悪役王子とコミュ障令嬢
クラルス視点のお話。
後ろで誰かが倒れる音がした。
反射的に振り返ると、血が引いていく感覚を得る。
がむしゃらに奴らの手を振り払い、彼女の元へ駆け寄る。
「イリス!!しっかりしろ、おい!」
イリスは意識を失っているようだった。
その小さな体を抱き、揺さぶる。
何よりも大切なものを、守れなかった!
己の情けなさに歯噛みした時、軽い調子の声がした。
「大変だよねー、悪役って。痛い思いしなきゃなんないんだもん。私主人公で良かった!」
「き、さまあああああ!!」
すました顔にくってかかると、羽交い締めにされた。
「ぐっ、お前達...!」
俺を幾多の手で拘束しているのは、この場に居合わせた生徒達だ。奴らからはさっきまでの憎悪の表情が消え、何の感情もなくなっている。
ちょうど、女が言った操り人形の如く。
これでは、怪我をさせるのにも躊躇してしまう。
「貴様、こいつらに何をした!」
「私は何もしてないけど」
「この期に及んで偽りを述べるか!」
「はあ!?だ、か、ら!!私は何もしてないっつってんだろばっかじゃねえの!?」
女は逆上すると、倒れ伏したイリスの体を蹴飛ばす。
「なっ...!!」
「あんたさぁ、少しは状況理解しなよ?私は今!ここで!こいつを殺せるんだから!」
「くっ...!」
内で荒れ狂う激情を必死で押さえ込む。イリスを見殺しにする訳にはいかない。
「...何故、こんなことをした?」
「そんなの、私が知る訳ないじゃん?助言の通りにしたまでだよ」
「助言だと?誰からのだ」
「光だよ」
ヒカリ?そんな変な名前の人間がいるのか?
「私が今するべきなのは、あんたとイリスを拘束する。んで、とりま反逆者として処刑すんの。したら私とレックスは結婚してハッピーエンドってこと」
「何をふざけたことを...!俺達は反逆などしていないしそんなことは父上が許さん!そもそも兄上が貴様のような女と結婚などするか!」
「は?馬鹿なの?最初っからそうって決まってるんだから、今更変えられる訳ないじゃん?」
妄言を吐く女の相手など、するべきではなかった。
折角静めた怒りが爆発しそうだ。
黙り込んだ俺をどこか面白そうに眺め、女は戯言を口にする。
「イリスが魔王になったら、私を守ってね!」
意味の分からん言葉を並べ立て、女は「あー私ってほんっと主人公らしく勇敢だよね。早く王妃になりたい」などと喚いている。おそらく狂人の類いなのだろう、何故もっと早く気付かなかったのか。
拘束されたままイリスの様子を伺う。
時折苦しそうに呻き、身を縮めている。叶うなら抱き締めて安心させてやりたい。
ふと、イリスがペンダントをしていないことに気付いた。
ペンダントチェーンがイリスの近くに横たわっている。
あれは確か、イリスが十歳の時に、誰か...そう、いけすかない誰かからもらったものだ。
その効果は、イリスに近付く悪しきものを追い払うこと。
誰かから託され、約束...そうだ、過去に俺は、約束をしたのだ。
「イリス、大丈夫?」
「...はい」
十歳の俺は、最近のイリスの体調が優れないことに不安を抱いていた。
どうやら、眠るのが怖いらしい。悪夢を見るのだそうだ。
「夢の中で、私は...全部、壊そうとしてるんです」
「全部?」
「うん。キラキラした金色も、強い銀色も...優しい赤も。全部が嫌いで、怖いもので...私は黒に手伝ってもらって、それ全部、壊そうとするの。でも、銀色には白が協力してて...私は白にやっつけられちゃうの。それとね...変な声が」
「声って、どんな?」
「誰のかは分からない。けど...言うの。私は可愛いから、何をしても平気だよって。皆私を大好きだからもっと我儘でいいんだよって。そんなの駄目なのに。そんなだからメルは私を嫌ったのに」
俺は何を言えばいいか分からず、踞るイリスの頭をそっと撫でる。
イリスは幼馴染みで、昔は弱くて情けない俺を敵から守ってくれていた。
敵っていうのは、いちいち兄と俺を比較をしてくる奴らで、イリスは奴らに会う度に「クラルスはクラルスなの!レックスじゃないの!」と言い返してくれた。
強くて可愛い我儘な俺のイリス。イリスのためなら俺は何でも出来た。イリスの願いなら何でも叶えてやりたかった。
だがイリスは変わった。侍女に殺されかけて、弱くなってしまったのだ。
最初はどうしていいか分からなかった。だが次第に、弱くどうしようもないイリスを見るうちに、俺の中にある感情が生まれた。
イリスを守りたい、助けたい。もう二度と、イリスに悲しい顔をさせたくない。
