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電気ごときが水に勝てるはずがない

 

 「お疲れさん。結構面白かったぜ」

 「大丈夫ですか? 保健室行きます?」


 鼻で笑いながらも労いの言葉をかけてくれる隼人に、本気で心配してくれていて、今にも泣き出しそうな姫野さん。不甲斐ない所をみせてしまった。


 「くそッ! あの水メットのせいだ!」


 水メットによる攻撃は通常自分より水魔量の低い相手にだけ有効だ。自分より高い相手に使うと、水の所有権を奪われ、攻撃が無駄になるどころか武器すらも奪われてしまうことになるからだ。水魔量だけだったら勝ってるのに。


 「隼人! 水メット対策を考えてくれ! あれは不倶戴天の敵だ!」

 声を荒げる僕に、

 「水メット?」 


 首を傾げてきた。あれ、姫野さんまで!?


 「最後の攻撃は水のヘルメット見たいだったろ。だから略して水メット」

 「「ああ」」


 二人ともポンと手の平を叩いた。分かってくれて何よりだ。


 「ヘルメットで水メットか…………ふぅ」


 どこか馬鹿にしたような溜息を隼人がつく。


 「えッ、結構上手いと思ってたんだけど」

 「………………」


 姫野さんが苦笑を浮かべる。……嘘でしょ!?


 「お前、炎の剣のことは何て呼んでるんだ?」


 じと目で隼人が言う。


 「炎の剣だけど?」

 「そのまんまかよ。……もし武器とか技に名前を付けるとしたら?」

 「そうだなぁ、剣は超ファイヤーソード。さっきの最大防御は超火炎陣かな」


 ビシッと決め顔で言って見せる。我ながら超カッコいいな。


 「ダサ。ファイヤーソードとかやっぱりまんまだし、超をつける意味がわからんし」

 「なんで遠くを見るの!?  超つけた方が超カッコいいじゃん!」

 「私は構わないと思いますよ。人それぞれセンスってありますから」


 姫野さんがニコッと微笑む。姫野さんは流石だ。隼人のアホとはセンスが違う。……これから技名を叫びながら戦おうかな。アニメの主人公みたいで強そうだし。


 「でも、試合中に技名を叫ぶのだけはやめてくださいね? ……その、恥ずかしいですし」

 「えッ!? 恥ずかしくないよ!? 僕のセンスは恥ずかしくないですよ!?」

 

 何だか涙が溢れだしそうな僕の頭を隼人はポンポンと叩き、


 「ほら、里菜の試合が始まるぞ」

 「むぅ、頭を叩くな。背が縮む」


 頭を押さえつつ、真ん中で相手と向かい合う里菜に目を向ける。


 「はじめっ!!」


 坂林先生の合図と共に二人は距離を取る。短髪黒髪のスポーツ女子を連想させる相手は合掌し水魔を練る。すると、床に置かれてたペットボトルから水が出て、彼女の頭上で一つの塊となった(やはりペットボトルには白い粉が付着しており、先生が回収した)。


 それに対し里菜は、


 「あいつはまたあのダサいポーズかよ」とうんざり溜息をつく隼人


 それも致し方ない。里菜は大きく足を開き、天高く両手を開くように上げ、体をのけぞらせている。ラジオ体操みたいで緊張感がまるでない。


 が、里菜にとってはあの姿勢が一番集中しやすいらしい。そもそも水魔を放出したり、練り込んだりするためには強い集中力が必要とされる。その集中の形として合掌をする人が多いのだが、別に合掌である必要はない。現に僕は合掌せずとも超火炎陣(仮)を出してみせた。その分、無駄に水魔を使っているので効率はよくないのだが。


 水魔量には限りがあるため、無駄なく使うための合掌であったりするのだが、……里菜は太陽を体に浴びせるような姿勢が一番良いらしい。


 「装着を終えたみたいですね。そろそろですよ」と生唾を飲む姫野さん


 水の鎧を装着し終えたスポーツ女子は、人差し指で頭上の水をバラバラに切る動作をする。すると水は20個程度の細切れの大きさになった。上がった右手の掌を開き、ぎゅっと勢いよく握りしめると、二十程度の水は丸い球へと変化した。


 「準備完了! 先に仕掛けさせてもらうわよ!」


 勢いよく上がった手を振りおろすと、水の球は一斉に里菜へと向かう。が、その内の5個は前へと飛んではいるものの、明らかに里菜コースからは外れていた。


 数が増えれば増えるほど精密なコントロールは難しくなり、このように失敗しやすい。しかも、水魔量がそれだけ分散されるため一つあたりの攻撃力も激減する。だけど、数が増えれば相手の回避は難しくなるし、作戦の種類も増える。よくある作戦だと、相手にばれないように一つの球にだけ多量の水魔を練り込み、他を囮にする。


