敗戦処理は難しい2
「失礼します」
コンコンとノックをしてから扉を開ける。
「いらっしゃぁ~い。あれ、これはこれは峰人君」
保健室に似つかわしくないハイテンションな桜井先生だ。
桜のように鮮やかなピンク色の髪に、きゃるんとした幼気な瞳。コスプレにしか思えない白衣を着ている。ツッコミどころは色々あれど、一番はその見た目だ。とにかく小さい。156㎝(実は154㎝なのは秘密)の僕が見下ろすほどの大きさ。なんていうか、幼女にしかみえない。ま、一部の生徒と先生には物凄い人気があるみたいだけど。
「それでどうかされましたか?」
椅子に座ったままキョトンと小首を傾げる。
「ああ、そうだった。里菜が気を失ってしまいました。ベッドをお借りできますか?」
背を向け、里菜の姿を先生に見せつつお願いをする。
「ボロボロじゃないですか! 早くベッドに寝かせてあげないと!?」
慌てふためく桜井先生に、
「大丈夫ですよ。制服はボロボロですが本人はそんなに怪我してません。それに……いつも通りですよ」
部屋の奥のベッドにそっと里菜をおろす。髪はぐちゃぐちゃで肘は血こそ止まっているものの、赤くはれ上がっている。よく見てみると、右足も腫れあがっていた。捻挫かなにかだろう。
「どいて下さい。スグに治療しますから!」
その顔に焦りはなく、プロとしての使命に帯びていた。救急箱をベッド横の椅子に置いた。両手を合わ
せ水魔を放出させると、里菜の腕を包むように水が現れ素早く洗浄がなされる。
このように、優れた医療従事者は空気中の水分を凝縮し一つの固体にすることができる。簡単そうにみえてこれはかなりの難易度で、超がつくほど精密なコントロールが必要らしい。
洗浄を終えると、桜井先生は指でその水を操作し、入口横にあるバケツに入れた。そして次に何故かサランラップで外傷部分を巻き、その上にガーゼを当てた。
「消毒はしないのですか? それにサランラップ?」と首を傾げる僕
「湿潤療法と呼ばれるものです。水で傷口をよく洗って、消毒をせずラップを巻きます。消毒をしないのは再生途中の細胞までもが死んでしまい、好影響より悪影響の方が大きいと考えられているからです。ラップを巻くのは湿潤環境を整えて再生組織の邪魔をしないようにするのです」
里菜の足に湿布を張り終えると僕の方に向き直り、胸を張って語りを続ける。
「ま、あくまで一つの考え方ですが、従来の乾燥させてカサブタを作って直すという方法とは逆ですね」
「ガーゼを当てる理由は?」
「血液や体液を吸収するためです。ラップはあくまでラップですからね。でてきた体液を放っておくわけにはいきません」
「へぇ。消毒とかは必要ないんですね。……ラップか。お手軽だし今度やってみよ」
「待ってください! 素人が適当にやると痛い目に合いますよ。しっかりとした洗浄はもちろん、異物や壊死組織の除去が必要になります。それに、里菜さんの傷は幸いにも浅くて化膿の発生もなかったのでよかったですが、深い傷であったり化膿がある場合は危険ですね。他にも湿潤療法が適さない場合が多くあります。にわかな知識での治療はむしろ有害になりかねませんので、やはり医師の指導のもと傷を治すのが一番ですよ」
難しくてよく分からないけど、専門は専門家に任せろということかな。
「それもそうですね。怪我をしたら保健室にきます」
「……まずは怪我をしないように気をつけてくださいね。あなた達は利用頻度が多すぎます」
ぷくぅと子供のようにむくれる桜井先生。……子供のようにというか、むくれた小学生そのものだ。先生の言うことは尤もなので否定もできず、気まずく愛想笑いを浮かべえるしかできなかった。
そう、僕たち(というか僕と里菜)は水魔ポイント戦ごとに必ずといっていいほど保健室を利用している。その理由は明白で弱いのに、最後まで全力で闘うからだ。特に里菜は諦めが悪くボロボロになるまで闘い続ける。試合後は共に肩を貸し合い保健室に向かうのだ(といっても、気を失ったのは今回が初めて)。
「頑張るのはいいことですが無理はいけません。先生はあなた達のことを心の底から応援していますよ。あなた達の力を認めてもらえる時が絶対にきます。ですが、それより前に体がボロボロでは元も子もありません。ねっ?」
大人び笑顔をみると、中身は大人なんだなぁと実感する。リアルに見た目は子供、中身は……なんだろう。いや、僕からすると大人以上に優れたありがたい存在だ。
異端者。よくも悪くも社会一般と違う人間はその一言で片づけられる。そして、親の仇のように蔑まれ、嘲笑され、迫害される。
確かに人と違うところはあるが、僕らからしたらそれは大した問題じゃない。少し人と違うだけ、個性的であるだけ。ほんの一部分が人と違うだけで、大部分は普通の人と同じで、楽しければ笑い、苦しければ泣く。今だって大事な仲間を傷つけられて腸が煮えくりかえりそうだ。いずれ好きな人ができるだろうし、好きな人の一挙一動に目を奪われ、一言に傷つき、喜ぶのだろう。
異端と呼ばれ、迫害されて傷つかない人間などいるはずがない。相手の気持ちを考え、相手の個性を尊重する。言葉では簡単だが実行できる人間はほぼ皆無だ。
それもそのはず。言うのは容易い綺麗事ほど実際に行うのは難しい。異端者と呼ばれる僕ですら個性と
も言うことのできる、常識から外れた人間を避けてしまうし、時と場合によっては嘲笑の視線を浴びせてしまうことがある。
だからこそ、人と違うことを素直に認め、人と違うことを認めさせようとする僕達を応援してくれる先生を尊敬しているし、感謝している。
「そんなことより試合はもう終わったのですか?」
「……まだ終わってないですけど、隼人は汚い奴ですから慌てなくても試合は終わりませんよ」
僕が笑顔で言うと、
「汚いのはお前の心だ」
失礼なことを言いながら隼人が入ってきた。その後ろを申し訳なさそうに「失礼します」と小声で姫野さん。
「お前がもう負けたのか!? いくら何でも早すぎるだろ!?」
驚きを隠せない僕に、隼人は後ろ首を抑えながらバツが悪そうに呟く。
「ごめん。棄権しちゃった」
…………………………………………は?
「今なんて?」
「だから棄権しちゃった。……てへっ」
「てへっじゃねぇだろうが!!! 里菜のあの頑張りを見てそんなことあり得るか普通!? 負けちゃったならまだしも、闘う前から負けましただと!?」
怒りの前に驚きが先行し声を荒げてしまう。
「いや、だってさ。そんなこと言ってもよ……仕方なかったんだ」
野性的な顔面をしているくせに俯き言い淀む姿は男とは言い難い。喝を入れようと隼人の胸倉を掴み、
「棄権の何がどう仕方ないって言うんだよ! あぁ!!」
「…………痺れて水魔が練れなかったんだよ」
ボソッと残念なことを呟く隼人から僕はそっと手を離し謝る。
「なんか、ごめん」
「いや、こちらこそごめん」
敗戦処理はホントに難しい……