俺は決意した。
今度は、俺がイリスを守るのだと。
にもかかわらず、悪夢と声に悩むイリスをどうにもしてやれない。
自分の無力さを嘆きながら頭を絞っていると、ある日、イリスは兄グラキエスと共に、誰かと会って、急に元気になった。
驚く俺にイリスは、「殿下、私、あなたを死なせないように頑張りますから...!」とよく分からない意識表明をされた。その首元にはペンダントが光っていて、珍しくおしゃれをしていたのが気にかかった。
誰がイリスを変えたのか、知りたかった。
俺は、イリスから聞き出した情報を元に、そいつのいる場所へ忍び込んだ。
「本当に嬉しいよ。まさか、君とこうして話せる日がくるなんて」
初対面なのに、そいつはやけに親しげに声をかけてきた。
そいつは変な奴だった。ぼんやりと薄暗い空間にいて、巷で人気な占い師のような格好をしていた。
「君はイリスに首ったけだからね。イリスの願いなら何でも聞いてしまう。それがイリスの為になると信じ込んで」
「...何を言っているのだ?」
「しかしイリスにとって君は何よりも信用のおける相手だ。君は最終的にしかイリスを裏切らないからね」
「俺がイリスを裏切るだと!?そんなことをするか!」
「するんだよ。筋書き通りならね。嫌だろう?」
「嫌だ!」
間髪をいれず答えた俺に、そいつはうっすらと嫌な笑顔を浮かべた。
「じゃあ...聞くよ。君には覚悟があるかい?イリスの為に他のものを犠牲にする覚悟が」
「...どういうことだ?」
「まあ聞いてよ。イリスにはボクのカケラでつくったペンダントをあげたんだけど、それはイリスから闇を遠ざける防具なのさ。でもそれだけじゃない。もしそれがイリスから奪われた時...イリスは闇に取り込まれて心が潰れてしまうだろう。ああ、可哀想なイリス!」
「な...!」
「あくまで可能性の話だけどね」
そいつは大仰な身ぶり手振りで説明し、最後に肩をすくめた。
「イリスが闇に飲まれた、そんな時...君は決断出来るかい?」
「何を」
「イリスを守る為に、君の魂のカケラを捧げる覚悟はあるかい?」
「カケラ...?それをしたら俺は死ぬのか?」
「いいや?けど、欠如の影響は大きい。常に虚無感に襲われることになるだろうね。それでもいいと...」
「当然だ。俺はイリスを守る。イリスがいれば、無気力になど絶対にならないからな!」
即答した俺に、そいつは一瞬目を細め、次いで朗らかに笑った。
「覚悟が決まってるなら、大丈夫だろう。ボクのカケラもきっと君の思いに応えてくれるさ...忠告しておくけど、生半可な気持ちじゃ、ボクのカケラは反応しないからね」
「その、カケラとやらがペンダントの石になっているのか?」
「そうだよ。しかも、赤い石だったろう?それはね、イリスが最も安心する色...つまり、君の瞳の色だよ」
「なっ」
突然の暴露に思わず狼狽えると、そいつはさも面白そうに笑い、
「さてさてと、君に教えてあげようか。ボクのカケラの力を、最大限発揮させる方法を。といっても簡単だよ。石を手にとり、君の、イリスへの本心からの願いを口にするんだ」
そうしてそいつは、イリスを守る方法を、俺に授けた。
「イリスを守ってあげてね。約束だよ?」
そいつは、柔らかく微笑した。
そうだ。俺には、まだイリスを守る術がある。
どうして今頃思い出したのだ!
ペンダントについていた筈の赤い石を、必死で目で探す。
ない、ない、ない。どこだ!
不意に、さっきイリスを揺さぶったことを思い出す。
あの時、そうだあの時は?
自身の体周辺に目を走らせると、足元に赤い輝きがあった。
女に操られている生徒達に羽交い締めにされているため、手は動かせない。
どうにかしなければ...。
女に命令させるしか、ないか?
俺は悟られないように、煮え滾る感情を抑え、なるべく優しい声をかける。
「...なあ、離すように言ってくれないか。この体勢、結構きついのだ」
「え?あー、別にいいけど?あんたが何しても無駄だし。何すんの?最後の思い出としてイリスの寝込み襲うの?別にいいけど、やるんなら隅でやってね」
ふざけた回答に怒りで震えながらも、俺は操られた生徒達の手から解放された。
即座に石を手に隠し、叫ぶ。
「イリス!お前は、俺が...守るんだ!」
女がぎょっとした。だが、もう遅い。
「イリス!戻ってこい!」
その瞬間、イリスの体から黒いもやのようなものが引きずり出され、金属音のような悲鳴と共に石に吸い込まれていった。