 「でも、彼女が一つだけ水魔を練り込む様子はなかったよな」

 「ああ。Eランク程度だと一つだけに水魔を練り込むような高度な技は無理だ。するにしても、相当近く、場合によっては触れるくらいの距離じゃないとできないだろ」


 淡々と隼人が答える。

 そんな話をしている内に10個程度の球が里菜の正面から衝突しようとしていた。里菜はギリギリのところで変なポーズをやめ、「はぁぁぁ」と体から水魔を放出させる。


 バチバチバチバチ

 里菜の体の手前に幾筋もの電流が走り、水球が防がれる。いくつもの水球がそれを突破しようとするも、バチバチと音がより一層激しくなるだけだった。


 「炎と違って一発でぶっ壊すのは無理か」


 相手はクイッと人差し指を動かし、衝突中の水球及び外れた水球を自分の頭上に戻す。


 「さっき、あんたんとこの坊主が言っていたわよね。炎は水に勝てないそれが自然の摂理だって。なら、自然の摂理からして、水は電気に勝てないんじゃない?」


 悪どい笑みを浮かべる里菜。

 里菜は電気を操るマスター オブ エレキ(今、命名)。僕達の中で最も攻撃力、防御に優れている。 社会にでても唯一やっていける可能性があるのも里菜だ。水中心の社会でも、電気は使われる。水力発電により電気を作るようになったため、火なんて……。いや、今はそんなことどうでもいい。とにかく電気はまだそこそこ重要なものだ。


 「次は私から!」

 

 手の平を相手に突きだし、


 「サンダーバースト!」


 声と同時に里菜の手からは電気光線が相手を襲う。

相手は尻餅をつきながらも、ギリギリでやり過ごす。


 「まだまだぁぁぁぁぁ!」

 

 次は両手を前に突きだし二倍の電気光線を繰り出す。身を翻し何とか避ける相手。


 「終わりだ」


 里菜の口の両端がつりあがる。相手が逃げた先にはバチバチと輝く無数の電気の球。


 「スパーク!!」


 叫び声と共に発生した無数のプラズマが相手に直撃した。


 「ぐぁぁぁぁぁぁぁァァ!」


 悲鳴が鳴り響く。それでも手を緩めずプラズマを発生させ続ける里菜。


 「相手の水の鎧が壊れるのが先か、里菜の水魔がなくなるのが先か。いくら里菜の水魔量でもこれだけ離れていると相当量消費するだろうしキツイな」と僕

「いや、そんな簡単な話じゃねぇ。見てみろ」


 隼人の視線の先、里菜の頭上を見てみると、水の塊がいつの間にか移動していた。

 急いで視線を相手に移す。すると、口元が緩み、手を小さく上から下へ落とす姿が目に入った。

 重力に逆らっていた水が急速に落下し始める。水魔を含んだ水は鉄よりも硬度であり、押しつぶされたらひとたまりもない。


「なっ! くそ!」

 

 激突寸前で気づいた里菜はタックルのような横っ飛びでこれを回避するも、受け身を取れず地面に体を打ち付ける。プラズマは消え、相手はパンパンと尻をはたきながら立ち上がる。


 「あははは。良く回避できたね。流石ランクなし小隊。運動能力だけは高い」

 「くっ! 水の癖に生意気な」


 血の流れる右肘を抑えつつ、よろよろと立ち上がる里菜。さっきほどの仕掛けは重要だったみたいで、らしくもなくしかめ面だ。


 「電気が水に強いなんてのは気のせいだ。ゲームやらアニメやらで勝手に作られた設定だ。水は火に強くでも電気に弱いなんてことはない」

 

 微妙に笑みを浮かべながら淡々と言い、「だってさ」と続ける。

 

 「純粋な水は電気など通さない。水が電気を通すというのは、あくまで塩素やら二酸化炭素やら、不純物が混じったものだ。それは水であって水ではないだろ? 水魔の練り込まれた水に不純物が入る隙などありはしない」

 

 ……そうなの?

 

 「お前知らなかったのかよ」

 

 首を傾げる僕に隼人がじと目で言った。

 

 「ぬ、そもそも電気が水に強いなんて話も知らなかった。里菜がいつも負けるから、電気が水に強いなんて考えもしなかったよ。……それに火にしか興味ないし。燃え盛る火さえあれば何もいらないし」

 「地味に危険な発言をするな。放火魔じゃあるまい」

 「うっ!」


 確かに火というと火事のイメージが強いんだよな。火力発電なんて遠の昔になくなったし、ガスコンロなんてのも今ではアンティークだ。火を見る機会なんてほとんどなくて、事故を思い浮かべる人も少なくない。くそ、洗練されたIHさえ出てこなければ火の扱いも違っただろうに……。

 ……僕は何の話をしているんだ? 

