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理想の王子様とヒロイン

レックス視点のお話。

 綺麗な瞳だと思った。

 自分が持つ空の色ではない。見たことはないが、それは深い、深い海の底を連想させた。

 海が自分を見つめて、言った。


「助けてくれて、ありがとう」


 ああ、温度を奪った意味は、あったのだ。




 その子供は、独りだった。


 王の血を引いてはいるが、決して正統ではない。母は身分の低い、ただ見目麗しいだけの女性だった。

 彼女は子供を愛した。美しい己の分身として、溺愛した。


 子供は容姿端麗なだけならば良かったのに、発育していくと無駄に優秀なことが発覚した。元は他国の姫君で、正室である王妃殿下は、聡明故に妬みはしながったが、疎ましく思っておられるのは事実だった。


 子供が生まれて数ヶ月後、殿下は嫡男を産み落とされた。

 殿下によく似ている子だ。皆から祝福され、子はクラルスと名付けられた。


 クラルスは素直な子だった。誰からも愛され、我儘を許され、すくすくと、一切悪意に触れることなく育った。

 そんな環境でもクラルスは傲慢にはならなかった。それは彼女の役割だったからだ。

 父であるフィリウス陛下の弟、カエルムの愛娘のイリス。彼女は典型的な我儘令嬢だった。

 クラルスはイリスに常にくっつき、イリスの言うことに従い、つまりイリスに依存していた。

 イリスもイリスで、自分がいなければ何も出来ないクラルスを気にかけ、庇っていた。


 大人になれば、クラルスは王となりイリスは王妃となるのだろう。皆がそう思っていたし、疎ましい側室の子供も例外ではなかった。


 状況が変わったのは子供達が七歳の時だった。

 イリスは、最も信頼していた侍女に裏切られ、殺されかけた。

 そのせいで彼女は有り余っていた自信を失い、寡黙に、感情を表に出さなくなった。


 慌てたのはクラルスだ。


 今まで頼りにしていた少女が一変し、最初は戸惑い彼女にまた自信をつけさせようとしていたが、次第にそれではいけないと悟り、己を変えることを決意し努力し始めた。

 結果、クラルスは頭脳明晰と称えられつつも親しみやすいと皆から慕われる王子へと変貌した。


 かつて優秀と言われた側室の子供は、何も変わらなかった。

 イリスが、クラルスが変化しようが子供には何ら関わりのないことであり、ただ自分に課せられたものを必死でこなしていた。


 子供は愚かだった。広くも狭い城の中しか知らず、外に広がっている世界など見向きもしなかった。

 子供の見る世界には色がなかった。温かさも冷たさもなかった。

 歪な愛しか受けていない子供には、全てがくすんで見えた。全てに温度がなかった。

 ただ己のように美しくあれと言う母も、お前には期待していないと言う父も、初対面で嫌いと言ってきた弟も、弟を苛めるなと叫ぶいとこも、全てが自分を追い込む黒い影にしか見えなかった。


