コミュ障令嬢とヒロイン
光が差し込んでくる。
私はゆっくりと瞼を開け、起き上がった。
「は?」
ルナが予想だにしていなかったような顔で、私を見下ろす。
「イリス!」
クラルスは、しかと私を抱き締めた。
体から温度が伝わってきて、彼が生きていることを実感し、思わず涙ぐむ。
クラルスは、微かに震えていた。
「良かった...」
「クラ...殿下、ありがとう」
ぽんぽんと背中を叩いて、その手に握られている赤い石に気付く。
そうか。殿下と、占さんのおかげで、私は助かったのだ。
きっとあの悪夢を見せていた闇の精霊は、石の何らかの力で消えたのだろう。
これは不思議な石だから。
「...あ」
視線をさ迷わせて、傍観している生徒達を目にし、ぞっとする。
私を憎悪していた皆は、今は何の表情もなく、ただただ立ち尽くしている。まるで人形のように。
これも精霊の仕業だとしたら。
私は殿下の手からそっと石を取り上げると、呟く。
「お願い...精霊に操られてる皆を、自由にして」
その途端、凄まじい風が吹き荒れた。
甲高い、何かを引っ掻くような不快な音が地上を満たし、突然出現した薄黒い影とぼんやりとした白い光が、石に吸い込まれていく。
次々、次々。この場だけでなく、この世界に住まう、筋書きの為だけに存在する精霊、闇と光が、たった一つの小さな石に収められていく。
やがて、風と音は止んだ。
茫然としていた皆が、目に光を取り戻していた。
「な、何が起きたんだ?」
「私、クラルス様に...」
「そ、そうだ。僕らは何てことを!」
皆が私と殿下の前で、真っ青な顔で陳謝する。
「乱暴を働いてしまい、も、申し訳ございませんでした!クラルス様!イリス様!」
「意識はあるのに、何故か体が急に意思と異なる行動をして...」
「言いたくもないことを、口が勝手に動いて...」
「あまつさえクラルス様の御身を押さえ付けるなど!」
「イリス様が蹴られるところを、ただ見ているだけでしかいられなかった!」
「言葉を、言い返すことも出来なかった!」
ちょっと待って、私蹴られたの?いつ?
「何だったんだ、本当に...!あいつのせいなのか?」
皆の刺々しい視線が、一斉にルナに向く。
それを受けたルナは、ようやく状況を把握したのか、叫び始めた。
「何で!?何で何で何で!何やってんだよ闇!ふざけんな!皆、何やってんの!?殺してよ!イリスとクラルスを、殺せっつってんだよ!!」
そう、彼女が命令しても、もう従う人は誰もいない。
皆一様に、怒りと戸惑い、狂人への恐れが入り交じった表情をしている。
「光!光!何やってんの、早く私を助けろよ!」
散々怒鳴り散らした後、激怒のルナは私を睨みつける。
「あんた、光に何したんだよっ!!」
「...精霊は、いなくなりました。もうあなたには何の力もありません」
「は、ぁ!?」
中身がこぼれるのではないか、という程ルナは目を見開く。
「ふざけんな...ふざけんなよ!!私は主人公、私に逆らっていいと思ってんの!?何ぼけっとしてんの皆!私に従えよ!殺せってんだよ!!」
「そんなの、出来ません...だって皆、一人一人に意思があるから」
意思がない人間が織り成す物語なんて、人形劇みたいなものだ。せやろ!?
カッチョよく決めた私に、ルナは一瞬怯えた目をした。
が、ドアが開く音でその変化は遮られた。
「これは...」
入って来たのはレックス殿下だった。
「兄上!?他でも何かあったのか?」
「...しばらく前、突如生徒達が放心状態になり、動きを止めた。私だけが平常だったため、見て回っていた。しかし先程になって急に自我を取り戻し、皆無事なのが確認出来たが...」
「兄上、心配無用だ。全ては、この女のしでかした事だ。そして、もうこの女には何の力も残されてはいない。そうだな?イリス」
「はい」
何故か得意気な殿下に頷き、困惑するレックス殿下を見つめる。
「レックス!レックス!助けて!私は何もしてないの!」
すると物凄く黄色い声と共に、ルナがレックス殿下に飛び付いた。
「なっ...貴様、兄上に何を!」
「ねえ、ルナ...もう、やめませんか?」
今更演技しても、もうルナがレックス殿下と結ばれる道なんて。
けれど、ルナは諦めることなく呼びかけた。
「レック...」
「すまない」
レックス殿下はルナを引き剥がし、何故か悲しそうに告げた。
「君は、誰だ?」
レックス殿下が何を言っているのか、私も、おそらく殿下も皆も、分からなかった。
そして、こちらに背を向けているルナの表情も、知ることは出来なかった。
「私は、ルナを知っている。彼女が私にくれたものは、あまりにも大きく...私は彼女に恩があるんだ。だから、彼女のことを忘れたことはない...だが、君のことは、何も知らないんだ」
どういう、ことなのだろうか。
レックス殿下は滔々と尋ねていく。
「君は誰だ?どこから来た?今まで何をしていた人なんだ?何歳なんだ?君の家族は誰だ?友達は?君を心配する人はいないのか?何故彼女の姿で、彼女の存在を乗っ取ろうとしているんだ?君の名前は?」
「あ、え、なに?」
明らかに、ルナの様子がおかしくなっていた。
震え、自分で自分を抱き締め、力が急に抜けたように膝をつく。
ちらと見えたその顔は、色がなかった。
ルナは、震える手を必死に宙に伸ばして、囁く。
「ひか、り......て」
そのまま、彼女の体がぐらりとよろめき、
「...ちょっとでも疑った、あたしが馬鹿だったみたいね」
寸でのところで持ちこたえ、堂々と立ち上がった。




