0.01%の少年
今から100年前の20××年
水を操る人間が生まれた。水を浮かし、動かし、剣のような形に変える。その剣は形が崩れることなく剣としての硬度と形を長時間保たれる。それは人間が水に勝利した瞬間だった。
人の歴史は水に悩まされてきた。大雨や津波、干ばつ。水があり過ぎても、なさ過ぎても困り果てる人間は水に屈服し続けていたと言っても過言ではない。しかし水を操る人間の出現により人類は新たな一歩を踏み出した。
海水から水のみを取りだすことで飲み水不足及び大半の干ばつは解消された。大雨や津波も同じこと。相手が水である以上、進行を止めること、進行を曲げることが可能になった。
そして21××年
世界の99.99%の人間が水を扱えるようになった。世界では水操教育が当たり前になっていた。水を操るための細かい技術を習得させ社会で活躍させる。また最大の目的は水魔と呼ばれる、水を操作するためのエネルギーを増やすことである。水魔というのは、ゲームでいうMPにあたり、水魔が高ければ高いほど、より高度に精密に水を操れるようになる。剣なんかを作るときにも重要で、水魔を練り込めば練り込むほどその強度は増大される。
そんな中でも、水魔犯罪、つまり水を操っての犯罪に対応する特殊部隊を生育するために作られたのがここ水魔学園である。水魔学園は他の学校と違い精密な操作教育は求められていない。求められているのはただ一つ。
強いことだ。
社会全体では水魔が高い人間を求めるが、僕達だけは違う。水魔が高ければ攻撃力も上がる。ただ、当たらなければ、相手に勝てなければそれは無駄。水を操れなくても勝てさえすれば、もっと端的に言えば敵を殺す、もしくは捕捉できればなんの問題もない。
僕みたいな0.01%の人間はこの学校を卒業する以外に生きる道がない。人間が水を操り始めてから、社会の中心は水が担っている。端的に言えば、水を操れないことは字を読み書きできないのと同じこと。水魔の低いお年寄りに対する配慮から、市民生活には支障はない。ただ、働くという意味では不可能であり、働けないということは同時にそれは死を意味する。
ま、それでも生きる道がるというのは有難いことだ。
『第三Eランク小隊相田班と第一ランクなし小隊姫野班は至急第一武闘場まで来るように』
5限目の授業終わりのチャイムの後、女性の声によるアナウンスが流れた。
『うわぁ第三E羨ましいぃぃ!』
『ランクなしとかご褒美タイムみたいなもんだよな』
『そりゃあいつら水を全くもって操れないんだぜ』
『第三Eは個人でも小隊でも一ポイントゲットか』
『あいつらは未だ勝ちなし。ゼロポイントだろ。卒業不可能だろ』
嘲笑によるざわつき、好奇と蔑みの視線に気づかないフリをして教室を後にする。向かう先はもちろんのこと第一武闘場。地下三階の一番奥にある施設で、耐久性、遮音性に優れた闘うためだけに用意された場だ。三階にある僕のクラスからは少し遠いが授業で凝り固まった体をほぐすにはちょうどいい。と自分に言い聞かせているものの、
会場に一歩近づくにつれ心臓が高鳴っていく。
今から始まるのは第三Eランク小隊(通称・第三C)との4対4の団体戦による闘いだ。形式は柔道と同じで、先鋒、次鋒、中堅、副将、大将で先に3勝したチームの勝利。4人しかいないのに五枠あるため、最終戦にもつれこんだ場合は誰かが2戦することになる。
文字通り本当に闘いとしかいいようがなく、相手を殺したり再起不能にさせないというルールと、武器の持ち込みは先に申請が必要というルール以外は存在しない。殴る蹴るの素手の乱闘も許されるし、持っているのなら拳銃を持ち込んだって構わない。
だからと言って、本当に武器を持ち込む奴はいない。大抵持ち込むのは10リットル程度の水(ルールの注意書きで最大10リットルまで規定されている。周囲への影響に配慮して室内で闘うため上限がある。ちなみに、そういった理由から度を越した武器の持ち込みは申請の時点で却下される)だ。拳銃なんかでは水魔の練り込まれた硬度で高潔な水には歯がたたない。
ま、水魔の高い人間ならば空気中の水蒸気から水を生成したり、そもそも水蒸気なんかも操れるらしいが、それはホンの選ばれた一部の人間で、基本的には存在する水に水魔を練り込み操る。
僕はそこら辺の細かいことは知らない。だって、僕は、いや僕達の小隊の中で水を使いこなせる人間なんていない。水魔は異常なほど高いのだが水は使いこなせない。代わりに僕たちは違うモノを使いこなせたりする。例えば僕なんかは、
「よ、峰人!」
ビクッ!
