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見えない世界  作者: 龍川悠
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気になること

私は人の役に立つ仕事をしたい。

子供の頃は漠然としていた将来の夢も、中学生になる頃にはいつしかそんなことを思うようになっていた。


特にその思いが強くなった出来事がある。それは中学2年の春のこと、私は事故にあったらしい。

『らしい』というのも変だけど、仕方がない。私にはその記憶がないからだ。

あとから聞いた話によると私は事故のショックで前後の記憶が一部消えてしまっているそうだ。


実際、私からすれば事故があったらしい日の前日の昼休みにお弁当を食べていた時までの記憶はあるが、その次に思い出せるのは病院の白い天井になってしまう。

その事故で私は頭を打ったらしく、周囲にはひどく心配された。しかし、幸い後遺症もなく、入院生活を無事終えると(無事といっても長いリハビリではあったが)、高校生活に復帰することが出来た。


吹奏楽部への復帰が一番大変だったけど、仲間や先生は温かく私を迎えてくれた。

人の優しさをあんなに感じたことは人生で初めてだった。

今、それが私にとって大きな転機だったんだなって思う。


それから私は、人のために自分ができることって何だろうと考え始めた。

何日かして、私は新聞の広告欄にいじめ防止対策委員会の文字を見た。

見開き2ページを使った写真付きのドーンとした広告だった。


最初はピンとこなかったのだが、ぼーっとしたとき、何かとその文字が頭に浮かぶことが多くなった。

それがきっかけだったのか、あるいは必然だったのか、私は将来、いじめ防止対策委員会に入ることを決めた。中学3年の春だった。


吹奏楽部の最後のコンクールが終わると同時に受験勉強に力を入れ、そこそこの高校に合格。

高校に入るとすぐに国家試験の勉強を始めた。対策委員会に入るには、公務員試験を合格しなければいけない。

吹奏楽部に入ることも考えたが、勉強時間を増やすため、生徒会に所属した。

まぁ、生徒会だから楽だってことじゃないけど、それでも時間の余裕は手に入れることが出来た。


高校時代は勉強の反動でおしゃれにも力を入れたりと寄り道したが、3年間かけて勉強したおかげでそのまま就職をすることが出来た。

そして私、井上未希は今、対策委員会東京支部に勤めて6年目を迎えている。


今までに行った学級裁判の数は数百を超える。裁判中に泣きわめく子もいれば、キレ始める子もいた。

新人の頃は先輩の付き添いをしていたけれど、、楽だと思ったことは一度もなかった。

その子たちの人生がかかっていると思うと無下にはできなかったからだ。


3年前から裁判長を務めはじめたのだが、未だにあの緊張感に慣れることはない。

だけど、この仕事は人のために自分が出来ることだっていう自覚がある。

「自覚を自信に」これは先輩の言葉だ。

この言葉を支えになっているおかげで、今日も自信をもって仕事場に向かうことができる。


「それで、沙耶香としてはどんな印象を持った?」

ふと、聞いてみる。沙耶香ならすでに目を通しているであろうから。

「そうですねぇ、被害者の子は不登校になりかけてるみたいで、証拠もしっかりあるみたいです。

 なので、言い方は良くないですけどよくあるタイプのケースだと思います。」

「ふむ、じゃあ仮処分は濃厚ってところかなぁ。」気分は憂鬱だ。


「ですけど、ちょっと気になる点もいくつかあって。」

「ん、というと?。」

「不登校になりだしたのが文化祭の次の日からっていうことと、

 被害者の子が裁判をしたくないっていってるらしいんです。」


「ということは、告発したのは親御さんかな?」

「そうです。なんでも親御さんによれば、子供に聞いても何も言わないし、証拠はたくさんあるのに裁判はしたくないっていうから、我慢できずに告発したってことらしくて。」


そういう、親からの告発というケースも少なくない。子供は基本的に追い詰められているので自ら救いを求めて行動できないほどに視野が狭くなっていることがある。


