コミュ障令嬢は踊る
男は女を情熱的にエスコートし、女は男に優雅に応える。
軽やかな音楽が華を添え、きらびやかな空間を更に盛り立てている。
誰もが微笑し踊り狂う中で私が思うのはただ一つ。
早く終わってください...。
少しでも殿下に報いろうと覚悟した私だったが、元々人付き合いが苦手な奴がこんなキラキラした場所にいて苦痛でない訳がなかった。お部屋に帰りたい。ベッドが恋しい。
幸いにも会場(学園の敷地にある会堂である)の隅っこにはお菓子が設備してあったので、モチベーションを保てているけど。
いやまだちょっと足りない。もう少し、もう少しくらい甘味を補給してもいいですよね...?
発作的に震える手を伸ばしたら、優しく掴まれた。あふん。
「イリス、もうその辺にしておけ」
「...あう」
私からお菓子を妨げる殿下は「くっ...そんな悲しそうな顔をしても駄目だ!...いやでも少しくらいなら...駄目だ、駄目なのだ!」と喚いている。喚きたいのは私の方よ。
お菓子を巡った攻防を繰り広げていると、急に会場内がざわつき始めた。
「な、何故レックス様が...!?」
「どういうことなの!?」
レックス殿下がどうかしたのかな。
何気なく騒ぎの中心に目をやったら、目玉が飛び出る程驚いた。
レックス殿下と腕を組んでいるのが、パートナーが、ルナだったのだ。
「...兄上は非の打ち所がないと思っていたが...女を見る目がないのか。意外だな」
殿下、それだいぶ失礼ですよ。
いやでも本当にびっくりした。ルナがレックス殿下を誘おうとしてたのは知ってたけど、レックス殿下がまさか了承するとは思わなかった。
「ん?イリス、あれお前のドレスだろう?」
...はい?
私がルナに貸したドレスは、私が今まで一度も着たことがない青を基調としたちょっと派手なひらひらしたやつだ。ルナの銀髪に割と似合ってると思う。
魔境と化した洋服棚の奥から引っ張り出したやつなのだ。
持ち主の私ですら存在を忘れていたというのに、何故あなたが見たことないものの存在を知っているんですかね!?
やっぱりこの人結構危ないんじゃ...。
物理的に距離を取る私に「?」という顔になる殿下。騙されませんよ。
「レックス様の隣にいる女は一体誰かしら?」
「ルークス男爵家の次女...庶子ですね。母親は流浪の踊り子で、男爵に見初められ子を成したそうです」
「あらあら、道理でそぐわないと思ったら...レックス様は本当に、お優しいこと。あのような発情した下賎な雌にも夢を見せて差し上げるなんて」
何か不穏な会話が聞こえるんですが...!
いや、違う。私は何も聞いてない。何も知りませんから!
耳を塞ぎたくなるくらい、ルナへの心ない言葉が会場を満たしていく。
ルナとレックス殿下には聞こえないんだろうか?
改めて観察すると、レックス殿下は平常と何ら変わらず穏やかに微笑んでいるし、ルナはずっと目線を伏せてどこか緊張しているような雰囲気を漂わせている。
うーん、美男美女。
ヒロインとヒーローはやっぱオーラが違うや。
ぼけっと二人を見守っていた私は、「そろそろ俺達も踊るか」という殿下の発言を聞き逃していた。
「よし、いくぞイリス」
「え、あ、うぇ?えああああ」
殿下に手を引かれ、私は踊場の中心に巻き込まれていった。
何とか一曲踊りきり、私は精魂尽きてお菓子を貪ることに集中していた。うまうま。
そこへ何故か涙ぐんだフロースさんと、そのペアの男性が。
「イリスさん、お疲れ様でした。私、感動いたしました。心が浄化されるようでした...っ!いえ、浄化されました!」
「あ、ありがとうございますフロースさん」
フロースさんはこう言ってくれるけど、実際私の踊りなんてひどいもんなのだ。だって私、背が低いから、長身の殿下と踊るとまるで戯れる父親と娘みたいな感じに...駄目だ思い出すんじゃない!布団をかぶって足をばたばたさせたくなる!
「イリスさんはこんなにも感動を与えられるというのに...何なのですか、あの女は」
おや、フロースさんもルナが嫌いなのかい。
ルナは特にそつなく踊りをこなしていたけど、皆はそれでもルナが気に食わないようだ。ルナはレックス殿下に劣らず、すごく綺麗なんだけど、それが更に火に油を注いでいるみたい。
「フロース、後で会議だ。議題は分かっているな?」
「承知しました裏か...クラルス様」
フロースさんと殿下が結託しているようだが、何かするんだろうか。
まあいい。私はもうちょっとお菓子を接種するんだ。あとちょっとだけ。ちょっとだけだから...。
後日。
ドレスを返してもらおうと戦々恐々としながらルナを訪ねると、あっさり承諾された。私のドレスを自分のだと言い張ってたのは何だったんですかね...。
「...本当にありがとう。借りは返すから、何かあったら言いなさいよね!」
あらやだルナったら赤面してるじゃないの!赤くなりながらお礼言ってるじゃないの!照れ屋さんなんだからぁ!
「...ふ、ふん!あたしは記憶力がいいから、借りを忘れたりなんかしないんだから!」
いやそれは嘘ですって。