後ろからの突然の呼びかけに思わず肩が跳ね上がり足が止まった。知っている人間の声でも、予期せぬ時はビビるよね、うん。自分に言い聞かせつつ首を後ろに捻る。
「やっぱりお前か、隼人」
「相変わらず試合前は緊張しているなお前は」
「当たり前だろ! 卒業が人生が懸ってるんだぞ!」
「大袈裟だなぁ、ふあぁ」
緊張感の欠片も感じられないこの男は小隊メンバーの藤堂 隼人。
短髪のツンツンした黒髪に、男らしさを感じさせる野性的な顔つき。ほどよく引き締まった肉体は制服の上からでもみてとれる。しかも、憎いことに……
「なんでお前はそんなに背がでかいんだよ!!!」
「お前が小さいだけだ馬鹿野郎」
淡々と残酷なことを言い放ちやがる。
そう、隼人の身長は175㎝と高校二年生にしてはでか過ぎるというほどではない。かくいう僕の身長は……156㎝くらいかな。
「嘘をつくな嘘を。154㎝だろ」
「人の心読むな! いいんだよくらいだから。だいたい156㎝で間違ってないだろ!」
「大体でいうなら155㎝だし、四捨五入したら150㎝だな」
くッ! なんて腹立たしい奴だ。落ち着け、落ち着くんだ僕。こいつは今から共に戦う仲間だ。殺すのはせめて闘いが終わった後に。
「ほら、着いたぞ」
「へッ?」
顔を上げるとそこは第一武闘場。25m四方の窓のないコンクリートに囲まれた殺風景な部屋だ。
「すぅ~……はぁ~~」
大きく深呼吸をし足を踏み入れると、
「遅いぞお前ら! 早く集合しろ!」
水魔ポイント戦担当の坂林先生が怒声が飛んできた。僕と隼人以外の両小隊メンバーは既に集合していた。
「「すいませんでした」」
僕と隼人は同時に謝罪をし、チームメートの元に駆け寄る。先生からみて右側には僕達ランクなし小隊が、左側には第三Eランク小隊が二列に並ぶ。
「コホン。それでは今から第三Eランク小隊と第一ランクなし小隊の水魔ポイント戦を始める。まず、武器の持ち込みの確認を行う。申請するものは前へ」
第三Eのメンバーは皆大きな鞄を持ち坂林先生の前に並ぶ。そして自分の番がくると鞄のチャックを開けた。2リットルペットが五本。計10リットルの水だ。恒例の風景だが、持ち込む必要のない僕達からすると退屈で仕方がない。
(なぁ、今日の坂林先生は機嫌悪くないか?)
ヒソヒソと隼人に聞いてみる。すまし顔の色白美人な坂林先生だが、今日はいつもよりすまし顔がキツイ気がする。
(噂によると、昨日ストーカーされたらしい)
(うわぁ勇気あるなぁ、ストーカー犯!?)
