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彼女がコミュ障になった訳

遅筆で申し訳ありません。

短編とは違った感じになっておりますが、それでもよろしければ、是非。


イリス七歳のお話。

 メルが熱を出した。

 どれだけいとこのクラルスが間抜けで、そばについててあげないといけないかをたくさんお話してたら、急に倒れてしまった。


 メルはわたしの侍女で、記憶がないくらい昔からわたしの世話をしている。

 「仕方ありませんね。全く、お嬢様は我儘ですこと」って笑いながら、何でもわたしの言うことを聞いてくれる。

 いつでもわたしの話を熱心に聞いてくれる。

 いつでもわたしが呼んだらすぐに来てくれる。

 そんなメルが熱を出した。初めてのことだった。


 代わりの侍女がわたしの世話をすることになったけれど、メルみたいにわたしの気持ちを察してくれなかった。

 わたしを褒めてくれなかった。

 それをお父様に言ったら、その侍女を解雇してくれた。

 お父様はわたしの言うことを何でも聞いてくれる。メルみたいに。だから好き。


 メルの熱は三日も続いた。

 悪い病気ではないか、と思ったけれど、そんなことはなく、時間が経つにつれて熱は下がった。

 完璧に元気になってから、メルはわたしの侍女に戻った。


 わたしの部屋にやって来た久しぶりのメルは、何だかやつれて見えた。

 だから「大丈夫?ちゃんと元気になった?」って聞いてあげた。

 でもメルは答えなかった。

 何も言わずに、半開きになっていたドアを閉めた。


「メル?」

「...の、せいで...」


 何を言ったのか聞こえなかった。

 メルは一歩一歩、ゆっくり近付いてくる。

 その様子は、明らかに変だった。


「お前の、せいで...」


 メルが手を伸ばした。

 わたしはその手を握ろうとした。

 すると、メルの動きが突然速くなって、


「あ、がっ?」


 わたしの首に手をかけ、叫んだ。


「お前のせいで!!クー様は死んだ!!お前の、お前のお前のお前のおおおおおっ!!死ねよ裏切り者、死ね死ね死ねえええええ!!」


 何を言っているのか分からなかった。

 今まで見たことのない、恐ろしい顔に、わたしはただ震えた。


 わたしはメルの瞳が好きだった。

 透き通った金色で、宝石みたいな瞳がわたしを優しく見るのがとても好きだった。

 今、その瞳は、例えようのない怒り...憎悪?に溢れていた。


 メルはぎゅうぎゅうと私の首を絞めてくる。

 息が出来ない。何故か涙が流れてくる。

 どくんどくん、という音が内側から響いてくる。

 声にならない声が、漏れ出る。


 どうして?

 どうしてこんなことをするの?

 わたしが何をしたの?

 どうしてそんなに怒っているの?


 ふと、メルが「お嬢様は本当に我儘ですねえ」って困ったように笑っていたことを思い出す。


 わたしが我儘だからメルはわたしを嫌いになったの?

 だからこんな風に苦しめるの?

 我儘だから、我儘だから、我儘だから...。


 視界が霞む。

 最後に見たのは、ドアを乱暴に開け放った怖い顔の男の人が、メルを殴りつけるところだった。





 意識が戻る。

 わたしはベッドに寝かされていて、お父様とお母様が心配そうにわたしの顔を覗きこんでいた。


「ああ、イリス!僕の可愛いイリス!目が覚めたのかい?」

「イリス、良かった...」


 そうして、二人がわたしに向かって手を伸ばしてくる。


「ひっ!」


 考えるより先に体が反応した。

 わたしは二人の手から逃れようと、身をすくませた。

 お父様は愕然と固まり、お母様は目を見開いた後、悲しそうに顔を伏せた。


「あ、あ、違う、違うの、お父様、お母様、違う、わたしは...」


 何と言っていいのか分からず、わたしは言葉を失った。

 お父様とお母様を傷付けた、その事実がどうしようもなくわたしの胸を突き刺す。


「...大丈夫よ、イリス」

「あ...」


 いつのまにか俯いていたわたしを、お母様がふわりと抱き締めた。

 優しく、決して害する意志などないことを、怯えるわたしに分からせる為に。

 

「お、お母様...」


 ぼろりと、涙が溢れる。そうして止まらなくなる。


「怖かったでしょう?もう、大丈夫だからね...私達が守るからね...」

「そうだよイリス!僕達は絶対に、君を守る」

「あ、う、うわああああん」


 わたしは、もう七歳になるというのに、みっともなく二人の腕の中で泣いた。

 わたしの味方。わたしを守ってくれる存在。

 二人は絶対にわたしを裏切らない。

 わたしはその時、わたしも二人を裏切らないことを誓ったのだ。


 そうして両親とは問題なく接していくことが出来たわたしだったけれど、二人以外の人達とは、打ち解けられなかった。

 特にわたしより背の高い大人は、いつわたしを殺そうとしてもおかしくないんじゃないか、といつもびくびくし、何も喋れなくなってしまった。


 それを解決したのは、お兄様だった。


 わたしとは六歳差のお兄様は、報せを受けてすぐさま駆け付けてくれた。

 両親以外の人間に怯えるわたしを見たお兄様は、いきなりガッとわたしの肩を掴み顔を上から覗き込んできた。

 短い悲鳴を上げ逃れようとするわたしに構わず、お兄様はがくがくと体を揺らしてくる。


「イリス、私が前に言ったことを覚えていないのか」

「え?ぇ?何?は、離してくだ...」

「お前の外見だけは、この私が手放しで褒めてやっても良い、と」


 ...覚えている。

 我儘放題のわたしに、お兄様はそれしか言ってこなかったから。


「いいか、よく聞け。お前の内面などどうでもいい。だが外見だけは取り繕え。外見だけは完璧であれ。誰にも弱味を見せるな、完璧な私の妹として恥ずかしくない振る舞いをしろ。狼狽えるな怯えるな、たとえ焦りでどうにかなりそうでもそれを面に出すな。堂々としていろ。そうすれば周りは勝手に勘違いする」

「そ...それで襲われたら、どうすれば」

「襲われてもだ。果てるまで決して取り乱すな。余裕を見せろ。最期まで見苦しい様を見せるな。私の汚点になるな。いいな?」


 その物言いはひどく自分勝手なものだった。


 けれどわたしは思ったのだ。立派なお兄様に迷惑をかけないその為に、外見だけは気を付けようと。


 だがお兄様の理想を演じるには、わたしは力不足だった。


 だからわたしは、表情を消した。


 感情を見せず、何があっても取り繕い、無機質な人間を目指して...他にも色々あって、未来への不安に苛まれ続けて、その結果。


 私はれっきとしたコミュ障になっちゃいました。ははは...笑えねえ。

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