プロローグ
四月一日、いわゆるエイプリルフールと呼ばれるその日。
俺はパソコンに向かっていた。
今日は学校を休んで電子の海をサーフィンだ。
俺はエイプリルフールネタを漁るために一年を生きて来たといってもいい。
そう、今の俺は、まさにエイプリルを与えられたフールだ。無敵だ。
そうして血眼で画面を見つめ漁っていたその中に、目に付いたものがあった。
「異世界に行ってみませんか……ね」
調度今日の……エイプリルフールネタだろう。大好物だ、受けて立とう。
マウスをぐりぐりと動かして、そのサイトにアクセスすると、馬鹿みたいに愉快な曲が流れだした。まるで旅路を祝うかのような、冒険の始まりを謳うような、そんなゲームのバックグラウンドミュージックのような曲を聴きながら、俺はサイトを眺める。
キャラクター作成。
それを見つけた俺は、曲の効果もあってか少しだけ気分が乗ってクリックした。
「おお、良くできてる」
関心である。
出て来た画面は一発ネタとは思えない、良く出来たメニュー画面だ。
更に気分が乗って来た俺は早速キャラクター作成を開始した。
まず始めに出て来たのはジャンル。
色々あるが、定番の剣と魔法の世界でいいだろう。
本番はここからだ、ステータスを決めたり、スキルを決めたり、ここが楽しい。
といっても選択出来る項目はそれほど多くない。
武器に、防具に、能力値、そしてスキルだ。
武器ページから順に一通り見ていって、再び武器を見直して――。
「ん?」
おかしい、一部武器がグレーアウトしている。
菊一文字やらエクスカリバーやら、そういった有名どころがことごとく選択不可だ。
確かに最初は白文字で、選択可能な状態だった。
バグか?
エイプリルフールの一発ネタとしてはよく出来たサイトだし、どこかで広まってアクセスが増え、想定以上の負荷に耐えられなかったのかもしれない。
項目の最下段、残り1/1と書いてある。
選択できる項目数だろうか、ひとつしか選べないとは、なかなか歯がゆい仕様だ。ジレンマを煽る良いエイプリルフールと言えるだろう。
どうやらこのキャラクター作成では、全ての項目の中からひとつだけ選択出来るようだ。
例えば、筋力を選べば超脳筋ビルドのキャラが誕生するのではないだろうか。
さすがに通常より筋力が1ポイントだけ高いとかではつまらないしな。
さて、俺はどれを選ぼうか。
防具、全滅。
能力値、全滅。
酷いなこれは、作成が終わる前にサーバーが死んでしまうんじゃないだろうか。
スキルは……おっ、まだ生きている。
「スキル奪取か」
これはなかなか面白そうなスキルだ。
下の方に埋もれていたから、気付かれにくく負荷が掛からなかったのだろう。
選択しようとした時、グレーアウトした。
おかしい、リアルタイムでグレーアウトした。
先程はページを移動した際の更新時に一斉にグレーアウトしていた。
もしかして液晶の向こう側の大きなお友達と争奪戦みたいになっているんじゃないだろうか。
一人ひとつしか取得出来ない、しかも各項目は一人分のみ。
それなら辻褄が合う。
やばい、俺を焦らせるとは良いエイプリルフールだ。
感心である。
せっかくのエイプリルフールサイトだ、俺にもキャラクター作成後のイベントを楽しませてくれ。
焦りながらひとつ項目を下にずらすと――あった、ありましたよ。
俺の、俺だけの専用スキル。
その名も――
スキル譲渡!
「んんん!」
いらねえ!
ふざけてんのか、なんだこれ。
スキル持ってないのに譲渡って、ゴミスキルってレベルじゃねえぞ。
そもそも譲渡するスキルが無いのわかってて作っただろ、どんな嫌がらせだよ。
くっ……負けた、負けたよ、俺史上最高のエイプリルフールだ。
しかしスキル持ってないのに譲渡したらバグりそうだなこれ。
だがこれしか残っていない。
俺はエイプリルフールネタだけは見逃さない、エイプリルフールのためなら学業すらも疎かにする男だ。
よしいこう、スキル譲渡を選択――
俺はこれから剣と魔法の世界で、使い物にならないスキル譲渡を携えて、いわば丸腰でゲームスタートする訳だ。
意味がわからない、だがそれでいい。
スタート直後にゴブリンに倒される、これこそがエイプリルフール。
「ビバ、エイプリルフール!」
俺は作成完了をクリックした。
途端、意識が途切れた。