 

 「ああ、そうだ。純粋な水は電気を通しにくいのか。……なんで不純物が混じっていると通りやすくなるの?」


  首を傾げる僕に姫野さんんが解説してくれる。


 「水道水や川の水なんかだとイオンが含まれているからです。イオンというのは電荷を帯びている状態のことで、……まぁ細いことを言っても峰人君には分からないか。とにかくイオンには電気を通す力があるの。だからイオンの混じった不純水は電気を通す。例えば海の水だったらナトリウムイオンや塩化物イオンが含まれているからよく電気を通すはずよ」


 ……全然分からん。


 「イオンのせいということだよ。イオンがなければ電気を通さないし、あれば通す。今はそう思っておけ」と頭痛そうに嘆息する隼人


 「マイナスイオンもイオンの仲間?」

 「まぁそうだけど。正しくは陰イオンだろうな」

 「陰イオン? あの全国有数の規模を誇り、従業員の心遣いが素晴らしく、良い商品を低価格でお届けしてくれるあのスーパーは?」

 「関係ない。水の中にスーパーが含まれるってどういう意味だよ」

 「水を売っているのに……」

 「それは水がスーパーにあるだけで、水の中にスーパーがあるわけじゃないだろ」


 言われてみれば。

 そんなくだらない話をしている内に勝負は佳境を迎えていた。

 里菜は両手を上にあげ、水の塊を受け止めるような姿を見せている。実際は手で受け止めているわけではなく、その更に上で薄く張られた電気の膜が水球を受け止めていた。

 バチバチと幾筋もの電流が走りまわる。


 「どうしてこなったの?」


 姫野さんに尋ねてみる。


 「えっと、小さな球で何度か攻撃していたんですけど、それでは里菜ちゃんの電気を敗れなくて。それで、次は一つにまとめて攻撃力を上げたみたいです」

 「多数か一つかってまた極端だな。2~4つくらいに分けるのがベストだろ。峰人の相手みたいにさ」


 仲間のピンチにも冷静な隼人。


 しかも鋭い指摘だからムカつく。確かに2~4つくらいなら第三Eレベルの人間でも正確に操れるし、攻撃力もかなり高い。一つにまとめてしまうと攻撃力は格段にあがるが、当然のことながら攻撃が単調になり避けられやすい。


 「なんで足を使って避けないんだよ! 直接受け止めるのは不利だ!」


 心配から声が大きくなってしまう僕に、姫野さんが引きつった笑顔を見せた。


 「初めは里菜ちゃんも足で避けていました。でも、初めに攻撃を回避した際に足を挫いてしまったらしく……」


 あの時か。腕から血が出ていたからそっちばかり気にしていたが足もだったか。


 「全然気づかなかった」

 「当然だ。相手に気づかれたら狙われるに決まっている。ウィークポイントをさらす馬鹿がどこにいる」


 淡々と言ってのける隼人にイラつきを覚えながらも、グッと堪え必死に耐える里菜に目をやる。苦悶の表情こそ浮かべているものの、おそらく演技半分だろう。相手も同じことをしたように、苦しんでいるフリを入れることで、相手の注意を逸らし次の作戦に移行しやすくなったりする。直線的な里菜は攻撃ばかりに気を取られてギリギリの回避になったけど。


 相手は冷静みたいで、一定の距離を取りつつ周囲を警戒している。水は里菜の頭上に全て集まっているため攻撃するなら素手となるが、電気の渦が取り巻く里菜に直接攻撃を向ける馬鹿はいない。後は、僕の相手だったやつみたいいに防具の水を使うという手段もあるが、そこまで無理する展開ではないだろう。なんたって、水魔をたっぷりと練り込んだ水の球が今まさに里菜を襲っているのだ。重力も加わり里菜はかなりキツイはず。


 里菜の水魔が切れるのを待っていれば勝ちは決まるのだ。


 「あぁぁぁぁぁあ! 負けてたまるかぁぁぁァァ!」


 雄叫びをあげる里菜。頭上ギリギリまで迫っていた水球を、力で押し返し始めた。


 「残りの水魔を一気に解放したな」と分析する隼人

 「これで押し返せなければ負けは確定ですね」


  続けるように姫野さんが言う。

 

 「はぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 里菜は更に水魔を放出させる。頭上ギリギリだった水球は2m程度持ち上がり、水魔たっぷり練り込まれた電気に負け始める。里菜の髪は重力に抗い逆立つ。

 

 「はぁ。まさかここまでの水魔量とは」

 

 驚嘆の溜息をつく相手。しかしピンチという顔ではなかった。

 

 「また対戦することがあるかもしれないので、あなたように黙っておきたかったのですが……仕方ありませんね。そんな低い可能性のために疲れるのも嫌ですし」


 ニィっと口の端を吊り上げた。

 そして、拳を大きな水球に向け、ぱっと開く。

 水魔が練り込まれ固体として存在していた水球が、破けたように液体へと変化し、滝のように里菜の頭上に襲い掛かる。練り込んだ水魔を全て捨てたらしい。

 

 空気中の不純物(イオン?)を取り込んだ単なる水の一部は電気により沸騰し蒸気に、大半は電流の膜の隙間から通り抜ける。電気により熱くなり、そして不純物を取り込んだ水は……多くの電荷を含んで。


 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ! あぁ……あ……」


 里菜は悲鳴を上げ膝から崩れ落ちたのだった。


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