(ほんとだよ。あの人のストーカーとか……)
僕と隼人はチラッと先生の顔を見る。目が怖い。見ると凍りそうな……。
「私の顔に何かついているのかな、隼峰コンビ」
ギロッとした目が僕達を襲う。
「「いえ、何でもありません」」
闘う前から戦々恐々とする僕達だった。
それにしても勿体ないなぁ。ちょっときつい目をしているけど、凛とした佇まいの美人だ。後ろでまとめて結いた自慢の黒髪は引き込まれてしまいそうな妖艶さがある。生徒の間でも高いらしいが先生は男に興味がないらしい。
そんな真面目極まりない先生は4人の申請を認め(水10リットルの持ち込み)、武器チェックは終了した。次に両小隊のリーダーに一枚の紙を渡した。
「5分以内にオーダーを決めて提出するように。時間を一秒でも過ぎたら失格。はい初め」
合図と同時に先生が時計を目にやる。
僕たちは壁沿いまで移動しオーダー会議を始める。相手は25m先、つまり逆側の壁側に移動したらしい。相手の裏をかいたオーダーを組む。これも需要な作戦だ。勝負の日の授業終わりにアナウンスするのは
らかじめ作戦やオーダーを組めないようにするためだったりする。
「時間がないから早く決めちゃいましょう」
高いトーンの可愛らしい声を出すのが、我等がリーダー・姫野 葵。
金髪碧眼の美少女だ。金髪といえば巨乳を期待してしまうが、何を隠そう彼女は普通。貧乳でもなければ、巨乳でもない中乳。キュッとクビレがあり、少し細めの華奢な体つきだ。見た目は高飛車なお嬢様という感じだが、実際は少し天然な明るく優しい女の子。ちなみに、ある意味で学園最強の殺傷力を持つ人間でもある。……ある意味でね。
「ジャンケンでいいんじゃないの?」
「いいわけあるか! 相手は第三Eだぞ。そんなに強くないしチャンスだ。ここはしっかりとオーダーを組もうぜ、里菜」
「あんたは誰が相手でも勝てないでしょ」
失礼な!
呆れたように失礼極まりない暴言を吐くのは志熊 里菜。残念な胸を除けばモデルのようなボーイッシュな女の子。スラット足や腕が長い。セミロングより少し短な赤い髪に、パッチととした大きな瞳。
「ほんと、こんなクズの集まりじゃ勝てるものも勝てないわよ」
性格に難あり。実はツンデレだったりする。
「仲間に向かったクズと言うのはよくないぞ」
隼人が里菜を窘める。たまには良いこと言うじゃないか。
「正真正銘のクズは峰人だけだ!」
前言撤回だクズ野郎。
「そっか、ごめんなさい」
「謝らないで! そこで謝っちゃうと僕が本当にクズみだいだよ!」
「そんなことよりオーダーをどうしましょう?」と姫野さん
そんなことじゃないのに……。
「ジャンケンでいいんじゃない」
里菜の提案に小首を傾げる僕と姫野さんは、なんとなく隼人の顔を見た。隼人は勉強はできないが、頭が良く、悪巧みなんかの才能はぴか一だ。小隊としては一勝(一ポイント)も上げてない僕達だが、個人の成績では隼人は3勝している。それも全て作戦(悪巧み?)による勝利。期待してしまうのも仕方あるまい。
「いや、俺を見るな。いくら何でもこの面子では勝てる気しないしジャンケンでいいだろ」
期待した僕が馬鹿だった。
「隼人が言うなら決まりね。最初は グゥ ジャンケン ポン」
周りへの配慮なしの突然の掛け声に僕は慌てグゥを出す。
結果は僕の一人勝ち。次に三人でジャンケンをし、最終的に、
先鋒 七峰 峰人(僕)
次鋒 志熊 里菜
中堅 藤堂 隼人
副将 姫野 葵
大将 藤堂 隼人(勝率が一番高いため)
このオーダーを用紙に記入し姫野さんが坂林先生に提出する。相手チームはまだ迷っているようだ。迷っているというか喧嘩しているのかな?
「あいつら何してるんだ?」と僕
「副将の押し付け合いだろ。三連勝したら副将には試合が回ってこないからな。Eランクだと小隊のポイントによる卒業は微妙だから、個人のポイントを伸ばしたいんだよ」
隼人が平然と言ってのける。
僕達のことを馬鹿にしているのだが、怒るに怒れない事情がある。
強い水魔部隊の育成を目的とする水魔学園では、普通の講義(英語、数学等)の単位に加え、水魔ポイント戦で勝ち星をあげなければ卒業ができない。小隊ならば30勝。個人ならば50ポイント。どちらかの要件を満たさなければならない。
年間の試合数は一小隊当たり30程度。それにその他の催し(戦闘系の)でポイントを得るチャンスがある。催しでのポイントはとても大きいが、その分人数が少なく得るのが難しい。つまり、定期戦闘でポイントを稼ぐのが一般的なやり方だ。小隊の編成法だが……相手の準備が整ったみたいなのでこれはまた後でということで。
第二話で戦闘スタートです。少しでも良い作品を作れるよう全身全霊努力していきます。最後までお付き合いいただけたら幸いです。