コミュ障令嬢は雲行きを伺う
悪目立ち、という言葉がある。
悪い意味で目立っているということで、今の彼女は正しくそれだった。
無論、ルナの話である。
レックス殿下と踊ったのだ。当然だが、彼女は一躍話題の人となった。
今までは女の子達が私に近付くなと注意したり、レックス殿下の過激派のファンの子達が嫌がらせをしてたんだけど、今ではもう学園の高貴なる方々がルナを陥れようとあれこれ画策しているのが私にも伝わってくるのだ。
そして現時点で私は後悔している。
ダンスパーティーが終わり何日かしてから開いたサロンに、ルナを招いたことを。
う、浮きまくってる!ルナ、遠巻きにされてる!
ああもう、私の馬鹿め!何でこうなるって予想しなかった!面倒くさくて前回の面子をそのまま集めたからだよ!
「...あれが...噂の...」
あちらこちらでひそひそ話をされてる。なのにルナは気にせず一人でお茶を吟味してるよ!?メンタル強過ぎじゃないですかね!?
全く困ったものだ。さっきから色んな人に「ねえイリス様、あの人、好ましくないですわよねえ?」とかにっこり持ち掛けられてるのだ。
どうしよう、怖い。終いには泣く。
「...ねえ、貴女」
「...あ、はい。何ですの?」
ぎゃっ!
お茶を濁した私に業を煮やした方々がルナに直接いった!
「貴女、この場の雰囲気に相応しくないと、言われなければ分かりませんの?」
「...それは...わたくしも、イリス様にお招きされた身ですので...」
「イリス様も、貴女に迷惑していますのよ?それを伝える為にこの場に呼んだのですもの」
「ねえ、イリス様?」とマジもんの暗黒微笑。背筋が凍るぜ!
どう答えればいいか迷う私の隣からフロースさんがずいっと前に出る。
「その通りです。レックス様だけでなくクラルス様にも近付くなど、恥知らずとは思わないんですか!?」
フロース、お前もか!
殿下の名前が出た途端にざわざわと声が辺りを埋め尽くす。
あわわばばば、どうしよう!
好感度が!折角上げた好感度が!
「まさか、クラルス様にまで!?」
「何て人なの、イリス様がいながら!」
「これだから平民上がりは...!」
ルナが眉根を寄せて「お言葉ですが」と言い返した時だった。
「...レックス様も、彼女の押し付けがましさにはうんざりと仰っていましたわねぇ」
それは、他の悪意ある声とは違った。
発言者はフルメン公爵令嬢のラミアさん。ヘーゼルの流し目がセクシーなお姉さんだ。
彼女の声はどこかのんびりとしていて、ルナを傷付ける為の発言ではなく、真実を語っているのだと否応なしに思わされた。
ルナは、それを聞いて初めて大きく感情を表した。
目を見開き、言葉を紡ごうとしていた口をぱくぱくと開閉させた。
「あら、本当ですの?ラミア様」
「ええ、確かですわよ。彼女が立ち去った後に偶然お会いして、お疲れのご様子でしたから、僭越ながら声をかけてしまいましたの」
「それで、レックス様は何と?」
「困ったものだ、と。大概にしてほしいと仰っていましたわねぇ」
「あらあら、まあまあ!」
意地の悪い笑みを浮かべ、令嬢方はルナを追い詰める。
「あのお優しいレックス様にそこまで仰らせるなんて!貴女、何て人なの!」
「レ...レックス、様が、そんなこと...」
「ラミア様は偽りなど仰りませんわよ!」
ルナは何事かを口の中で呟き、俯いた。
でも、私もラミアさんは嘘は言ってないと思うんだ。
ルナがレックス殿下に積極的だったのは事実だし...理想の王子様たるレックス殿下がそんなこと言うなんて、っていう驚きはあるけど。
...うん。嘘は言っていないと思う。誇張はしてるだろうけど。
「...ぅ、ぐ...」
「ねえ、どうしましたの?ようやく自分の愚行に気付きましたか?」
うわ、ねえねえ今どんな気持ち、だ!
ルナは俯いたまま、小さく震え出す。
「何か言ったらどうなのよ!」
「づ、ぁ...あっ、く、うぅ...!」
「...な、何よ?」
...ルナ?
呆気に取られる私達の眼前で、ルナは震える両手で頭を抱え、膝を着いた。
気のせいなのか、錯覚なのか、光が見える。
ルナの周りを忙しなく飛び回る、ちかちかと瞬く何かが。
「はっ、ぐぅううう、な、なに...い、や、やめ...」
「ル、ルナ、さん!」
慌てて彼女の元へ駆け寄り、丸めた体に触れようとした瞬間。
「...これで、いいの」
口元を歪ませたルナが、素早く静かに立ち上がった。
私の伸ばした手は彼女には届かず、宙を掴んだ。
光も、何も、もう見えない。
「......あのっ、ごめんなさい、空気を悪くしてしまって。私...出ていきますね、本当に、ごめんなさいっ...!」
まるきり態度を変えると、涙目のルナは談話室を飛び出していった。
しばらくの沈黙の後、元凶と言えるラミアさんの「頭の調子が宜しくないのかしらねぇ。お可哀想に」という同情の言葉で、再び時が流れ始めた。
成程。頭がおかしいのか、それなら納得した。
そんな空気になりつつある中、私はフロースさんに導かれよろよろと席に戻り、思う。
ルナのあの変わり身の早さは、一体何なのだろうか。
時々ああいうか弱い儚げ風になるけど、本当はルナはカッコいい女の子なのだ。
運命なんてどうでもいいと言い切る、強い女の子なのだ。
だから、シナリオを破壊する私の敵にはならないと、そう信じている。
心配することは、何もない筈、なのだ。