 それを変えたのは、子供を強引に外に引きずり出したのは、一人の男だった。

 グラキエス、という名前の彼はイリスの兄であり、正しく完璧とされる者だった。


 グラキエスに手を引かれ、子供は広大な世界を知った。

 グラキエスに引っ張られ、子供の世界は色付けられた。




 子供は十歳の時、グラキエスに誘われ魔獣討伐の任務に参加した。

 群れからはぐれた魔獣が、ルークス男爵の領地で目撃されたからだ。子供は初めて外で剣を携えた。


 側室の子供とはいえ王子は王子。子供は戦士に守られ、魔獣を発見、戦闘するのを傍観していた。

 魔獣は強いが、単体では訓練された戦士達に敵わず、やがて重症の体を懸命に使役し風のような速さで逃亡した。

 戦士達が、魔獣を追いかけるのと負った怪我を処置するのとで別れた折、お守りの戦士は子供からふと目を離した。

 子供はそっと、一人でその場を抜け出した。

 それに気付いたのはグラキエスだけだった。


 何故子供は愚かにも単独行動をしたのか、誉れを得たかったのか、戦いを前にして血が滾ったのか。

 どれも違う。とにかく、あの真っ黒なものを逃がしていけないと奮起したのだ。


 走って、走って、走って、子供は魔獣の姿を捉えた。

 魔獣と相対している、固まっている少女の姿も。


 頭が真っ白になった。

 義憤も勇気も恐怖も、何も意味をなさなかった。

 子供は何を思うこともなく、ただ教えられた通りに剣を振って、魔獣を殺した。


 やがて子供は自分がしたことを自覚する。

 目の前には二つになった魔獣の、残骸があった。

 生きていた、命があった、温かかったものが、真っ赤な血を夥しく流して、もう、動かない。


 温度があるものが、温度を感じない子供の手で、死んだ。

 子供が殺していいものでは絶対になかった。

 温度を感じる誰かが、するべきだったのに。

 自分では温度を感じられない。死を悼めない。


 これは子供の罪だ。

 罪だ、罪だから罪なのだから罪であるから罪があり罪を負い罪を感じて罪に喘ぎ罪を償うべきで罪は罪が罪の罪で罪に罪を罪を罪を罪を罪を罪を罪を罪を罪を罪を罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪!


「ぐ、お、おぇえ...」


 子供は体に任せ、胃の中のものを吐き出した。


 おおよそ王子としてやってはならないことを、よりにもよって女人の前で、子供はやってしまった。

 耐えがたい醜態を目の当たりにした少女は、しかし悲鳴も上げず嘆息もせずに、子供の背中をさすった。

 子供が十年生きてきた中で一度もされなかったことを、少女はいとも容易く行ってみせた。

 少女の手は優しく温かかった。


「生き物を殺したのは初めてだった」


 情けない子供の告白にも、少女は笑うことなく、礼を述べた。


「助けてくれて、ありがとう」


 子供は少女の瞳に魅入った後、少女に尋ねた。


「...君の、名前は?」

「あたしはルナ。あなたは?」

「僕はレックス」


 子供はその時程、強く名前を胸に刻み込んだことはない。


 少女に触れられて、子供は世界に温度を感じた。


 愚かな子供は、ここでようやくレックス・ファートゥムとなった。







 私には理解が出来なかった。

 そこにいるのは、紛れもないルナであり、六年前より美しくなっていることは確かであるが、ルナである筈なのだ。

 けれど寄ってきた少女を前にして、心は彼女であることを否定する。


 誰だ、君は?


 そう問おうとするのを必死で制し、私は笑顔をつくった。


「やあ。初めまして。私はレックス・ファートゥム。君は?」

「はい!私、ルナ・ルークスと申します!よろしくお願いいたします!」


 何を馬鹿な。

 この少女が本当に、彼女であると?


 理解が出来なかった。心が否定していた。


 私を変えたのは、二人。

 愚かな子供に世界を示し色を与えたグラキエス。誰も省みない子供に礼を言い、温度をくれたルナ。

 二大恩人と名付けた、その内の一人が目の前にいる。

 いる筈、なのだ。




 ダンスパーティーの前日、私は未だパートナーを決めていなかった。

 誰を誘っても応じてくれるだろうが、誰を選ぶ気にもなれなかった。

 それはきっと、彼女がいるからで、彼女がいないからだ。


 暖かな夕焼けを背に、美しく光を浴びる瑞々しい草木と鮮やかな花を眺める。庭園は、これ以上ない美しい場所だ。


「レックス、様!」


 ああ、君か。

 少しだけ辟易としながら振り返って、瞠目した。


 細やかな緊張を表しながら、彼女は「あの、わたくし、その」と言い惑った。


 嬌態としていた少女はどこへいったのか。

 それとなく尋ねた六年前のことを、仕方ないとはいえ覚えていないと私に分からせたのは誰だったのか。

 本当に、君は、何なんだ?


 浮かび上がる疑問を全て押し留め、私は心から笑った。


「やあ、久しぶり。ルナ」




 ルナは私と同じく、六年前のことを全て覚えていた。

 しばし過去の話に花を咲かせ、やがてルナは緊張した面持ちで言った。


「レックス...明日、もし相手が」

「ルナ」


 彼女の言葉を柔らかく遮り、私は彼女に手を差し伸べた。


「どうか、私と踊っていただけませんか」

「...っ!ふ、ふん!ヘマしないでよね!」


 頬を赤らめ、しかしそれがどうしたとばかりにルナは高らかに告げ、反しておずおずと手をとった。


「...ルナ、君は...」

「な、何よ?」

「...いや、何でもないよ」


 君の中にいるのは、一体誰なんだ?


 約束の後では無粋過ぎるそれを、そっと飲み込む。

 彼女がいた。それで充分だと自分を誤魔化して。

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