ヒロインと理想の王子様
ルナ視点のお話。
「何て醜い子なんだろう」
ことあるごとに、周りはそう言った。あたしは否定せず、それを甘受して育ってきた。
あたしは旅芸人の一座の一員として生を受けた。
母は旅芸人の一座にいた踊り子で、父は行きずりの母を一目見てその美しさに惚れ込み、一晩を過ごした。
運の悪いことに、母はそれだけであたしを身籠った。
けれどそれを父に伝えることはなく、一座の皆に手伝われながらあたしを産んだ。
母はあたしを産んですぐ、事切れた。
あたしは一座の皆に育てられ、四歳までは皆と共に旅をしていたが、母の訃報をどこから嗅ぎ付けてきたのか、父はあたしを強引に引き取り、ルークス男爵家に迎え入れた。
父には正妻がいた。そして娘もいた。歓迎される筈もなかった。
父は母に似ているあたしを、娘として見なかった。
あたしを母の名前で呼び、休暇の時は一日中隣にいた。まるで、あたしを母に見立てているかのようだった。
父がいない時は、正妻...奥様はあたしに様々な仕事を押し付けた。掃除、洗濯、炊事、裁縫があたしの日課だった。
何とかそれをこなしても、奥様はあたしを認めることはなく、顔を歪ませて言った。
「何て醜い子なんだろう」
仕事をうまく出来なかった時は、奥様はそれ見たことかとせせら笑い、同じ文句を口にした。
あたしの異母姉は、そんな奥様を真似し、会う度にあたしを罵倒した。
ある時、誰かがあたしに囁きかけた。
「大丈夫、君は可愛いよ」
それは誰の言葉だったのだろう。父か、あたしを哀れんで優しくしてくれた侍女か、それともあたしの心の奥にあったものだったのだろうか。
とにかく、あたしはそれを聞いて思った。
周りがあたしを醜いと言うその度に、あたしは自分を可愛いと思おう。
「何て醜い子なんだろう」
大丈夫。あたしは可愛い。
「お前の母さえいなければ!ああ、何て忌々しい子だ!」
大丈夫。あたしだけはあたしを愛してる。
「お前が私の妹なんて、恥よ!」
大丈夫。あたしは立派だよ。ちゃんと仕事もしてる。
辛いことがあったら、あたしは自分を褒め称えた。やがて本当に自分は可愛いのだと思えるようになった。
あたしは、そうやって生活してきた。
あたしが七歳の時だったろうか。
いつも通り床磨きをしていたら、激烈な頭痛に襲われた。
思わず頭を抱え膝をつく。呻き声を聞きつけて背中をさすってくれる人なんていない。ただ耐えることしか出来ない。
あたしがあたしでなくなるような、そんな感覚がした。
何とかその時は収まったけど、それからあたしは頻繁な頭痛に悩まされるようになった。
時折誰かがあたしに囁いた。「筋書きに従うんだ」と。何のことかさっぱりだったけど。
忘れもしない、十歳の時。あたしは彼に出会った。
誰かが囁くのは、日常茶飯事になっていた。そしてそいつが頭痛を引き起こしてるんだってことも、あたしには分かっていた。
ある日あたしは、慌てたように「絶対に森へ行ってはいけないよ」と囁かれた。
今まであたしを散々苦しめているくせに、どうしてあたしがそれに従うと思うのだろう。
あたしは少しは意趣返しをしてやろうと、お屋敷から少し離れた森へと、仕事を終わらせてから向かった。
囁きはあたしに「駄目だ」とか「止めてくれ」とか喚きたてたけど、絶対に戻るつもりはなかった。
しばらく歩いていると、唐突にそいつは飛び出してきた。
体中を覆う真っ黒な体毛、爛々と赤く光る鋭い目、ナイフよりも切れ味がよさそうな爪。
まるで子猫のような体躯だったけど、見た瞬間にそれがどれほど凶悪なものなのか理解出来た。
魔獣だった。
どうしてこんなところに、とか、どうすれば逃げられる、とか、そんな考えは吹っ飛んでしまった。
