コミュ障令嬢の消失
最近は、ルナの噂で持ちきりだ。
曰く、男爵家の庶子が、ダンスパーティーで第一王子と踊った。
曰く、その少女は第一王子と親密である。
曰く、第二王子とも親交がある。
曰く、皆のアイドル(私らしい。えへ)と敵対している。
曰く、女神の如く美しい。
曰く、王子を手中に収め、学園を支配しようとしている。
曰く、王国をも支配しようとしている。
曰く、世界征服を目論んでいる。
ちょっとスケール大き過ぎじゃないですかね。
私そんなモンスターと対等になんて戦えませんよ。
とにかく、そんな噂が流れている為、ルナは注目の的になっているのだ。
加えて嫌がらせ等々も受けているらしい。
主人公さんだし大丈夫だとは思うけど、自棄にはならないでほしいな。
取りあえず、ルナは有名人になってしまったのであのサロン以来接触はしていない。
もしルナと会話しようものなら人々がこれでもかと集まり衆目に晒されることは目に見えている。
コミュ障にたくさんの人がいる前で声が出せる訳がないのだ。
今のところシナリオとはだいぶ齟齬が出ている。
シナリオでは今の時期だとルナはイリス、レックス殿下と仲を深めようと行動して、クラルス殿下(イリス)に初めての嫌がらせをされる。ちなみにその嫌がらせの内容ってのは、散々罵詈雑言をしたためた置き手紙だ。
しかしクラルス殿下はそんなことしない。だって私はルナに何もしないから殿下に嫌がらせの命令もしない。そもそも殿下は私の言うこと全てなんて聞いてくれない。
そういう訳で、私は安心していたのだ。
私が何もしなければ、それだけでシナリオとは離れるのだと。
「...殿下、今何て?」
「だから、あの女に一矢報いてやったと」
「て、手紙を、出したんですか?」
「そうだ。といっても考えたのは俺ではないのだ。フロースの奴は頭が良いな」
何やってくれてんのじゃ!フロースさんも何やってんですか!
叫びそうになるのを堪える。だってここお昼休みで賑わうカフェテリアもとい談話室だからね。そんな度胸ないからね。
私は少しずつ整理していく。
「な、何故そんなことを?彼女が、何をしたって言うんですか」
「あの女は兄上にふさわしくない。それなのに兄上は奴を許容する。奴が図々しく俺に近付いてきたのもそうだが、俺は奴を許せる気がしない。口で言っても分からないならこうするしかないだろう。手紙なら目に見えるし残るしな」
ブラコンめぇ!
「あ、あの...お願いがあります、殿下」
「ん、何だ?」
「彼女にそういうことをするのは、金輪際止めてください」
「...何故だ?」
眉を寄せちょっと不機嫌になる殿下。外面美人だから迫力あるんだよなあ。
びくつきつつ私はまずは一般論で攻める。
「殿下ともあろう方が、そんな卑怯なことをしていいとは思えません」
「卑怯だと!?」
ひぇっ!声大きいわ馬鹿!
ビビりながらも頷く。
「そ、そうです。差出人の名前も書かずに手紙で脅すなんて、自分は安全地帯にいながら相手が慌てるのを見物しているようなものじゃないですか」
「いや、名前は書いたぞ」
書いたんかい!
「...ええっと、それは、まあ良かったです」
「そうだろう。何も恥じることはないからな」
殿下は満足気に首を振り、ふんふふんと足を組む。
くっ、足長め...!
いやそうじゃなくて。
「手紙の内容は?」
「兄上にふさわしくありたいならば、余所見をせずに血を吐くような努力をしろ、だったかな」
「はあ...そうですか」
普通の激励じゃねえか。
胸を撫で下ろした私は、すっかり冷めてしまったお茶をずずっと飲んだ。
「ん?」
ふと、殿下が何かに気付いたように目を細めて遠くを見る仕草をした。
何事かと振り返ると、
「イリス様!クラルス様を誘惑するのは止めてください!」
ふぁっ!?
そこには、ファイティングポーズをとったうるうる目のルナがいた。
「クラルス様は純粋なお方です。貴女の毒牙にかかって操り人形にされるなんて、なんて可哀想な!」
ル、ルナサン?何言うてはりますのん?
おっとよく見たらファイティングポーズじゃなくて「ファイトだよ!」のポーズだったよハハハうっかり。
「私、全部分かってるんですよ!貴女が闇の精霊を従えていることも、魔王になろうとしているんだってことも!」
何を言ってるんだ、この人は。
「貴女が、世界を支配しようとしているんだってことも!」
それは、あなたじゃないですか。
言葉が出てこない私の耳に、周りの声が飛び込んでくる。
「イリス様が...!?」
「そうだったのか、イリス様は我々の敵だったのだな!」
「ひどい、騙されてたんだわ!」
...は、え、はあ?
恐る恐る見渡すと、その場にいる全員が、私を、憎悪で睨みつけていた。
まるで、私を殺そうとした彼女のように。
「な、何だこれは!?」
殿下が驚きで立ち上がり、怒号する。
「お前達!何のつもりだ!!」
いつもならびくっとする大声が、今はとても頼もしい。
その声に反応したのか、彼らは「消えろイリス!」「信じてたのに!」「裏切り者め!」と叫びながらぞろぞろと迫り来る。
殿下は彼らを鬼のような目で見回し、吼えた。
彼らに拘束されまいと孤軍奮闘する殿下の背中に思わず見惚れた時、至近距離で彼女は囁いた。
「そのペンダントで、闇の精霊を操っているんですよね?」
はっと視線をルナに戻すと、すぐそこに彼女はいて、私のペンダントを今にも引きちぎろうと迫っていた。
「や、やめっ...」
「...仕方ないっての。シナリオ通りにはもう無理だから、結末だけ同じならそれで妥協するってさ。私はクラルスもほしかったけど、レックスだけで良しとしてやるよ」
傲慢に言い放ちながら、彼女は私のペンダントのチェーンを何故か光り輝いている指先でちぎった。何故、そんな怪力があるの?
肌身離さず付けていたペンダントが、こぼれ落ちていく。
私の、守護が、消えていく。
「ああ、やっとだ。また会えて嬉しいよ、イリス」
おぞましいその声に、私の意識は闇に引きずり込まれていった。
誠に勝手ながら、この話を持ちまして毎日更新を終了し、隔日更新とさせていただきます。
次回の更新は四月一日です。




