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ぼくとあたしの|恋物語《ラブストーリーズ》

Dandelion Hill

作者: 濱澤更紗

 見渡す限りたんぽぽに覆われた小さな丘。春は過ぎ去ってその丘は真っ白な綿毛の花に覆われている。その丘に、あたしは今日もやってきた。

 気持ちいいくらい鮮やかな青い空。そして純白の雪化粧をしたかのような地面。その青と白の対比が美しくて、あたしはしばらくの間ただボーッと目の前の景色を眺めていた。時折吹く風が心地いい。風にさらわれた白い雪の精があたしの洋服や髪の毛にじゃれ付くのも楽しくて、ここ数日は暇さえあるとここに来ている。誰かとでもなく、一人で。

 ここにいるとなぜか別れてだいぶたつあいつのことを思い出す。結構好きだったのに、ほんの些細なことでけんかして、もうそれっきり。仲直りの機会が得られないままに、風の便りであいつに新しい彼女ができたと聞いた。ああ、よかったねとその時は笑顔でいっては見たものの、一人になってから無性に悲しくなって、気がついたらこの丘に来ていた。それがここを知ったきっかけ。

(あの時はまだ、黄色いたんぽぽが鮮やかなころだったっけ……))

それから季節は移り行くことに、この丘の色が教えてくれた。

 あたしはごろりと白い雪の絨毯の上に横になった。ふわわといっせいに雪の精が青い空へと旅立つ。この雪はあったかくていい気持ち。そのまままどろんで、いい夢を見ていよう……。


 ふわわわ。

 風が雪の精をさらっていく。あたしの目の前で雪の精が華麗なダンスを繰り広げる。ジェントルマンな風の君と甘い甘い雪の精たちが、一緒に踊ろうと手招きする。その手に誘われるように身を起こしたとき。


「何してるんだい?」


 大きな風が私の肩をなでた。

 呼ばれるままに振り替えると、そこには雪の精の中からぼんやりと浮かび上がる男の人。まるでその雪の精が人間のカタチをして現れてきたかのようで。

 びっくりして声のでないあたしににこにこと微笑みかけると、彼は当たり前のようにあたしの隣に座った。20代交換って感じ? あたしよりちょっと年上かな。紅い縁のめがねの奥の瞳が優しい。全身デニムな彼の洋服の上に雪の精がちょこんと止まる。

「そんな恐い顔しないでよ。別になんかしようとかって訳じゃないから」

 じっと見続けてしまったあたしをどう思ったか、彼は困ったような顔をして言う。

「綺麗だったからさ……この景色が。雲の中みたいで」

 そうしてにふぁと微笑んだ彼の笑顔はたんぽぽの黄色い花のように明るいものであった。


 それから何をするでもなく、ただ時だけが流れていった。太陽の傾きだけが、その事を教えてくれる。相変わらず天は美しい青色をたたえていて、時折訪れる風たちとじゃれる雪の精をはっきりと浮かび上がらせている。お互いに何かを喋るわけでもなく、ただ、二人で雪の精のダンスを眺めていた。お互いのことをまったく知らず、今日初めて出会った他人同士の2人が。

 と、不意に彼が起き上がった。

「いかん、サボりすぎた」

 頭をぽりぽりと掻きながら勢いよく立ち上がる。とたんに雪の精たちがいっせいに空高く舞い上がっていく。

「またどっかで逢おうね、ばいばい」

 彼は微笑むと、足早に向こうのほうへ言ってしまった。あたしはそんな彼の後ろ姿を見えなくなるまで眺めていた。いい加減見えなくなって、ふうと息を吐く。

 あたしはゆっくりと立ち上がった。ふわふわと雪の精が舞い下りてくる。それを手のひらで受け止めてみて、あたしはなぜが彼の明るい笑顔をまざまざと思い出したのだった。

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