懸命頼めば「仕方ないなあ」と私の望みを叶えてくれる。

 だが完璧主義なお兄様は、理想の妹を強要する。私を外へ引っ張り出して日の光で浄化する...ああ眩しい。


 幸いなのは外に殿下がいることだ。

 私のいとこで同い年のクラルス。彼は馬鹿だ。接する時に余計なことを考えなくて済む。とても楽。

 しかし四六時中私と一緒という訳にもいかない。

 ああ...。

 引きこもりたい...。


 今日は、サロン...集会の、記念すべき第一回目だ。めでたい。

 入学してまもないが、同じ学年の女の子を貸し切りの談話室に集め、優雅にお話したりお茶を飲んだり...まあ、ミニ社交場だ。


 私が主催者になっているので、逃げることも出来ない。

 仕方ないのだ、私の父は王弟で、かつ母と結婚して母の公爵家を継いだものすげえお偉いさんなのだから。

 もし私が田舎の男爵家とかに生まれてたら、今頃実家でのんびり親を手伝いながら暮らしてたりしたのかもしれないなあ...。

 ...男爵で嫌なこと思い出した。


 私は、目力を遺憾なく発揮してくる少女を何気なく視界から外した。

 彼女はルナ、という名前の男爵令嬢。

 この世界の主人公で、幸せになることが定められている。艶やかな銀髪に瑠璃色の双眸は、思わず動きを止めて見とれてしまう程。閉月羞花とはこのことか。

 本来の彼女は、とても素直で明るくて、それに強かで、カッコよく美しい人なのだ。

 ...何の因果か、今の私と同じようにシナリオとは異なる性格のようだけど。


「イリス様!どうぞお召し上がりください!」


 それにしてもこの拷問は本当に一体何なのだろう。


 つっこんだら負けと思って受け入れていたけど、集会が始まってすぐに皆が私の口にお菓子を放り込んでくるのだ。

 しかもちゃんと列を作って、後ろの方の人達はそわそわしている様子が見て取れる。


 もしかしてこれは新手の苛めなのでは...?

 私が憎いあまりにこんなことを考えつくなんて、どれだけ私が嫌いなんだい。美味しいからいいけど。


「...あの、フロースさん」

「何でしょうイリスさん」


 そばで憎々しげに成り行きを見守っていた、宰相の娘で幼い頃からの付き合いの少女に見解を求める。


「この方々は、私のことが好ましくないのでしょうか...?」

「何を仰るのですかイリス様!!」


 きょっ!?

 小声で話し掛けた筈なのに、何故そっちにも聞こえてるんでしょうかね!?


「私共は!!イリス様の為に果てる覚悟はとっくに出来ています!!ですからどうか、おそばに!おそばに置いてくださいませ!」


 重たいよ!何だその覚悟は!


 それとフロースさん、何故そこで「何と厚かましい!イリスさんのそばにいるのは私で充分なのです!」とか言っているんですか。


 ...どうしてこうなった?

 よし、現実逃避、現実逃避。

 私の人生でも思い返していよう、そうしよう。





 ここはファートゥム王国。肥沃で広大な大地を有しながら、凶悪な魔獣の襲来を幾度も受けている。


 魔獣とは。濃い魔力によって動物が変化し、魔物になることがあるのだが、そいつが知識を付けた、云わば魔物の進化系。

 魔獣討伐にはたった一頭でもかなりの危険を伴うのに、あちらさんは集団で襲ってくるのでとんでもなく危ないのだ。本来なら、うちの外面は完璧な兄が討伐に行って死ぬくらいなのだ。

 年に一度、魔獣討伐隊が組まれているけれど、今年はうちの学園から誰か志願するのだろうか。


 魔獣がこの王国の近隣にたむろするのにも理由があったりするが、それは置いといて。

 

 ファートゥム王国を治めるのがフィリウス陛下。私の伯父で、お父様によく似ている。実の兄弟だから当然か。

 陛下の第一子が、レックス殿下。側室の子供ではあるが、彼はうちの似非完璧な兄とは違い、本当に完璧な王子様だ。

 誰にでも優しく、努力家で、決して驕らず、笑顔が眩しい理想の王子様!

 その容姿は母親似で、太陽のようなキラキラした金髪に空色の澄んだ瞳は非常に美しい。見ると目が焼ける。

 ちなみに私と同い年だ。


 レックス殿下のすぐ下には...というか同じ年だけど、弟がいる。

 名前はクラルス。正室...王妃殿下の子供で頭の良い馬鹿。

 人は見かけによらない、を体現している。

 さらりとした夜空の色の髪と、王妃殿下にそっくりな切れ長の、少し紫がかった濃い赤の瞳は正しく妖艶で、冷たい印象を与える。

 しかし見た目によらず馬鹿なので、私は彼の前では自然体でいられる。有り難い。


 その下にも兄弟はいるけど省略。


 私の話をしよう。


 私の名前はイリス・テネブラエ。公爵家の長女で、現在十六歳。

 噂ではミステリアスな完璧美少女として名を馳せています、うっふん。

 ふわっふわしてる金髪、柳眉の下には今にもこぼれ落ちそうなピンクっぽい赤の目、まつ毛は長く鼻筋は通っていて、口は小さく、背も低くて可愛いと評判なのですよ、ふへへへ。おっと、いい噂を思い出す度に口が緩んでしまう。平常心平常心。

 とはいえ噂は噂。面と向かって会話すると大抵「何だこいつ」みたいな反応されるので、なるべく目を合わせないようにしている。仕方ないじゃないかそんな反応されたら傷付くもの。

 ちなみに。赤い石のペンダントをつけているけどオシャレしてる訳ではない。


 そんな私の正体は、転生者もどきだったりする。


 私は前世の人格でもないし、そもそも自力で前世を思い出した訳でもないので、もどきだ。

 私の前世の人は、ごく普通の女性だったらしい。

 死因は老衰だから、それなりにいい人生だったのではなかろうか。

 しかし私は、正確には前世の記憶は持っていない。あるのは知識...前世の人の歴史だ。

 例えば、記憶は「昨日宝くじを買った。当たって嬉しかった」みたいものだけど、私にあるのは「昨日宝くじを買った。当たった」という事象のみだ。それに伴う感情は覚えていない。推測は出来るけど。


 その前世の人が好きだったらしい、二冊の小説がある。

 それは「転生少女は聖女になる」というタイトルで上下巻が出ており、そこそこ人気があった。


 実は、この世界はその小説と全く同じ世界なのだ。

 そして、シナリオ通りに、何回も何回も何回も繰り返されている。


 どういうことか?

 この世界に未来はない。

 小説、つまりシナリオが終わる場面に到達すると、その世界は消去され、また、一から...主人公の誕生から構成、作り直される。

 要するに、この世界は、主人公の誕生から彼女が幸せを掴む時までを描き続けている。

 もう、数えきれない程。

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