最終話「エイプリルフールを越えし者」
いつの間にか眠っていて、朝の陽ざしに目を覚ます。
目の前には、俺を見つめるヤングールだったものが居た。
左耳をごっそり持って行かれた痕跡を残し、しかしその顔には火傷ひとつ残っていなかった。
未だ血に固まっている白い髪、綺麗な空色の瞳、猫の耳を持つそれは、もしかしたらグールじゃなかったのかもしれない。
俺は思う――
「日付変わってるううう!?」
おかしい、おかしいぞ。
もうエイプリルフールは終わったはずだ。
なんだ、何が起きている。
いや、何も起きなかった。
なんで何も起きなかった。
「おいヤングール!」
「はひっ!」
「今日は何月何日だ!」
「わかりません……」
「お馬鹿さんめ! あとで俺がみっちり教えてやるから覚悟しておけ!」
違う、何お兄ちゃんぶっているんだ俺は。
おかしい、おかしいぞ。
今日はもうエイプリルフールではないのだ、俺はエイプリルフールでしか力を発揮出来ない男、いわばエイプリルフールの申し子。
何故未だにVR空間に居るんだ。
「おいヤングール……」
「なんでしょうご主人様」
「此処は……は、なんて、ご主人様?」
やはりグールだったのか。
ヤングールは日光で頭がやられてしまった様だ。
せっかく傷も完治して助かったのに、頭をやられてしまうとは可哀想に。
「私は奴隷商にすら捨てられた身です」
「そ、そう」
この世界の奴隷商人はグールを買い付けるらしい、末恐ろしい世界だ。
いわゆる魔物使いとか死霊使いとかに売るのだろうか。
「ご主人様は私を治療してくれました!」
「なんでそれでご主人様になるんだよ」
「お願いします、私を貰ってください!」
「うわ寄るなグール」
「その、何でグールなんですか?」
「お前グールだろ」
「私は獣人ですよ。確かに酷い火傷を負ってましたけど……」
そう言われてみると、何だか猫っぽいような。
そうやって見るとちっこくて可愛いな、こう、撫でまわしたくなる。
「おお~よしよしよし」
「ふにゃあぁ……」
いいなこれ、可愛いな。
この耳の裏とか、いいな。
血で汚れてなければもっと気持ち良いんだろうな。
顎とかも撫でまわしたくなる。
ああ、顔に毛が生えていない、これが獣人か。
「なあ、ヤングール」
「ふにゃあぁ……私はミコでしゅうぅ……」
「そう、ミコ。此処ってあれか、やっぱり魔法とかあるのか」
「ありましゅよぉ……」
「剣と魔法の世界……、マジで取り残されたって事か」
どうしよう。
俺はもう、エイプリルフールトランス状態が抜けてしまった。
エイプリルフールトランスの無い俺はただの学生。
一気に頭が冷えた。
思えばあのゴブリン戦、あそこでゴブリンではなく俺が死んでいた可能性もあった訳だ。
おそらくきっと、VRでも何でもない、ここは現実、ガチの異世界。
実際の所はわからないが、少なくともそう思って動かないと、死んでしまうかもしれない。
それは嫌だ。
しかし俺にはスキル譲渡しかない。
職業も村人、多分最弱。
どうやって生き残ろう。
「ミコ、お前グールじゃないんならそもそも人間喰わないよな」
「そうでしゅねぇ……」
「じゃあ俺から別の約束……じゃないな、お願い聞いてくれるか」
「もっちろんでぇ……しゅ……」
「俺と一緒に冒険者やらないか」
「いいでしゅよぉ……はっ!? という事はご主人様になってくださるという事ですね」
「もういいや好きに呼べよ。そんな事より、俺はめちゃくちゃ弱い、それでもいいか」
「はい!」
俺は生きていく、この剣も魔法もある世界で。
たったひとつの武器、スキル譲渡を使って。