あたしはどうしようもなく、ただただ震えていた。
魔獣があたし目掛けて、飛びかかる様を凝視していることしか出来なかった。
「あ、あああぁあ!!」
その声は、あたしのものではなかった。
魔獣を、きらめく刃が真っ二つに斬り裂いていた。
剣の主は、あたしと同じ年くらいの金髪の少年だった。
「はあ、はっ、はあっ...」
少年はしばらく荒い呼吸をしていた。やがてその碧眼で、血を吹き出す魔獣の死骸を見つめると、
「うぐっ...ぐ、お、おぇえ...」
嘔吐した。
あたしは少年の震えが収まるまで、背中をさすっていた。
踞ったままの少年は、不意にぽつりと呟いた。
「生き物を殺したのは初めてだった」
「...そう」
「さっきまで、あれは生きていたんだ。僕が...その命を奪ったんだ」
「...あたしは、そのおかげで死なずに済んだ」
ぱっ、と少年はあたしに顔を向け、まじまじと見た。
あたしは精一杯の感謝を込めて、言った。
「助けてくれて、ありがとう」
「僕は...夢中だったんだ。誰かが襲われてるなら、助けなきゃいけないと、必死だった。...君の、名前は?」
「あたしはルナ。あなたは?」
「僕はレックス」
レックスが更に何か言おうとした時、がさがさと歩いてくる音がした。
姿を現したのは、背の高い男の人。
「殿下!ご無事ですか」
「あ...グラキエスさん」
「全く、魔獣を追いかけていった時は肝を冷やしましたが...どうやら対処出来たようだ。その子は」
「彼女はルナ。魔獣に襲われていて」
「...成程。保護すべき対象か」
保護という言葉に、あたしは慌てて立ち上がった。
保護なんてされたら、奥様に何て言われるか知れたものだった。
「大丈夫です、あたしは一人で帰れます」
「え、でも」
「レックス、本当にありがとう。さよなら!」
あたしは逃げ出した。
父の領地ではぐれ魔獣の目撃情報があり、討伐隊が組まれていた、ということを知ったのは、しばらく後でのことだった。
そしてレックスと出会ったその日を境に、頭痛は止み囁きは消えた。
その頃から、あたしは前世の記憶を少しずつ取り戻していた。
ここが、「転生少女は聖女になる」という小説の世界であることも、小説では自分が主人公であることも、小説では最終的にレックスと結ばれることも理解した。
けど、あたしは小説の通りに動こうとは思わなかった。だって、あたしは小説の内容を一言一句全てなんて、覚えていなかった。そんなのを真似してもどうせボロが出る。
だから、あたしは自分の力で、レックスと一緒になりたいと思った。
十六歳になって、学園に入学すると、そこには小説通りイリスがいた。
小説の挿し絵で見たものよりずっと、可愛かった。
小説なら入学式でイリスが具合が悪くなるけど、そんなことはなかったので、彼女はあたしと同じく転生者なのかと思った。でも考えても分からなかったから、呼び出して質問してみた。
そうしたら彼女は転生者だったので、ちょっと親近感を得た。
あたしはクラルスには興味がなかったから、それを伝えた。余計に敵視されたくなかった。
六年後のレックスは、そんなに変わっていなかった。
でも、華やかな女性達に囲まれていることが多くて、なかなか声をかけられなかった。そもそも、彼が一度会っただけのあたしを覚えているとも思えなかった。
イリスにドレスを貸してもらったダンスパーティーの前日の、夕方。ようやく一人でいるところを見つけて、勇気を出した。
「...レックス、様!あの、わたくし、その...」
言葉に詰まるあたしを、レックスは笑い、
「やあ、久しぶり。ルナ」
レックスは、あたしを覚えてくれていた。




