『EP-00:04』-『持たざる者VS闘技場の戦闘狂』
裏路地。
学校から逆方向へ行くと、自然と人通りが少ない場所まできた。
学生だけでなく、朝だから会社へ通勤する人とかもいるはず。それなのに人っ子一人見当たらない。
『人が……いなさすぎじゃないですか?』
「ああ、俺も思っていた」
テイシアの言うとおりた。
何かがおかしい。
『今思えば、不自然な点が多くなかったですか?』
「ここに来るまでの道中の交通規制やら、工事中の看板の多さにか?」
『……ええ。少なくとも、昨日まではなかった工事が、今日になってこんなに増えるのはおかしい気がするんですけど』
「もしかしたら、いや、もしかしなくとも……。学校から離れようとした人間を炙りだすために、ひとけのない場所まで誘導されたのか……」
だとしたら、ここは危険だ。
学校の方が逆に安全かもしれない。と――
トラックが宙を舞って降ってきた。
「なっ――」
ありえない光景に一瞬唖然としたが、咄嗟に横っ飛び。
脇をトラックが、まるで投げられたみたいに地を轟音と共にスライドしていく。
「な……なんだ……!?」
もう少しで潰されてミンチになるところだった。
危ないところだった。これは事故じゃない。恐らく敵の攻撃だ。
即座に立ち上がって逃げようとするが、
「うおっ!!」
二台の車が上空から降ってきて、アスファルトに突き刺さる。
ひしゃげた車の部品やらが飛来してくるのが、まるで冗談のようだった。
「今度は……車……?」
白昼夢でも見ている気分になったが、これは紛れもない現実だ。
前には突き刺さった自動車、後ろには横たわったトラック。
狭い路地は他に抜け道などない。ここから脱出するには、車、トラック、もしくは壁をよじ登るぐらいしかない。が、登山道具なんて持ち合わせていない。
「完全に、退路を塞がれた……」
無理やりにでも車をどかせばいいだろうが、きっとそれを阻むものがいる。そいつは――
「即席の闘技場ネ……」
車の上に座っていた。
「い、いつからそこに……」
さっきまではいなかった。
いつの間にか車の上にいたのは、きっと、マリアよりも年上の女性。
二十代ぐらいの若い女。
訛りのある喋り方は、ザナドゥ国のどこかの地域のものだろう。
顔貌の輪郭がシャープで、瞳が宝石のように輝いている。
軍服を着こんでいる彼女の他には誰もいないようだった。
妙だ。
どうしてこの人は単独行動をしているのだろう。
「よっ、と……」
車から降りたった女は、飄々とした態度。
すぐに襲い掛かってくるような雰囲気ではない。
「なんなんだ、あんた。その軍服……。ザナドゥ軍のものだろ? 俺みたいな扶桑国の一般市民に下手なことしたら、国際問題になるぞ」
「国際問題? そんな繊細なこと考えるような人間じゃないはずヨ? レン・コンタクス」
「……っ! なんで、俺のことを?」
「お前のことはここに来るまでに、結構調べたアルよ。都慧学園一年生。家族は二つ上の姉一人だけ。このご時世に稀有な『持たざる者』。それでいて、今まで数多くの組織を魔法なしで潰してきた……。正直私達の軍でも詳細がつかめきれないほど問題を起こしているみたいネ……」
魔法を使えない。
だから、魔力のない者を、俗に『持たざる者』と呼称する。
ワームホールの発生。
それは、ただ単純に異世界と現実世界を繋げただけではない。
ワームホール発生と同時に、ほとんどの人間は魔法を使えるようになった。
誰も彼もが魔法使いというわけだ。
どうして使えるようになったのか、原因は未だ不明。
そもそも、ワームホールは未知の現象なのだ。分かるはずもない。
ワームホールから未知の物質が垂れ流され、それが人体に影響を及ぼし、魔法を操れるようになったというのは一番有力な説。
その恩恵にあぶれてしまった運の悪い人間が、レンのような『持たざる者』というわけだ。
「しかし、本当に魔法が使えない奴がいるとは……。都市伝説の類かと思っていたけれど、この眼で目にするのは初めてネ……」
「そりゃ、どうも。だったら、ここまで警戒する必要なんてないんじゃないですか?」
つん、つん、と車をつついてやる。
「そうもいかないネ。何故ならお前は、カナサから逃げ切った男アル」
……カナサ? あの眼鏡女のことか。
「逃げ足が速いのは、カナサが残していたデータから事前に分かっていたアル。だから、とりあえず、逃げられないよう袋小路に誘ってみたけど、見事成功してよかったネ」
「データ?」
「ああ、カナサのつけていた眼鏡には音声記録機能もあるからネ。サーバーを通して、即座に軍のメインコンピューターにデータが自動的に転送されていたアル。だけど、データそのものが消えていた……。私が一ヶ月の時間をかけてなんとか復元した。大変だったヨ。プライドの高いカナサは上に情報開示しなかったからネ。だけど、どうしてデータが消えていたか分かるカ?」