そんなとき、親や教師は子供の大きな味方となって行動することが重要だ。こういうケースは子供にとっても悪いことではないはずなのだけど。


「それに、確かに文化祭の次の日からっていうのはキリが良すぎるね。」

「それもそうなんですが、親御さんによると文化祭の日までは元気に学校に行ってたみたいなんですよ。」

「そうなの?」

「ええ。でも、次の日からは部屋に閉じこもっちゃったみたいで、部屋に入ってみたらカバンの中から落書きされたノートとか教科書とかが入ってたということらしいんです。」


親に心配をかけないようにと隠しているケースは多いが、そこまで周到に隠していて、さらに文化祭まで登校しているのか。


「なんだか波乱がありそうだねぇ。」

私は鞄を持つ左手をぎゅっと握りしめた。


ーーー


私立高藤学園中学は渋谷駅から徒歩10分に位置する中高一貫の共学制の学校だ。

高等部は毎年難関大学を目指す生徒が多く、進学校として名が知れている。


また、自由な校風が特徴であり、生徒の自主性を重んじるところにも人気があり、毎年多くの中等部受験者がいる。

というのも、高等部からの入学を良しとしない完全な一貫校であるため、入学するための門は中等部受験合格者にしか開くことはない。


もともといじめが少ない学校として有名な学校で、いじめの温床のなりやすい中高一貫校においては群を抜く健全さがある。

しかしながら、今回対策委員会に告発があったのはその高藤学園中等部からだった。


「こんにちは、東京都いじめ防止対策委員会より参りました井上と申します。本日はよろしくお願い致します。」

「同じく永瀬と申します。よろしくお願い致します。」


まずは校長先生に挨拶をしに行く。この段階で既に学校の雰囲気や特徴がわかることがある。

自らの学校から裁判対象者が出ることに対する嫌悪感をぶつけてくる人もいれば、やけに落ち着いている人もいる。


「こちらこそよろしくお願い致します。本校の校長を務めさせていただいております、清水と申します。この暑い中、御足労頂きありがとうございます。本日はどうかよろしくお願い致します。」


物腰の柔らかい初老といった感じの男性だ。多少の白髪を髪に交えながらもその身振り素振りには長い人生で積み上げてきたであろう苦労と、時の重みを感じさせ、独特の空気感を作り出す。


すごい、オーラが見えるよ。たまにいるんだよな。こういうヌシのような貫禄と空気をまとった人。ちょっと恐さもあるんだけど私もこういう風になりたいな。


そんなことを思っていると、沙耶香も同じことを思ったのか、少し身体をブルッと震わせると、こちらをチラッと見上げてきた。可愛い。だけど、コラ、失礼になるぞ。


いつも、しばらくすると担当するクラスの担任の教師がやってくる。この教師が死にそうな顔をしているのか、青ざめているのか、ハツラツとしてくるのかでクラスの現状の重度がわかる。


この前、笑顔抜群で来られたときにはさすがの私も堪忍できなかったのだが、だいたいは疲労で、心労で、ボロボロなことが多い。


どんな人だろうかと考えていると扉がガラッと勢いよく開いた。ものすごい勢いで部屋に飛び込み、息を切らした若い男性は、頭をブンと下げてこう言った。


「遅くなってしまい申し訳ありません! 2年3組担任の有馬と申します! 」

どうやら担当授業を終えてすぐに別棟から走ってきてくれたようだ。


パーマがかかっているショートヘアーが呼吸と共に上下している。なんとも衝撃的な登場に私と沙耶香は面食らってしまった。これまたすごいのが来たなぁと。


一方、校長先生は落ち着いている。さすがの貫禄を見せながら、それでも苦笑をしつつこう言った。

「有馬先生、まだ少し時間はありますから、資料の準備と一緒に息も整えてきてください。」


すると有馬という教師は、ハッとしたように頭をあげるとこれまたダッシュで部屋を出ていった。せわしないお人だ。


「バタバタしてしまって申し訳ありません。しかし、悪い先生ではないのですよ。」


すかさず校長先生がフォローをいれる。


さてはて、どうなることやら。


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