「さあな。その高性能眼鏡が故障でもしていたのか?」
つぅ、と冷や汗が手に滲み始める。
会話の主導権を完全に奪われてしまっている。
「何者かの手によって改竄されていたからネ」
……こいつ。
「データバングの改竄ができるほどのアクセス権限を持つ者は限られているアル。私にだってできないネ。できる者といえば、例えば――」
「テイシア王女とか」
データバンクをサルベージしただけで、ここまで推測できるのか。
とんでもなく勘が鋭い。
軽妙な口調だが、眼は真剣そのもの。
こちらを観察しているような瞳。
だが、今はかまをかけているだけ。
話すだけ話して、こちらがボロを出すのを待っているのだ。
こういうタイプは経験上、かなり手ごわい。
「だけど、それはおかしいネ。どうして王女様の敵のデータが改竄されていたのかの説明がつかない。あの王女様、かなり強情なところがあるネ。まず、脅しに屈服するような人間じゃない。だとするならば、洗脳された可能性が一番高い。なのに、データを復元してみれば、王女を攫ったのは魔力なき『持たざる者』……。一体、これはどういうことネ?」
「…………」
「……恐らく、王女は自ら賊に手を貸している。そして、その賊は宮廷で生まれ育った王女では考えが及ばないであろうデータ改竄を指示した……。完全なる協力関係を結んでいる。どうして協力しているかまでは皆目見当がつかないけどネ。それが今の私の推測ネ……。どうアルか?」
「…………あんた、何者だ?」
「それは、こちらも訊きたいネ。……お前、何者ネ?」
ガバッ、と女は股を開いて半身になる。
左手を前に突き出し、右手は弓矢を射る時のように引く。
重心は完全に後ろ足にかけて、もう片方の足は猫足立ち。
見たことのない構えだが、何を仕掛けてくるのかは大体予想がつく。
典型的な突進の構えだ。
あんな構えじゃ、横の動きはしづらいはず。
「答えはその身体に直接訊く。お前も構えるネ……。じゃないと、一瞬で終わるヨ」
「肉体言語かよ……」
構えろと猶予を与えてもらって悪いが、構えなど知らない。
こちとら、正式な武術などならっていないのだ。
滑稽だが、それらしい恰好でもすればいいのだろうか。
『まずい……逃げてください! レンさん!!』
「どうしたんだ、いきなり!?」
『魔法使いでありながら、武闘家の構えをするザナドゥ軍人。私の耳にも彼女の強さは耳に入っています。ウェン・メイユウ! 軍において唯一――気と魔法の二つを極めた人ですっ!!』
「『気』……? それって――」
言葉を続ける余裕などなかった。
何故なら、構えていたウェンの姿がいきなり――
消えてしまったからだ。
ブワッ、と全身の毛穴が開く。
時が止まったような感覚に陥る。
死ぬ直前に、脳内に思考が巡る現象のようなものだ。
見えない。何も見えないが、ウェンの突撃の構えを思い出す。まだ吹っ飛んでいないということは、ウェンは前にいるはずだ。だから、ゆったりとした時間の流れの中、急いで身体を仰け反らせる。
「『鉄槍拳』ッッッ!!」
見えた。
やはり、知覚できないほどの速度で突進してきていたのだ。
まるで鉄の槍のように突き出した拳は肉薄していて、鼻をかすめる。あと少しでも避ける動作が遅かったら、鼻が骨ごと潰されていた。
「ぐッ!!」
「一撃を躱されたのは久しぶりネ。でも――」
間違いなく、初撃は必殺の一撃。
だが、躱したところで、なんになる。同じく『必殺』の二撃目が、即座に飛んでこない理由などどこにもない。
「大げさに避ければ、二撃目は必ず当たるアル」
「しまっ――」
人間の人体構造。
レンの身体能力。
あらゆる要素が、二撃目を不可避だと告げている。
「『鉄槌刀』ッッッ!!」
ドゴォオオオオオンッッ!! と、握り拳は振り下ろされた。
アスファルトはクッキーみたいに破砕された。
しかし、ウェンの顔は曇っている。
「おかしいアル……。今のタイミング、絶対に死んだはずアル……なのに――」
ズワッ! と、異形のものを見るかのような表情でウェンは振り返る。
「避けるどころか、後ろに回り込むなんて……一体、どんな魔法を使ったアルか?」
危機一髪。
あと少しで殺されるところだった。
吐息は荒い。
久しぶりに眼帯を外したせいもあって、心と体力を摩耗している。
「地面が罅割れを……。どんな威力してるんだ……」
左眼を瞑りながら、いつでも目を開けられるように準備する。
眼帯をつけている余裕は、もうなさそうだ。
何故なら、ウェンの顔から笑みが消えていたから。
ここからが、本当の戦闘だ。
「お前、本当に『持たざる者』アルか……?」




